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鳴神大戦記ー最果て城主の仮想現実ー  作者: 舞茸イノコ
2章 『薄氷にひしめく』
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『10』



 西紀城へのルート開拓は難航していた。それもそのはず、本来ならばまっすぐ進むだけで何かしらの縄張りにぶち当たることになるため、戦闘は避けられないという予想であったが、この異変のせいで怪異に出会うことはあまりなかった。



「とりあえず鎌だけでも頂くか。おーいそっちはどうだ?」


「兄者、こっちも終わったぜ。糸をたんまり内蔵してやがった」



 野良の土蜘蛛2体を討伐し、素材を剥ぎ取るベテラン達。非戦闘員である調査員の2人は、その後ろで警戒しながら地図の作成に勤しむ。流石にベテランというだけあって怪異の討伐に澱みを感じない。どちらも剣と盾というオーソドックスな装備で、盾で受け流しその隙を剣で突くという戦い方。


 例えばそれぞれ部隊ごとに特色があり、後方支援に特化した部隊や前衛職が多く敵の殲滅に重きを置いた部隊など、それぞれの職業適正にもよるが一長一短というのが存在する。


 しかし、この2人は違う。逆に言えば長もなければ短もない。圧倒的な殲滅能力があるわけでもなく、かと言って防御面に不安があるわけでもない。淡々と敵が出れば対処する。それは今まで培った戦闘回数が経験となり、あらゆる場面に対して柔軟に事を進めることのできる力だ。だが、それだけで怪異狩りが務まるということではない。



「こちらは地図への記載が終わりました。次は南に行きましょうか」


「いや…南は別部隊もいるだろう、それと今出た土蜘蛛は南から現れたものだ。もしかしたらこの異常気象でそっちに固まっているのかもしれない。他は…兄者はどう思う?」


「危険は南だけではないな。ここから北側に確か重装備部隊がやられたっていう洞穴があったよな?…今回はそのまま西に進むとしよう。そしてある程度いけば引き返せばいいさ」



 生命線を繋いでいるのは洞察力と勘の良さ。それこそが4段まで生き残っている所以。伊達や酔狂で到達できる段位ではないというのが、この2人から推察できるだろう。


 確かにこのまま南下すれば女王が出てきた山脈近くに行くことにもなるし、北の洞穴を拠点にして鬼も巡回しているかもしれない。そうなれば西に向かう方が森の奥になるが危険は少なくなるだろうという今回の判断だ。



「わかりました。では引き続き警戒して進みましょう」


「おうよ、給料分は働くさ」



 開拓組はつつがなく森の探索を行なっている。その一方で盗賊部隊はひたすらに走り、森の中央付近まで獲物を探していた。道中で天狗の集落なのか、仮拠点なのか、そこには換金すればそこそこの値段にもなる素材や武具が置いてあり、おそらくこの寒冷のために放棄したのだと思われる。



「とりあえず俺が素材とか持っていって…その後はそのまま待機の方がいいのか?」


「そうだな…取り分は少なくなるが、運搬も立派な仕事だしな。それで構わないならいいぞ。ちょろまかすなよ?」


「わーってるって。それじゃ日暮れに」



 1人は離脱して荷物を運搬することにして、3人となった部隊は少しだけ足を緩める。しばらくして開けた場所へと出ることになる。



「ここが…中心地か」



 凍った池や鳥居があって、その奥には小さな社が建っていた。だいぶ風化しており、周りの形もわからない彫像が並んではいるが、原型をとどめているのはひとつだけ。周りには氷の結晶のようなものが浮かんでいて、幻想的な風景がそこにある。そして…そこに立つ少女が1人いる。



「おい…あれって件の狐か?どうみても獣人だが…ありえねぇほどに霊力の爆弾があるようだな。空気がくそほど重てぇ」


「こんなところに獣人がいるわけねぇだろ。…指示通りにここは離脱して報告するか」


「ちょっと待ってくれ…俺の盗賊技能の【宝の嗅覚】がすげぇ発動してる。あの社の中だろうな、多分たんまりと貯まってる。俺は隙を見て盗み出したいんだが」



 視認できる位置で止まり、話し合う3人。2人になるが、1人が牽制し、もう1人がその間に盗み出す作戦。そして1人が報告で離れるというものだ。奇襲をかけられたわけではないので有利に立ち回れるだろう。



「くっそ〜俺の負けか。んじゃ、あとは頼んだぜ…」


「まぁ気にすんなって、持ち帰ったら飲み代くらいは出してやるよ」


「俺は貸してた防寒着タダにしてやるよ」



 結局隊長が負けたようで、元来た道を折り返すことになった。荷物を運んでいる者にかち合って、そのまま拠点に行く予定である。


 そして2人は作戦を開始する。先に結論から言うと、2人は無惨にも殺されてしまう。しかし、それが引き金となり今回の異変解決に繋がるのも後の話だ。



「さて…出し惜しみはしねぇぞ【敏捷上昇】【回避上昇】【第六感・良】【投擲・良】!!」


「俺も行きますか…【敏捷上昇】【骨格軟化】【回避上昇】【跳躍上昇】!!」



 ありったけのバフをかけて準備が整う。それをしている間ですら狐は動く気配を見せていない。



「もしかしたら案外楽に終わるかも…な!」



 二手に分かれて一方は注意を向けるため狐の左側に向かい投擲を行いヘイトを集める。もう一方は大跳躍をして一気に社の中に突入する。その手筈だった。



「卑しい人間めーーーーーー【波氷槍】」



 社を中心として3町の距離(330メートルほど)に足を踏み入れた瞬間にパチリと目を開き起動する。狐から放たれる波動は地面を走り、氷の槍を顕現させる。あらかじめ飛んでいた方は身体を捩らせて槍の嵐を避けて社に到着するが、もう一方は槍の籠の中に閉じ込められる。



