63. 迷いの森の道案内人
「これが森?」
ミレイザはその薄気味悪い木の壁を目の前にして口ずさんだ。
「この森がキワドの森だろう。たぶん、ここをまっすぐ行けばギリスキング城へ行けるはずだ。いけなかったら、あの勇者野郎をゆるさない」
ピサリーは巨木をにらみつけてそう言いながらも、なんでこんな面倒なことをしなければいけないのかと内心思っていた。
「勇者! ねえ、勇者に会ったの?」
ラルドはピサリーに顔を近づけんばかりに近寄った。それに機嫌を悪くしたピサリーは杖を出して彼に向ける。
「あたしに近寄るな……」
ラルドが数歩下がったのを確認するとでまかせを言った。
「ああ、あった」
「どこで?」
「リンディの町でだ」
「リンディの町のどこ?」
「道具屋だ」
「へぇー、ねぇどんなだった? やっぱりかっこよかった?」
晴れやかにうるさくラルドが聞いてくると、ピサリーはさっさとこの会話を終わらそうとして、酒まみれの勇者の顔を思い出しながら答えた。
「ああ、かっこよかった」
「へぇー、ダリティアの町の人に聞いたらカルネティーナ王国の王様を護衛しているとかって言ってたからさ」
「そんなことより、さっさと行くぞ、おまえが先頭だろ」
ピサリーは森を指さしてラルドをうながした。彼はその指の先にある暗く不気味な森を見ながらごくりつ唾をのんだ。
「う、うん、ごめん」
こうして3人は森の中へと入って行った。
見上げれば頭上を覆い隠さんばかりに木々が立ち、曇り空がその森を一層暗くしていた。
しばらく歩くとミレイザがそわそわとしだした。前も後ろも右も左も同じ風景がつづいている。
「ピサリー」
どうしようもなくなりミレイザは彼女に話しかけた。張り詰めた空気のなか、彼女の声はより一層際立つ。
「なんだ」
「なにか目印をつけて歩いて行ったほうがいいんじゃない」
「あ? なんで」
「帰り道がわからなくならないように」
「帰り道? そんなの簡単だ。あたしが刹那で木のてっぺんへ行って、周りを見てきてやるよ。それなら帰り道がどの方向かわかるだろ」
「うん、でも」
「気になるなら帰れば。あたしはさっさとこの件を片付けたい」
ミレイザは彼女がここに来ていつもより機嫌が悪いように感じた。そんな彼女の背中を見ながらしぶしぶと後を追う。
巨木をよけながら先へと進む。木を左によければ次の木を右によけるというように、ラルドはまっすぐ進んでいった。所々で木が倒れている場所があった。その切断面は鋭利ななにかで切り倒されたように平らになっている。
ミレイザはときどき振り返りながら歩いたが、木が邪魔をして先が見えなかった。見上げれば空は黒い雲が覆い、いまにも雨が降りそうだった。
ずっとまっすぐに進んでいくと、森の出口に付近に来ていた。3人は速足になりながら森から抜け出した。
「え?」
ラルドは目の前の光景を見て目を丸くした。そこは、黒い橋がありその中央には例の銅像があったのだ。
「なんで? もどってる」
「おまえが道を間違えたんだろ? まっすぐ行っているつもりが途中から道をもどっていたんだ」
「おっかしーなぁ、ちゃんとまっすぐ進んでたはずなのに」
「今度はあたしが先頭だ。ついてこい」
そう言ってピサリーはそそくさと森へ入って行った。
しばらく3人は進んでいくと、とたんに道が開けてきた。その一帯だけ木がなく広い空間ができている。真ん中には岩が埋まっており、ほかには茂みがあるだけだった。
ピサリーは指輪を使い地図を確認しようとしたが、相変わらず地図がぼやけていてはっきりした道筋がわからなかった。彼女は「ちっ」と舌を鳴らし前を見据える。
「地図、だめだったの?」
ミレイザは不安そうにたずねた。不安なのは、こうやってたずねてしまうこと自体が彼女のいらいらをつのらせてしまうのではないか、と。
「ああ」
すると草を踏む音が前方から聞こえてきた。3人は息を殺しながらその方向に目を向けると、その音はしだいに近づいてきた。
木の陰から姿をあらわしたのは紫のローブを見にまとった女性の妖精だった。彼女は自分の身長ほどある杖を持っており、その先端は周囲を照らすように光っていた。
短髪の頭には紫色のサークレットをしている。
その女性は3人を見るとすこし驚いたようすをしたが、すぐに笑顔を見せて話し出した。
「あなた方はもしや、森に迷われたのでは?」
「おまえ、誰だ?」
ピサリーはいかにも怪しそうな彼女をにらみつけながらたずねた。
「これは失礼しました。わたしはこの森の道案内をしているコリネと申します」
「道案内?」
「はい、この森は迷いの森と言い、迷われる方が多いのです。その迷われた方を進みたい方向へ案内してさしあげるのです」
「ふん、そんなものは必要ない。あたしが刹那を使って木の上から見てやるよ」
そう言ってピサリーは刹那を使おうとしたが、杖が手元に出なかった。ふたたび杖を出そうとしても、手にはなにもなかった。
「……あ?」
自分の手を見つめながらいぶかしい顔を見せるとピサリーはその手を握った。
