44. 呪われた戦利品
ロズバーラはその剣をぐりぐりとほじるように動かした。しかし、ミレイザからの反応はなかった。悲鳴を上げるような痛みがあるはずなのに、それらしき反応がなにもなかった。
「どうした? 泣け、わめけ!」
ロズバーラの声はミレイザには聞こえなかった。
わたしの見ている前では、誰も死なせない。そう思った瞬間。ミレイザは剣の切っ先をつかんだ。そのとたんにロズバーラの手が止まった。
「ん? なんだ?」
持っている剣がピタリと止まり、どんなに力を入れても動かせなかった。
すると、ガキッという音がミレイザのところから聞こえてきた。なにかが割れる音。その音が聞こえると同時に剣が急に軽くなった。ロズバーラはミレイザの背中から剣を引き抜いた。切っ先が折れてポタポタと血がしたたり落ちている。
その瞬間。ミレイザは血だらけの折れた切っ先を手に持ち、ロズバーラの首元めがけて突き刺そうとした。だが、寸前で止めた。
じわりとロズバーラは冷や汗をかく。息もできないほどにミレイザの目が恐怖を与えていた。殺意をむき出しにしたような赤い目がロズバーラを萎縮させ、彼女の首筋から一筋の血が流れ出る。
糸が切れたようにがれき人形が崩れ落ちた。ロズバーラは歯を噛みしめながらミレイザをにらみつける。
ミレイザはその血を見て人殺しになってしまうと思った。
『このまま刺し殺せ』強い怒りがそれを押し出そうとする。『人殺しになりたくない』優しく冷静な気持ちがそれを止めようとする。その両方の感情があらわれて目から血の涙を流した。
ミレイザはその刃を握りしめる。その震える手から流れ出す血を気にせず、ロズバーラの首から刃を離すと、下に向けて振り下ろした。
そこにあったのは鞘だった。ミレイザはロズバーラのもう一方の鞘を切り落とした。中を確認してはいないが、たぶん、アメズイスの杖かもしれないと思い、うばい取ることにしたのだ。
ロズバーラは意表を突かれて解いてしまった重力をふたたび使い、ミレイザを止めようとした。が、すでに遅く、その場には彼女の姿はなかった。
風だけが辺りに吹いている。渦を巻くような風がしだいに弱くなり消えた。
ロズバーラは自分の首に手を当てた。それから手のひらを確認すると、そこには血がついていた。目を見開いたあと怒りがわいてきて姿なき者をにらみつける。
「逃げられちまったのか?」
痛そうに脇腹を押さえながらグレイブが近寄ってきた。彼はミレイザの去っていった方角を見ながら恨めしそうにくちびるをなめた。
「そうだねぇ、取られちまったよ」
そう言いながら、手で鞘のあった場所にふれた。それから腰に手を当ててため息をつく。それを見たグレイブは気持ち悪そうな顔をすると、そっぽを向いて言った。
「羽もか?」
「ああ」
「あーあ、どうする? 魔女さまには」
「うーん……しかたないから、ありのまま話そうかねぇ」
「まじか!? 魔女さまになんて言われるかわからんぞ。それよりあいつをさがし出して、取られたものをうばい返したほうが楽じゃないのか?」
ロズバーラは思い出していた。ミレイザの中に眠る狂気じみた悪魔のような姿と血の涙を。
「もう遅い、あいつがどこに行ったかわからん。それに、深追いはするな」
「あっ!? どうして」
「彼女の素性も知らない。もしかしたら、彼女より強力な仲間がいるかもしれないしねぇ」
「仲間?」
「ああ、その仲間に、杖と羽を取ってこいとでも言われたのかもねぇ」
「あいつより強いやつがいるのか」
「さあね、でも、これはこれで報告するべきだろう。魔女さまに」
「やられて帰ったって言ったら、どんな顔をするか」
グレイブは気分の乗らない顔をしながらため息をついた。ロズバーラは手のひらを出して、まわりに落ちているブーメランを回収して歩き出した。
「帰るぞ」
グレイブはそれにしたがいしぶしぶとあとをついて行った。
ミレイザはラルドを抱えながら走っていた。ラルドは息が弱く、ぐったりとしていた。
迷路のような道を飛び越えて、道に出ると、そのままダリティアまで走った。そうしてダリティアに着くと、足を止めずに骨董屋まで一気に走りつづけた。
店のドアを開けて中に入ると、マビポットがあいさつをするが表情が変わってミレイザに聞いた。
「どうしたんだ? その子。それにあんたも!」
「怪我をして、回復薬をくれませんか? わたしは大丈夫ですから」
「わかった。その子を治すんだね。ちょっと待ってて、いま大回復薬を取り出すから」
マビポットは指輪にふれて大回復薬をさがした。
ミレイザはその場にラルドを寝かせてその肩に手をそえた。
