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50パーセントの守護ゾンビ  作者: おんぷがねと
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34. 行動条件

 ヨチリオとアヤリはお互いに顔を合わせた。驚きとも困惑とも取れるような表情で目をぱちぱちとさせる。そのとたん、ヨチリオの魔法が緩み家の壁を落としそうになった。ほかのふたりもそれに引っ張られてバランスを保てなくなり傾きかける。ヨチリオはすぐさま体勢を立て直しもとにもどした。


 そうして、指定されたがれきを置く場所にいつの間にか来ており、3人はそこに壁を置いた。


「ダリティアにある高級料理屋だな。わかった」


 ヨチリオはそう言って汗を拭う。


 そのとき、小さな光が帯を引いて上がり空で輝いた。それは昼の合図だった。ローゼリスが時間を確認して上げたものだ。『流星』という魔法に風を組み合わせてできる技である。魔法を飛ばすとき『風』は大抵のものに使用される。その勢いなどの強弱を風で調整しているのだ。


 流星を合図に生徒たちはいったん先生のもとへと集まった。全員そろったところでローゼリスは言った。


「休憩になります。午後1時までにはここへもどってきてください。それでは解散」


 生徒たちはそれぞれに散っていった。どこかの店へ食べに行く者。その辺にある素材を使って料理をする者など。休憩中はクロバーの指輪を使ってもよいことになっている。ただ、その指輪をはめて授業を受けることは許されておらず、ローゼリスに見つかると取り上げられてしまう。返してもらうには彼女が出す罰を受けるしかない。


 ピサリーは酒場へ行こうとしたがやめることにした。それはミレイザに連絡を取るためだった。彼女と連絡を取っているところを誰にも見られてはいけない。仕方なくピサリーは誰も来なさそうな場所へ移動しながら、料理でつくれそうな素材をさがした。結局、ナツミルしか落ちておらずそれを料理した。


 パンケーキを頬張りながら、周りが見渡せる場所を見つけて岩の上に腰を下ろす。そして、クロバーの指輪をポケットから出してミレイザを呼び出した。


 実際に本人に会い会話をすること。お互いの本名を知ること。お互いが指輪を身に着けていること。指輪同士をふれさせること。そういった条件で連絡が取れるようになる。ただ。魔女からの連絡は彼女の魔力によりその条件を必要としない。


 ピサリーはミレイザに指輪を渡すとき、密かに指輪同士をふれさせていたのだ。


 指輪にふれて名前の欄に載っている『ミレイザ・ロティーリス』という名前を押した。それ以外の名前は載っていない。


 ピサリーに会うため彼女が通う学園へ向かっていたミレイザは、人差し指に違和感を覚えてその指を見てみた。指輪が振動をして指を震わせている。その振動を止めようと指輪にふれると『ピサリー』という文字が映った。


「ピサリー?」


 ミレイザはその映されている文字にふれた。すると、ピサリーの顔が映し出されミレイザは目を丸くする。


「おい」


 ムスッとしたようにピサリーは言った。ミレイザは不意に左右を確認してふたたび彼女に目をやる。その行動にため息をつき話し出す。


「おまえに話がある」

「え? えっピサリー?」

「ああ、おまえといま連絡を取っている。指輪を使って」

「指輪?」

「知らないかもしれないが、こういった機能もついている」

「へぇー」


 ミレイザは不思議そうに自分の指輪を見つめた。


 ミッドラビッドでの生活でときどき、指輪にさわりこんなことをしている人たちを見かけたときがあった。誰もいないのに誰かに向かって話している姿。その奇妙な行動をよく見てみるとうなずいたり笑ったりしていた。


 誰と話しているのか気になり、そーっと近寄ってみた。だが、その人が話している向こう側には誰もいないし声も聞こえてこない。ミレイザは首をかしげてその場から離れた。

 

