『13』
兄弟曰く、牛頭と馬頭は普段は鬼の集落にてカシラとして君臨しており、こうして出てくることはないそうだ。北側の縄張り内で、海に程近い場所に作っており、日夜天狗と縄張り争いをしていた。
天狗側にも大天狗と呼ばれる天狗を統べるものもいるが、縄張り闘争に負けたのか、別の理由なのかよくはわかっていないが今はいない。鴉天狗が徒党を組んでそれぞれ防衛に当たっているそうだ。
土蜘蛛は女王の傘下により欲望のまま喰らいつくし、山脈では飽き足らず活動範囲を森にまで広げた。ここ数十年で女王の産卵は行われてはいないが、そろそろ産卵が起こってもおかしくない。周期的な時期とその予兆がこの森での活発な活動だという。
「まぁ…ざっとこんなもんだ。だが、その昔に君臨した玉藻前のような怪異が現れたとなりゃ話は違う。現にここの生態系は大きく動いている。牛頭と馬頭もこうして集落から出てきた訳だしな」
「つまり…元凶を抑えてもここの秩序は元に戻ってしまうかもしれない…それどころか牛頭と馬頭を討伐した今、女王蜘蛛や天狗達もいずれ台頭してくるってことか」
「にゃあはあの蜘蛛は正直苦手だにゃ…。キシキシと鳴くし、触った感触がゾワッときたにゃよ」
戦いが終わり、調査員の亡骸を埋めて4人は一時回復に時間をかける。すぐにでも動きたいところだが、ベテラン兄弟は霊力を著しく失っており、動けるようになるまでは警戒に当たっているわけだ。
「正直兄者も俺も終わったと思った。本当にありがとう。流石に格上が消耗している時に来られては俺たちも歯が立たないからな」
「私も同じようなもんだ、あの時九十九達に助けてもらわなきゃこうしてまたこの森に足を運んでないからさ」
「ふふん♪にゃあ達に感謝するにゃよ」
「調子に乗るな猫娘。九十九っていう化け物がいたおかげだろ?」
「そうだけどにゃあ…、初手で来なかったら六花食べられてたにゃよ」
「まぁ…そこんとこは感謝してる…」
ポリポリと赤髪を掻いて顔も少しばかり紅潮している様子。しばらくして飛鷹が田門丸のみを連れて来たようだ。
「全員無事か?…いや、犠牲者もいたんだな」
土の膨らみと周りの様子から予想がつく。ここで凄惨な死を遂げた者がいて、その脅威から守り抜いたことも。
「田門丸だけかにゃ?宗左衛門と御船はどうかしたのにゃ?」
「あぁ、盗賊部隊の2人は怪我もなく問題はないが、他にも負傷者が出るかもしれんから待機してもらったよ」
「懸命な判断だな。そこの兄弟を連れて戻ってほしいもんだ」
「いやいや、俺たちはまだ動ける…」
「無理すんなっ…て!」
パチンと背中を小気味良く叩くと兄の方は悶絶しているようだ。先ほどの戦闘でどこか骨などに損傷があるみたいで、思ったよりも鈍痛が来ている。
「っ…!やってくれたな…」
「凄まれても恐かねぇよ。大人しく拠点に戻って怪我の治療しておけ」
「本当は霊力も足りないから助かる…ほら兄者も立って、拠点に戻るぞ」
「すまねぇ…あんたらも無事に戻ってこいよ。牛頭と馬頭がいなくても、環境を変えるような化け物や、女王蜘蛛も徘徊しているかもしれねぇからよ」
「忠告感謝にゃ。飛鷹は悪いけど2人の護衛でもう一度戻ってくれにゃ」
「了解しました。来る際に怪異は見ませんでしたし、距離も程近い。走れますか?」
「おうよ、骨が砕けようと問題ねぇ。戦いになると足手まといになるかもしれんがな」
「私はほとんど霊力を消費してませんし、いざとなれば空を飛んで逃げますので」
「あっずりぃな、おい!…ともかく助かった。健闘を祈る、また拠点でな」
ベテラン兄弟を見送り、合流した田門丸と情報交換しながら中央へと向かうことにする。田門丸曰く、中央の魔力のうねりというのは外にいればよくわかったようで、何かがあったのではと危惧していたそうだ。それを証拠に、初めの時と同じで野良の怪異が遠くの方で視認できたそうだ。
「こちら側に来なかったのは不幸中の幸い。戦力として整ってはいましたが、決め手に欠ける布陣でしたので、あの兄弟がいれば拠点は強固なものになるかと」
「宗左衛門はともかく、御船は全く戦えないからにゃ。護身術程度覚えさせるかにゃ〜?」
「それがいいかもしれません。ゆくゆくは自警団も作ったりし、最果城の警護に当たらせるのもいいかと」
「やっぱ…あんたらも城仕えってことか。急に城をこさえたかと思ったが、部下も怪異狩りの中でも私と張り合うくらいの戦力持ってるなんて、ただもんじゃねぇなあの殿様」
「にゃあ達は流れてきた者にゃ。九十九も造り立てたばかりで今は人が欲しいらしいにゃよ」
「そっか…実入が乏しいわけじゃねぇけど、私も雇ってくれねぇかな」
「六花も城に来るにゃ!にゃあも口添えするにゃ〜」
「怪異狩り専門がいれば今後も動きやすくなりますしね」
そんな他愛のないことを口にしつつ3人は中央部へと走って向かうのだった。
一方、九十九と七海は野良の怪異を駆逐しつつ中央へと向かう。白い息を吐きながら森を駆ける。そして気づいた、周りに怪異はもうおらず、ただ純粋に莫大な霊力の塊がそこにあると。静かな世界に悪意に満ちた何かが存在していて、一瞬でも気を抜けば魂ごと凍り付けにされてしまう圧。
「やばいね…【気配感知】がない私でもビリビリ肌に刺さってくるよ。天狗とか鬼とか蜘蛛とか平原の主なんて目じゃない。純粋に強いかも」
「それはわかる…。接近戦なら俺たちに武があると思うけど、これだけの霊力を術にでも使われたらひとたまりもないな」
忍者にしろ、侍にしろ、基本的にはその得物の届く範囲においては無類の強さを誇るだろう。しかし、九十九達は前々から思っていたことで、もしも中・遠距離のそれこそ六花のような銃主体の敵や、術を使うような敵が現れた時に攻撃する手段が皆無だということ。
それでも七海は斬撃を飛ばしたりすることができ、九十九も火遁術などを扱えはするが、ただそれだけが決め手になるとは思えなかった。
「私の使える【疾風飛影】も牽制には有効だろうけど、それだけで相手を真っ二つってわけにはいかないしな〜」
「俺はそもそも【投擲】とか中距離手段があるとはいえ、七海のように傷をつけるのも難しいからな…」
「どう転ぶかわからないけれど…とにかく全力で挑むしかないね…さぁ、着いたよ」
社が立ち、氷の世界がそこにある。凍り付けにされた盗賊とそこだけ焦げついた土壌に焼死体が一つ。社にて鎮座する狐耳の少女に霊力の波動を感じる。九十九達は狐の前に姿を現す。




