39. 逃がさない理由
グレイブは剣を振り上げると床石がはがされてミレイザたちに飛んでいった。ミレイザはとっさにその石を手で受け止めると石は下に落ちた。グレイブはそのすきをつきミレイザの目の前まで行き、剣を彼女に向けて突き刺すように腕をのばした。
ミレイザは後ろにいるラルドを気にしながら、目の前に来ている剣の刃を手で捕まえて、それから握った。グレイブは剣を押したり引いたりしたが動かせなかった。
「ラルド、ここから離れて」
ミレイザはラルドに声だけをかけると彼はうなずいてすばやく離れた。ラルドが適当な位置につくと、ミレイザはグレイブに目をもどした。
「すげー力だな、俺が思い切り力を入れているのに、剣が張りついたみてーにぴくりとも動かねーとは」
グレイブはあきらめてその剣から手を放した。ミレイザはその剣をまた遠くのほうへと放り投げる。グレイブはふたたび指輪から剣を取り出した。その剣は稲妻を帯びていて、刃の周りを黄色の光がバチバチと流れていた。
ミレイザはその剣に目を細める。グレイブは剣を片手で持ち上げてそのまま横に振り下した。すると稲妻が地面を這うように進んでいき、壁を砕いた。
「この剣はなー、雷光剣っていうもんなんだ。見てのとおり剣には稲妻が走っている」
グレイブは雷光剣を両手で持ち身構えた。
ミレイザは冷静だった。不安がなかった。それはラルドが見える場所にいたからだ。どんなことがあっても彼を守る。ミレイザはいつの間にかそんなことを自然と思うようになった。
「いくぞ」
グレイブはそう言うと剣をなぎ払った。稲妻が音を立てて横に線をつくり広がっていく。そしてミレイザの前まで一気に迫った。
ミレイザは左右に目を向けてよけれそうな隙間をさがしたが見当たらなかった。そのため彼女は地面を蹴って稲妻を飛びよけた。だが、グレイブはそれを狙っていたかのように、彼女めがけて剣を振った。ふたたび稲妻が走る。
ミレイザは空中で体をそらしてその攻撃をかわしたが、ローブのはしは焼け焦げてしまった。
地面に着地するとそのままグレイブのところまで走り、彼の持っている剣を取り上げようとした。ミレイザは剣に手が届く位置まで来ると、その剣の柄頭をつかんだ。
ミレイザのすばやさに反応が遅れたグレイブはあわてて剣を持ち上げた。しかし、持ち上がらずにそこで固まったように動かすことができなかった。
グレイブがそれに困惑しているとミレイザは剣を彼から離すために、彼の体を手で押した。すると、なにかに引っ張られるようにして彼は吹き飛んでしまった。
ミレイザはその剣を思い切り投げると、遠くのほうにある壁に突き刺さった。そしてラルドの手をつかみ「行きましょう」と声をかけて走り出した。
「ま、待ちやがれ! クソッ」
グレイブはそう言って立ち上がろうとしたが、彼女に押されたところが痛み動けなかった。胸辺りを見ると、そこの鎧の一部が粉々になっていた。
「どうした?」
そこへロズバーラがやってきた。グレイブの倒れている姿を見ると軽くため息をついた。
「あの女にやられたのか? 情けない」
グレイブは歯をむき出しにして怒りをあらわにする。
「それより見つかったのか? もうひとつのやつは」
「ああ、見つかった。どこにあったと思う?」
「……さあ」
「屋根の上さ」
「屋根? なんでそんなところに」
「光っているからねぇ、鳥が持っていったんだろう。近くに巣もあったからな」
「ふーん、それで、あいつらはどうする?」
「逃がしはしないさ」
ロズバーラは逃げていくミレイザたちに目を向けると、懐から紙状の小さなブーメランを取り出した。指先ではさみそれに息を吹きかける。すると、ブーメランは魂が宿ったようにぐにゃぐにゃと動きはじめた。
そのブーメランを指先から放すと、それはミレイザに向かって飛んでいった。回転しながら彼女たちを追う。ブーメランは勝手に動いているのではなく、ロズバーラの頭の中で動かしている。イメージをブーメランに送るとそのとおりの行動を取るようになる。
