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50パーセントの守護ゾンビ  作者: おんぷがねと
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15. ふたりの調査

 次の日。


「おい、起きろ」


 ピサリーの声がしてミレイザは目を覚ました。腫れぼったい目をピサリーが見せてくる。彼女はあれから外へ一歩も出ずにずっと寝ていたのだ。すでに制服に着替えていて学園に出かけようとしていた。だが、いつもよりなんだかゆっくりとしている。ベッドに腰を下ろし背中を向けてなにかを読んでいるようだ。


 ミレイザは起き上がるとそれに気づいたのか声だけをピサリーはかけてきた。


「今日は学園は休みだから。町を歩くぞ、おまえもちょっと付き合え」

「休み?」

「テストのあとは一日休みになるんだ」


 それから、ミレイザは着替えを済ませていつもどおり宿屋の廊下でピサリーと待ち合わせた。


「とりあえず、腹ごしらえをしたいから、まずは酒場に行くぞ」


 数歩だけ歩き「あ!」と声を出してピサリーは振り返った。それからミレイザに手のひらを差し出した。


「指輪」


 ミレイザは指輪を外してその手のひらに乗せた。ピサリーはそれを指に嵌めたあと残高を確認しようと指輪にふれた。


「……あ!?」


 ピサリーは目を丸くして何回か瞬きをすると、ミレイザに勢いよく振り返って問いただしてきた。


「おまえ、なにに使ったんだ!?」


 ピサリーはミレイザの足元から着ている服などをどぎまぎして見ていった。「服か、アクセサリーか」そんなことを言いながら彼女はミレイザの体をなめまわすように見ていく。そして気がついた、ミレイザの服がきれいになっていることを。


「服を直したのか」


 ミレイザはうなずいた。それでも納得のできないピサリーは取り調べのように次から次へと質問した。


「服を直しただけじゃ、こんな額にはならない。高くてせいぜい50リボンくらいだ。ほかになにを買った? 高級料理でも食べたのか?」

「その……困っている人を助けたり。子どもたちの願いを叶えたり……」


「は?」と目が点になるような表情でピサリーは一瞬時が止まった。それから「耳が悪くなったのかなぁ、もう一度言ってくれ」とふたたび聞いてきた。


 ミレイザは昨日のできごとをなるべくていねいに説明した。それをすべて話し終えるとピサリーはミレイザに背を向けて窓の外を眺めた。窓からさし込む淡い朝の光がその背中の影をつくる。


 なにかを考えているかのようにピサリーは手であごをさすった。ミレイザはその少し揺れている羽を見ながら言葉を待っていた。しばらくしてピサリーはため息交じりに言った。


「おまえ、それ全部だまされてるぞ」

「え?」

「おまえ、金をだまし取られたんだよ。そいつらに」


 その言葉が信じられずにミレイザは声を失った。窓の外を眺めているピサリーの横顔をただ見つめる。その顔はつまらなそうだけど恨めしそうに目が座っていた。

 

 ミレイザは昨日の事柄が本当にだまされていることなのかをふたたびたずねた。


「オゼーヌさん、クリーニング屋でいじめられていたんですよ。腕にもあざがあったし」


「嘘だ。それは絵具かなにかで塗ってあったんだよ。その女とおまえを店に連れていったやつはグルだな。そうやって、わざといじめられているという演技をして、おまえをだました」


「じゃあ、シロネっていう女の子にわたしがぶつかってしまったから、そのお返しで食事を」


「それも嘘だ。そいつともうひとりガキがいただろ。そいつらは多分兄妹だな。そうやってわざと果物を坂から転がして、ひとりで坂を下っているやつを見つけては、声をかけてその果物を追わせるんだ。その途中でその女のガキが横から出てくるっていう、悪ガキどもの考えることだろ」


 あの子どもたちがそんなに悪い子だとは思わなかった。そんなことを平気でするなんて信じられないとミレイザは感じていた。


「おまえ、食事のあとそのガキたちに果物を買い与えたんだろ? その果物屋、ひょっとするとその兄妹の親だな。わざと急かすふりをして、そのガキから果物をうばおうと見せかける。そんな嫌がるガキを見てお優しいやつは金を出したくなるだろうな。それで、適当な言いわけをつけて非合法な値段で売りつけるんだ」