「あぶねぇ…上昇系の技能がなけりゃあの世行きだったーーーーーーこれで終われるか…よっと!!」



 間を縫うようにして一直線に短刀は飛ぶ。投擲スキルのお陰で命中精度は上昇し、氷の槍の間を抜けて狐に向かう。ハッとした様子もなく短刀は胸付近に刺さり、盗賊はヘイトを引き受ける準備をする。


 一方の跳躍した盗賊は社内にある金目の物を物色しようとするが何かがおかしい。



「ちくしょう!全部氷漬けにされていて取り出せねぇ…。ここで判断を誤るな…。あるのは分かったから離脱する」



 持ち運べないと分かり離脱して、この異変が静まった時に運び出せば良いと判断する。幸いにもまだバフはかかったままだ。機を図り、すぐに入口から跳躍による離脱を選択する。


 狐に刺さった短刀を目視して離脱可能と判断。あらゆる脳内の不純物を削除して、ただこの場を生還することのみに集中。そしてーーーーーー跳ぶ。



「宝は持ちだせねぇ!ここから離脱する!!」


「!?…わかった、俺も逃げ…。あれ、確か胸に刺さったはず…だよな?なぜ動ける!!」



 短刀は確かに刺さった。だが、それを足止めにすらならなくなるくらいに霊脈からの霊力の吸収。カランと音を立てて短刀が地面を叩くと、胸には傷すらない…いや、元から刺さってすらいなかったと錯覚してしまう。



「霊力が傷口に集まって…治癒している…だと?」


「去ねーーーーーー【真なる凍気・完全氷瀑】」



 狐はしゃがみ込み、手を地面に合わせると、その手を中心とした波動が一度に辺りを包み込む。先程は地面に冷気を張り巡らし、そこから氷の槍による攻撃を放ったが、これは桁違いに異常な技。放った凍気が瞬間的に通り抜けたかと思うと、一瞬のうちに周囲の時を止めたかのように完全に凍結させてしまった。


 逃げる準備は整えていて、盗賊は離脱しようと氷の槍を踏み台にして木に乗り移ろうとしたが、空中でその息の根を止められてしまう。狐にも近かったためか瞬時に氷漬けされ、地面に落ちて、その身を砕け散らす。


 跳躍していた方も足を凍結させられて無様に墜落すると、狐は淡々と歩いて近づいてくる。



「はぁ…じゃんけん負けとけば良かったのか」


「ーーーーーーくっ…」



 手をかざし霊力の塊を放とうとする狐。しかし、一瞬だけクラッと視界がぶれる。五体満足なら逃げ出せただろう。しかし、足は動かず、かと言って命乞いはしない。にんまりと笑い、目の前に3つほど玉を投げ出す。



「ほら、くらえ…『焼灼玉』ァ!!」



 昨日カラクリ部隊からくすねていたものだ。攻撃能力に乏しい盗賊部隊が土蜘蛛などに遭遇した時に使おうとしていた。しかし、1人が殺され、自分も動けず死の手前、ならば…殺される前に殺す。それが自分もろともになっても。


 目の前で炸裂する焔の煌めき。けたたましい音を立てて爆発すると、火柱は上がり、盗賊は即死に至る。水の蒸発、紅蓮の炎。狐は社を守るために霊力を使い、自らの身体に爆炎を受ける。



「ぐっ…!」



 あれだけの圧縮された炎を受けてなお見事耐え切った。社には焼け跡ひとつついてない。それだけを確認すると突然意識が連結された。



「熱い熱い熱い!!【氷膜】!!」



 身体にうけた火傷を氷で冷やす狐。『薄氷』に渦巻く霊脈の力を急速に取り込み、治癒に全力を回す。やがて火傷も引いていくが、その場にへたり込んでしまう。



「あいたたた…どうして急に意識が戻ったのじゃ…?」



 今の今まで何をしようとしても崩れなかった意識の壁を、幸か不幸か爆発によるダメージを回復するために霊力を消費したことで、意識との隔絶が解かれ、こうして所有権を奪取することができた。狐は移動し、療養のために霊力を再び蓄え始めるのだった。



「ーーーーーー九十九、霊脈に流れる霊力が一点に集中して引き寄せられている。恐らく…私が会った狐娘かもしれない」



 その突如として吸い取られる霊脈の力を六花は探知することに成功したのだった。


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