「これは、あたしとおまえにしか見えないし、聞こえないものだ」


 うなずいた彼女を見てピサリーは面倒くさそうに話しを切り出した。


「今日、マビポットと会う約束をしているだろう。高級料理屋で」

「ええ」

「そこに来るやつがふたり増えた」

「来る?」

「ああ、学園の連中だ。名前はヨチリオとアヤリだ」

「ヨチリオさんとアヤリさん?」

「そいつらがおまえに会いたいんだとさ。冒険者を一瞬で追い詰めた有名人に」

「有名人? わたしが?」

「ああ、だからおまえはなるべく黙っていろ。なにを聞かれてもな。ゾンビだと知られたらおしまいだ」

「どうして……」

「そんなことになったのか。新聞屋に撮られていたんだよ。ダリティアでルピネスもどきと戦ってたときにな」


 新聞屋と聞いて、ミレイザは今朝その切り抜きを持った男たちに追われたのを思い出した。


 ダリティアでの戦いで、ピサリーがやられそうだと思ったとき体中に電撃が走り飛び出していた。周囲を気にせず、ただ彼女を守るために。


「あたしたちが映っている新聞の切り抜きをヨチリオが持ってやがったんだ。その切り抜きをローゼリスに見せに行こうとしたから、仕方なく止めた。おまえと知り合いだと言ってな」


 ピサリーは目をそらして憎たらしそうにヨチリオの顔を思い浮かべた。それからミレイザに視線をもどした。


「わかったか」

「ええ、なにを聞かれても黙っていればいいのね」

「そうだ。それで、マビポットはいたのか?」


 ミレイザは黙った。すでに彼女と出会いいま取引をしている。そのため返答に困ったのだ。尾行しろというピサリーの声が脳裏で響き、次の言葉を出すことができなかった。


 マギルナアトリエに預けた服を返してもらうため、お金が必要になった。骨董屋に貼られていた依頼をしぶしぶ受けてお金を稼ごうとしたが、道中、冒険者と名乗る少年ラルドを連れていくことに。押しに弱いミレイザは彼の事情を知りそれを受け入れた。そして、盗賊たちに襲われてラルドが捕らわれてしまう。彼を助けるため5万リボンを用意するはめに。


 ミレイザはピサリーが盗賊からお金を取り上げたことを思い出して、彼女のもとへ向かっているところだった。そこへピサリーからの連絡が来たのだ。


 黙ったまま下を向きながら眉根を寄せて歯を噛みしめている。そんなミレイザの困惑した表情を見てピサリーは言った。


「どうした? 失敗でもしたのか?」

「……ええ」


 その返答を予想していないことではなかった。ピサリーはあらかじめ、ミレイザに対して期待半分で接している。当然こういったことも起こるだろうと考えていた。だから、その失敗から目をそらしてただたずねる。


「なにが問題だ」


 ミレイザは顔を上げた。力が抜けたように表情を緩ませる。怒るだろうと思っていた。言われたとおりにできない自分に対して不快になるだろうと。だが、目の前に映る彼女は横を向いてどこかをぼーっと眺めている。しかし、その目はなにかに負けまいとするような力強さを放っていた。


 その緩さと強さの隙間を狙うようにミレイザは声を発する。


「……じつは、マビポットさんと会ってしまって、それからお金が必要になって……」

「ふうん、いくらだ」

「あ、えっと、5万ほど」

「5まん!」


 その金額に驚き、思わず映し出されているミレイザに顔を近づけた。そのまま勢いづき顔が映像の向こう側へと出てしまった。気を取り直してふたたび顔をもどすと、険しい表情でミレイザを見つめる。その行動に驚いたミレイザは目をぱちくりさせて答えた。


「ええ」

「なんでそんなことになった!? マビポットのやつに脅されたのか!」

「えっ!? ああ、お金はべつに、服屋のほうで……」


 ピサリーは目を座らせて小さくため息をついた。服屋と聞いてそこの店員にぼったくられたのだろうと疑いなく思った。ミレイザの性格、人格、気質の問題で他人にすぐだまされてしまう。その心理は簡単に変えることのできないもので、一生つきまとうもの。


 仕方ないとむりやり自分に言い聞かせてピサリーは詳しく事情を聞いた。


「服屋? そうか、なぜそうなったのかすべて話せ」

「ええ」


 ミレイザは町でのできごとをひとつひとつかいつまんで話し出した。話を聞いているとき、ピサリーは辺りを見まわして誰も来ないことを確認する。


 ミレイザは伝えるため彼女がどう動こうが話をつづけた。その話はときどき、しどろもどろになったりもした。状況や状態などを説明してもよくわからずピサリーは何度か聞き返したりした。