「この森では魔法は使えません。わたしもおなじく使えません。ここをとおり抜けるには歩いて行くしかないのです」
「アリッサ、木の上まで登ったりできるか?」
ミレイザは上を見てみた。天までと届くような高さの木があり、そのてっぺんは霧に覆われて見えなかった。
「やってみるわ」と言って、彼女は駆け上がった。木を蹴って一気に上のほうへと上がっていく。
「すごいなぁ……」
ラルドは感心しながら彼女を見送った。ピサリーはミレイザを確認しつつ横にいるコリネに目をやったりしているが、コリネはその怪しみるような目をにこりとほほえみ返した。
しばらくしてミレイザは空から降りてきた。片膝と両手を突き地面に着地する。
「どうだった?」
ピサリーがたずねると、ミレイザは首を振り残念そうに答える。
「だめだったわ。木の上のほうは途中から霧に覆われていて先が見通せなかったわ」
「そうか」
コリネは3人のうなだれたようすを見て凛として言った。
「ですから、わたしがいるのです」
それから、自分の持っている杖を見てその説明をし始める。
「この杖は導きの杖と言ってこの森をとおり抜けるための杖です。たとえばダリティア城と言えば……」
杖の先端の光が一本の線になってその方角をさし示した。
「このように行きたい方向へ導いてくれるのです。ですから、あなた方がどちらへ行きたいのかを言っていただければ案内してさし上げます」
ピサリーはあきらかに怪しいとを感じながらも、彼女の案内を受け入れることにした。
「そうか、じゃあ案内してもらおうか。場所はギリスキング城だ」
「かしこまりました。それではギリスキング城へ」
杖は光り出してその方角をさし示す。3人がその光の射す方向を確認するとコリネは歩き出した。
「それでは、わたしについてきてくださいませ」
こうしてコリネの先導で3人は歩き出した。導きの杖が射す光を目印に一行は歩いていった。
しばらくすると広場に出た。草原にはレンガの敷かれた道がまっすぐにつづいている。両脇には街灯がともり、霧で薄暗いなかをぼんやりと映し出していた。
「みなさんはギリスキング城へなにをなさいにいくのですか?」
コリネは興味なさげにたずねてきた。抑揚のない彼女の言葉をミレイザは返そうとしたが、ピサリーのようすをうかがおうとちらりと目をそこへ向ける。
ピサリーはムスッとしたまま黙っていた。答える気がないのだろうと思い、仕方なく当たり障りのないことを言おうとしたとき、「宝をさがしに行くんだよ」とラルドが答えた。
「そうですか。それは楽しみですね」
「うん」
「この広場を抜けてすこし進めば森の出口に着きますので、もうしばらくの辛抱です」
コリネの先導で一行は難なく出口付近までたどり着く、しかし、ここにきてコリネは導きの杖の光を消した。
「どうした?」
ピサリーはコリネのようすをうかがいながらたずねると、背中を向けたまま彼女は言った。
「……そうですね、この先を行けば森を抜けられ、その先にはギリスキング城があります」
「そうか、じゃあな」
ピサリーは森を抜けようと歩き出した。「ありがとうございました」とお礼を言って、ほかの者もそのあとにつづく。すると、それを止めるように手を横へ出した。
「待ってください。まだ、お金をいただいてませんが」
コリネが言うと、ピサリーは黙ったままそれを通過しようとした。ミレイザはあたふたしながら「すみません、おいくらですか?」とたずねた。
「30万ほど支払っていただきます」
「えっ!?」
「アリッサ! そいつにかまうな!」とピサリーの怒号が飛ぶ。それと同時にコリネはふたたび杖から光を出した。だが、その光は熱を帯びていた。
「どうしてもお支払いにならないというのですね。仕方ありません。では、クロバーの指輪をいただけますか?」
「いやだ」
そう言って、ピサリーは彼女のわきをとおり抜けようとした。その瞬間、コリネは杖をピサリーに振るった。杖から出ている光は近くの木を切り倒してピサリーめがけて振り下ろされる。
ミレイザはとっさにピサリーを抱くとその一撃をかわした。それを見てラルドは剣を構えた。
「いただけないのでしたら、すみませんが……うばうまでです」
語気を強めて言うとコリネは杖を構えた。ミレイザは彼女の行動に納得できず、たずねてみた。
「どうして、こんなことを」
「ふふ、すみません。わたしも生活をしないといけませんので」
「でも、うばうって」
「この世界は、いただけなかったらうばえばよいのです」
ミレイザはこれ以上言葉が出なかった。ピサリーはニヤリを笑みを浮かべるとそれを納得したように言い返す。
「どうせそんなことだろうと思ったよ。ただじゃ通さないってことだろ。だが、おまえに金なんか払わない。おまえが勝手にあたしたちをここへ導いたんだからな」
「では、うばいましょう」
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