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鳴神大戦記ー最果て城主の仮想現実ー  作者: 舞茸イノコ
2章 『薄氷にひしめく』
29/78

『12』



「身体は動く…。さっき社に侵入されたから様子を見ないと…」



 狐は扉の破壊された社の中へ入り、何も盗られていないのか確認を始める。盗賊技能である【宝の嗅覚】は部隊では隊長しか使えないスキルであり、盗賊を優の上まで上げることにより使用ができるようになる。


 例えば社奉行所にいる大谷が【鑑定】を使い品物の価値を測るのと同じで、ある程度のものならば【宝の嗅覚】に反応して価値を割り出すことができる。それがどんなものなのか、大きさは、持ち出し可能かまではわからないため、そこは盗賊としての技量が試されるというわけだ。


 社内に置いてあるのは鬼が持っていた武器やかつて人間が信仰していた時に貢物として置いていたある意味で古き骨董品などだ。以前玉藻前がいた時には狐達も色々なものを集めては持ってきて玉藻前に献上していたのだが、それらは西紀城の侵攻の時に全て持ち去られてしまった。だからここにあるのはざっと百何年も手付かずに放置されたものから、最近剥ぎ取った戦利品が置いてある。それに狐は価値があるとは露にも思わない。


 だけど…もし仮にみんなが集まって玉藻前が再び顕現するとなれば、褒めてもらいたいというのが狐の考えだ。



「我には使えないものばかりだ…。だから他の魂魄や玉藻前様が使えるならそれが一番だ。…あらかじめ氷漬けにしていたわけではないのだが、今回の意識が飛んだ時に無意識の奥にあったのだな、そんな思考が…」



 狐の願い…またあの栄華が再びあらんことを願う、ただそれだけでいい。安寧があれば他には何もいらない。今回森の外に出ようとして人間について知ろうとしたのは半分好奇心からだ。



「我は…人間が憎い…のだろうか?確かに玉藻前様は人間に討伐されたのかもしれない。そして我に攻撃する者もいるのは事実。うーん、どっちかといえばズブズブに癒着して我が不自由なく生活して、みんなを迎えることができればそれでいいのじゃがの」



 狐は意外と楽天家なようで、実のところ玉藻前が討伐された時も、その後に信仰してくる人間にも殺意はあったのかもしれない。だが、時間というのは案外そういう思考を曖昧にしてしまう性質があるのかもしれない。狐が顕現してからざっと100年ほど、人間にも会わず、ただ度胸試しだか獲物として見ているのか来たのは怪異だけ。


 確かに攻撃されれば反撃するのが怪異の…いや生物の本質なのかもしれないから、あの感情は半分我で、残りの半分は世界なのか別次元のことなのか分からない曖昧な部分である。



「なんにせよ…こうして我はまた目覚めた。あの赤髪の手下?のように攻撃するなら滅ぼす。だが、対話ができるならしてみたいものだな…意識がはっきりした今、我も少し寂しいところはあるからの」



 霊脈から霊力を溜め込み、もう少しで先ほどの傷は癒えるだろう。そうなった時にまた外に出るのも一興だなと考える。



「そういえば…こんなに氷が一面に張っていたかの?森もだいぶ我好みの住みやすい環境にはなってはいるが、さっきの戦闘だけでなったわけではない…うむむ、暴走した時になったのか?」



 記憶が曖昧な部分もあり、暴走した原因やさっきの戦闘中も自分を俯瞰して見るという珍しい体験をしていたが、それにしては急激に環境が変わってしまったなと感じる。


 霊力を補充しているとビキキと頭が痛み出す。



「っ…なんじゃこれは…?」



(人間を…)



「声…?」



(人間を…殺すのです)



「玉藻前…様?」



(妾を殺した人間に…)



「玉藻前様!いるのですか!?」



(残酷な死を!!)



