31. 課外授業開始
宿屋でミレイザと別れたあとピサリーは学園に向かった。あくびをひとつつき杖を振るう。とたんに学園手前まで移動してかったるそうに歩き出す。すでに何人かの生徒たちが集まっていて、仲の良いもの同士がなにかの話題を持ち上げて話し合っていた。
ピサリーはいつものようにため息をついて適当な場所に寝そべる。
今日はスタープリルたちからからかわれることもなく、ローゼリスがあらわれて静かに授業がおこなわれた。
「授業をはじめる前にお知らせしたいことがあります」
そこでいったん言葉を区切ると生徒たちを一様に見まわし、それから先をつづけた。
「すでに感づいている方もいらっしゃるかもしれませんが、最近、盗賊や詐欺師などが増えてきているようです。モンスターがこの世からいなくなったために、貧困や職を失った一部の輩がそういった行動を起こしているそうです。原因はほかにもあるかもしれませんが、この世界シズンエスタ全体の復興途中のさなかであるために、一時的な現象かもしれません。ですからみなさん、くれぐれも気をつけてくださいね」
「先生」
リタメリーが手を上げた。
「なんですか? リタメリー」
「もし、そういった者に出くわしたら、魔法で攻撃していいんですよね」
「それは場合によります」
「場合、ですか」
「はい、もしそうなったら、できるだけ刹那で逃げるようにしてください。戦う必要はありません」
「どうしてですか?」
「危険だからです。こちらは魔法が使えるからといって相手を見くびってはいけません。魔法のついた武器などを使用してくるかもしれません。ですから、まずは逃げることです」
「では、逃げられない状況だったら攻撃してもいいんですか?」
「そうですね、身を守るためには仕方ないでしょう。ですが、その相手が攻撃をしてきた場合にのみ、攻撃魔法を放ってください。それは相手がモンスターではないからです。わかりましたか?」
「はい」
「みなさんもわかりましたね」ローゼリスはそう言ってふたたび生徒たちを見まわす。生徒たちはそれに対して頷いたり返事をした。それからいつもどおりに授業が開始された。
「それでは授業をはじめます。本日は以前予定していた課外授業になります」
ローゼリスは杖を振りそこに映像を出した。それは滅びた町の映像で人の気配はない。
「知っている者もいるかもしれませんが、ここはサザンティカという町です。リンディの町から南へ行ったところにあります」
ピサリーはその名前に目を丸くした。それは自分の住んでいた町だったからだ。
「女王陛下からの仰せにより、この町の復興作業の手伝いをしていただきます。みなさんにはこれからグループをつくってもらいます」
すると生徒たちはそわそわとし出した。こそこそ話し合ったり、よろこんでいる者、ため息をついている者もいる。
「ここにちょうど、黄色の制服が5人。緑の制服が9人、赤の制服がひとりいますので、黄色ひとりをリーダーにして、その中にふたり入ります。それでひとつのグループにしてください」
「先生」
「なんですか? リタメリー」
「ピサリーはどうするんです? 彼女の制服は赤ですし」
「そのことですか。誰かのグループに入れてやってください」
それを聞いて生徒の一部からは嫌悪感を抱く者もいた。誰のグループになるのかお互いがにらみ合っている。ピサリーだけは入れたくない。そんな雰囲気が授業を包んでいった。
「先生、あたしべつにひとりでいいんだけど」
ピサリーは気だるそうに言うと嫌な過去を思い出してため息をもらした。
「それはいけません。なぜなら、これからおこなう授業は3人で力を合わせなければならないからです」
「力を合わせる?」
「町はがれきが散乱しています。それを撤去するのにひとりでは無理でしょう。ですから3人必要なのです」
それを聞いてピサリーは不快そうに目をそらした。ローゼリスは凛とした視線を彼女に向けて話をつづける。
「サザンティカは、たしかピサリーの地元でしたね」
ピサリーはなにも言わず黙ってそっぽを向いた。ほかの生徒たちはひそひそと言葉を交わす。
「あなたの住んでいた町があのままの状態で残っているのは、心苦しいのではありませんか? ピサリー」
「……べつに」
赤く燃える炎。焼け焦げた町のにおい。目の前で見た巨大なドラゴン。そのドラゴンに踏みつぶされた姉。ひとりで震えていた暗い洞穴。そんな光景がいまだに脳裏から離れず、呪いのようにすぐによみがえってくる。
ピサリーはそのことを思い出しそうになると、消えろ! と念じて、その思い出を消していた。だが、そう簡単には消えることもなく、ただ耐えるしかなかった。
「そうですか。では、グループをつくってください」
