便箋と封筒
三月の下旬、男は会社を辞めた。
外は日が沈みかけていた。
会議室で、四人の男女が椅子に座っている。
従業員の女が「もうこの人とは一緒に働くことはできません」と言った。
もう一人の従業員の女も「私も同じ意見です」と言った。
男は、うつむいて、床を見ている。
経営者の男が、「何か言うことはあるか?」と男に尋ねる。
男は顔を上げずに、「ありません」と答えた。
男はデスクに戻り、残務処理を終えてから、会社を出た。
暗い歩道を歩き、駐車場の車に乗って、家路につく。
マンションのエレベーターを待っていると、年配の女と一緒になった。
男は先に乗り込み、「何階ですか?」と聞いたが、年配の女は聞こえなかったのか、自分で八階のボタンを押した。
男は十四階でエレベーターを降りた。
玄関のドアを開錠し、暗い部屋に入る。
コートを脱ぎ、鞄を置いて、換気扇の下で煙草を吸う。
男は立ち昇る紫煙を呆然と眺めている。
煙草が尽きると、リビングのソファに座り込む。
目を閉じて、何かを思案しているようだった。
暫くそうしたあと、男はコンセントから延びる延長コードを見た。
長さを確認するかのように、目が左右を何度か往復した。
その時、「えっ?」と漏らし、男の動きがぴたりと止まった。
次に周囲をきょろきょろと見まわす。
そして、口元に手を当て、なにやら考え込んでいる。
やがて男は、天井を仰ぎ見ると、「わかりました」と独り言を言って、ソファから立ち上がった。
コートを着て、部屋から外へ出る。
車を運転し、近くにある文具店に入る。
閉店間際の店内は閑散としていた。
男は、便箋と封筒を買った。