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50パーセントの守護ゾンビ  作者: おんぷがねと
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32. 割れた異現紙立て

 サザンティカの町はドラゴン軍団の襲来により住民はみな死んでしまった。ピサリーだけを残して。折れた柱。割れたガラス。崩れた壁。ピサリーはそれを見ると気持ち悪そうに不快な表情をする。だからなにも見ないように目を半分だけ開けて下を見て歩いた。


「よーし、あたいたちはここの家をやろう」


 ヨチリオは足を止めてそう言った。ピサリーはちらりとその家を見た。屋根や壁は崩れ落ちていて向こう側が見える。だが、その場所には見覚えがあった。ピサリーはそれから顔をそらして近くの崩れた壁に腰を下ろした。


「さっそく、はじめるわよ」


 そう言ってアヤリは杖を出した。短剣のようなパール色の杖をがれきに向けている。ヨチリオも杖を出した。彼女の腰の高さくらいある杖は、片方の先端が鍵のように曲がったモスグレイ色。


 ヨチリオは杖をアヤリと同じがれきに向けると、ピサリーがいないことに気がついた。


「あり? ピサリーがいないな」


 ふたりはピサリーをさがすため辺りを見まわした。


「あそこだわ」


 抑揚なく言い、アヤリがそこに目を向ける。ヨチリオも彼女と同じ方向を確認した。


「寝てるな……しょーがねーな。おーいピサリー! 作業はじめるからこっちに来なよ」


 ピサリーはそれに応えず塀の上で寝転がっていた。ヨチリオはそれにも構わずつづけた。


「ひょっとして具合でも悪いのか? そうなら、先生に言ってくるから待ってな」


 その言葉を聞いてピサリーは舌を鳴らした。それから起き上がりヨチリオを止めた。


「おい! あたしは元気だ。よけいなことをするな」

「え? なんだ、そうなんだ。じゃあ、がれきを退かすの手伝ってくれよ」

「悪いけど、あんたたちが勝手にやれば」

「勝手にって、本当にいいのか?」

「ああ」

「……あっそう、わかった」


 ヨチリオはアヤリに向き直り気を取り直すよう笑顔を見せた。


「やらねーって、しょーがねーからあたいたちだけでやろうぜ」


 アヤリはピサリーを見ると虫の居所が悪そうな顔をして、彼女から目をそらした。


「まったく」


 そう言いながら杖を握りしめてがれきに向ける。大きながれきは避けてふたりで持ち上げることのできる大きさのものを先にやることにした。


 しばらくその作業がつづくとヨチリオは小さな異現紙(いげんし)立てが落ちているのに気がついた。それは焼け焦げて割れているものだった。


「これは?」


 ヨチリオは異現紙立てを拾い上げると、その中には異現紙が入っていた。だが、半分以上ちぎれておりその映像は止まっている。ビリビリと乱れている映像の中に少女が映っていた。ムスッとした表情をしている。


「なにかあったの?」


 杖を構えて待っていたアヤリがしびれを切らして言い寄った。それからヨチリオが持っているものをのぞき込む。


「それは?」

「さあ、誰かの異現紙だ」

「……これ、ちょっと似てない?」

「え? 誰に?」

「ピサリーに」


 目を細めたりしてヨチリオはよく見てみた。赤毛に赤い羽根。にらみつけているような目。彼女の幼いころと見ればよく似ていた。


「あー! 確かに」


 すぐさまヨチリオはピサリーに声をかけた。


「おーい! ピサリー! これ、おまえか?」


 額ぶちを高く上げながら彼女が起きるのを待った。ピサリーはやかましく感じて起き上がると、ヨチリオが持っているものに目を向けた。


「ここにピサリーっぽい少女が映っているんだ」


 それを聞いたとたん、ピサリーは彼女たちの前まで走っていき、その異現紙立てを取り上げて確認した。それは上半身だけ映っていて、ほかは焼け焦げておりちぎれていた。煤汚れている向こうに見える幼き少女はピサリーだった。


「なっ、ピサリーだろ? それ」

「……あたしじゃない」

「そうか? なんか似ているけどなぁ」

「この町は妖精が多かったからな、きっとそいつらの誰かだろ」

「ふうん、そうか」


 ピサリーは異現紙立てを高々と放り投げた。その行動にヨチリオとアヤリは驚きを見せる。それから自由を求めて空へ飛んでいく壊れた写真立てを目で追った。


 ピサリーは投げた物にムッとしながら、無防備に宙を舞っている自分の異現紙に杖を向ける。そしてそのまま火の玉を放ち、異現紙立てもろとも燃やした。


「なにやってんだ!?」


 目を丸くしながらヨチリオは言った。ピサリーは無視をしてそっぽを向く。塀の外で遺留品の選別をしていたローゼリスが火の玉に気づき中に入ってきた。


 魔法を放った張本人をさがすため辺りを見まわす。みななにごともなく作業をおこなっている。だが、ひとつのグループだけが作業を止めていた。


 ローゼリスはやはりと思い、そのグループまで歩き出した。すると、ヨチリオがローゼリスに気づき彼女を呼んだ。


「あっ! 先生」

「どうしたのです。ヨチリオ」

「ピサリーが……」


 その名前にローゼリスはとがった目をちらりと本人に向けた。ピサリーは腕組みをして知らぬ振りをしている。


「ピサリーがどうしたのです?」

「火の玉で異現紙を燃やしたんですよ」


 ローゼリスはそれを聞いてピサリーに近寄った。目の前に来ても彼女は物怖じせず腕組みをつづける。


「ピサリー、なぜ異現紙を燃やしたのです」

「手間を省いてやったんだよ」

「わたしの話を聞いていなかったのですか? 遺留品を見つけたらわたしのところまで持ってくるようにと言ったはずですが」


 ピサリーは黙ったまま顔をそらした。


 彼女は自分の過去をさぐられるのが嫌いだった。自分の存在していた過去の時間、右も左もわからない幼い自分を映し出している物、消そうとしても消えない逃げて怯えて震えている自分。それは自分が許せないわけではない。ただ、そのことを他人に知られたくないだけ。だからピサリーはそういった証拠となるものを見つけしだい、処分してしまうのだ。