ブーメランはミレイザたちに追いつきそのままミレイザの足に張りついた。とたんに彼女は前のめりに倒れてしまった。ラルドは踏みとどまり、困った顔をしながらミレイザの姿を見ている。
「アリッサさん。大丈夫?」
ラルドが問いかけるとミレイザは上体を起こした。
「ごめんなさい、なにかにつまづいてしまって……」
そう答えながら自分の足元を確認した。見るとミレイザのふくらはぎあたりにブーメランが張りついていた。
「なにかしら?」
ミレイザはそれをはがそうと手をのばした。すると彼女の足は急に引っ張られて宙を舞った。なにが起きているのかわからず、そのまま宙ぶらりんの状態で勢いよくどこかに体が向かっていた。そして、倒れるようにしながらロズバーラの目の前に転がり落ちた。
「アリッサさん!」
そう叫びながら、ラルドはミレイザのもとへ走り出した。
ロズバーラは不敵な笑みを浮かべながらミレイザを見ている。ミレイザはロズバーラを見ながら疑問を感じた。なぜ、わたしたちを逃がしてくれないのか? そんなことを思いながら立ち上がろうとした。
「まだ立つんじゃないよ」
ロズバーラはぶっきらぼうに言うと、ふたたびブーメランを取り出して息を吹きかける。それから放つと今度はミレイザの肩に張りついた。するとそのブーメランは下のほうへと引っ張りはじめる。ミレイザは抵抗できずにそのまま体勢を低くさせられて膝をついた。
「アリッサさん!」
ラルドはミレイザの近くまで来ていた。階段を上がろうとしたとき、横から蹴りが飛んできた。ラルドはそれをよけることができずに腹を蹴られて数メートルまで飛ばされた。
「わりーが、いかせねーよ」
グレイブは階段の前に立って指輪から新たな武器を取り出した。それは大剣だった。肩に担ぎながらにやついている。ラルドは立ち上がると剣を構えて姿勢を低くした。
ミレイザはわき目にそのようすを見ながらロズバーラに問いかけた。
「どうして、わたしたちを逃がしてくれないの?」
その質問に鼻で笑うと、ロズバーラはとぼけたように答えた。
「どうして? さあね、どうしてだろうね。強いて言うなら、暇つぶしさ」
「ひまつぶし?」
「グレイブは強いやつが好きでねぇ、そいつに勝つまで離れないのさ」
「あなたは?」
「わたしかい? そうさねぇ……魔女さまのことをあんたらが知ろうとしたからかな」
「魔女さま?」
「知りたいんだろう? 魔女さまのことをさ」
ミレイザはどうでもいいと思った。でも、ピサリーが知りたがっているためにその情報は手に入れたいと思った。
「そうね」
「そうだろ、だからあんたらを生かして返しはしないんだよ」
「でも、さっきあなたは手を出さないって」
「ああ、たしか言ったねぇ、言ったけどねぇ、事情は刻々と変わるんだよ」
「魔女のことは聞いたけど、まだなにも知られてはいないじゃない」
「違うねぇ、知ろうとしていること自体が危ないんだよ。だから、始末するのさ」
ロズバーラはふたたびブーメランを取り出してそれに息を吹きかけた。今度はひとつではなく数枚を指ではさんである。そして放った。
ミレイザはそれからよけようとして横に飛び出した。しかし、足と肩に大きな重力がのしかかったみたいに体が言うことを聞かなかった。
何枚かのひとつがミレイザの腕に張りついた。とたんにその腕が下に引っ張られる。
「ふふふ、どうだい、自由に動けない体ってさ」
ロズバーラは余裕のある笑みを見せると腰に手を当ててミレイザに近寄った。それから両手を地面につけている彼女の腹を蹴り出した。ロズバーラの蹴りが腹にめり込む。だが、ミレイザはその痛みを感じなかった。
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