24. 交わらない気持ち
骨董屋の近くに着き、店のあるほうへ向かわずそのままとおり過ぎた。するとちょっとした広場に出た。舗装されたところに長椅子や街灯が点々としている。その一角にゴミ箱が置かれていた。
ふたりはゴミ箱のふたを開けた。そこにいたのは両手両足をロープで縛られて眠っている肌着姿のルピネスだった。
ピサリーは起きるように声をかけたが起きなかった。仕方なくふたりは彼をゴミ箱から出し、彼の縛っているものをほどいて地面に寝かせた。
「おい、起きろ」
ピサリーは彼の頬を強めに叩いた。その痛みでルピネスは目を覚まし、まぶしそうに目を細める。彼女たちに気がつくと驚いたように上体を起こした。
「あ、お嬢さんたち!? ん?」
ルピネスは自分の格好に気がついて寒そうに両手で体を抱えた。
「俺さまの服は?」
ピサリーとミレイザはお互いに顔を見合わせてから、ピサリーがその問いに答えた。
「盗まれた。おまえ、覚えていないのか?」
「あ?」
彼はあたふたとしながら思い出していた。そして、はっとなにかに気がつき手で口をふさいだ。
「あっ! 何者かに後ろから襲われたんだ」
「そうだ、おまえは盗賊に襲われてゴミ箱の中に閉じ込められていたんだ」
「ゴミ箱?」
ルピネスは振り向くとそこにあるゴミ箱を目にした。それから頭を抱えて落ち込んだように下を向いた。
「俺さまの宝石が。金が……」
ピサリーはそれを見ながら指輪をひとつ外した。
「おい、おまえの金はここにある」
彼女の言葉にルピネスは顔を上げると、指先で摘まんでいる指輪が目に入った。それを見たとたん目を丸くしてその指輪を食い入るように見つめた。
「それは!」
「ああ、おまえのだ」
「盗賊から取り返してくれたのか?」
「ああ、だが、なかなかの手練れだったんでな、こいつしかうばい返すことができなかった」
「いや、それだけでも取り返してくれてありがとう」
彼はそう言って手のひらを差し出しす。するとピサリーは指輪を引っ込めた。
「こっちは命を危険にさらしてやっと取ってきたんだ。この中にある金の7割をもらいたい」
「な、7割だと!?」
「そうだ、おまえの財産の一部をこうやって取ってきて、ゴミ箱に入っているという情報を聞き出し、おまえを助け出してやったんだ。それぐらい払うのは当然だろ?」
ピサリーの言うことに対してルピネスは痛そうに頭を抱えながら下を向いた。それを見たミレイザはピサリーの腕を引っ張り彼から離れたところへ移動させた。
「なんだよミレイザ」
「指輪、返してやりましょう」
「ああ返すとも、金を受け取ったらな」
「そのまま返してやりましょう。ルピネスさん辛そうだし」
「はあ? ……おまえ甘いな。そんなだからだまされるんだよ。少しでももらえる可能性があるなら、どんな理由をつけてでもそいつから金をむしり取ってやるんだよ」
ピサリーはふたたびルピネスのところに行こうとした。するとまたミレイザがその腕をつかんで彼女を引きもどした。
「待ってピサリー」
「なに?」
嫌がるようにミレイザの手を振り払おうとするが、振り払うことができなかった。
「お願い。彼に指輪を返してあげて」
「おまえな……」
ミレイザの真剣なまなざしを嫌がるようにピサリーは顔をそらした。
ピサリーはミレイザのこういった行為が理解できないでいた。なぜ人に優しくするのか? なぜ無償で返すのか? そんなことをしてもなにも得られないし、いままでの行動がむだになってしまう。それなのになぜ?
そんな思いでピサリーはミレイザの真剣な表情に目だけを向けた。
ミレイザはピサリーのこういった行動がよくわからないでいた。なぜ人が辛そうにしているのにその人の求めているものを返してやらないのか? なぜそこまでしてなにかを得たいのか? その人が無事ならそれでいいじゃない。なのになぜ?
