43. 救えない恐怖
ミレイザは剣を押し上げた。がれき人形が軽くのけぞると、そのままその胴体を切ろうとして剣を横になぎ払う。だが、胴体が分裂し上半身と下半身に分かれた。そのため彼女の攻撃はかわされてしまった。
磁石のようにふたたび体がくっつくと、がれき人形は剣を振り下ろした。ミレイザはそれを剣で防がずにがれき人形の真後ろにまわった。そして、その足を切りつけた。足がふたつに分かれる。それでがれき人形は倒れそうになったが、すぐさま切り離されたところは磁石のようにもとの位置にもどりくっつく。
背後にミレイザを確認するとがれき人形はそのまま剣を彼女に振り下ろした。がれき人形の攻撃はすべてロズバーラが操っている。そのため、いくら切られようがいくら壊れようが、物にブーメランがくっついているためもとにもどってしまうのだ。
ミレイザは考えた。このまま目の前のがれき人形を攻撃しててもらちが明かない。本当に攻撃しなければならないのはこれを操っている人物ロズバーラ。彼女をどうにかしないかぎり、がれき人形は止まらないし、倒すこともできない。
ミレイザは攻撃相手をロズバーラだけに絞った。それからがれき人形を無視してロズバーラのところまで駆け寄り、剣を振り下ろした。
ロズバーラは一瞬怯んだが自分の持っている剣で彼女の攻撃を防いだ。そのままの勢いで壁に激突した。だが、両者は剣を放さずに一歩も引かなかった。
ロズバーラの力はミレイザの力より強かった。それは、その剣にブーメランがついているため押し返す力を必要としない。ミレイザの渾身の力で剣を振り下ろしても、ロズバーラには軽いくらいにしか感じない。
剣を片手にミレイザの攻撃を防ぐ。ロズバーラはもう片方の手でがれき人形を操った。歩くたびに地面が揺れる。がれき人形はそうやってミレイザのところまで来ると剣を振り下ろした。彼女はその剣に気づくとその場から消えるようにいなくなった。
ロズバーラは笑みを浮かべながらミレイザのゆくえを追った。目で捉えることができないため、なんとなくの感を頼りに彼女の姿を追う。
ミレイザは壁に隠れながら、どうにかして彼女から杖をうばい取ることはできないものかと考えた。まず、杖はどこにいあるのか。彼女には剣で攻撃をしてもかなわない。でも、彼女の使う紙ブーメランが厄介なため、いま手に持っている雷光剣が不可欠。
わかっていることは、わたしの動きを捉えらえれないということ、速く動けば、彼女にわたしの姿は見えない。それから、さっき剣同士がぶつかったとき、片方の手が開いていた。もちろんその片方の手は、がれき人形を操るために使っているのだろう。しかし、彼女のもうひとつ腰に下げている鞘には剣が入っているはず、それを使えば、二刀流になり、新しく出したその剣でわたしを刺そうとすればできたかもしれない。わざわざがれき人形の遅い動きに頼らなくても……。
ここでミレイザはロズバーラの持っているもうひとつの鞘の中を調べることにした。もしかしたらそれがアメズイスの杖なのかもしれないから。確証はない。ただ、調べてみるだけ。もしそれが杖らしきものだったら、そのままうばい取る。そうじゃなかったらもとにもどしておく。
変な行動をさぐられないように、なにごとも起きてないようにする。それは、よけいに彼女が杖を見せなくなってしまうかもしれないから。だから、いまの状態を維持しつつ次の行動を取る。もし杖だったら、ここからすばやく逃げてラルドを担ぎながらダリティアにある骨董屋まで走る。
ミレイザはそこまで考えると壁からロズバーラのようすをうかがった。
彼女は剣を宙に浮かせつつ腕組みをしている。その前にがれき人形がロズバーラを守るようにたたずんでいる。
どのくらいの時間が経ったのだろう。ここからそう遠くないところに置いてきたラルドは大丈夫なのだろうか? いま持っているお金で指輪から回復薬を買ったとしても、大回復薬でなければ治せないかもしれない。大回復薬は最低5万リボンはする。そこから上は10万まで値段がするものがある。当然値段が高ければ高いほど、どんな傷や病気も治してしまう。不治の病をのぞき、しかし……。
ミレイザはここでピサリーから受け取った5万を使い大回復薬を買うことをためらっていた。それは、もし購入してそれを使いラルドが治らなかったら。いま購入できるといっても、もし、それが偽物だったら。と、以前だまされたことが原因でそういったことでも臆病になってしまっているのだ。
