16. 襲われた冒険者
ピサリーは小さくため息をついた。足を組み疲れたように両腕を背もたれにかけている。聞き込みをすればするほど、お金をだまし取られたという事実にかぎりなく近づいていく。
昨日会った人が今日はいない。都合がよすぎでそう思わざるおえなくなる。あの痛々しいあざを見せたのも、果物を坂から転がしたのも全部あの人たちが仕掛けた嘘だったの? だまされていたことに気づけなかった自分に対し、ミレイザは唇を噛みしめてくやしそうにうなだれた。
昨日、果物を買った場所は人が行き交っている。あの果物屋は一向にあらわれる気配はない。
「来ねぇな」
ぼそりとピサリーは言うとジト目をしながらその一帯を眺めていた。ときどきあくびをしつつひたすら待ったが、果物屋はそこにはあらわれなかった。
「これでわかったろ、おまえがだまされてたってことが。あ、クリーニング屋は家の人が危篤になったから店をたたんで実家に帰ったとか、果物屋は今日は休みを取っているからあらわれない。なんて自分の都合のいいように解釈するなよ」
それから内ポケットをさぐりなにかを取り出した。「これを見ろ」とピサリーは落ち込んでいるミレイザに一枚の紙を見せてきた。そこには号外と記事が出ていた。『冒険者が雇い主に襲われた』と見出しが載っている。
「今朝、部屋のドアの下に挟まっていたものだ。事件があるとこういったものが町中に配られるんだよ。あたしはこれを見てピンと来たね。この前スタープリルと一緒に男どもをクレマティウスの町まで護衛をしたときがあったろ?」
知っているよな。という風にピサリーはミレイザに鋭い目を向ける。小首を縦に動かして返答するとミレイザは聞き返した。
「ローゼリスさんから罰としてその人の護衛を任されたことでしょ。その途中で魔物がいるからと逃げてきた男性ふたりと合流して、そのまま一緒にクレマティウスの町まで行ったことよね」
「ば、罰はよけいだ。そう、たしか……ポラソルってやつと、なんだっけか」
「がっしりした男性と小太りの男性だったわ。えっと、ヒウガさんとミモジさんって人だったわね」
「そうそう、そいつらはやっぱり手を組んでいて冒険者を襲ったんだ。おかしな仕掛けをして、冒険者を背後から襲う。そういえば変な籠に鳥を入れていたな。たぶんあれを助け出してくれと冒険者に頼んだりして、どう助け出そうか試行錯誤しているところを襲う」
ピサリーはその紙を見ながら恨めしそうなうれしそうな笑みを浮かべていた。もし油断していたら自分たちが襲われていたかもしれない。そんな恐怖と同時に今度会ったら許さないと自分に言い聞かせているみたいに、目を一点に集中させている。
「気をつけろ。ここ最近、世の中が物騒だからな」
「ぶっそう?」
「勇者御一行様が大魔王を倒して世界からモンスターは消えた。その代わり抑圧されていた人間たちが相手をだまし、物をうばい取ろうとする。モンスターに比べたらこのくらい、いいじゃないか。なんて自分を正当化していたりな」
「女王陛下の統制は? 彼女がこの国の法を決めているんでしょ」
「そうだが、モンスターがいなくなってからそれほど日は経っていない。だからまだそういったことが世間に行きわたってないというか、そんなことをしたら罰せられるとわかっていても、バレなければいいというやつらがいるんだろ」
ミレイザは辺りを見まわした。近くの公園で遊んでいる子どもたち、買い物をしている婦人たち、鎧を着て町の安全を守っている女王の部下たち。いつどこで襲われるかわからないと思い、こぶしを強く握り身を引きしめた。
「じゃあいくぞ」
ピサリーは号外を内ポケットにしまうと椅子から立ち上がった。それから座っているミレイザを見下ろして大きく息を吸い込み吐き出すように話した。
「取られたものは仕方ない。だから、今日はこいつらを捕まえにいく」
目の据わった顔で口のはしだけを上げた笑みを見せながら、とんとんと指で自分の胸を軽く叩いた。それを見てミレイザは椅子から立ち上がった。
「冒険者を襲った人を捕まえにいくの?」
「ああ、もう目星はついているんだ。あとはどこにいるかだけだが……」
