23. ミレイザの不安と悩み
ダリティアに着きピサリーはミレイザを森に隠した。血だらけの服で町の中を歩かせるわけにはいかず、代わりの服を買うためピサリーだけ町に入った。
ピサリーは大金を手に入れて心おどらせた。魔法が尽きてもその高揚感で足取りは軽かった。そのまま服屋に入り適当な服をさがす。大金を持っているため高めの服を注文する。
ゾンビであることを気づかれないように、長袖で裾が足元まである黒のワンピースを選んだ。
それから黒のフード付きローブも購入した。前は安物だったが今度は高い物にした。品が良く丈夫な素材で燃えにくく、防寒対策もされている。
ほかになにかないか店の中を見まわすと、タイツが目に入った。ミレイザのタイツはボロボロのままだったのを思い出して似たようなタイツも一緒に購入。
合わせて3100リボンを払い店をあとにした。
ピサリーはミレイザのもとにもどってくると着替えるようにうながした。彼女が着替えはじめる。そのあいだ、ピサリーは辺りを見張った。
着替えが終わると、ピサリーは血で染められた彼女の服に指輪を近づけた。
「じゃあ、その脱いだ服を指輪の中に入れておくからな」
「ええ」
ピサリーはそれを終えると辺りを確認した。人々が門を出入りしている。それを見て声をひそめながら言った。
「とりあえず、あたしは腹減ったから酒場に向かうぞ」
門に誰もいなくなったところで、ピサリーはあくびをしながら歩き出した。あとを追いながらミレイザは着替えた服に目を向けた。新しい服を着て口元が自然にほころぶ。
酒場に着くと、ピサリーは適当に注文していった。当然ミレイザには水を選んだ。
肉料理やケーキなどがテーブルに並ぶとピサリーは間髪入れずに食べはじめた。それを見ながらミレイザはコップに注いである水を飲み干す。
ほっと一息ついたミレイザは自分の手のひらを見てみた。そこには乾いた血がついていた。それを見てもなにも感じることなく、冷静にその原因を思い返す。
ピサリーが殺されそうになったとき、一瞬だけど殺意がわいた。彼女が止めなかったらわたしはあのままガルラムの背中を刺し、そして殺していた。
その感情に恐怖を感じ、ミレイザは下を向きため息をつく。
「どうした? 元気がないぞ」
ピサリーは落ち込んでいるような彼女の姿を見て話しかけた。ミレイザは顔を上げて話し出した。
「わたし……わたし、一瞬だけど殺意がわいて、いままでこんな感情は起こらなかったのに……」
ピサリーはケーキを頬張りながらただ話を聞いていた。
「わたしが、わたしじゃないみたいに思えて、なにかもうひとりの違うわたしが心の中にいるようで」
「ふうん、べつにいいじゃないか。違う自分に気づいただけだろ」
「でも、怖くて、あのときピサリーが止めなかったら、わたし、人を……」
「殺していた。か? その前におまえ、あいつにあんなにやられていただろう、腹を貫かれてさ」
「うん、そうだけど、痛みはなかったし。少し、力が入らなくなったような気がしただけだったから」
「それで? もう戦いたくないって?」
「……できれば」
ミレイザはそう言ってがっくりと頭を垂れた。
本当はもっと怖がったり、震えが止まらなかったりしてもいいのに、自分の中にある感情がわからない。殺されそうになっても冷静でいる自分が怖いと思ってしまったのだ。
下手をしたら人殺しになってしまう。絶対にそんなことしてはいけないとわかっているのに、ピサリーが危険な目にあいそうになると、衝動的に助けに行ってしまう。
彼女がこのゾンビの体を治してくれるはず。ただそれを信じているために『助けなきゃ』という思いもまた、その行動を助長するきっかけになってしまう。
ミレイザは救ってほしいような目でピサリーを眺めた。彼女は紅茶を飲みながら窓の外を見ている。
ピサリーはミレイザが戦わないと、盗賊たちから金を稼げなくなってしまうと思っていた。
戦いたくないか……ミレイザの強さはガルラムたちと戦っても引けを取らなかった。むしろ彼らよりも強い潜在的な力がある。途中から自分を回復しながら彼女の戦いを見ていたが、力やすばやさは冒険者上位を越えていた。