 映像のはしに時計が表示されている。ピサリーはその時間を確認しながら耳を傾けていた。そうして、すべてを話し終わりミレイザは口を閉じる。


「……なるほど」


 ピサリーは嫌な表情を見せず、どうやって解決するかを考えた。


 いまさらだまされていることを言っても意味がない。本人も感づいているはずだ。マビポットの尾行に失敗したことは仕方ないとして、服屋のマギルナ。落ちている石を拾っただけで泥棒扱いしてきた夫人。胡散臭い少年ラルド。マビポットのお使いで出くわした盗賊。


 夫人をさがして取り返すのは無理として……。


 なにかを考えている彼女の姿を見てミレイザはがっくりと下を向く。

 なんて不甲斐ない。なんて流されやすい。自分のそういった性格を不満に感じても、すぐにどうにかなるものでもない。だから、ミレイザは手を強く握り耐えるしかないのだ。


「わかった。これからおまえに5万リボン送る。だが、その金は使うな」

「え?」

「まず、盗賊どもをやっつけてこい。いまのおまえなら簡単だ」

「えっ!? ……でも」

「絶対に金を渡すな。たとえその少年がやられてもだ」

「そんな、でも、わたし戦うのは……」

「わかった。じゃあ、おまえの大事な服、直してやってもいいぞ」

「服を?」

「ああ、それを預けている服屋にあたしが行って、ちゃんと直してもらうように頼んでやるよ」

「本当に?」

「ああ、約束する。だからおまえも約束しろ」

「やくそく」

「盗賊どもをこらしめてくる約束だ」


 ミレイザは困ったように下を向く。そして考えた。これから盗賊たちと戦わなければならない。その争いのなかで自分が自分を保っていられるか。もしかしたら我を忘れて相手を殺してしまうかもしれない。


 本当にこのわたしがあの盗賊たちを簡単に倒せるの? ひょっとしたらわたしのほうが……ピサリーが言うならそうなのかもしれない。でも、怖い。なにもかも忘れてもうこのままどこかへと逃げだしたい。でもそんなことはできない。これからのことや自分の体のこと。ピサリーとの信頼関係。わたしが彼女に助けを求めたことへのつながり。


 それらのことは財産だと感じて、これはやらなければならない使命なのだとミレイザは心に誓った。


 ピサリーとの約束。ただ、その約束を守るために。


「わかったわ」

「そうか、じゃあ、いまからおまえの指輪に金を送るからな……」


 相手と連絡が取れれば送金もできる仕組みになっている。ミレイザの名前を押すと道具や金銭などの項目が出る。そこにある金銭を選び金額を入力すると送金できるのだが、ピサリーは本当にこのまま彼女にお金を渡していいものなのかと考えた。


 また、だまし取られるのではないか? もしかしたら盗賊どもの言うとおりにしてしまうのでは? 


 絶対に金を渡すなと約束はしたが……。以前ミレイザの戦いを見て、その辺の盗賊どもにやられる可能性は低い。だが、彼女の性格を考えると半々だ。


 ピサリーは送金文字の手前で指が止まっていた。彼女が固まっているのを見てミレイザはそわそわとしだす。それは盗賊たちに捕らわれているラルドが心配になったからだ。見ている映像のはしっこにある時計は12時半を超えていた。


「……送金したぞ。そっちの金額が増えているはずだ」


 ミレイザは金額を確認すると5万800リボンになっていた。


 ピサリーは送金したのだ。相手に約束を守らせるには、こちらも本気だということを信用させる必要がある。もしかしたら盗賊どもに持っていかれるかもしれない。しかし、それ以前に行動条件を明確にさせるほうが先決だと考えたのだ。


「ええ、ちゃんと届いているわ」

「そうか、じゃあ盗賊どもを倒しマビポットの依頼をやったあと、骨董屋で待ってろ。授業が終わったらそこへ行く」

「ええ」


 力強くミレイザはうなずいた。その目は輝き強い意思を放つ。もうこれ以上だまされたくない。迷惑をかけたくないという思いが彼女を奮い立たせた。


 ピサリーはそんな彼女に助言めいたことを言った。


「いいか、おまえをだますやつはそこら中にいる。気をつけろ」

「わかったわ」


 それを聞いたピサリーは通信を消した。イラついたように目を座らせて歯を噛みしめる。ミレイザの性格をよそに次から次へと彼女を狙ってくる輩に対して、クソどもが……と、毒づいた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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