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鳴神大戦記ー最果て城主の仮想現実ー  作者: 舞茸イノコ
2章 『薄氷にひしめく』
23/78

『6』


 かつて玉藻前と呼ばれる大妖怪が魔獣の森を統治していた時。彼女はまだ名もない低級の魂魄であった。狐の姿となっては土蜘蛛の行動範囲から外れて木の実を取ったり、池で魚を捕まえては献上した。それが少なかろうが多かろうが構わず、玉藻前は告げる。



「お疲れ様じゃの。さて、妾と共に食事でもとろうかえ」



 それだけで心がじんわりと温かくなるし、ずっとこんな日々が続けばいいのにと思っていた。


 ある日、野良の土蜘蛛が行動範囲から離れ、狐を襲ったことがある。その時は必死になって我を守ってくれて、あまつさえ被弾したかと思ったが、玉藻前は自分のことなど省みずに心配をしてくれた。



「嗚呼…本当によかった。…妾の目の届く範囲で起こって助かった」



 その日からしばらくは土蜘蛛の姿を見なかった気がする。我も助けてもらった恩を返したく、必死に貢ぎ物を集めていつも以上に渡すと、そこには変わらずの笑顔と労いをかけてくれる玉藻前がいる。しかし、度々怪異や人間の侵攻を受けるうちに疲弊して存在が危うい状態もあった。それから幾年が過ぎ去り、玉藻前は魂魄に呼びかける。



「妾の前に出でよ魂魄たち。…妾の霊力を用いて顕現している9の魂よ、今宵…人間たちが来るやも知れぬ。それは今までのように、はぐれものが道を違えてこちらに来た時に対峙したようにはいかない。徒党を組み、妾を討ち滅ぼさんとする気迫がある。正直に言おう、妾は今夜にも消滅するだろう…」



 儚い告白。魂魄たちは魂魄同士で言葉を交わすことはできないが、それぞれがブルブルと震えて何かを伝えようとしている。



「じゃが…妾とてただでは討伐されるわけにもいかん。何百年かかろうが、妾はまたこの地に戻ってくることを誓おうぞ。さぁ、皆この手に集まるのじゃ」



 霊脈の力が集まり、神々しい光を放つと、そのまま魂魄へと流れ出る。名もなき9つの魂はその力を継承して光を強める。



「これは賭け。もし再び9つの魂魄が巡りあわせた時、妾を呼び覚ます力となるじゃろうて。しかし、覚醒して動けるのはいないかもしれんがなーーーーーー。さぁ、飛び立つのじゃ!!」



 散り散りに魔獣の森から光が遠ざかっていく。その日、西紀城から怪異狩りが集結し、その異様な光景を目にした。畏怖する者、感嘆の声を上げる者、ただじっと狩りを遂行する者。その全てが魔獣の森へと瞳を向けて、ただ真っ直ぐに進軍を開始した。



「あれから我は…比較的近くに産み落とされて、彷徨いながらこの地にたどり着いた。かつて玉藻前様が居たところには神社が建てられて、狐を信仰していた。我と波長が合ったのか、そこで永い時を過ごし…。そして人間が誰も来なくなって、眠たくなって、そしていつかは分からないがこうして起きて…なぜこんな空虚な空間に我はおるのだ?」



 目の前には無数の闇と、かつての記憶。散り散りになった他の魂魄を求めていたはずなのに、ついぞ誰も来なかった。



「なぜ…我はここにいるんだろうか」



 狐の耳を持った少女は1人静かに苔むした神社の傍らでそう呟いた。煌めく薄氷は無限の時を氷に閉ざして、霊脈と共に誰も入れないようにひしめいていた。



「もう一度…あの温かさが欲しい」



 そう願うだけで、その思考は彼方に消えて、ただ無意識に生きる全てを凍り尽くすだけ。





 場面は変わり、九十九達は準備ができて突入の時を迎える。



「霊脈が乱れている。各々は生命を大事に。深入りせず、この場に戻ってくること!そして、日が落ちれば最優先でここに帰ること!あとは…未知の存在も確認されている。六花よろしく頼む」


「怪異狩り丹童子六花だ。先日うちの馬鹿どもが刺激して、狐の怪異と遭遇した。言葉を話し、まるでかつて居た玉藻前に似ているようだ。この森の異変もそいつが起こした…いや、私たちが引き起こしてしまった。十分に注意してくれ」


「了解した」



 作戦というほどのものではないが、それぞれの部隊に声をかける。ーーーーーーただ生命を大事にすること。その線引きを定めなければ誰もが死地に飛び込むことだろう。



「危なくなれば俺たちも逃げ切ってみせるさ。さーて、さっさと終わらせて七海ちゃんと酒でも飲みにいくか。な、弟よ」


「そいつに賛成だ」


「私、未成年なので飲めませんから!あ、あと予約はあるんで」


「ちょ、七海!急に抱きつくなって!」



 舌を出し否定する七海、そしてしょんぼりするベテラン達。なんだこれはと六花がツッコみたくなるが、焦る気持ちを抑えた。



「コホン…えー、では出発する!」



 煮え切らない感じで始まった討伐隊の仕事。数分もすれば拠点に残った九十九、飛鷹以外の姿は見えなくなっていった。



「九十九様。なんで私だけを残したのですか?」


「まずは飛鷹には城が見える位置まで飛んでもらって、この弾に付いた紐を引っ張って上空に投げてもらいたいからな」


「あぁ、なるほど信号弾ですか」


「日が完全に落ちた時に頼むよ。さて…予想だと半分も時間まで潜っていればいい方だと思うんだけど…」



挿絵(By みてみん)