周囲を見まわしながらピサリーは考えた。ミレイザも果物屋があった場所に目を向けたりしたが、相変わらずそこには店はなかった。
「……そうだな、とりあえず酒場に行って聞き込みだ」
こうして、冒険者を襲った盗賊を捕まえるため、酒場にいる冒険者や一般客から情報を聞いていった。そこに来ていた人たちからは詳しい情報は得られなかったが、襲われた冒険者を知っているという人物がひとりだけいた。
その中年の男は鉄の鎧を身に着けてテーブルの脇に剣を立てかけている。彼はその冒険者とライバル同士でランクを争っていた。いつも抜きつ抜かれつでつねに目をつけていたという。
「どういうやつだ?」と言いながらピサリーはテーブルにあるボタンを押した。そこには冒険者リストが表示されて顔や名前などが載っている。するとその男は首を横に振った。
「俺は、誰だかは言わねぇ……まあ、そうだな、あいつは男だ」
ピサリーとミレイザはお互いの目を見合わせた。彼は椅子の背もたれに背中を預けながら、あいつがよくいる場所も知っていると付け加えた。
ピサリーはその男に会わせてくれと頼んだが、彼はそこで言葉を切り金をせびってきた。ひとつの情報につき100リボンを支払わないといけない。そのたびにピサリーは憤慨する。
「嫌ならいいんだぜ」と情報を持っている彼が言ってくると、どうしてもその冒険者に会いたかったためにしぶしぶ支払うことにした。が、その前に嘘をつかれると困ると言って、近くで食事をしている子連れの家族に頼み、証人として彼をしばらく見ていてもらうことにした。だが、その家族も金をせびってきた。1時間につき100リボンを支払う条件となった。
ピサリーは家族を一瞬にらみつけそうになったが目をそらしてその条件を受け入れた。
襲われた冒険者を知っている彼が嘘ついているかもしれないからと、一緒にその場所まで案内するように頼んだが「俺は、あいつとお友達じゃねぇ」と言い返されて、仕方なくそういった策を取らざるおえなくなった。
ミレイザはそんなピサリーの気持ちを抑えるため、彼女の背中に手を乗せて落ち着かせた。ピサリーは歯を血が出るほど噛みしめながらその口を閉じ、彼の注文に次から次へと応じていった。
冒険者の顔、体型、装備しているもの、どこでよく見かけるかなど。その一回一回に100リボンを支払った。
ピサリーはその都度、目を見開き相手を罵っているが、「情報が欲しいんだろ?」と彼は彼女をあしらう。途中で食事もおごれとつけあがる始末にもなり、ピサリーが襲いかかりそうになるのをミレイザが両手で抱きかかえるようにして止めに入ったりした。
そんなことがありピサリーは店のドアを蹴り飛ばし外に出る。ミレイザは彼や店の人に謝り彼女のあとを追った。
「せびりやがって」
愚痴をこぼし地面を踏みつけながら、ピサリーは襲われた冒険者がよく来るという場所へと向かった。ミレイザは後についていきながらそんな彼女にたずねた。
「ピサリーが人助けをしたいのはわかるけど、そんな怒るほど嫌ならやめてもいいんじゃない? どうしてそこまでするの?」
それを聞いてピサリーはムスッとしながら半目で前方を見据える。
「これは人助けじゃない。号外に書いてあったの見てなかったのか? 賞金があるんだよ、5000リボンという賞金が」
「しょうきん? ……それって誰が払ったりするの?」
「さあ、どういうわけかそいつの顔も名前もの載ってないからな。だが賞金があるんだ。たぶん大金だから自分をさがし当てたやつと取り引きしたいんだろ」
ピサリーは号外を取り出してミレイザに見せてきた。そこには雇い主に襲われた冒険者の体験談や盗まれた物が記載してあった。襲ってきたのは男3人組。盗まれたのは結婚指輪や所持金。そういったことが詳細に書かれていた。だが、その名前や顔、連絡先は載せていなかった。
冒険者を襲ったとされる雇い主の名前は載っていた。その名前はサワビヨと書いてあった。そのほかのふたりはボノソとゼヌアとなっていた。ミレイザはそれに気がつき不思議そうに言う。
「あれ? この前送り届けた人たちと名前が違うわ」
「だろうな。あいつらは名前を変えているんだ。足がつかないようにさ」
