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50パーセントの守護ゾンビ  作者: おんぷがねと
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22. 鮮血の守護者

 ガルラムはミレイザの目が変わったことに気づき、剣を握る手に力を込めた。


 ミレイザは指輪をうばい返すために飛び出した。一気にガルラムの間合いに入り込み彼の腕をつかむ。そして、その手にある指輪を取ろうとつまむように指先を持っていく。


 ガルラムは片腕を封じられながらも、もう片方の手に持った剣を彼女の背中に振り下ろした。


 それに気づき、ミレイザは彼の後ろ側にまわり込んで羽交い絞めにし、それから上へ投げ飛ばした。


 彼は宙を舞って地面に着地すると、そのまま突進してきて剣を振り下ろす。すると燃え盛る炎がその剣からふき出し、草を焼きながらミレイザのもとへと飛んでいった。


 ミレイザは横に避けたがその熱風でローブが燃えてしまった。彼女は急いで火をまとうローブを脱ぎすてる。その隙をつきガルラムはふたたび突進して剣を振り下ろした。ミレイザはそれをかわして彼の背後へまわり込むと、振り向きざま裏拳を彼の顔にぶち当てた。


 うめき声を上げながらガルラムは勢いよく飛ばされた。そのまま地面に剣を突き刺し膝を擦りつけてその勢いを止めた。それから立ち上がり、軽いふらつきを見せて口から出る血を手で拭うと剣をふたたび構える。


「なかなかやるな、いままで倒してきたモンスターの強さと比べると、中の上ぐらいはあるぜ。人間にしては強いほうだ」


 ミレイザはなにも答えず、どうやって彼から指輪を取り返すかを考えていた。その燃えるような赤い目がガルラムの行動を止めている。お互いがさぐるようにじりじりと歩み寄る。


 ミレイザは心の中に狂気な自分と冷静な自分が同居しているのを感じていた。


 ピサリーや自分が危険な状況に陥ると、心の中にある獣が急にあらわれて相手を攻撃している。それをどう操縦すればうまくいくのか、ミレイザは自分の中にあるふたつの心を操ろうとしているが、思うようにはいかない。ただ、どんな隙も見逃さないように赤く冷たい目を向ける。


 ガルラムは剣を振り炎を走らせた。炎は地面を這いながら一気に彼女のもとへ迫る。その隙を狙いガルラムは指輪から道具を取り出す。ミレイザは横に飛び熱風を回避した。


 すると、白い煙幕がミレイザの周りを囲った。地面には小さなガラス玉のようなものが落ちていて、そこから煙がふき出している。彼女は煙から抜け出そうと前へ飛び出した。とたんに視界は開ける。だが、そこにガルラムの姿はなかった。


 ザッと背後から音がして振り返ると、ガルラムが剣を振り下ろそうとしていた。ミレイザはその剣が振り下ろされる前に飛び出して、彼に体当たりをくらわした。


 ぐっとうめき、ガルラムは煙りの中へ消えていく。


 辺り一帯は煙に囲まれて視界はふさがれていった。緩やかな風が吹いてその煙は揺れ動いている。ミレイザは耳を集中させて音を聞き取ろうとした。わずかに揺れる空気の違和感を感じ取るように目をあちこちと向けていく。


 ガルラムの鼓動がかすかに聞こえていて、それはとたんに大きくなった。


 彼は空から攻撃してきた。剣をミレイザのいる地面に向けて振り下ろす。辺りはたちまち燃え上がり炎が波のように広がった。それと同時に煙がかき消えて視界が開ける。


 ミレイザは前へ飛び退きかわしたがスカートに火が燃え移ってしまった。それを手ではらい消すと、空にいるガルラムの位置まで飛び彼の後ろについた。その気配に気づいてガルラムは後ろを振り返る。それと同時にミレイザは彼の肩に手刀を入れた。