 日が落ちるまで約3時間。その間に討伐目標を狩りながら異変の調査をしてもらう。その中の一つ、重装備を纏った部隊が早速鬼とかち合う。



「よーしお前ら、いつも通りにやるぞ」


「おっす!」



 出会ったのは鬼が2体。その他の討伐目標は見当たらない。これは幸先良く討伐できそうだ。



「前衛構え!」



 棍棒や木槌を振り下ろす鬼達の攻撃をいとも容易く受け止めると、指示をしていた者が間から毒矢を放つ。鬼に刺さったものの全く動じてないようで何度を盾役に殴りかかる。しかし、毒というのは厄介だ。体内に入りさえすれば、少量でも非常に効果があるものもある。今回は矢尻に塗って傷付けた場所から浸食させる。やがて矢の刺さったところから紫色に変色すると、鬼は次第に倒れ悶え苦しむ。



「とどめを刺せ!」



 そして持っていた槍を使い頭に何度も刺すと、脈打った血がしたたり、やがて生命活動を終わらせる。



「よし、角と武器を剥ぎ取って次に向かうぞ。ここは鬼の縄張りなのだろう、他の怪異がいないのは好都合だ。このまましらみつぶしに狩りまくるぞ」


「了解!」



 その一方でカラクリ部隊は土蜘蛛の索敵をしていたのだが、全くもって成果を上げることは出来なかった。



「隊長…このままだと全く狩れませんぜ」


「うぬぬ…これを使いたくなかったが仕方ないか」



 そう言って取り出したのは家畜の肉。それも血が滴っていて少しだけ腐敗している。蜘蛛は肉食であり、土蜘蛛は家畜のみならず人や鬼ですら襲う。だからこそ匂いの強い血を纏った肉を使うことで誘き寄せることが可能になるそうだ。



「でも、日暮れまでもう半分の時間しかないっすよ。しかもこの気温で正直足とかも凍傷気味って感じで」


「だが、戻った時に我々だけ成果がなければどうだ?それは怪異狩りとして恥だ。しかもこのよくわからない森の状態だと、土蜘蛛も外側の熱のある方へ移動しているのではないか?」


「一理あるな。恥を受け入れるべきか…」


「明日、日が登ればまた蜘蛛も出てくるはずです。今回は大人しく戻りましょう」


「仕方ない、一旦中断して外へと離脱しよう」



 1日目は時間をそこそこにして戻ることを決意。しかし、この決断がこの者たちの命運を左右したと言っても過言ではない。実際、先ほど鬼達と戦闘をしていた重装備の部隊とカラクリ部隊の間には寒さから逃げるため、洞穴で凍結から免れようとしていた。それに加えていつも狩っていた蜘蛛や小動物の姿は見られないので飢える前であった。そんな時に肉を見せられては取りに行くしか選択肢はなかったのだ。しかし、不運にも重装備部隊はそこに潜り込んでしまった。



「隊長、ここに洞穴がありますよ。どうしますか?」


「うーん、土蜘蛛が掘ったものかもしれない。この寒さだ、ここに逃げ込んでいる可能性はありそうだ。だが、それは他の怪異も同じだ。鬼が出るか、蜘蛛が出るか、少し偵察して蜘蛛ならすぐに撤退しよう」


「了解」



 そして洞穴探索をし始める部隊。足を踏み入れ、身体が闇に溶けようとした時に松明に火をつけるが、敵影は見えない。だが、その一瞬が命取りだった。鬼は蜘蛛と違い知性がある。時には知力を武器にする人のように頼る者だっている。今回はそのタイプの鬼だった。



「隊長!鬼を発見、1体で、武器は槍です他は見えません」


「よし、構え。他の鬼が来る前にすぐに討伐するぞ」



 各々構え、もっと奥に進む。しかし、それはデコイ。後方から鬼が接近しているのに気づかなかったようで、鬼が投擲した石は松明に当たり炎を散らして手から落ちる。そして各々は見た。その場にいたのはこの森に潜むほとんどの鬼だったのだ。それを知る術はこの部隊にはない。誰も探知系の技能を有してなかったからだ。



「しまったーーーーーー!!総員退…ひぃ!!」



 その数実に20強。四方八方を取り囲まれ、絶体絶命である。先刻の隊長の考えは正しかった。土蜘蛛が戻ろうとしたり、その前に鬼が占拠していたり、何より鬼に対して絶対に勝てるという自信に似た慢心が引き起こした事態。


 さらにもっと言うなら、鬼の耐久力をなめすぎていた。この凍結する寒さの中では人も怪異もそこまで耐えれるものなどいないだろう。が、怪異は人とは違う。学んだことが真実だとは限らないのだ。



「退避…!退避ぃぃ!!」



 逃げようとする隊長を逃すことはない。せっかくの肉だ。ならばこそ、ここで殺して食う。



「ぎぃ!…あがっ!たす…け」



 殴打の嵐。他のメンバー同様に隊長は殴られて、切られ、蹴られ、すり潰され、空腹を満たすエサに成り果てたのだった。こうして重装備部隊は壊滅してしまった。

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