彼女は気がついていないかもしれないが……。
ピサリーはちらりとミレイザを見た。彼女はなにかを訴えているようにピサリーの目をじっと見ている。
そのようすを目にしてため息をもらすと、ピサリーは適当に返答した。
「わかった。もう戦わなくていい」
「本当?」
「ああ、嫌なんだろ?」
「うん」
「なら、しょうがない」
それを聞いてミレイザはほっと胸をなで下ろした。
ピサリーには考えがあった。ミレイザの意見を聞き入れても、どうとでもなることを。
いままでの戦いのなかで、あたしが危険な目にあえば必ずミレイザはあたしを助けに来る。ゾンビの体を治したい以前に目の前であたしが殺されそうになれば、彼女は衝動的に体が動いてしまう。だから、たとえ戦わなくてもいいと言ったところで意味はない。
ミレイザの体はあたしを助けたい。助けなきゃならないと感じている。その小さな火種があれば、それは燃え上がり居ても立っても居られなくなる。
それはゾンビの体になったからか、それとも彼女の中にあるもともとの性格かわからないが。
ピサリーは彼女の安堵した表情を見ながら笑みを含み紅茶を口にする。
「ピサリー」
ミレイザはなにかを思い詰めたように話しかけてきた。
「あ?」
「もし、もしわたしが、我を忘れたりして誰かの命をうばおうとしたら……止めて。魔法でもなんでもいいから、その行動を絶対に止めて、お願い」
懇願するようにミレイザは必死にピサリーの目を見つめる。ピサリーは彼女の燃えるような赤い瞳を見ては、それから目をそらし、窓の外を眺めながら盗賊たちとの戦いを思い返した。
彼女がガルラムを刺し殺そうとしたとき、刹那を使いミレイザの近くへ移動して、火の玉で彼女を止めたが、少し間違えばそれを避けられていたかもしれない。
ミレイザの力やすばやさは、あたしが何人束になってかかっても、止めることはできないだろう。
止めて、か……あのときはまだあいつに聞きたいことがあったからな、とっさにそうしたが、相手に致命を負わそうとしているときに、果たしてあたしは彼女を止めることができるのだろうか。
ミレイザはそうなった場合あたしに止めてほしいと言っているが、べつにそいつをやったところで、どうということはないだろう。
実際どういう理由かわからないが、なにか理由があってそいつと戦っているわけだから、それは合意できないなにかで、その相手と争わなければらない状況にいる。だから、それはお互いの同意で成り立っているはず。つまり、その戦いでどちらかが死んでも文句はないということ。
悪党相手に殺し合いをしたところで、誰も文句はないだろう。
ミレイザは自分が盗賊たちに殺されそうになった。にもかかわらず、あとになってそいつに殺意を抱き殺してしまうのが嫌だと言ってきた。
なんでそこまでされて、そいつをやろうとしない。正当防衛だろ。
「なんで殺すのが嫌なんだ?」
ピサリーの質問に対してミレイザは驚いたように顔を上げた。
「えっ!?」
「どうして盗賊野郎にあそこまでされて、そいつを殺してやろうと思わないんだ?」
「なぜって……それは、人の命をうばってはいけないから。わたしは人殺しになりたくない」
「自分がそいつに殺されそうになってもか?」
「ええ、人の命をうばうくらいなら、死んだほうが」
「マシっていうのか?」
ミレイザは黙ってうなずいた。ピサリーはその態度に対して首を横に振った。
「おまえ、わかってないな。この世に善人なんかいないってことを。それはおまえも例外じゃない。ちょっとしたことが原因で争いになる。ほかから見ればどうでもいいことであっても、それで十分なんだよ」
「わたしは……」
ミレイザはなにかを言おうとして口を閉じた。それは、自分が善人なのか悪人なのかわからなくなったからだ。いままで生きてきて自分が善人や悪人なのか考えたこともなかった。ただいい人のふりをしていたり、できるだけ人に迷惑をかけないように生きてきた。