 ガルラムはうつ伏せで地面に叩きつけられ、その痛みで声をもらす。ミレイザは着地すると目の前で倒れている彼を見下ろした。


「ははは、な、なかなかやるな……だが」


 ガルラムは地面の土をつかみミレイザに投げつけた。乾いた土が彼女の顔に当たり目をつぶらせる。片目を開けると、そこにガルラムはいなかった。


 見上げると彼は空へ飛んでいた。ミレイザはふたたび彼のもとへ飛ぼうとしたが、自分を見ていないことに気づき、そこで踏みとどまる。彼は体の向きを変えてどこか遠くをにらみつけていた。


「これはどうかな!」


 ガルラムは持っている剣を投げ飛ばした。ミレイザはその剣の行き先を目で追うと、それはピサリーに向かって投げつけられていた。あと数メートルの位置まで近づいている。


 ピサリー! その名前を心で叫ぶと、ミレイザはぞわぞわと体が震えはじめて、彼女を助けるために飛び出した。


 いまにも無防備な妖精の体を貫こうとしている。その赤く燃えている剣を全力で走り止めにいった。


 追いついて! あと数センチで手が届くところまで来た。ミレイザは手をのばして剣をつかんだ。絶対に離さないようにその柄を握りしめる。下を見るとピサリーが寝ている。まだ起きる気配がない。だけど、その安らかな顔を見てミレイザはほっと安堵した。


 その瞬間、なにかがミレイザの体を貫き、背中をそらした状態のまま体ごと押し飛ばされた。見ると石の槍の先が腹から突き出ている。そこから流血が服に広がりボタボタとしたたり落ちていく。それに気を取られて受け身を取れずに、地面に叩きつけられそのまま体を引きずった。


 横になった体勢から体を起こそうとしたが、腹から突き出ている槍をどうすればいいかわからないでいた。痛みはない。だが、少しずつ力が抜けていく感覚が流れる血とともに増していく。


 槍に気をつけながら両膝をついて、ピサリーのほうを向いた。砂ぼこりの先に彼女がいる。その先に新たな剣を握りながら、彼女に近づいて来る人物が目に入った。


 にやつきながらガルラムは歩いて来る。


「まったく、手間かけさせやがって。俺に勝てると思ったのか」


 彼はそう言いながらピサリーの前に立ち、眠っている彼女の胸に剣を突き刺そうとして、その手を上げる。


 ピサリーが殺される……。


 そう思った瞬間、ミレイザは突き刺さっている槍を自分の背中から抜き取った。鮮血が流れ出て服をますます赤く染める。そして槍を握り直しガルラムに立ち向かった。


 ふと、ガルラムはミレイザのほうを向いたが、彼女はそこにいなかった。血だまりはあるがその血が点々とこちらに来ていた。


 そのとき、凄まじい痛みがガルラムを襲った。ミレイザが血だらけの槍を彼の背中に思いきりぶち当てていた。その勢いで槍が砕かれ、彼は口から血を吐きながら吹き飛んだ。砕け散る鎧の破片があとにつづいていく。


「うあっ!」と声を絞り出して、ピサリーから遠く離れた場所へ飛んでいった。


 ミレイザは口や腹から血を流しながら、その割れた槍の一方をつかむと彼に向かって飛び出し、その背中に槍を突き刺そうとした。


 彼女の赤く燃えるような目がガルラムを襲う。獲物を仕留めるような狂気を放ち、いま彼の背中にその槍の先端が……。


 すると、ミレイザはなにかに押されてガルラムとは違うほうへ飛ばされた。それから地面に転がりその勢いを止めた。体の側面が暖かい。なにが起きたのかわからずそのまま横になっていた。


「まだ、殺すな」


 聞き覚えのある声が聞こえてきた。そこに立っていたのはピサリーだった。彼女は杖をミレイザに向けている。


「あいつには、まだ聞きたいことがある」


 怒気が込められている声で言うとガルラムのほうをにらみつけた。そこには地面にうつ伏せで倒れている彼がいた。死んだように起き上がる気配ない。


 ミレイザはピサリーがいることにほっとして力を抜いた。流血による影響で体に力が入らなくなっていった。それでも彼女の体自体が傷を治そうと急速に働いている。


 ピサリーはガルラムの前に来ると彼を蹴り仰向けにさせた。そのとたん彼の体に稲妻が走るような激痛が襲った。背骨が複雑に折れていて、その破片が肺に突き刺さっていたのだ。


