17. 骨董屋の客
ルピネスをさがしに情報屋の男から教わった彼がよく来るという場所へ向かった。そこは骨董屋で路地の薄暗く奥まったところにある。行く先々でその場所をたずねては走り、たずねては走り向かった。
「どうして急ぐの?」
ミレイザはあとを追いかけながら聞いた。ピサリーは振り向かず声だけを返した。
「早くしないと、そいつが誰かに依頼されちまう」
「彼をこちらで依頼して呼び出せばいいんじゃない?」
「あたしたちが依頼をしてしまうとほかのやつらが依頼できないだろ」
冒険者は一回の依頼を解決したら次の依頼が来るまで待たなければならない。それはその依頼がいつ終わるのかわからないし、なにかあって運悪く自分が死んでしまうかもしれないから。だから、依頼は一回一回を終えてからになる。
「どうしてほかの人に依頼を譲るの?」
「あたしたちより先に金持ちが狙われると気づいたやつがいたら、その誰かが依頼して呼び出しているかもな。だがいまは誰にも依頼されていない、ということは、これからあの盗賊たちどもに依頼される可能性があるってことだ。あたしたちが依頼してその時間を埋めるわけにはいかない」
「ともかくそいつに会って話そう」と言葉を切って目的の場所に向かった。
そうして骨董屋の前に着いた。広いとおりで両側には壁がある。突きあたりの壁にドアがあり、店の前には一本の木が植えてある。その周りを長椅子が木に背を向けて四方を囲っていた。
ドアの上にはマビポット骨董屋という看板がかけてある。
ピサリーたちはおもむろに店のドアを開けた。下り階段が数段ありそこを下りていくと広い部屋があらわれた。その中は薄暗く埃臭い湿った空気を漂わせている。客はまばらにいて骨董品や装飾品などを吟味している。
部屋の中央には店のカウンターが四角く囲っており、その中に女性の店主がいて客と話していた。並んだ棚の中には値札のついた壺などの美術品も並んでいる。
「ここにいるの?」
「たぶん」
ふたりはそう小声を出してルピネスらしき人物をさがしていった。来ている客はみな静かで首をかしげたりしながら物の品定めをしている。薄暗いために顔の判別が難しく、客の中から例の男をさがし出すことはできなかった。
ふたりは仕方なく店主に聞くことにした。「すみません」とピサリーは店主に話しかける。
彼女はフィバネラ・マビポット(32歳)。片眼鏡をかけてポニーテールに赤いバンダナをしている。フリル付きのエプロンをして、そこから装飾品を散りばめたドレスローブをのぞかせていた。背が高くなまめかしい目を向けている。
「なにかをおさがしですか?」
「はい、人をさがしています」
「人ですか。誰をおさがしで?」
「ルピネスさんです。よくこの店に来ると聞いたんですが」
「ルピネス? ええ、来ていますよ。そこにいますが」
彼女がそのほうへ顔を向けたとき、「おお、見つけたぞ」とうれしそうな声が店内に響いた。ピサリーたちはその声のしたほうへ移動して声の主を確認した。それはさがしていたルピネスだった。
黒い短髪の頭に銀のサークレットをして、細身な体に青銅の鎧を着た男が指輪を摘まみ上げて眺めている。ピサリーたちは彼に近づき声をかけた。
「すみません、ルピネスさんですよね」
ピサリーの声に反応してルピネスはそのほうへ振り向いた。それと同時に耳に垂れ下がったピアスが揺れる。彼はピサリーとその隣にいるミレイザを見てほほえみを見せた。
「ああ、そうだが。どこのお嬢さん方かな?」
「あたしはピサリー。こっちはミレぇ……アリッサ」
ピサリーはミレイザの紹介をすると、彼女はうなずいて「アリッサです」と返事をする。
「俺さまになんの用だい」
ルピネスは笑みを消さずに彼女たちを見据える。ピサリーは懐から号外を取り出して彼に見せつけた。