「うそ、うそよ……」


 ミレイザはいたたまれずに言い返した。いじめられているから助けてと言った妖精のあざ。果物を取ってと言った少年。急に飛び出してきた少女。妖精の涙。子どもたちの笑顔。それはらすべて嘘で、金をだまし取るための策略だったとは思えず。ミレイザの頭の中は真っ白になりかけた。


「嘘かどうか、これから確かめに行ってみるか」


 ピサリーは目の笑ってないほほえみを見せて振り向く。ミレイザはうなずいて返した。


 こうして真相を確かめるべく町を出歩いた。ミレイザのあとにピサリーがついてくる。まずは昨日のクリーニング屋を目指した。記憶を頼りにその場所へ足を運ばせる。


 十字路を止まったりしてどっちのほうか迷ったりしていると、ピサリーは苛立たし気に「町のやつらに聞いたほうが早いんじゃないのか」と言ってくる。ミレイザはそれをすなおに受け入れて近くをとおりかかった人に場所をたずねた。そんなことをしてクリーニング屋に着いた。


 昨日訪れたクリーニング屋。路地にある階段を上がり芝生が敷いてある建物。だが、一目見るとどこかようすがおかしいことに気がついた。さびれているというか、なにもなく殺風景な印象を受けた。ドアの窓やほかの窓にはカーテンが閉めてある。


 ピサリーは「ここか」と言ってそのドアを叩いた。建物の中から物音ひとつ聞こえてこない。寝ているのかなとミレイザが思っていると、ふたたび彼女はドアを叩く。さっきよりも強めに。だが、いくら待っても中から人が出てこなかった。


「まだ、お店がはじまる時間じゃないのかも」


 ミレイザはそわそわとそんなことを言った。ピサリーは疑い深そうにドアから離れて、その建物全体に目を向けた。


「時間外か」

「ええ、きっとまだリンダナさんやオゼーヌさんは自分の家にいるんだわ」


 しばらく待って、またあとで来ようと引き返そうとしたとき、何者かが階段を上ってきた。それは眼鏡をかけて麻の服を着た男だった。彼は木のハンマーを手に持ち板を脇で挟むようにして階段の一番上まで来ると、ピサリーたちに気がつき声をかけてきた。


「ああ、ここはもうやってないよ」


 ピサリーとミレイザはお互いの顔を見合わせた。


「昨日、ここを経営していた人が急に辞めてしまって、だからまた募集をかけなきゃならないんだ」


 そう言って建物のわきに杭のついた板を刺してハンマーでそれを叩きはじめた。地面に杭が埋まっていく。その板には『テナント募集』と書いてあった。


「どこに行ったんだ?」


 ピサリーは手際よく杭を打ち込んでいく男の姿を見ながらたずねた。彼は手を止めて汗を拭きながら答えた。


「さあねぇ、手続きをしているときなんだか妙にウキウキしていたけど。ああ、言い忘れてたけど、わたしはここを貸している者だよ」


 ミレイザは信じられずにここで会った人たちのことを聞いた。


「あの、そのウキウキしてた人ってリンダナさんですか? ふくよかな体型の人で」

「え? いや、ふくよかだけど名前はルチカって人だよ」

「ルチカ? ……あ、じゃあもうひとりここにいたオゼーヌさんは」

「オゼーヌ? 誰だいその人は? ここを経営していた人はルチカさんだけだよ」


 首をかしげて男はふたたび杭を打っていった。ミレイザはなにが起こっているのかわからずに黙ってしまった。それを聞いたピサリーが推察をしはじめる。


「これはふたりとも逃げたな。ルチカってのが本名だが、リンダナに名前を変えていたらしいな。たぶん、おまえを捕まえて即興で変えたんだろう。オゼーヌってやつももとから働いていなかったみたいだからな。おそらくおまえみたいなやつを捕まえてはそうやって金をふんだくり、店を辞めていくことをしている連中だろう。わざと困った人を装って助けてくれそうなやつを狙う」