 うっ……と目を閉じてその痛みをこらえる。


「おい、おまえに聞きたいことがある」


 ガルラムは片目だけ開けてピサリーをじっとにらみつけた。その目は小刻みに震えている。


「サルビリアの森であたしたちが退治した魔物の魂のことだ。あれはおまえらが用意したものだろう」


 ガルラムは顔を背けて言った。


「な、なんのことかな」


 ピサリーは彼の体を足で踏みつけた。その拍子にガルラムは苦しそうにうめく。


「とぼけるな。誰の差し金だ」


 答えない彼の体をさらにぐりぐりと足で押しつけた。ガルラムはさらに苦しそうに歯を噛みしめ、口からあふれ出る血を流しながら懇願した。


「わ、わかった。答える。だから、その足を退けてくれないか」


 ピサリーはゆっくりと足を退けた。ただ、杖は彼に向けている。


「俺たちを取り締まっているのは、魔女だ」

「魔女?」

「彼女は俺たちみたいなはみ出し者を集めて、いろいろと支援をしてくれる者だ。それは、彼女の魔法を借りて行われる。変装できる紐もそのひとつだ」

「魔法を借りる? 名前は?」


 ガルラムはそこで沈黙した。ピサリーは返答を早くさせるため、体を踏みつけながら彼の顔に杖を近づけて火の玉を出そうとした。


「ウィザティーヌだ! 魔女の名前は」

「ウィザティーヌ?」


 その名前を頭ではんすうしながら、まだ見えぬ正体をねめつける。


「どこにいる?」

「さあ……」


 ピサリーは腐ったリンゴでも踏みつぶすかのように足に力を加える。その痛みに耐えられなくなりガルラムは洗いざらい話し出した。


「ほ、本当に知らない。場所はつねに移動しているんだ! 俺たちが魔女に会うには向こうからの連絡を待つしかない!」

「どこに連絡が来る?」

「クロバーの指輪の情報共有システムを使ってだ!」


 冒険者リストに依頼が来ると同様に情報をやり取りできるものもある。それはどこどこに川があるとかどこどこに森があるとか。そこを調べるとさまざまな情報が知れる。


「じゃあ、おまえのふたつある指輪のうち、ひとつが魔女からの連絡が入るってことか」

「ああ、だが一般のものじゃ、その連絡は来ない。その指輪には特殊な魔法がかかっているんでな」

「ふうん、そうなんだ」


 ピサリーは抵抗できない彼の指から、ふたつの指輪を引き抜き自分の指にはめた。


「もうひとつの指輪はどこだ?」

「あ? 俺のやつか、あいつの指輪の中だ」


 ガルラムは悔しそうに歯を噛みしめた。だが、それよりも、深手を負った自分に対しての情けなさのほうが勝り、指輪を取られることを仕方なく思った。


「そういえば、本物のルピネスはどこにいる」

「……やつの居場所は知っているが……教える代わりに、魔法で俺の体を治してくれないか」

「ダメだ。残りの魔法はあいつの分だからな。早く答えろ」


 ふたたび杖の先端から火の玉を繰り出そうとしている。彼はその熱さに目を閉じてあわてて言った。


「わかった、じゃあ、その指輪の中に入っている大回復薬を出してくれ。俺の指輪に入っているはずだ」

「そんなことを言って元気になったあと、あたしたちを襲ってくる気だろ」

「ふんっ、そんなことするか。俺たちはバカじゃない。勝ち目のない相手には手を出さない主義だ。だから頼む」


 ピサリーはとりあえず指輪の中を確認してみた。ガルラムの指輪を取り出して、指一本一本にそれぞれはめた。自分たちのを除くと、ルピネスのは20万リボン。そのほかには宝石類が多数や武器、防具など。もう一方は13万リボン。武器、防具、道具などが入っている。