「今度、あなたがこの男たちに狙われるかもしれません」
その紙に書いてあるものをルピネスは注意深く見つめた。それから目をそらして興味なさげに言った。
「ふーん、それで、俺さまにどうしろって」
「次に依頼があるとき、あたしたちがあなたを見守りますので、この男たちに悟られないようにしてほしいのです」
「……なんで俺さまがそいつらに狙われるってわかるんだ?」
「あなたは冒険者の中ではお金持ちだと、ちょっとした有名人だとも聞いたので」
ルピネスはその言葉に何度かうなずいて答えた。
「ああ、そいつはたしかだ。だがそいつらが次に俺さまを狙うとはかぎらないだろう」
それから、さっき摘まみ上げた指輪に目を向けた。ピサリーは号外を懐にしまうと腕組みをして話し出した。
「でも、確率は高いんですよ。彼らは冒険者リストを見てその中の冒険者が身に着けている高いものに目をつけている。だからあなたが次に狙われやすい」
ミレイザも話に割り込んだ。
「そうですよ。オボカニさんが言っていました、籠の中の鳥を助けようとして後ろから襲われたって。それで大事な結婚指輪も……」
するとルピネスは小さく笑いだした。その行動に対してピサリーとミレイザはお互いの顔を見合わす。笑いが収まり彼は言った。
「悪いがお嬢ちゃんたち、帰んな。その依頼人に襲われたとしても俺さまが負けるわけないだろう」
ルピネスはどこか余裕の表情を見せながら、隣の棚に置いてある腕輪に手を伸ばした。もどかしさを感じてピサリーは素になり言い放つ。
「あっそ、べつにいいよあたしは、その盗賊たちに襲われてあんたの身に着けている高価なものを全部うばわれても。あたしたちは助言をしに来ただけだからこれ以上なにも言わないけど、もしうばわれたらあんたの身に着けているものは二度と返ってこない。そのときになって泣きを見てもあたしたちは知らないし気にしない。もしあたしだったら、より確実にうばわれないほうを選ぶけどね」
ピサリーの半ばまくし立てるような言動にルピネスは黙った。
いままで至るところへ行ってはそこで貴重な品々を手に入れてきた。もう二度と手に入らないものもある。指輪。腕輪。首飾り。サークレットなど。それが一瞬にしてなくなってしまうことを彼は考えていた。
「ちょっとルピネス」とカウンターにいる女店主マビポットが声をかけてきた。ルピネスはそのほうへ振り向くと、彼女は呆れたようにいやしい目を彼に向けた。
「せっかくそこのお嬢さん方が助言してくださっているんだよ。なぜ受け入れないんだい」
「フィバネラ」
「もしかして、女に守ってもらうのが恥ずかしいと思ってんだろ。しかも自分より年下の子に」
「いや……」
ルピネスの口からため息がもれる。内心それは当たっていた。自分ひとりならどうとでもなるが、依頼人が不意を突いて自分を襲ってきたとき、彼女たちがその依頼人を止めに入ったとして、万が一、彼女たちがその依頼人によってやられてしまったりしたら夜も眠れなくなってしまう。もちろん身に着けているものをうばわれるのも嫌だが。と彼は思っていた。
マビポットの視線が鋭くなったのに気づいたルピネスは、彼女たちに向き直り言った。
「わかった。わかったよ。次にその依頼があったら後をつけてきてもいい。ただし、お嬢さんたちになにかあっても俺さまは知らないからな」
それからマビポットに振り向いて「これでいいんだろ」と返した。指輪の代金をカウンターに置き彼はそのまま店を出ていった。
「あっ!」
ピサリーは声を上げると彼のあとを追いかけて店を飛び出していった。そのあわただしい音に買い物客は何事かと開け放たれたドアをただ見ていた。
「まったく」と言いながらマビポットはコインを集めていく。
ミレイザもピサリーを追いかけて店を出ていこうとしたが、彼女にお礼を言おうとしてカウンターの前で立ち止まった。