ローゼリスは手を叩いて生徒たちを急かした。それに合わせて生徒たちは仲の良いもの同士一緒になる。すると、ピサリーのほかにふたりの生徒が残った。
ボサボサなモスグレイ色の長い髪をかきながら立ち尽くしているヨチリオ。彼女は黄色の制服で生徒の中では一番背が高い。面倒くさがりなところがあり、なにをやるにしても適当に片づけてしまう。「まぁ、いっか」と言って自分を正当化する。
「残っているのは、あたいと……」
ヨチリオはなにかを見つけてにんまりすると歩き出した。その行動にちらりと視線を送る者がいる。
あごまであるパール色のボブヘアを耳にかけるそぶりをしながら本を読むアヤリ。彼女は緑の制服でピサリーより背が低い。フチなし眼鏡をときどき整えながら辺りを確認する。どのタイミングで立ち上がるかようすを見ていた。
「グループが決まりましたら、サザンティカの町まで来てください。わたしは先に行っています」
ローゼリスは刹那を使いその場から消えた。それにつづくようにグループをつくった者たちは次々と消えていった。
学園に一陣の風が吹く。ピサリーは寝転がり居眠りをしようとした。と、そこへヨチリオが近寄ってきた。
「ピサリー、あたいと一緒だな」
ヨチリオはそう言って、にっと笑った。ピサリーは無視してそのまま目を閉じた。
「おーいアヤリ。おまえもあたいたちのグループだな」
彼女の呼びかけにアヤリは読んでいる本から目をそらしてヨチリオのほうを見た。まぶしそうに目を細める。それから、ゆっくりと立ち上がり服装を整えると踏みしめるように歩き出した。
「そうみたいね」
アヤリはピサリーのもとまで来て立ち止まった。風に揺れながら寝息を立てているピサリーを見下ろし、そのだらけた服装に顔をしかめる。できればかかわりたくないと思いながらも仕方なく声をかけた。
「ピサリー起きなさいよ。いくわよ」
だが起きなかった。うるさいというようにピサリーは寝返りをうち背中を見せる。自分の声に反応しない彼女にため息をつくと、その場に屈み彼女を揺すった。
「ピサリー、いくわよ」
ふたたび声をかける。ピサリーはそれに反応していびきで返した。アヤリは揺すっても揺すっても起きそうにないので揺するのをやめた。
「死んでいるみたいに起きないわ」
そう言って、となりで見ていたヨチリオに顔を向ける。助けを求めるようなアヤリの顔を見てヨチリオは頭をかいた。
「しょーがねーなぁ……じゃあ、抱っこしていくか」
その言葉にピサリーは目を開けた。ヨチリオは屈んで彼女を抱えようと手を広げる。
「さっきからうるせーなぁ。いくよ」
ピサリーは気だるそうに立ち上がり、そっぽを向く。ヨチリオとアヤリはお互いに顔を見合わせる。それからヨチリオはにっと笑いピサリーに言った。
「ああ、いいっていいって寝ててさ。あたいが抱っこしていってやるから」
「ああ?」
「だって眠いんだろ?」
「べつに」
「そうか、ならいいや。それじゃあいくぞ」
こうしてヨチリオ、アヤリ、ピサリーはサザンティカの町に向かった。
サザンティカの町に着くと、生徒たちは門の前に集まっていた。ヨチリオたちは走ってそこに向かった。だが、ピサリーは歩いて向かう。
「ごめんごめん、みんな」
ヨチリオは遅くなったことを謝った。それからローゼリスに向き直り頭をかきながら適当な言いわけをした。
「先生。すみません、ピサリーのやつが……」
「彼女がどうかしたんですか?」
「眠い眠いっていうもんだから、仕方なく待っていたんです。それで」
そこにピサリーが合流するとローゼリスは彼女にたずねた。
「そんなに眠かったんですか? ピサリー、制服が乱れていますよ」
「はーい、眠すぎて眠すぎてさぁ、だから先生。あたし帰ってもいいですよね?」
「帰る? それはいけません。そうですか、それほど眠いのであれば今日の授業はもってこいでしょう」
町の玄関とも言える門は外側に吹き飛ばされ、その大きな破片があちこちに散らかっていた。塀の隙間越しに見える町の中は死んだように静まり返り、そこから漂う冷感が誰も寄せつけぬような不気味さを放っていた。
生徒たちは黙ったままそのようすに息をのんだり身を引きしめたりしている。
それから町に入る前にローゼリスからいくつかの注意事項が説明されて、生徒たちは中に入っていった。町を囲う塀はほとんど崩れ落ち黒く煤汚れている。家々も同様に崩れ、風化により埃や土臭さがその町の中を覆っていた。
がれきを持ち上げて町の外に持っていくグループ。持ってきたものを燃やしたり砕いたりするグループに分かれて作業が開始された。
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