それからしばらく歩いて、例の冒険者がよく来るという料理屋に着いた。レンガ風の建物で玄関にある木のドアから人が出入りしている。
ピサリーたちはその前で人の行き来を眺めていた。しかし、かえって怪しまれるため、向かい側にある道具屋に入ってその窓から外をのぞくことにした。
雇い主に襲われた冒険者というのがオボカニという人物で、緑色の短髪にほっそりとした顔。やせ型で背の高さはミレイザより頭ひとつ分高いなど、そういった情報を頼りにふたりはそこでじっとその冒険者があらわれるのを待った。
ピサリーは店員に怪しまれないように道具を適当に買い、それからもう一度買おうかなと決めかねているようすを見せながら、窓の外に目を向けたりした。
そして、緑髪のやせ形の男があらわれた。彼は細かな装飾の施された高貴な服を着用し、料理屋に入ろうとしていた。ピサリーたちはあわててその男を止めにいった。男がドアに手をかけるかかけないかくらいのところで「すみませーん」とピサリーの声が届いた。
男は手を止めて振り向くとぼうっとして彼女たちのようすを見つめた。顔は疲れているように頬が痩せこけている。目の上は青く腫れていた。
「あなたはオボカニさんですか?」
ピサリーはいつものようにていねいに聞く。すると彼はため息をついて「ええ」と答えた。
「あたしはピサリー、こっちはミレ……」
「アリッサっていいます」とミレイザはピサリーが紹介している途中で割り込んだ。
ありっさ? と小声でピサリーは言うと首をかしげた。それから気を取り直してオボカニのほうを向いた。
「ちょっと聞きたいことがあるんですけど、依頼者に襲われた件で」
オボカニは一瞬目を丸くしたが、何回かうなずいてから言った。
「ああ、そうか。いいよ、なにが聞きたいんだい」
すると、後ろから店に入りたそうに咳をひとつ鳴らして待っている客がいた。オボカニはわきに避けてから「そこに座ろうか」とうながして、店の前にある長椅子に目を向けた。3人はその椅子にピサリー、ミレイザ、オボカニの並びで座り話し合うことにした。
「それで、なにが聞きたいんだい」
オボカニはどこか苛ついていて語気を強ませているが、疲れているように声に張りがない。
ピサリーはミレイザに肩をぶつける。ミレイザは驚いてピサリーを見ると彼女は首を動かして「おまえが話せ」と黙って命じた。金をだまし取られた責任を取ってもらうためにミレイザに彼との話を任せることにした。彼女はあたふたとしながらオボカニに言った。
「えっと、このたびは、盗賊たちに襲われたことを大変に思います。号外を拝見しました」
「ああ、まったく、ほんとにだ」
オボカニはがっくりと力を落としたように首を垂れて、目の上の腫れを痛そうにさわった。
「その襲ってきた人たちが、いまどこにいるかわかりますか?」
「さあ」
「護衛の途中でなにか言っていたりは?」
んー……とうなって、オボカニは首をさすりながら思い出そうとしていた。思い出したくないものをむりやり思い出そうとするため何度かため息がもれる。彼はすこしずつ語りはじめた。
「ここからサルビリアまでの距離で俺はサワビヨという男を護衛することになった。最初はひとりだったが途中からふたり増えた。ボノソとゼヌアってやつだ。魔物が出るからとか言ってそいつらは寄ってきたんだ。ダリティアとサルビリアのあいだには丘がいくつもある。そのひとつの丘を越えた先に魔物があらわれたと言っていた。だが実際にそこへ行ってみると、鳥が籠に入れられているだけだった。妙な籠で、なぜそこに置いてあるのか不思議だったが、3人は俺に籠から鳥を出して助けてやってくれないかって言ったきた。だから、その籠を開けようと……」
オボカニはそれ以上言わず口を固く閉じた。彼の額から汗がひとつ筋流れ出る。ミレイザとピサリーは顔を見合わせるとピサリーはただため息をついた。
「それから身ぐるみをはがされた……俺と妻の結婚指輪が……」
彼は奥歯を噛みしめて目を強く閉じた。それから苦しそうに目を開けるとすがるようにたずねてきた。
「なあ、きみたち、あいつらから盗まれたものを取り返してくれるのか?」
彼の悲しみと疑いはさんだ表情を見て、ミレイザはしっかりとした口調で答えた。
