『8』
浜に着くとやはり漁師の方がカンカンに怒っているようで、その対応に九十九のみが出向く、なんでも木船一隻でも作るのに手間がかかり、先月完成させたばかりだそうだ。
「作るのに5万円もかかったんだぞ!それをずぶの素人が沖に流しちまうなんて…どう責任とってくれんだい!?」
「それについては大変申し訳ないんですが…あの、これは提案なんですがよろしいですか?」
「今更何を吹っかけようってんだ。無くなったもんは帰ってこねぇんだぜ」
「あそこに見える船と言えばわかるかと思いますが…あれをお譲りします」
先程乗ってきた野盗の船だが、明らかに前のやつよりも一回りは大きく、タテエボシの波に攫われずに浸水もしなかった立派なものである。
「ええっ!?あんな大きな木船を…。いやいや、勝手に乗って行ってそうはいかんぜ兄さんよ。何かしら欠点があるんじゃねぇのかい?」
心が揺れ動いた…!ここが好機とばかりに交渉を畳みかける。
「疑心暗鬼になるのは仕方のないことです。ええそうでしょうとも。だから…今回はこれをお付けいたします。ーーーーーー他の方には内緒ですからね」
懐から出したのは野盗の洞窟にあった金品のごく一部だ。その中でも上等な金仏像をチョイスした。残念ながら九十九には正確な価値はわからない。それでもとても魅力的に見えるはずだ。
内緒と銘打たれたならば否が応でも言いふらしたい、しかしこんなに立派な物を…と小声で言っているあたり、人間は利益を独占しひた隠しにしたいものだ。
「…わかった、今回はこれで手を打とう。しかし、これがどれくらいのものなのかは正直分かりかねない。だから、二束三文で叩き売られた時には容赦はしねぇ。この浜に二度と足を踏み入れることが出来ないと思っておきな」
「あー…その可能性も捨てきれないか」
少し思案して解決策を考える九十九。それならば城主としての立場を利用するのも手だなと考えをまとめた。
「じゃあそうなった時はここから南にある最果城の門番まで声をかけてください。俺、すっ飛んできますから」
「へー…あんたあの城の傭兵か狩人か何かなのかい?」
「えーと…未熟ながら城主をしておりまして」
「じょ…城…主?」
すると急に態度が変わり何度も頭を下げて謝る漁師。やばい方に喧嘩をふっかけてしまったのかと思い、膝がカクカクと震えていた。それでも九十九自体城主という補償がないが、剣閣を控えさせ大柄な力士、手枷のついた獣人を横に置いているならばそれなりの立場にあるのだと勝手に理解した。
「ほ、本当に申し訳ございません!罰はなんなりと受けますから、どうか平にご容赦くださいませ!!」
「き、気にしなくて大丈夫ですから、それとこの地域も恐らく俺が治める範囲になっていると思うので、何かあったら便宜を図りましょう。それが今回の謝礼ということで」
「でしたら尚のこと仏像もいただけねぇ!あの木船があれば沢山魚を仕入れて届けさせて頂きますので」
このままでは押し問答になってしまう…そうなっては心象も悪いし、何より待たせている七海達に賄賂がバレてしまう。出まかせでもいい、何か理解してもらわないといけない。思考が加速し、無意識ではあったが、なんとか解を導き出す。
「それは…あなたが我々を助けたと言うことにして漁師仲間で報酬を分けるということで。それと便宜を図るというのも添えて。はい、この話は終わり!俺は城に帰らないと行けないから何かあれば呼んでください!」
そして脱兎の如く七海達の元に帰る九十九。受け取った漁師もずっとこちらに頭を下げて感謝の言葉を絶やしていないようだった。
「あ、帰ってきたにゃ」
「はぁ…はぁ…ここに来て一番疲れた気がする。さ、さて一旦城下町に帰るとするか!」
そうしてそそくさと浜辺を後にして城下町へ戻るのだった。
その道中、城下町がポツンと見える範囲に来た4人は原っぱにて休憩を取る。そして、小鈴と田門丸の今後について話す機会を設けた。
「それで、小鈴と田門丸はどうする?また武者修行に出たりするのか?」
「それについて私から九十九殿に一つお願いをしたいことがあります」
そう言うと田門丸はその場に膝をつき頭を垂れた。
「不肖、田門丸は九十九殿と七海殿にこの命の恩を返させていただきたく存じます!!私は角界を追放された身でありますれば、身寄りもなく、この身体を…命をお二方にて握っていただきたく思います!!一度は死んだ身と同然、如何様にもお使いくださいませ!!」
それに続いて小鈴もズサーッと滑り込んでくる。
「にゃ、にゃあも田門丸と同意見にゃ!2人の強さを実際に見て、にゃあの弱さを実感したにゃ…。強くなりたいーーーーーー!!だから…どうかにゃあも田門丸と同じようにこき使って欲しいにゃよ!!」
2人の熱意は十二分に伝わる。二神藤吉郎の言った、まるでキャラメイクしたかのようなNPC達。その素質はすでに目の当たりしたわけでーーーーーー。それにそこまで言われて無下にすることは九十九に出来なかった。
「私は賛成だよ〜。九十九は?」
「俺も…2人には共についてきてもらいたいと言うのが本音だ…だからこそ、そんな奴隷のような考えはやめてくれないか?ーーーーーー2人は共に戦った仲間として俺達に仕えてほしい」
「にゃあ〜よかったにゃよ〜」
「真、かたじけない」
おいおいと涙が溢れる小鈴とそれを宥める田門丸。ようやく最果城に戦力として…いや、仲間として迎え入れることが出来た。これからどれほどの月日を跨ぐかはわからないが、深淵城攻略の一歩として大きく歩き出したそんな日になった。
そして城下町へ戻り、城の前までたどり着くと、やはり門番の田中さんは非常に怒っていたみたいで、城主である自分に対しても臆することなく説教を垂れた。
「五条様は殿なのです!夕方には戻ると言われたならばそれには帰るのが道理。それでも遅れるならば使いを出して一報くださいませ!」
「いや…急なことだったし、元々は七海と俺だけだったから」
「従者の1人をつけなければ何かあった時に対応ができますので、これからはしっかりとご報告してください!」
「雑務員つけるにしても人数が…ねぇ?」
「そこは殿の気概です、税収を上げ、もっと雇わなくてはなりませぬ!聞けば私共の給与で消えてしまうものならばこの城は潤うことはありません!そこをきっちりと考えて今後に励むように」
「はい…痛み入ります」
その光景を見て七海は笑みが溢れていて、小鈴も田門丸は城主であった事実を初めて知らされることとなり驚愕していた。
「大名とか名のある傭兵だと思っていたけど、まさか城主様だったとはにゃあ…」
「私も初耳です。あれほど強くて城主だとしたら、誰も下剋上などできませんね」
「私はやってみてもいいけど、殿になってもあんな風に小言を聞くのは嫌だから、当面は九十九に頑張ってもらおうかな」
「門番に怒られる殿の風格はいずこかにゃ?」
濃い一日は過ぎて、ようやく寝室に戻った時には抜け殻のような九十九の姿がそこにあった。
「明日から…内政考えるよ…おやすみ」
「おやすみなさい九十九」
泥のように沈む九十九に七海は寄り添ってくつくつと笑う。新たな仲間と今後については追々決めていかなければならない。
少しだけ身体を伸ばし欠伸ひとつすると、隣に敷いてある布団に潜り込む七海。この世界で生きるということ…。いや、また明日考えることにしようと瞼を閉じるのだったーーーーーー。




