『9』
「隊長、罠と腐敗肉の準備が出来ました!」
「よし、全員あの木陰で待っててくれ。火薬を炸裂させたら、火炎系のカラクリを持って戻ってくること。俺はここで見張りをするからな」
カラクリ部隊は隊長の指揮の下、土蜘蛛の討伐に向けて準備を進める。土蜘蛛の生態として、普段は洞穴などに潜んで獲物が迷い込むのを待つのを基本として、木々を渡り獲物を見つけると粘糸を吐いて捕縛するやり方や、蜘蛛の巣を張って獲物のかかりを待つやり方などがある。
捕らえた後はその鎌のような腕を使って獲物を切り裂き肉を喰らう。肉食ではあるが選り好みがないため、怪異や小動物、果ては人間にまで被害が及ぶ。
土蜘蛛の鎌、糸は高値で売れるため怪異狩りの格好の的ではあるが、単体での戦闘能力が高く、部隊を編成しても1体に殲滅されることもあった。
しかし、土蜘蛛と言えど弱点はある。それは火だ。吐いた糸に火に着火すれば、切り離すことをしないと身体を火で覆われたり、内蔵している糸に火がつけば持続的にダメージを与えることができるからだ。そして行き着いたのは対土蜘蛛用のカラクリ兵器というわけである。衝撃により破裂し、炎を撒き散らす『焼灼玉』が代表的なもので、他には単純に松明での攻撃も有効となる。
隊長の他が少し離れた木陰にて待機し、設置された罠をかわして腐敗肉に入った箱を開ける。それは家畜の肉であり、時間も経ったことでより強い腐敗臭が辺りを漂う。その後は隊長も身を隠し、土蜘蛛が来るのを今かと待ち望む。
「かかったーーーーーー!」
土蜘蛛は4体。肉に群がり捕食を始める。それを見て隊長はその中央に『焼灼玉』を放り込む。飛翔物には目もくれず一心不乱に貪る中に異物が一つ。地面に触れた瞬間閃光と炎が一気に暴走する。
今回仕込んだカラクリというべきか、罠の類だが、つまるところただの火薬。それを地面に埋め込み玉の破裂と共に誘爆が起きる。
「これの悪いところは、鎌は残るけど糸は燃えて消えるってところなんだが、これが一番確実なのも否めないな」
かろうじて生きている個体もいる。しかし、それも後から来た隊員に焼却されることになる。その後はゆっくりと鎌の部分を切り離し、拠点に戻り煤を弾いて磨き上げる作業が待っている。
「よし、全員切り離しは出来たな。一度撤収する…。…ってあれ?なんだか急に寒く…」
胸を貫くギラリと黒光る鎌。それは死神。それは凶弾に等しい。ドロリとした血がじんわりと服を汚す。
「じ…女王…か?」
「隊長!今助けーーーーーー!?」
そこは誰の耳にも届かない場所。森の東から入り、南西に進んだ位置。山脈にも程近く、かと言って西の出口には遠い場所。つまり、森の奥深くと言っても過言ではない。
土蜘蛛には女王と呼ばれる個体が存在していて、それは普段森には現れないものだ。森と山脈の境目に巣を作っていて、土蜘蛛はそこから派出されて森にて狩りを行う。
ここは森の中央から離れた場所で、霊脈の中心からも離れている。今は鬼が巣食っている洞穴も中継地として掘ったもので、そこがなくなれば女王のいる所まで引き返すだけなのだ。
「くそ!こいつをくらえ!!」
焼灼玉を投げつけ、女王の近くで破裂させ炎を撒き散らす隊員。しかし、それをものともしない女王の身体。土蜘蛛は火が苦手だ。…だから効くというのはある意味で間違いだ。身体の内部の糸に火がつかなければ意味もなく、女王はそれをわかっていて糸ではなく鎌での攻撃を選んだ。
つまり、怪異も学習する。耐性をつける。多少は効くだろうが関係ない。実力で、その圧倒的な身体の強さで炎に対して抵抗することができた。
女王は隊長を捨て置き鎌を振るう。一瞬にして炎は女王の周りから離れていくが、隊員の1人は仲間を見捨てて東へと全力で走る。拠点に戻りさえすれば、いや…離脱できれば生き延びることができるかもしれない。だから、生存本能に従って残りの2人は女王の囮になってもらう。
「わ、私たちも逃げないと」
「とりあえず今持っている爆薬全部放り投げて起動しろ!!!」
麻袋を女王に向かって投げ、破裂するのを期待する。そして隙あらば逃走するのだ。だが、残念なことに女王に当たることはなく、近くの木に向かって跳躍していた。通常の土蜘蛛よりも2倍近い巨体が風を切って移動した。
森の中において、蜘蛛という生物は非常に厄介だ。どこにでも巣を張るし、どこにでも登っていく。無情にも元いた場所で破裂をして炎が燃え盛り、隊長の亡骸までもが燃やされてしまう。
「助けてーーーーーー」
2人は顔面から糸を食らう。粘度があり、呼吸することも難しく、もがき苦しんでいる隊員に女王は近くまで寄り、よだれの垂れた大きな口を開くと足から食べ始める。
「痛い痛い痛い!!!!!」
「あぁぁぁぁあああ!!!」
叫びは虚しく、女王の食欲を増進させる。奥で燃えていた炎もゆっくりと消えた頃、周りには森にいた土蜘蛛が集結してこちらを見ている。
「あーーーーーー」
悶えるうちに片目が周りを見ることができたが、それは絶望を教えてくれる。薄暗い森に浮かぶ無数の赤い目。それが全て土蜘蛛であると理解した。
やがて絶叫を止め、死を受け入れる。こうしてまた、怪異の養分となり部隊は壊滅した。
逃げている者も森の入り口付近まで走る。あと少しだ。光が開け、そこには昨晩まで焚き火をしていた痕跡がーーーーーー。
「がっ!!痛い…どうして…!?」
木に引っかかったのか、石につまづいたのかよくわからないが頭から転けて地面を滑る。早く立ち上がらないと…と思うが、右足が地面にうまく立たない。
「えーーーーーー」
どくどくと流れる血。後ろを見ると切断された足が転がっている。痛い、寒い…そんな感覚すら無くなってくる。攻撃された、それだけは頭が解っていて、地面を這いながら外の景色へ進む。
だが、それは叶わない願い。次に腹部に短刀が突き刺さり、声にならない声が出た。
「あがっ…!?」
鴉天狗。様々な武器を扱い、森を飛翔する。天狗から派生し、上位の怪異として君臨する。単独行動はせず、配下に天狗を数体引き連れて狩りを行う。狡猾に、より残忍に。それは危険だから手を出すなという意思表示。生態系の上になるための理由。
足が切られたのは鴉天狗が放った風の刃。通常天狗が使用すれば敵との距離を離したり、礫を混ぜることで牽制の役割となるが、鴉天狗ともなるとそれに霊力が乗る。故に、飛ぶ斬撃として対象を刻むことのできる武器となる。
「ひゅぅ…ひゅぅ…」
虚しく響く生命の鳴き声。それを嘲笑うかのようにケタケタと笑みを浮かべる天狗達。頭に、胸に、足に、腕に、何度も何度も何度も刃の刺突が行われる。
この森に住む三大勢力の土蜘蛛と天狗によりカラクリ部隊は反撃の余地なく壊滅してしまった。




