25. 情報を得る条件
骨董屋に着き中に入ると、マビポットはカウンター越しに客と話していた。ちょうどその客と話し終えたのを見て、ふたりは彼女に近寄る。
マビポットはふたりに気づくと笑顔を見せて気軽そうに声をかけてきた。
「やあ、いらっしゃい。なにかさがし物? たしかアリッサとピサリーだったね」
ふたりはどちらが話を切り出すか顔を見合わせた。それからピサリーが話し出した。
「聞きたいことがある」
「なんだい?」
「魔女を知っているか?」
「まじょ? ……ああ、聞いたことあるよ。モンスターの軍団を一網打尽にしたとか。いまは稼げなくなった冒険者を集めて悪さをしているとか。そんな噂があるね」
「そいつの居場所を知りたい」
「居場所? 知ってどうする? 魔女退治でもしようってのかい」
「ああ、そんな感じだ」
「やめときなって、死にいくようなものさ。まあどうしても知りたいってなら、なにか買っていってくれよ」
「買えば教えてくれるのか?」
「うん、ただし、3万リボン以上のものをね」
「3万?」
「そうだ、この情報は高いんだ。そうやすやすと教えられるもんじゃないんだよ」
「わかった」
ふたりはその場から離れて陳列棚を見に行った。3万以上のものをさがしながらあちこちと眺め回している。ミレイザも物珍しそうに見ていく。透明色のペンダント。複雑な模様の入った腕輪。ところどころ砕けた冠。どれも名前は書いておらず物の値段しか表示していない。
1000リボン以下のものは置いてなく、その物にどのような効果があるのかも身につけて見ないとわからない仕組みになっている。
1万以上のものは特殊なケースに入れられている。クロバーの指輪をしている状態で値段のところに指をふれれば、所持金と引き換えに自動的にケースが開き買えるようになっている。指輪がなければ、店主が来てそのケースから取り出すようにしている。
ピサリーはどんな物を目にしても興味なさげにしていた。店内は暖かく静かなため、眠気を誘うように彼女の目を閉じさせようとしている。あくびをひとつつきミレイザに言った。
「おまえが決めていいぞ」
「え?」
「あたし、こういった物に興味がないんだ。なんでもいいから3万以上のやつを選べ」
そう言われてミレイザは陳列棚に並べてあるものをなんとなくではなく、よく選んで見ていった。
古めかしい物や珍しい物が並んである。これだけ物があるなか、なんでも買っていいとなると目移りしてしまう。しかも高額なものと聞いているため慎重にならざるおえなかった。
ピサリーは退屈そうにしている。どれでもいいから早く選べと目で訴えている。
ミレイザも特に欲しいと思うものはなかった。ふと、母親のことを思いだした。それは野菜売りの手伝いをしているとき、母親が額から汗をかきながら仕事をしていることを。客に急かされて袖でその汗を拭っては作業をおこなっていた。
ミレイザはそのことを思い出し、なにか汗を拭けるものがないかさがした。布切れの置いてある棚に行き見回した。すると、ケースに入ったハンカチが見つかった。値段は3万5000するもので、水色の花柄のものだった。
見たところなんの変哲もないハンカチ。ほかにも5万や7万のものも置いてある。ハンカチでこの値段は異常に高いと感じたが、ミレイザはその中でも一番安いものを選んだ。
「それがいいのか?」
ピサリーは彼女がじっとそのハンカチを見ているのに気がつき声をかけた。ミレイザはただうなずいた。
「そうか……」
ピサリーはなんの迷いもなく3万5000の値段に指をふれた。ケースは開きハンカチを取り出せるようになった。ミレイザはハンカチを手に取ると、品のあるやわらかな手触りを覚えた。
ピサリーは指輪をふたつ持っているため、ひとつミレイザに渡した。
「女王からもらったほうをおまえにやる。5000リボンくらいある。なにか買ったらそこに入れて置けばいい」
ミレイザはさっそく指輪を嵌めて、さっき買ったハンカチを指輪に入れた。それからふたりはマビポットのところまでもどった。
もどると彼女は客の対応に追われていた。それが済むまでふたりは適当に物を眺めながら待った。
「なんでそれを選んだんだ?」
ピサリーがなんとなくたずねる。ミレイザはさっき買ったハンカチを思い出しながら答えた。
「お母さんのプレゼントに」
「プレゼント? 自分が使うやつじゃないのか」
「ええ」
「ふうん」
「ピサリーはなにかプレゼントはしないの? 家族に」
「あ?」
ピサリーは胸やけを起こしたように顔をゆがめた。家族という言葉が嫌いだったのだ。自分の都合のいいように勝手に自分を産み育て、どうせ不幸になるとわかっているのに、この世界はすばらしい世界だと言ってだます。