「あ、あの、さっきはどうも……」
マビポットはミレイザに気がつくと首を横に振り言った。
「いいんだよ、どうもここの連中は女性を弱い者と決めつけているからね。モンスターがはびこっていたときはわたしも戦ってたんだけどね。でも、多くの女性は男を頼ってたよ。その個々の内心は人によって違うからなんとも言えないけどさ」
「はあ……」とミレイザは返して、モンスターがミッドビッドの町で暴れていたときのことを思い出した。そのときはいつも母親と一緒に家の地下に隠れてやり過ごしていた。父親は町の男たちと一緒にモンスターと戦っていた。
こういったことが起こったとき、事前に女性や子どもたちは絶対に外に出ないようにしていた。それは町の約束事であり決まりだった。モンスターを追い払うと男たちはそれぞれの家にもどり家族の無事を確認した。
傷ついた父親の姿を見ては泣きながら抱きつく子ども。不安な顔色を見せながらその手当をしている妻。お互いが無事だったことがわかり安堵の表情をお互いに見せ合った。
いつ死ぬかわからない恐怖が家族の絆をよりいっそう強くしていった。
ミレイザは幼いころ、そうやって傷つき帰ってきた父親に抱きつこうとしたが、足から血を流している姿を見ると恐怖のあまり動けず声すらかけられなかった。母親がその手当をしているのをただ黙って見ていることしかできなかったのだ。
「わたしはここを経営しているフィバネラ・マビポットよろしくね」
「わたしはアリッサ、さっき出ていった妖精はピサリーです」
「そうかい、なにかあったらここに来な。ここは掘り出し物のほかにも、ときどき情報屋などがおとずれたりするからね」
「じょうほうや?」
「この町の裏のことや、どこに珍しいものがあるかとか知っている者さ」
「へぇー」
マビポットとの話しを終えて店を出ると、ミレイザはピサリーをさがした。彼女はすぐに見つかった。となりにはルピネスの姿もある。彼がどこかへ行こうとしているのをピサリーは引き留めていた。
「アリッサ、これからルピネスさんと酒場へ行く」
ピサリーはルピネスの腕をつかみながら言った。彼はあさってのほうを向きながら知らぬふりをしていた。
「酒場?」
「そう、そこでルピネスさんが依頼されるのを待つんだ」
軽い笑みを見せて、ピサリーはルピネスを酒場まで引き連れていく。こちら側が食事をおごるということで彼を説得していた。
あの盗賊たちがいつルピネスに依頼をするかわからない。依頼された場合、冒険者リストに表示される依頼者の名前が偽名である可能性があるため、彼自身を見張っていないといけない。
「時間と待ち合わせ場所が書かれるんだから、その時間帯にそこで隠れていればいいだろ」とルピネスは言うが、すぐに一緒にそこへ向かえるようにということで彼を逃さないでいた。
酒場に入りルピネスは適当に注文するとピサリーたちも注文した。料理が目の前にあらわれて3人は食事をする。ミレイザは水だけを飲んで終わった。ルピネスはミレイザの奇妙な行動に横目を向けた。
「あんたは食べないのか?」と彼は思わずたずねる。彼女の独特な風貌がより奇妙さを引き立てており、ただ水を飲むしぐさでさえ強い印象を与えてしまう。
あらかじめ言われるだろうとわかっていたミレイザはうなずき答えた。
「ちょっと、お腹は減っていないので」
「ふーん」
食べ終わってひと段落すると、ルピネスは紅茶をちびちび飲みながらたずねた。
「なんでそこまでするんだ? 次の依頼者がその盗賊とはかぎらないだろう」
ピサリーは紅茶を飲んだあと、退屈そうに窓の外を眺めながら言った。
「だったら、その次まで待つ。それにあたしたちはそいつらを知っている」
「知っている? どうして」
ピサリーは前に護衛した者が途中でふたり増えて3人組になり、彼らが籠の中の鳥を助け出せとしつこく言っていたことを話した。