「ええ、そのためには些細なことでもいいので、彼らが言っていたことを話してくれませんか」
「そうか、わかった」
彼らはモンスターがはびこっていたときどんなモンスターを倒したことがあるとか、サルビリアにはなにしに行くとかなどを話していたという。
「あとは、これがもっとも有力な手掛かりかもしれない。あいつらは俺から去っていくとき、『今度は、リンディにしようぜ』って言っていた」
「リンディですか?」
「ああ、たしかそんなことを言っていた」
「その彼らはなぜリンディにしようと言っていたのですか?」
「さあ、それ以上のことは……きみたちの前にそうやって質問してきた人が何人かいたから、同じことを言った。その人たちは納得してもうどこかに行ってしまったけど」
「ピサリー……」とミレイザはどうするか彼女に意見を求めた。
前はローゼリスを雇い今回はオボカニという冒険者。適当に選んでいるのかそれともなにかを狙って選んでいるのか。ローゼリスは妖精で魔法が使えることを知っているわけだから、普通の一般人より強いことになる。ましてやあたしたちの先生だ、そんなへぼい罠に引っかからないはず。
じゃあ、なぜあいつらは彼女を選んだ? 魔物の魂退治を依頼したのは事実だった。そのあと、本当だったらローゼリスがあいつらの依頼を受けることになっていた。しかし、あたしたちがそれを受けることになった。
ローゼリス以前に誰を雇っていたかわからないが、たぶん金持ちのやつらか高級品を持っていそうなやつを狙ったのだろう。ローゼリスの身に着けている花柄のペンダントは高そうだからな、冒険者リストに載るといまどんな装備をしているのかが表示される。それを見て選んでいると言えるだろう。そこまで考えてピサリーはオボカニに聞いた。
「ねえ、オボカニさんよりお金持ちの冒険者って誰だかわかります?」
「お金持ち? ……うーん、いまだと、ルピネスかな」
「ルピネス?」
「はい、男の冒険者でランキングはそれほどではないのですが、彼の身に着けている装飾品は高い物ばかりです。冒険者の中ではちょっとした有名人ですかね」
「その人が、オボカニさんみたいに最近襲われたって話は聞いてますか?」
「え? そんな話は聞いてないな。……まさか彼も襲われたの!?」
「いえ、ただ聞いただけですよ」
そうなると、もしかしたら次に狙われるのは彼かもしれない。ピサリーはそう思いたち、それ以上オボカニから話を聞いてもなにも出て来そうにないので、ルピネスを調べるためにふたりはいったん酒場にもどることにした。
もどる前に今度オボカニとどこで待ち合わせをすればいいかたずねたが、冒険者リスト表で依頼してくれればいいということでその場は解散となった。
「アリッサって?」
もどる途中でピサリーはミレイザに聞いた。『ミレイザ』という人物は死んでいることになっているから名前を変えた。と彼女は説明した。
「じゃあ、今度からそうする」
ピサリーは興味なさげに返して、足早に酒場へと向かった。
酒場に着くと情報屋の男と子連れの家族が退屈そうに待っていた。ピサリーは彼が嘘をついていなかったことを告げて、証人として使った子連れの家族に200リボンを支払った。
こうして拘束が解けたように子連れの家族は酒場を出ていった。男のほうも疲れたように席を立ちそこから出ていこうとした。
「ルピネスって誰?」
ピサリーは彼にたずねた。彼は「知りたいのか?」と言って手のひらを差し出して金をせびってくる。ピサリーは呆れたようにため息をついて返答した。
「ああ」
ルピネスが普段はどこにいるか。よく行く店などを聞いただけで、それ以上はなにも聞かなかった。
彼に金を支払い、さっそく冒険者リスト表をのぞいてみた。さまざまな冒険者の顔や名前、装備しているものがランク順に映し出される。
ルピネスという文字をさがしていくとすぐに見つかった。彼は腕輪や首飾り、指輪などがすべて高級なものを身につけている。
「こいつだな、まだ誰にも依頼されてない」
そう言ってピサリーは椅子から立ち上がるとミレイザを見てうながす。
「さっそく、さがしにいくぞ」
「ええ」
最後までお読みいただきありがとうございます。




