30. 道を妨げるもの
ミレイザはラルドのあとについていくこととなった。北の廃墟に向かうことを話すとラルドはその場所なら知っていると返してきた。冒険者として地理は必須で、依頼人が行く場所はどういったところかなにがあるのかくらいは知っている必要がある。
たとえそこを知らなくても情報共有などで事前に調べておくようにしている。
道は草原がつづいている。ときおり吹く風は草を揺らし平穏な印象を与え、ミレイザたちを脅かすものはなにもなかった。
「アリッサさんは北の廃墟になにをしに行くの?」
ラルドはちらりとミレイザを見てからまた前を向いた。
興味ありげに声が高く、うれしそうに聞いてきた。それに対してミレイザはどう返答していいか迷った。アメズイスの杖と虹色の羽を取りに行くと言っても。なんで? どうして? なんて根掘り葉掘り聞いてくるかもしれない。
そういうことがミレイザにとっては苦手だった。
相手が理由を聞いてくるたびに、これは言っていいものなのか悪いものなのかを考えてしまうからだ。それによって返答が遅くなり、その相手はイライラをつのらせてしまうこともあった。
あせって間違ったことを言ってしまわないように、ミレイザは正直に言うことにした。
「アメズイスの杖と虹色の羽を取りに」
「へぇー、そうなんだ」
「ええ」
「アメズイスってたしかうわさだと、大魔王の部下って話だよね。勇者御一行がそいつを倒した……当たり前だけど、やっぱりすごいなぁ。ぼくもそんな勇者たちみたいに強くなりたいよ」
ラルドはそう言って背中にある剣を抜き高々と掲げる。
「モンスターはもういないけど、どんな獣でも退治できるようになりたいんだ」
その剣に日が差してきらりと光らせた。
草原にある土の道を歩いていくとわきに砕かれた壁、遠くには外壁をえぐった家屋などが見えてきた。
ダリティア城の北側はまだ手がつけておらず、モンスターによって破壊された建物が残っている。女王の権限でできるだけ早く住めるようにと配下の者に伝えてあるが、人手不足のため多方面にそういった仕事の依頼を出しているのが現状だ。
ふたりはそれをわき目に見ながら歩いて行った。
ミレイザは地図を取り出して確認した。地図を指輪に入れるとその場所が映像で見ることができる。自分たちがどこを歩いているのかが表示される。映し出されている場所にふれれば、その場所のリアルな映像も出る。
大体の現在地から目的の場所を見ていくと、途中に鐘楼塔がありそこを左に曲がってまっすぐ進むと滅びた町が見える。その町のどこかに杖があると記されていた。
地図を閉じて前を見ると遠くのほうに鐘楼塔らしきてっぺんが見えた。
「あそこに建っている塔を左に曲がれば、もうすぐ着くよ」
ラルドはそう言うと、冒険者としての初仕事がうれしいのか彼は軽い足取りでぐんぐんと前に進んでいく。ミレイザはそれを追いながら辺りを見まわした。
四角い石床が敷き詰められている道。がれきが散乱しているその道を挟んで両側に壁が建っている。通常は5メートルくらいある壁だが、いまはミレイザがすこし背伸びをすれば向こう側がのぞけるように崩れているところもあった。
広々とした風景はいつしか狭い空間になっていった。壁は途中で途切れたり、そこからまたつづいたりしている。
がれきを飛び越えて先に進む。目の前に行き止まりの壁があり、それを見越してラルドは手前の道を曲がった。ときどき道順には進まず壁が崩れているところを進んでいく。ミレイザはなにか危険がないか辺りを見まわしながらあとを追った。
そうして鐘楼塔の前まで来た。途切れ途切れの通路を抜けだすと広い空間があらわれた。鐘楼塔を真ん中にして円形状に壁が立ち、そこから左に道がつづいている。その道の先も両側に壁があり通路になっていた。
モンスターが町に入り込まないようにウイザームの町長は何重にも壁をつくらせた。だが、アメズイスの魔法によりその壁は吹き飛ばされ、人々は全滅させられた。大魔王の力をただ見せつけるためだけに部下はそういった行動を起こしたのだ。
ゴオォン……と重々しい鐘の音が聞こえてきた。鐘楼塔から響いている。ミレイザたちは塔を見上げた。てっぺんのほうには針がついており、それが時を刻んでいた。時間はちょうど12時を指して一度だけ鳴った鐘は静まり返っている。