「ふうん、なるほど、でもほかのやつを選ぶかもしれないぞ」
「かもしれないな。しかし、そうやってほかの冒険者を次から次へと見守るのは不可能だ。だからひとりに絞ったんだ。狙われる確率の高いあなたに」
んんっとルピネスは椅子の背もたれに背中を預けて伸びをした。それからもとにもどり紅茶に手を伸ばす。
「べつに俺さまは構わないけど、お嬢さんたちそんなに強いのか?」
「あたしは妖精だ。魔法が使える」
「知ってるよ、俺さまが言いたいのはそいつらが襲ってきたとき、やっつけることができるのかってことだ」
「今回あらわれる格好はわからないが、前は武装してたとはいえ軽装だ。あたしの魔法で吹き飛ばしてやるよ」
ルピネスはふうんとうなずいてミレイザのほうを向いた。
「きみは? なにができるの?」
「え?」
急に言われてミレイザは考えた。わたしにできること……。とたんに頭が真っ白になり目をあちこちと忙しなく動かした。
「彼女は拳法ができるんだよ」
そうピサリーは言って助け舟を出した。ミレイザはピサリーに驚いた顔を向けて首を小刻みに振る。ルピネスは興味ありげに彼女を見つめた。
「拳法? ……ふうん。そうか、じゃあ退屈しのぎにきみたちがどのくらい実力があるのか、俺さまと試してみないか」
その提案にふたりはお互いの顔を見合わせた。ピサリーは目を血走らせているがミレイザは目を見開きますます驚いた顔をしている。それを見たピサリーは仕方なくたずねた。
「いいのか? これから仕事をするんだろ? 依頼があれば」
「そうだが、ただの手合わせだ。本気じゃない」
「ピサリー……」とつぶやいて、ミレイザは彼女の肩に手を乗せて首を横に軽く振った。
どこか震えている彼女のようすにピサリーはため息をもらす。それからルピネスに言った。
「すこし、彼女と話す」
それを聞いてルピネスはうなずき彼女たちを自由にさせた。ピサリーたちは席を立ち彼から離れて小声で話し合った。
「わたし、拳法なんてやったことないわ」
ミレイザは切羽詰まったように言う。ピサリーがその場を切り抜けようと適当に言ったのを訂正してほしいと願っていた。
ピサリーがそう言ったのはその確証めいたものがあったからだった。以前、冒険者と依頼人が手を組んで護衛の途中で襲ってきたときがあった。そのとき、ミレイザが異常な速さで動いていたのをピサリーは見ていた。
ハーフゾンビ化して、通常の人間よりも力やすばやさなどの能力が上がっている目の当たりにした。だからピサリーは、それがもしかしたら本当のことで、彼女は自分の体の中の異常さにまだ気づいていないのではと思ったのだ。
「大丈夫だ。おまえは見ているだけでいい。あたしがあいつをこらしめてやるよ」
「でも、ピサリー。ルピネスさんに勝てる自信あるの?」
「あ? ああ」
ピサリーはミレイザの肩に手を置いて彼女を落ち着かせた。それから振り返ってルピネスに言った。
「なあ、もしあたしがあんたに勝ったら、こっちのアリッサとはやらないでほしいんだが」
ルピネスはミレイザに目を向けた。彼女はうつむいてどこかおどおどしている。風が吹けばその体がどこかへと飛んでいきそうな雰囲気を出していた。
「わかったよ。ピサリーが俺さまに勝ったら彼女とはやらない」
こうしてピサリーたちはルピネスと手合わせをすることとなった。
せっかくだから大道芸みたく道の真ん中でおこなうことにした。ルピネスとミレイザは目立たないところのほうがいいと言ったが、ピサリーはただやるのはもったいないと言って、そこから動こうとはしなかった。ふたりはしぶしぶ彼女の意見を聞き入れることにした。
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