だからよりできるだけ確実な方法を考えてしまう。それは、アメズイスの杖と虹色の羽を持ち帰ること。そうすれば空手ではないため、もしかしたらラルドの状態を見てそれ相当の回復薬を出してくれるかもしれない。
そんなことがミレイザの脳裏をよぎり居ても立っても居られなくなった。
そして、ミレイザは飛び出した。時間がないと自分に言い聞かせてもっと速くと念じながら動いた。
一瞬でロズバーラの懐までたどり着く。まだ彼女はミレイザに気づいていない。ミレイザはもうひとつの鞘に納められている柄を握り引き抜こうとした。が、抜けなかった。思い切り力を入れてもぴくりともしない。
そうこうしているうちに、ロズバーラはミレイザに気がついた。
「おや? そこにいたのか。そしてそれを取ろうとしていたんだね」
ミレイザはあきらめてその場を離れようとした。
「おっと」
ロズバーラはとっさにミレイザの腕をつかんだ。
「そうはさせないよ」
つかまれた腕が急に重くなる。それから、いたるところが重くなっていった。ミレイザはその重力に耐えられず、その場に膝をついてしまった。体を見てみると、いつの間にかブーメランが体中についている。重さに耐えられず雷光剣から手を放した。
「そう、それでいいんだよ」
ふふふ、とロズバーラは笑いをこらえきれなくなり、大きく笑いだした。
「あっはっはっ……どうやら、もう逃げられないね」
そう言いながら、持っている剣の切っ先をミレイザの顔に向ける。
「本当は、あのぼうやを助けたかったんだろ? 瀕死を治すには薬がいる。それも上等のやつが。最低でも5万は必要になるだろうなアレを治すには……だが、もう遅い。手遅れだ。それはおまえがもたもたしていたからだ。本当に助けたいと思っているならわたしに構わず、ほかを当たるだろう。さっきぼうやをどこかへ運んだときそのまま逃げることだってできた。本当に助けたいと思っているなら……」
優越感に浸るような顔をロズバーラはすると、剣の刃をミレイザのあごに当てて首を上げさせた。
「どうした? 苦しいか? 人を救えないってどんな気分だ?」
ミレイザはロズバーラをにらみながら、冷静に考えてみた。
たしかに彼女の言っていることは正しいかもしれない。ここからさっさと逃げでしまえばよかったかもしれない。でも、そうはしなかった。誰かに薬代を貸してと頼んでも、誰も貸してはくれないだろう。重症の子どもを抱えていたとしても、見向きもされないはず。この子を助けるにはすごくお金がかかってしまうから、軽症なら貸してくれるかもしれない、でも、一目見ただけで重症だとわかる。だから、困ったような顔をするだけでとおり過ぎるだろう。
そして、自分の姿がそれをさらに遠ざけてしまう理由に。
たとえ5万リボンを見せつけてその薬をもらったとしても、それが本物かどうか確かめるすべはない。その薬の色を変えらえている可能性だってある。
ミレイザは人にだまされてお金を取られたことを思い出した。
だまされたほうが悪い。わたしがもっとしっかりしていれば。もっと気をつけていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。マギルナアトリエで服を直さなければ、なにを言われても、ちゃんと断っていれば……。そして、服を直した代金のためにこの依頼を受けた。それが間違いだった。
その依頼を解決するために町の外に出る。そのときにラルドと出会ってしまった。冒険者を雇わない? 最初は断ろうとした。でも、彼の悲しそうな顔を見ていると放ってはおけなかった。ここで、よく考えてちゃんと断っていれば。ラルドが傷つけられずに済んだ。
そう、すべてはわたしが断れない性格なために。
ミレイザは自分自身に対してふつふつと怒りがわいてきた。目が赤く燃える。体がわなわなと震え出す。
ラルドだけは絶対に助ける。
ロズバーラは彼女のあごから剣を離すと首をかしげた。
「さっきからなにをそんなに震えている。死への恐怖か? まあ、こうしておまえの背中を見るのも飽きてきたよ。そろそろ、とどめを刺そうか」
彼女は剣をミレイザの背中に突き刺した。難なく貫通してそこから血がにじみ出る。
ミレイザは胸のあたりから剣の切っ先が出てきたのを見て、ガルラムとの戦いを思い出した。槍が腹から突き出てきたことを。また、あのときの光景がよみがえり、ざわっと、燃えるような血が全身をかけめぐった。
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