「13万? 盗賊の割にはしけてるな」

「まあ、そんなもんだろう」

「そんなもん?」

「俺たち4人で分けているからな。それと、魔女の情報はタダじゃない」

「ふうん、魔女の情報ねぇ」


 ピサリーは辺りを見まわした。ほかの盗賊たちはどこにもいなかった。風と川の音だけが聞こえてくる。


「その前に、あいつを先に治すぞ」


 そう言いながらミレイザのほうへ首を動かした。ガルラムは意識が遠のいていくかのように力なく首を縦に振った。


 ミレイザの前に来てピサリーはその酷さに目を見張った。血だらけになりながら、草の上に横たわっている。でも、安らかに眠っているように目を閉じていた。


 ピサリーは2段階目の回復を使った。ミレイザの体が白い光に包み込まれる。魔法がつきかけている彼女は若干のふらつきを覚えながらも魔法を放ちつづけた。歩くだけの体力を残して、それ以外の力をすべてミレイザに使った。


 魔法が底をついてピサリーは片膝をつく。


「ミレイザ、生きているか」


 一言だけ声をかけた。するとパッと目が開きミレイザが目を覚ました。そのままピサリーに視線を移す。


「ピサリー……」

「すべて片付いた。おまえはそこで休んでろ」


 ふらつく足取りでピサリーはふたたびガルラムのほうへ歩いた。それから、大回復薬を取り出して彼にかけてやった。痛みで意識を失っていた彼は、ふっと目が覚めて立ち上がる。


「ルピネスは、骨董屋の近くにあるゴミ箱の中だ」


 そう言ったあと、まだ、まともに歩けないガルラムはピサリーから背を向けてゆっくりと歩き出した。すると立ち止まって助言めいたこと口にした。


「なあ、悪いことは言わない、魔女にはかかわるな。彼女は俺たちみたいなはみ出し者を集めて新たな国をつくるきだ。それを邪魔するやつは……これ以上のことは言えん。とにかく気をつけろ」


 それからふたたび歩き出した。


「あっそ」


 そう返してピサリーは手に入れた指輪を眺める。3本の指に嵌めてある指輪にほほえむとミレイザのところへと歩き出した。横になっていた彼女はピサリーの足音で体を起こした。


「金が手に入った。おまえに服を買ってやる。立てるか?」

「ええ」


 ミレイザは難なく立ち上がった。体の重みも消えている。が、盗賊たちの姿も消えていた。彼らがまた野放しになってしまったことに不安を覚えて、うつむきながら自分の腹を手でさすった。


 てっきり彼女がよろこぶかと思ったピサリーは首をかしげた。


「どうした? なにか不安か?」

「盗賊たちは?」

「帰った」

「……そう」


 ピサリーは面倒そうに疲れた表情をしながらたずねた。


「仕留めればよかったってのか? まあ、やってやってもよかったが、死ぬよりも生きているほうがあつらにとって不運だろう。これからな。それから、盗賊にやられて死んだやつのことは気にするなよ。そいつらは金に目がくらんでやられたんだ。自業自得ってやつだ」


 ミレイザはしぶしぶとうなずいた。すると、どこかから鳥の鳴き声が聞こえてきた。彼女ははっとしてそのほうへ歩き出す。ピサリーもなにをするのかわからず彼女のあとについていく。


 ついた先には鉄かごが置いてあった。盗賊たちの忘れ物だ。鳥はそこから出たそうに翼をバタバタと羽ばたかせている。ミレイザはその鉄かごの鍵を引きはがし扉を開けてやった。とたんに鳥はそこから飛び出して西日前の空のかなたに飛んでいった。


 ミレイザとピサリーは静かな風に揺られながら、自由に優雅に飛んでいく鳥をただ見送った。

最後までお読みいただきありがとうございます。


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