「ぐっーーーーーー!!!」



(惨殺して、斬殺して、撲殺して、絞殺して、刺殺して、欧殺して、毒殺して、扼殺して、轢殺して、爆殺して、鏖殺して、圧殺して、焼殺して、抉殺して、誅殺して、溺殺して、射殺して、暗殺して、焚殺して、虐殺して、強殺して、氷殺して…)



「ああぁ…アァァァ!!!」



(そうして人間を殺すのじゃ)



 復讐。それが人間に与える罰なのだ。憎悪に塗れた霊力を身体に纏わせて狐はまた意識を闇の彼方へと飛ばされる。


 玉藻前は生前に魂魄達に力を分け与え方々に散らした。それは尽くした礼をするためではない。狐のように、顕現したのちここにくることを想定し、名付けるなら【復讐の因子】として力を託したに過ぎない。





 数百年前のあの日彼女は考えた。魔獣の森にて消耗し、霊力が弱まっている現状で、果たして人間を相手に壊滅させることは出来るのかと。



「良くて目の前の敵を屠ることは可能じゃな…しかし、妾はそのあと討伐される。数の上では妾と人間が数百、いや数千はおるじゃろうて。魂魄を犠牲にのうのうと生きることは可能じゃが、いずれは妾も死ぬじゃろう」



 冷静に戦力を分析する。なまじ考えることのできる大妖怪は絶望を知る。怪異に徒党を組むというのは難しすぎる。何せ、言葉を使い同族として迎え入れるにはこの森では狭すぎる。上位の怪異もいるが、熊童子や大天狗のような名のある怪異でなければ意思の疎通すらままならない。山脈に住み着いている女王蜘蛛ですら言葉を話すことはない。


 ここには玉藻前以外に結束して戦える仲間はいない。



「はぁ…無理をしてでも森から離れ、徒党を組むという選択肢もあったかもしれんが…こうなっては後の祭りじゃの」



 だから託す。何より今の身体の状況は芳しくない。戦いにより身体は負傷し、霊力を霊脈から補っていたが、今は身体が受け付けにくくなっている。限界値と呼ぶべきなのかそれが年々減少しているのだった。今ではほとんどを魂魄達が持ってきた供物などで補給する他ない。



「そう…じゃから。妾は一度死ぬ。そしてまた玉藻前として構成された時に復讐するのじゃ」



 意向は決まる。魂魄達を呼び寄せこれからのことを話し、力を託した。そして単騎で人間と戦うことに決めた。


 しばらくして西紀城からの部隊が到着する。土蜘蛛が、天狗が、鬼が、他にも少数勢力の河童や、低位の怪異達がこの森に入ってくる人間を倒し栄養として喰らう。玉藻前を守るという他意はないが、それは彼女にとって半分嬉しい誤算だ。



「じゃが…時間の問題。ならばこそ、もう一つやっておかねばならんな」



 まずは霊脈に意識を接続する。吸収こそはできなくなったが、感じることはできる。意識を移譲することで、より確実に復活を遂げるようになるだろうという希望的観測だ。意識を移しながら気配を感じる。怪異を抜けて玉藻前に届かんとす人の足音が。



「これが玉藻前か。この森の主にして大妖怪。我ら西紀城の武将が貴様を討たせてもらうぞ!!」


「来よったか小童ども。妾は今、とても虫の居所が悪い。臓物をぶちまけ、1人でも多く鳴神の大地に帰すが良い。妾に命を懇願しながら絶望に去ね!!【冷狐の鬼火】」



 狐の形をした蒼炎。それが地面に降り立つと大地に生えた草花はしおれ、凍結する。霊力的にも一体が限度、だからこそ自我を保てるだけ残してありったけを込めた。



「逝けーーーーーー」



 蒼炎は敵陣を駆け回り敵を凍り付けにしていく。耐性のある者はそれを振り払い蒼炎に対峙する。玉藻前はあくまで強者であるため、痩せ我慢でその場に堂々と立つ。こちらに攻め込もうとするものがあれば蒼炎が背後から首を取る。


 決定打に欠ける西紀の兵士。それでも確実に玉藻前の眼前まで迫る場面もあった。決意する、ここで奴らの手で殺されるのは怪異として、玉藻前の生き様に傷をつける。だから、意識の接続を中断して、全ての霊力を戦場の蒼炎に託した。



「貴様らの矜持のために妾が殺される。なんと醜い世界か。じゃが、世界のために殺されるのも癪じゃ、道連れに黄泉へと送ってやろう。撒き散らせ【爆氷雪華】」



 ボコボコと炎を膨らませる。それが20尺ほどにまで膨れ上がると限界点を超えて森全体に広がり、残滓が木々にまとわりつく。それがのちに『薄氷』と呼ばれる森になったのだった。



(必ずや貴様ら人間を根絶やしにしてやる)



 それだけ心に刻み、玉藻前は霊脈へと取り込まれ、逝ったのだった。


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