人と接するのが嫌と言うわけではない。こうしてピサリーと話をしている。でも、それは自分の体がゾンビになって、誰かに助けを求めてしまった。それがピサリーだった。この状態になって初めて本音を言ったような気がする。
自分は本当は身勝手な人間なのかもしれない。とミレイザは自分ことを再確認した。
「わたしは、なんだ?」
ピサリーが聞き返すとミレイザは首を力なく振った。
「おまえ、忘れたわけじゃないだろ。金をだまし取られたことをさ」
ミレイザはうなずいた。誰かが助けを求めてきたらその人を助けてしまう。それを断ったらあとでその人になにを裏で言われるかわからない。だから、いつもそうやって助けを求めてきた人に手を差し伸べてしまう。
本当はそんなことを考えないで、助けを求められたらただ助ければいいと思っているが、わたしはいい人でそれを助けなかったら悪人になってしまうと思っている。
そんな半々の気持ちで助けるほうを優先してしまう。でも、それはずっといけないことではないと思っていた。人を助けてなにが悪いの? 結果お金をだまし取られてしまったけど、その人が幸せになるんならそれでいいと。
「じゃあ、もう人を信用するな」
「え?」
「おまえの周りには、おまえをだますやつがたくさんいるってことだ」
「まわり?」
「ああ、大魔王がいなくなり、この世界はすこし無法地帯化している。バレないように犯罪をしているやつらがそこら中にいる。盗賊。詐欺師。善人のふりをした悪人。それに女王も無能だからな。そういったやつらがはびこっていても、取り締まっていないのが現状だ。モンスターがはびこっていたころのほうがよかったとまでは言わないが……」
ピサリーはそれ以上なにも言わなかった。誰かの命をうばおうとしたら止めてほしい。ミレイザにそう言われも内心止める気はさらさらなかった。ピサリーはそんな面倒なことはしたくないし、どうでもいいと思っている。
もし誰かと戦うことになり、ミレイザがそいつを殺してしまったとしても……! ダメだ。たぶん、あたしがそのことを守らず、彼女が自分の手を血に染めてしまったら、あたしの前から彼女は姿を消すだろう。
「悪かったよ」って言ったところで、彼女はあたしを信じられなくなってしまうだろう。
そうなるとどうなる? ミレイザを使って金儲けも、レベル上げもできなくなってしまわないか? 人を殺してしまった。そんなくだらないことで都合のいいやつを手放すわけにはいかない。
「わかった。もし、おまえが殺意を抱き誰かを殺しそうになったら、あたしが止めてやるよ」
それを聞いたミレイザは表情をやわらかくした。それからほっと息をついて肩の力を落とした。
「ただし、あたしの側から離れるな」
「うん」
疲れたと言わんばかりに目をそらして座っているピサリーをミレイザは見つめた。
ピサリーから離れない。それはゾンビの姿を彼女に見られた日からいままで、どこかしらでそう感じていたことだった。自分のこの姿を治してくれるかもしれないゆいいつの存在。正直、彼女がどこまで本気なのかわからない。「やっぱりやめた」なんてことを言ったりして、治すのをやめてしまうかもしれない。
でも、それでも、彼女について行かなければならない。ほかに頼れる者がいない。
もしかしたら、というそんな曖昧な可能性でも、わたしはピサリーの側を離れるわけにはいかない。
わたしが我を忘れて暴走しそうになったら止めてくれると言ってくれた。だからもう、それを恐れなくてもいい。
ピサリーについて行こう。
「そんなにじろじろ見るな」とピサリーはつぶやいて苦い顔見せる。
「ん? うん」
「じゃあ、ついてこい」
そう言って席を立つと酒場の出口に向かった。ミレイザはそのあとを追う。外に出るとピサリーは話しながらどこかへと歩き出した。
「これからルピネスをさがす」
「ルピネスさん?」
「そうだ、骨董屋の近くのゴミ箱の中だとか言っていたからな。そこをさがしてみる」
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