『2』
ヘッドセットを被り、眠るように意識を集中させる。ゲーム機の起動音など微塵も感じなくなり、身体が、精神が、魂ごと吸い込まれていくような感覚を覚える。
やがてくる喧騒に耳を傾けて、またこの世界に転移したのだと認知した時、目の前にはおおよそ1600年くらいの町並みなのだろうか、戦国時代をこの目で見ればそうなのだと思える風景が飛び込んでくる。
「よし…とりあえずログインできたな。前回は任務を終えたところからだし、目白町にある社奉行所の前からのスタートか」
かつて、沢山の人が押し寄せるようにこの場にいたのだろうか、社奉行所の周りは大きく広場が広がっている。しかし、今ではその面影はなくポツリ、ポツリと人が点在している。サーバー終了まで残り約半年。正直に言うと余程の物好きしかこの場には残っていないのだった。
NPCはそれぞれ町民だったり、武士だったり、その身分に合わせて分かりやすく服装も変わっているのだが、ユーザーは各々が装備品や服飾の類をカスタマイズするため若干の違和感を持っている。かく言う九十九自身も黒を基調とした忍者服に身を包みながらも顔は出しているといったスタイルで、場違い感は否めない。
「お、いたいた。やっぱりここからスタートしてたみたいだね。私は鍛冶屋のとこにいたよ。武器の修理も課金しないと瞬時に直ってくれないからね」
「さて…来たようだし、早速町の外に出て、権利書使ってみるか」
「そうだね…城がいきなりドーンと出てくるかもだし、少し離れたところまでいこう!あ、馬は持ってた…よね?」
「あー…俺は持ってない。走った方が早いからな」
「さすが忍者。速度【極】は伊達じゃないね」
「まぁ、それもあるんだけど、足軽のスキルで持続力【良】・疲労軽減【良】・長距離移動【良】があるから、スタミナは全然減らないんだよ。下級職とはいえパッシブスキルは有能なことが多いからな」
「あー本当に耳タコ。はいはい…どうせ私は侍大将になるために最低限しか下級職とかやってませんよーだ」
この鳴神大戦記には職業ごとに経験値を集めることで評価基準が変わってくる。
極、秀、優、良、可とあって、極以外はそれぞれに上下がある。大抵の上級職は優まで修めることで開放されるため、秀以上に育てるものは少なく、ましてや職業の極など八百万で一握りしかいなかった。
九十九は忍者になるために四つの職業を経てからなったのだが、その中でも足軽のスキルは通常時に有能なスキルが多く、工作兵は探索、大道芸も小技が使えたりなど、様々な下級職にもそれなりの利点があるのだ。
「さて…ここらへんで使ってみるか。町からはだいぶ離れたし、平野で怪異も弱い。うん、いい条件だな」
先ほどいた町から数キロ離れた先に2人は到着する。地図で見れば東に町が、北には海、南に山脈、 西に森。少しばかり隔絶されたようなその場所の中心には凪が心地よい平野が広がる。低級の怪異がいるため、かつて多くの初心者が狩りをした場所でもある。
「ここらへんには餓鬼とか低レベルしか出ないし、対処はしやすいからね」
「たまに主は出るんだけどな。大餓鬼だったかな?初心者のころは懐かしいな、あいつ討伐に1時間かかったっけ。そりゃ足軽だと攻撃手段少なかったってのもあるけれど…と、話が脱線する前に使ってみるか」
アイテム欄を出し、使用するにタップする。すると今までとは違い警告が出てきた。
「うん…?なんだこれ、職業が殿に変更されます?アイテム使用で職業開放って珍しいな」
「へー、そう言う仕様もあるんだね。いつもだったら経験値溜まれば解放されて社奉行所で変更だもんね」
「こういうのを実装する予定だったのかな?よし、とりあえず使用するっとーーー」
【職業は殿に変更されました。技能-城主の風格【可】-を習得しました。最果城をこの場所に出現させます】
ゴゴゴと大地は唸り声を上げる。まるで水面から顔を出すように小さいながらも立派な城や家屋が迫り出してきて、やがて音が治ると建築完了のアイコンが表示された。
「おお…意外にしっかりしてる」
「だな。城下町もあるし、NPCもいる。本当に一つの町ができたんだな。さて、早速入ってみるか!」
2人の胸は高まる。テストプレイヤーとは違い、正規プレイヤーとしては初めてこの場所に入ることに。ものの数分の出来事だったが、達成感や高揚感はひとしおだ。ぐるりと町を見てまわり、目白町よりは小さいながらも最低限の施設は揃っているように感じる。
「これって任意の場所に町を出現させるアイテムなのかな?」
「いや、それは早計だよ七海。とにかくあの天守閣に登ってみよう。一応…俺に城主の権利があるらしいしな」
一通り町の探索は終わり、2人は小さな天守閣に入っていくのだった。