子どもだからなにもわからず、希望や愛といった言葉でごまかしてくる。当然、なにもわからないんだからそうなんだろうと思い疑わない。そして、気づいたときはもうすでに遅く、なにもない荒廃した大地にひとり立たされ歩かされる。
「……ピサリー、どうしたの?」
ミレイザは硬直したようにピサリーが黙ったので声をかけた。どこかをにらみつけながらピサリーは言った。
「あたしの前で家族という言葉を使うな」
「え?」
「あたしの家族はみんな死んだ」
「えっ!? ご、ごめんなさい。わたし……」
「べつにいい」
そこで会話をやめて歩き出した。ミレイザはピサリーのあとを追いながらその力強くちょっと寂しそうな背中を眺めた。家族という言葉。何気ない言葉でも人によっては聞きたくない。思い出したくないこともある。ミレイザはこれ以上ピサリーの前でその言葉を使わないように決めた。
誰かと会話をするとこういったことが起こるため、ミレイザは無口になってしまうのだ。会話をするとき慎重に言葉を選んで話すわけではないが、相手を傷つけないように気をつけている。些細なことで相手の機嫌を損ねてしまうことを知っているミレイザは、ただ黙って下を向いた。
マビポットの手が空きふたりは話を聞きに行った。
「買って来てやったぞ。魔女の居場所は?」
ピサリーは不機嫌そうにたずねた。マビポットはピサリーを片眼鏡越しに眺めた。彼女のしているその眼鏡をのぞくと、店で物を買った者にその値段が表示されるようになっている。彼女はそれを確認して言った。
「いいよ。ただ、ここでは話せない」
「なんで?」
「情報が情報だからね。ほかの人に聞かれたりしたら困るだろ? それでとても危険なんだ。この情報はさ」
ピサリーはしかめっ面をしながらむりやりわかったふりをして黙ってうなずいた。マビポットはメモ紙を取り出してピサリーに渡した。
「明日、その場所へ来なよ。そこで待っているからさ」
「あんたがそこに来るって保証は?」
「ははは、ずいぶんと疑い深いんだね。行くよ、魔女の居場所を知りたいんだろ? それにこっちは客商売なんだ。そんなことしたら店の信頼もなくなっちまうよ」
ピサリーは彼女の目を注意深く見ながら答えた。
「わかった」
しぶしぶピサリーはその紙を内ポケットにしまった。そうして骨董屋をあとにする。外に出ると陽が落ち暗くなっていた。歩きながらピサリーはさっき受け取ったメモ紙に目を通す。
『明日の20時、高級料理屋』と書いてあった。
「高級料理屋ね」
ピサリーはそうつぶやいて、その紙をミレイザに渡した。
「おまえ、明日マビポットを尾行しろ」
「え? びこう?」
「そうだ、あたしは学園があるからな、おまえは彼女が嘘をついていないか隠れながら見張っているんだ」
「マビポットさんを信じてないの?」
「当たり前だ。どんなやつでも疑うんだよ」
「そこまでしなくても」
「見てみろ……」
そう言ってピサリーは人差し指を向けた。そこには装飾屋の店があった。子どもがその周りに何人かいて、その店の主人と話している。すると、その子どものひとりが主人の目を盗み、装飾を手に取りすばやくポケットにしまったのが見えた。
「あっ!?」
それを見たミレイザが驚き声を上げた。信じられないと言ったように目を丸くしている。
「あの子……」
ピサリーはにやりとその光景を見て説明した。
「そう、盗みだ。そんなもんだ。子どもだろうが大人だろうが相手をどうだまして自分の利益を得るか、そんなことは日常になっている。だからだ。あたしが疑うのは……それに」
その盗みを近くで見ていた婦人に目を止めた。彼女は子どもが盗みを働いたのを見ていたにもかかわらず、それを止めようとはしなかった。見て見ぬふりをしている。
「あの婦人、さっきガキが盗んだのを見ていた。だがなにも言わない。なぜだがわかるか?」
ピサリーの言ったことにミレイザは不審な目を見せながら、その婦人を見つめた。
「自分にとって関係ないからだ。相手がどうなろうと自分に危害がなければ、それに首を突っ込むことはない。だって関係ないんだからな」
「でも、注意しないと」
そう言ってミレイザは子どもたちに近寄ろうとした。するとピサリーに腕をつかまれてその行動を止められた。
「待て」
ミレイザは振り向いていぶかしそうに眉間にしわを寄せた。早くしないと盗みを働いた子どもが犯罪者になってしまうと思いながら、その子どもを見たりピサリーの顔を見たり忙しなくしている。
ピサリーは彼女を行かせないようにしっかりとその腕をつかんでいた。
「ほっとけ、それを注意しに行ったとしてなにになる。もし注意しに行ったらきっとこうなる。『このお姉ちゃんにやれって言われたんだ』なんて言ってくるはずだ。店主はおまえよりガキの言ったことを信じるだろうな。だからやめろ」