深紫色の四角柱が空高くにそびえ建ち、あちこちに巨大な爪でえぐったような傷がついている。
その鐘楼塔はウイザームの町の四方に建ち並び、迷路のような壁づたいの道の目印としても使われている。が、残ったのはこの塔だけである。
「アリッサさん、行こう」
ラルドは町へ行くための通路を目指して歩き出した。ミレイザもそのあとにつづく。広場から出ようとしたとき進む方向から何者かが出てきた。
「おっと、ここは立ち入り禁止だ」
鋼の鎧を着た大男がこん棒を片手で持ちながら、ミレイザたちの進行を妨げた。ラルドは身構えながら彼にたずねた。
「禁止? あんたは?」
「俺はガジ。悪いがここは俺たちの縄張りなんだ。ここを通してほしかったら金出しな」
「縄張り?」
「ああ、ははは」
「じゃあ、ぼくたちはここは通らないようにするよ。行こう、アリッサさん」
ラルドはそう言って来た道を引き返した。ミレイザは彼のあとについてくと、はっとした。通路をふさぐようにまた誰かが立っていたからだ。丈の長い白のローブを身にまとった細長い男が鎖鎌を両手で握りしめながら不敵な笑みを見せている。
「ははは、悪いねえ……」
ガジが歩きながらふたりに近寄ってきた。ラルドは剣を構えながらミレイザを後ろに下がらせて、じりじりと後退していった。その男たちはふたりを囲う。
「ここから出たかったらそれなりの料金を払ってもらいたい」
「料金?」
「ああ、ははは、言ったろ? 俺たちの縄張りだって。おまえらが入ったここの敷地は俺らのもんだ。だから……」
ガジはそう言って手を差し出してきた。その手を見てラルドは憎らしい顔を見せる。
「5万よこしな」
「そんな金はない」
「ない? じゃあ」
男はこん棒を振り上げながら襲いかかってきた。ラルドは剣でこん棒をはじくとミレイザを守りながら彼らの動きを確認していった。
「なにをする!」
「ははは、なにをする? おまえ冒険者だろ? だから持っている金をうばおうとしたんだ」
「金ならくれてやるさ!」
ラルドはミレイザからもらった金を投げ渡した。男はそれを見て目を丸くしたあと軽く笑った。
「ははは、これっぽっちか?」
「ああそうだ!」
すると鎖鎌がラルドの剣をはじき、その剣は壁に突き刺さった。
「あっ!」
くやしそうにラルドは巨漢の男をにらみつけた。それを見てふざけたように笑うとその男は両手を広げた。
「俺たちはべつにおまえと争うつもりはない。だが、ここに入った以上、金を出してもらわないとな」
「だから、そんな金は持ってない!」
「そいつはわかってんだよ……だからさ」
するとラルドが速いなにかに押し出されたように消えた。
ミレイザは辺りを見まわすと、ラルドは鎖鎌を持った男に捕らえられてしまった。彼は持っている鎌の刃をラルドの首元に押し当てている。
「放せ!」
ラルドは声を張り上げた。ミレイザはどうしていいのかわからず、本能的にラルドを助けようと動き出そうとした。
「おっと動くんじゃない……でないと、そいつの首が飛ぶ」
ミレイザは止まり口を噛みしめた。
「あんたが代わりに金を出してもらおうか。ふふふ」
「アリッサさん! ぼくのことは気にしなくていいから、早く逃げて!」
小さく「だまれ」と言いながら、鎖鎌を持った男はラルドの体をしめつけ、ますます首元に刃を近づける。
「お願い、ラルドを放して!」
ミレイザは懇願するように助けを求めた。
「ああ、放してやるとも5万出したらな」
「そんなお金は持ってません」
「じゃあ、どっかで手に入れて来てもらおうか」
ガジは不敵に笑いながら威嚇するように持っているこん棒で自分の手のひらを叩いた。ラルドを捕まえている男は、いまにも鎌のとがったところを喉に突き刺そうとしている。
ミレイザは『ラルドを助けなきゃ』と思いながらも、この状況自体が以前起きた盗賊たちとの戦いと同じだと感じていた。本当にラルドは助けを求めているのか? そんなことが頭をよぎり動こうとする体を疑心という感情が止めていた。
「うっ! クソッ!」
突然、鎖鎌の男が苦しみだした。ガジは驚きを見せながら彼のほうを見た。そこには足から血を流している彼の姿があり、ラルドはその男から逃げ出していた。その手には血だらけの短剣が握られている。