「そう言って善人ぶるのはやめろ。おまえ、自分がいい人だと思われたいんだろ」
その意見にミレイザは首を横に振った。
「違うわ。困っている人が目の前にいる。ただその人を助けたいだけ」
「だったら、その助けた分だけの見返りをもらう権利はあるだろう。なのに無償で返せって」
「ピサリー、それでいいのよ。ただで」
「はあ?」
ミレイザの言ったことに対して気持ち悪さを感じ、ピサリーは顔をしかめた。イライラを募らせながら彼女に理由を聞いた。
「なんで? なんでそんなむだなことをする? なんでそんなに優しくするんだ?」
「なぜって、決まっているじゃない。人として」
はぁ……と深いため息をついたあとピサリーは言った。
「そんなことをしてなにになる? お優しいやつはいつか後ろから刺されるんだよ。刺される前に刺さなきゃならない。先手を取っていかないとうばわれるだけだ。さっき話したばかりだろ。善人なんかいないって。人としてだと? あたしは妖精だ。人間じゃない」
それから腕をつかまれているミレイザの手を振り払った。しかし、振り払えなかった。
「人間も妖精も関係ないわ。必要なのは助けたいと思う気持ちよ」
ミレイザの言ったことに対して納得できないでいるピサリーは、それ以上なにも言わなかった。このまま話し合っていても時間のむだだと感じ、ここはひとまずミレイザの意見を聞き入れてやることにした。
「わかったよ。おまえの言うとおりにするから、この手を離せ」
疲れたようにピサリーが言うとミレイザはそっと手を離した。それからふたたびルピネスのところへふたりは向かう。その向かうなか、ピサリーはふと立ち止り低く冷たい声で言った。
「あたしはおまえになりたいとは思わない。おまえもあたしを変えようと思うな」
ミレイザはそれを聞いて、はっとしたあと、言葉は返さずに何度かうなずいて返した。
ルピネスは落ち込んだように下を向いていた。そこにピサリーは声をかける。
「おい」
イラついたような声を聞いてルピネスは力なく顔を上げた。それを確認するとピサリーは自分の指からルピネスの指輪を外して彼に投げ渡した。
「そいつは返してやる。金の話はなしだ。代わりに情報を聞きたい」
「情報?」
「ああ、魔女を知っているか?」
「魔女?」
「盗賊が言っていたことだ。そいつははみ出し者を集めて金儲けの支援や国をつくろうとしているらしい」
それを聞いてルピネスは会話を止め、考えているそぶりを見せた。ピサリーは腰に手を当てて退屈そうに彼の言葉を待った。
「……聞いたことがある。冒険者で食えなくなった者たちを集めている支援者がいると。冒険者のあいだじゃ噂になっているが」
「ふうん、それで、そいつの居場所は?」
「さあ、噂ではどっかの大陸を買ってそこで人を集めているらしい」
「ほかになにかないか? おまえが知っていること」
「……いや、これ以上は。だが、フィバネラならなにか知っているかも」
「フィバネラ? 骨董屋の店主か」
「ああ」
ピサリーは骨董屋と聞いてそのほうへ目を向けた。その屋根が塀の向こうに見えている。日がかたむきはじめ屋根をオレンジ色に染めていく。
「わかった」
「なぜ魔女の居場所を知りたがるんだ?」
気味の悪そうな顔をしながらルピネスはたずねた。魔女は人の手ではどうすることもできない強力な魔法を使う。それは以前、はびこっていたモンスターの集団を一瞬にして消し去ったとか。そういった噂が彼の耳に届いており、そのことを彼女たちに話すか話さないか迷っていた。
魔女が存在していたとして、魔女に関することを話してしまうと、自分がその魔女の能力により奴隷にされてしまうのではないかと思い、口を閉ざさずにはいられなかったのだ。
「なぜ? あたしをだまそうとしたからだ。やつは元冒険者などを使い金持ちを襲っている。あたしも油断したら後ろから刺されていた。だからだ。そんな元締めは仕留めないとな」
「なるほど、そいつは大変だな」
「じゃあな」
これ以上聞き出すこともなくなったふたりは骨董屋を目指した。
そこに向かうなかミレイザはピサリーの背中を見つめた。魔女を仕留めるということに対して不安を感じた。また危険な目にあいに行くの? なぜわざわざ自分から危険だと思われることをするのかミレイザにはわからなかった。
そんな視線を感じたピサリーはちらりとミレイザを見た。それからまた前に向き直り話し出した。
「なぜって顔をしているな」
「え?」
「おまえ、あたしが心配なんだろ」
ミレイザは黙ったまま下を向いた。そうとわかったピサリーは笑みを見せて話をつづけた。
「あたしは魔女の居場所がわかっても、すぐには向かわない。そんな命知らずなことはしない。あたしのレベルは優等生のやつらより弱い。そんな状態で魔女とやっても勝ち目はないだろう。だから、もうすこしレベルを上げてからだ。そこに行くのはな。だから心配なんかしなくていい」
ピサリーの言葉には、どうなるかわからない。もしかしたら死ぬかもしれないという恐怖感が感じられなかった。ミレイザはそんな彼女の後ろ姿を見ながら言った。
「ピサリー」
「あ?」
「どうして……どうして危険なことが起こるかもしれないのに、わざわざ魔女に会おうとするの?」
「そんなの決まっているだろう。金だよ」
「おかね?」
「ああ、それと言ったろ。あたしをだました。だからその元締めを始末するって。それにそいつをあたしが倒せば優等生のやつらを見返せる」
「魔女と戦って大けがをするかもしれないわ。下手すると命を……」
ミレイザはそれ以上先を言わず黙った。するとピサリーから予想とは違う明るい声が返ってきた。
「あたしが死ぬって? ……モンスターがはびこっていたとき、何度死にかけたことか。魔女と戦ったとして、いまさらそれに対してどうということはないだろう」
「怖くないの?」
「だから言ったろ。レベルを上げてからだと」
なにを言ってもピサリーは魔女に会いに行ってしまう。ミレイザはそれ以上なにも言えなかった。それは彼女に対して信頼や信用をしているから。『あたしの側を離れるな』ピサリーはそう言った。その言葉が意味するのは自分を信頼していることなんだとミレイザは思った。
ピサリーがなにかで死に直面したら、わたしが彼女を守る。そう自分に誓った。もちろんいま確実に信頼できる者は彼女しかいない。だからこれ以上彼女の機嫌を損ねないようにピサリーの考えを止めてしまわないように、その関係を壊してしまわないように、ミレイザは「うん」とだけ返した。
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