ミレイザはいままでにだまされたことを思い出した。助けようとしてだまされたことを。信じて裏切られたことを。ミレイザは強張った腕から力を緩めた。
それを感じたピサリーはその腕からそっと手を離した。
「そうだ。それでいい」
ミレイザは悔しそうに悲しそうに装飾屋の周りで騒いでいる子どもたちを眺めた。無邪気に笑って楽しそうにしている。その光景にこぶしを強く握りしめた。すこし震えている彼女の肩にピサリーは手を乗せて落ち着かせた。
「ミレイザ、この世界はやられたら終わりなんだ。取られたほうが悪い。だまされたほうが悪いんだよ。助け合いなんかない。あるのはいかにやられないか、だまされないかだけだ」
ハラハラした興奮を冷めさせようとミレイザはため息をひとつついた。それから下を向いてその子どもたちから目をそらした。
見て見ぬふりをする罪悪感がミレイザの胸をしめつけた。早く助けろ、早く助けろと自分の中の正義感が出て来てその行動を起こそうとする。だけど、もしピサリーの言うとおりになったらと思うと、足を動かすことはできず、ただその場に立っているのがやっとだった。
その硬くなった感情を拭おうとピサリーは訂正にも似た言いわけをした。
「それに、あの盗んだガキ。もしかしたらわざと盗んだふりをしているだけかもしれないな」
「え?」
「果物屋と同じパターンだよ。店のやつとそのガキは知り合いか、もしくは親子かもしれない。そして、その盗みを見て正義感がありお優しいやつはそれを注意しに行くだろうな。そうすると、ガキが都合のいいことを言って白を切ってくる。まあ、あたしがさっき言ったような行動を起こすはずだ。その店の利益につながるようにな。大体、犯罪を止めにいくやつは大人だろ。だから利用されるんだ。その大人が嘘だって言ってももう遅い。ガキが泣き叫びながら訴えればそこの周りにいる連中は誰も疑わないだろう」
ピサリーは歩き出した。ミレイザもしぶしぶとそのあとを追う。装飾屋のわきを横目に見ながら素通りをする。
こうしてふたりは宿屋に向かった。会計を済ませて部屋に入るとピサリーはさっさとミユウをあびに行った。
ミレイザは自分の服を指輪から取り出した。真ん中に大きく穴の開いた血だらけの服が力なく宙に浮いてから、ぱたりと下に落ちた。
指輪から物を取り出すとき、その映像を押すと指輪から出てきて5秒間だけ宙に浮くようになっている。
ミレイザは服を拾い上げて両手に抱えた。とたんに悲しそうな表情を見せた。わたしの服がこんなに……。盗賊たちと戦うときどうしても服を汚したり切られたりしてしてしまう。父親の形見でもあるこの服を汚したり傷つけたりしないように、もうこの服を着るのはやめようとミレイザは思っていた。
ピサリーに買ってもらったいまの服を着ていこう。黒い服。あまり好きな色じゃないけど……。
「おい、空いたぞ」
ピサリーがミユウからもどり声をかけた。背中を向けたままで彼女の反応が悪いことに気がついたピサリーはそっとのぞいた。ミレイザは悔しそうに悲しそうに下を向いていた。
「それ、直したいのか?」
ミレイザはピサリーに振り向くとうなずいた。
「そうか、じゃあそこに置いとけ」
「え?」
「おまえがミユウあびているあいだ、きれいにしといてやるよ。……破れたところは直せないがな」
「うん」
ミレイザは服をピサリーに任せて浴室に向かった。服を脱ぎミユウをあびはじめる。自分の腹をふと見てみた。槍で貫かれた腹の傷は完全にふさがっていた。
手で腹をさわりながら盗賊と戦ったときのことを思い出した。自分が串刺しになり死にそうになったことを。
いまでは、あのとき死にそうだったのか死ななかったのかわからない。槍が体を貫いた瞬間、驚きはしたが痛みは感じなかった。不快にもならなかった。ただ、少し体が重く感じた。おびただしい出血でその体自体が急速に傷をふさごうとしていたのだろう。
そして目にした。ピサリーが盗賊にやられそうになるのを。剣を彼女の胸元に突き刺そうとしたとき、なにかが爆発して彼女を助けに行った。
それは本能的に……。
ミレイザは自分の手を見た。薄青い手がお湯をはじいている。その手を閉じてみると自分の意志に対してすなおに動いた。すると強張った感情が緩みほっと胸をなでおろすことができた。
浴室を出てベッドを見てみると、そこにはきれいになった自分の服が置いてあった。ふれてみるとやわらかな感触とともにかすかに清々しい香りがしている。ミレイザはそのことがうれしく笑みを見せながらピサリーを見てみた。彼女は隣のベッドで寝息を立てている。
ミレイザはハンガーにその服をかけて、ぼうっと眺めたあと眠りについた。
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