ラルドは苦しそうにかすかなうめき声を上げる。体中から血が流れている。ミレイザも血だらけだが、彼女の傷はある程度回復していた。半分正常で半分ゾンビ脳に支配された体は、その両方の脳内で起こる指令が原因で、傷ができれば早急に治そうとする。
正常な脳は傷を治せと指令を出し、ゾンビ脳は血を出すな早くふさげと指令を出す。そういったことから、彼女の体にある皮膚組織がその両方の意見を聞き入れてすばやく体をもとにもどそうとする。そのため、傷の治りが早いのだ。たとえそれが内臓や骨であったとしても変わらない。
「あった!」
マビポットは大回復薬を取り出してラルドに当てた。するとみるみるうちに体から傷が消えていった。ラルドは体の痛みがなくなったのを感じて目を覚ました。
「大丈夫?」
マビポットはそっと言った。ミレイザはなにか声をかけようとしたが、なんて声をかければいいかわからず、ただ彼を心配そうに眺めていた。
ラルドは体を起こすと、自分の体を見ながら驚いた表情をした。
「うん、もう大丈夫みたい」
「そう、よかったね。彼女がここまで運んで来たんだ」
マビポットはミレイザをあごで指し示す。ラルドはミレイザのほうを向いた。そこには血だらけの服を身にまとった彼女がいた。
「あっ! アリッサさん。血が!」
それを聞いたマビポットは頭に手を当てて思い出したように言った。
「あーそうだった。いま大回復薬を取り出すからね。大丈夫って言ったけど、我慢はよくないよ。ちょっと待ってて」
「あっ! 待って」
ミレイザはマビポットを呼び止めた。それは薬代を払う手立てがないため彼女からの好意を断ろうとした。
「本当に、わたしはもう大丈夫ですから」
「え?」
「はい、傷はもうふさがっているみたいで、もう血は出てません」
「えっ? だって血がそんなに服に……」
ミレイザは元気であることを見せようと立ち上がった。全身、切り刻まれた服を手で隠しながら恥ずかしそうにしている。
「ほら、こうして立っていられます。もう平気です」
マビポットとラルドはお互いの顔を見合わせた。それからマビポットはミレイザにたずねた。
「たしかに元気みたいだけど、傷が治ったのかい? さっきまで血を流していたように見えたけど」
「それは、服についたものが垂れただけです」
「……まあ、本人が大丈夫って言うんなら、そうするけど……」
どこか納得のいかないマビポットは、ミレイザが持っているアメズイスの杖と虹色の羽に目を止めた。
「これ、取ってきたものです」
ミレイザは杖と羽をマビポットに見せた。鞘に納められている杖らしきものを取り出しと、まがまがしくどこか品のよい木製の杖があらわれた。虹色の羽は懐から出した瞬間、辺りを光らせた。そのまぶしさに目がくらむと、マビポットはほほえんだ。
「うん、たしかにアメズイスの杖と虹色の羽だね。大したもんだ……あんた、それを狙っているやつにやられたんだろ?」
「ええ」
「誰だい? そいつは」
「グレイブって人と、ロズバーラって人です」
「グレイブとロズバーラ。ふーん」
あごに手を当ててマビポットは考え込んだ。ラルドはなにかを思いついたように大きな声で言った。
「もしかしてアリッサさん。そのふたり、やっつけちゃったの!?」
目を輝かせながらラルドが聞いてくると、ミレイザは首を横に振って答えた。
「いいえ、逃げてきたわ」
「ああ、そうなんだー、てっきりやっつけたのかと思ったんだけど。じゃあ、まだそいつらがあそこにいるんだね」
「たぶん、でも、もういないかもしれないわ」
ミレイザはラルドにアメズイスの杖と虹色の羽を見せた。彼はそれを見たとたん、表情を変えてうれしそうに言った。
「それが、アメズイスの杖と虹色の羽!」
「ええ」
「すごいなー」
ラルドが食い入るように見ていると、マビポットがゆっくりとした口調で話しだした。
「なるほどね。あんたが言ったそのふたり、きっと魔女の手下だろうね」
「あっ! そうです。彼らが言っていました。魔女のことを」
ミレイザは彼らとの戦いに必死だったために、彼らが魔女のことを話していたことをすっかり忘れていた。
「やっぱりね……魔女がそのアメズイスの杖と虹色の羽を狙っているってことは、もしかしたら、あんたをつけねらってくるかもね」
「えっ!?」
「でも安心しなよ。そのふたつはうちで預かっておくから。依頼人が来るまではね。まあ、虹色の羽のほうは売りにでも出そうかな」
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