 定期的にサザンティカをおとずれてはそういった証拠品をさがしていたが、ひとりでは持ち上げられないがれきが邪魔をして、証拠品集めを諦めることにした。


 本日、自分の住んでいた町の掃除が授業になるとは思わなかった。ピサリーはすべて焼けた町でそんな物は見つかることはないだろうと高をくくっていた。しかし、がれきの下で眠っていたものがヨチリオたちの力により見つかってしまった。


 確かに絶対に見つからないという保証はないとピサリーは思っていた。だから、眠っているふりをして授業をサボろうと考えたのだ。もし、町で証拠品が見つかってしまっても、白を切ればいいと。だが、ヨチリオはサザンティカへ連れて行こうとしてきた。


『抱っこ』という緩い言葉がピサリーの自尊心を崩そうとして、仕方なくついていくことにした。


 そして、もし証拠品が見つかったとしても、彼女たちが気づかなければいいだけ、と考えて寝たふりをする。なにかあればすぐに駆けつけれるように。


『ここにピサリーっぽい少女が映っているんだ』という言葉を聞いて、ピサリーは冷や汗をかきながらその異現紙立てに駆け寄る。そこには幼いころの自分が映ったものがあり、とっさにそれをごまかしたのだ。


 なにも答えないピサリーにローゼリスはため息をつき、ヨチリオたちに話した。


「ヨチリオ、アヤリ。ピサリーが今後こんなことをしないように注意してくださいね。頼みましたよ」


 ふたりとも「はい」とだけ言って返した。


 ローゼリスは凛とした背中を向けて去っていく。それを見届けたヨチリオたちは、撤去作業を再開させた。


 斜めに折れている柱に杖を向ける。ヨチリオとアヤリはまだひとりだけ杖を出してこないピサリーに鋭い視線を送る。彼女はまた怠けようとあくびをしながら歩き出していた。


「ピサリー、頼むから手伝ってくれないかなー」


 ヨチリオの声を無視してピサリーはそのまま歩いて行く。その行動に若干の呆れを感じると、あることを思い出して彼女をふたたび呼び止めた。


「あっ! そういえば今朝、新聞におまえが映っていたぞ」


 ピサリーは立ち止まり耳を傾けた。ヨチリオは人差し指をあごに持っていき思い出すように話し出す。


「あれは、確かにピサリーだったな。あたいが見たかぎりじゃ、町中で冒険者と決闘していたように見えたが」


 いつの間にか新聞屋に映像を取られていたのか。そう考えて、ピサリーは苦虫を噛み潰したような顔をするとヨチリオに振り返った。それから腕組みをして彼女がなにをたくらんでいるのかさぐりはじめる。


「それがなんだ?」

「もうひとり映っていた人は誰だい? フードを被って仮面をつけている女の人さ。……ひょっとしてお友達かな?」

「いや」

「ふーん、そうなんだ。それで、なんで冒険者と決闘していたんだ?」

「おまえには関係ない」


 すると、ヨチリオは懐から新聞の切り抜きを出してきた。指でつまみながらひらひらとあおいで見せる。


「これはなーんだ」


 ピサリーはむくれながらその紙切れをにらんだ。なにも言ってこないピサリーに対して、ヨチリオはそこに書いてある文面を読み上げる。


「『冒険者を一瞬で追いつめた彼女は何者だ!?』って書いてあるんだ。もし、ピサリーが彼女と知り合いなら紹介してもらいたかったんだけどなぁ」

「はあ? なんで」

「……なんで? ただ言ってみただけだよ。ピサリーこそなんで反応したの? べつに知り合いでもないんだよね。関係ないんだよね。なのに……」

「ただの興味本位だ」

「へぇー、他人に興味のないピサリーがこの女の人には興味があるんだね」

「いや、おまえがなぜその女を紹介してもらいたいのかが気になっただけだ。あたしをだますために言っただけなら、もういいよ」

「そう、じゃあ最初の質問にもどるよ。なんで冒険者と決闘してたの?」

「だから関係ないって」


 数秒、ふたりのあいだに沈黙がおとずれた。薄い霧立った空間にひと吹きの風が流れる。


「……わかった」


 ヨチリオは懐に切り抜きを入れると歩き出した。ピサリーの横をとおり過ぎて門の外へと向かう。その行動に疑問を感じてピサリーは彼女を呼び止めた。


「どこへ行く」


 ヨチリオは止まらずに声だけを返した。


「ローゼリス先生のところだ」

「なに?」

「この切り抜きを先生に見せに行くんだよ」


 ローゼリスにその切り抜きを見られたら、なにを言われるかわからない。もしかしたら、町中で決闘していたことに対して罰を与えてくるかもしれない。もしかしたら、ミレイザの正体を知られてしまうかもしれない。それだけは避けないと。


 そう考えてピサリーは彼女の前まで走っていき、その歩行を止めさせた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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