「大丈夫か? ゾルク」
ガジは気に入らなそうに眼を座らせてたずねた。ドクドクと流れ出す血に目をうばわれながら、その原因をつくったラルドに目を向ける。
「あ、ああ、短剣を隠し持ってやがった!」
ゾルクは傷ついた足を片手で押さえながら脂汗をもう片方の腕で拭う。
「やりやがったな」
ガジはこん棒を構えると、ラルドにじわりじわりと近寄っていった。ラルドは短剣を捨てて壁に突き刺さった剣を引き抜いた。
「アリッサさん! 逃げて!」
ラルドは大声で言った。ミレイザはそれを聞いても動けなかった。それは疑心というものが崩れかかろうとしているため、やはり演技ではないのでは? と思うようになっていた。
そうなってしまうと、果たしてラルドは男ふたりを相手にできるのだろうか? という不安が心を突いてくる。ここで彼の言うとおり逃げたとして、ふたたびここにもどってきたとき彼がやられていたら……。そう思うと逃げたくても逃げられない。
ミレイザは目の前で誰かが犠牲になる姿がとても耐えられないのだ。もしかしたらということが起きてしまうと、目を離さなければよかったと後悔してしまう。
「逃げてもいいぜ」
そう言いながらガジはこん棒をラルドめがけて振り下ろす。ラルドは横に飛び退いてかわすと、こん棒はそのまま壁を破壊した。
「ははは、こいつが粉々になる姿を拝めなくなるがな!」
「そんなことにはならない!」
剣とこん棒が激しくぶつかり高い音を立てる。ラルドは剣を両手でつかみながらそのこん棒を押し返そうとしているが、ガジは笑いながら片手で余裕の表情を見せていた。
ガジはこん棒をすばやく振り上げて、ラルドの剣を受け流すと彼の開いた腹にその棒を突いた。ラルドはうめき声を上げ壁に激突した。さらに片手で彼の首を持ち絞め上げる。
ラルドは剣を落とし両手でガジの手を引き離そうとした。だが、息を吸えない苦しみが手に力を入らなくさせていた。
「わかったわ。5万リボン持ってくるからラルドを放してあげて!」
ミレイザは手のひらを前に出して待ってもらうように頼んだ。数秒、疑い深そうに彼女を見たあとガジは手を緩めた。ラルドはその場に崩れ落ちてゲホゲホと咳を繰り返す。
「そうか、じゃあ持ってきてもらおうか」
ミレイザはうなずき意を決してその場から去ろうとした。
「待て」
ガジはミレイザを呼び止めた。
「もしかしたら、もうもどってこねーかもしんねーから、そうだな……1時間待ってやる。もし1時間経っても来なかったら、こいつの命はなくなる。わかったか?」
ミレイザはなにも言わずにただうなずき返した。それから恨むような心配そうな表情を見せてその場から抜け出した。
迷路のような道を抜けながら、どうやって5万というお金をつくるかミレイザは考えた。1時間でできること。いまから働いて稼ぐ? それは無理。小金なら稼げるかもしれない。でも5万という大金、稼げるわけがない。
じゃあ私物を売ってみる……だめだわ。クロバーの指輪を売っても、指輪自体が安い。中に入っている物がモノだけに高値にはならない。いま着ている服も同じ。買った値段が高いものでも、売るときはそうとう安くされてしまうのが現状。
そうなると、誰かに借りるしかない。ミレイザの頭に浮かんだのはピサリーの顔だった。
『金が手に入った』と彼女は言っていた。盗賊からうばったものだろう。その指輪にいくら入っているかわからないけど、それを借りるしかない。
そう思い立ち、ミレイザはピサリーが通う学園まで行こうとした。だが、あることに気がついた。それは学園に行ったとして、どうやって彼女に近づくかということ。
授業をのぞくことはできるが、いつピサリーが自由になるのかわからない。今日の授業は1日中かかると彼女は言っていた。
ミレイザはふと時間を気にして振り返った。鐘楼塔を見上げて時計を確認すると12時13分ほど針は進んでいる。1時間以内ということは13時までにここへもどらなければならない。
そう考えてミレイザは取りあえず妖精女学園まで走り出した。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。