 あんな状況で助けない選択をすることがどうしてできるのかとミレイザは思った。人が助けを求めてきた。自分にはそれを助けることができる。だから助けただけなのに。なぜそれを断らないといけないのか理解できないでいた。


 それは事前に嘘だとわかれば有無を言わさず断っていただろう。それに気づいていれば。


「もうここには用はない、ほかを行くぞ」

「え?」

「そのクリーニング屋はもうほかの町にでも逃げているだろ」


 そうして次に子どもたちと出会った場所に向かった。あっちに行ったりこっちに行ったりしながらようやく昨日いた坂の前にたどり着いた。


「ここか」


 ピサリーは坂の下を注意深く見ている。両側に建ち並ぶ家とそこを斜めに切る坂。なんの変哲もないその通路には人はまだいなかった。


 建物で日陰になり少し肌寒さを感じながら誰かが来るのを待っていた。それは、昨日ミレイザが出会ったと思われる少年たちが見えたらそこへ行って問いただすために。


 子どもたちにそんなことを本当はしたくないと、できればあらわれないでほしいとミレイザは思っているが、ピサリーは聞く気満々だった。


 疲れたように坂を下ろうとする青年や走りながら楽しそうに坂を上ってくる子どもたちがあらわれては次々に聞き込みをしていった。だが返ってくる言葉は、知らないや見たことないなどの手ごたえのないものばかりだった。


 ピサリーはそのたびにイライラを募らせていく。人通りが途切れるとふたりは建物の陰に隠れながら坂を見下ろした。


 坂に誰もいなければあの少年たちがあらわれやすいかもしれない。と、なかばピサリーの強引な考えでそういった行動を取った。実際にミレイザは少年たちに姿を見られているから、出てこようとしても、あの人がいる! と判断されて、どこかの陰に隠れて出てこないでいるのではないのかと予想を立てたのだ。


「透明の魔法を使って、坂の途中で待っていたほうがいいんじゃない?」


 ミレイザが提案を出したがピサリーは首を横に振った。人がそこをとおれば聞き込みをしないといけないため、「透明を使い、いちいち解いていたら疲れる」と彼女は答えた。


 しばらく待っていると、遠くから緑色のワンピースを着た婦人らしき人物が坂をひとりで上ってきていた。ピサリーは駆けだすとミレイザはあわててあとを追いかけた。


 鬼気迫るような勢いで彼女たちが駆け寄ってくるのを見て、婦人は途中で止まり驚きを見せた。


 そのただならぬ気配を感じると、くるぶしくらいまである長いスカートをひるがえして引き返そうとしたが、彼女たちがどこか困っているようにも見えたため、婦人は両手を腹の辺りで重ねて待ち構えることにした。


「すみませーん」とピサリーは言いながら婦人を呼び止めると、彼女は目を大きくしながらふたりを交互に見た。


「この辺で子どもを見ませんでしたか?」


 ピサリーは状況に応じて言葉を変える。普段は口が悪いが、話を早く進めるため余計な問題を起こさないように言葉はていねいになる。


「子どもですか……ええ、見かけますよ。子どもたちどうしで遊んだりしていますからね」


 ミレイザは昨日ここで会った子どもたちのことを話した。歳や格好や名前などを伝えると婦人は首を捻りながら、よくこの坂をとおっていく子どもたちのことを思い出していた。しかし、婦人は首を横に振り「よくわからないわ」と返した。


「男の子は果物を持っていたんですが」


 ミレイザの言葉に対して、婦人は「果物、果物……」とつぶやきながら斜め上を見上げる。


 しばらく待ち、なにも出てこなそうなのでピサリーとミレイザはほかを当たることにした。


 婦人にお礼を言ってその場を離れようとしたとき、婦人はなにかを思い出したように彼女たちを呼び止めた。


「あ、そういえば、この坂では見かけない子どもたちがこの坂に来ていたわね」

「見かけない子どもたち?」


 ピサリーは素で返した。油断しているところに声をかけられると、です、ますをつけない言い方になってしまう。


「はい、普段はここの坂道は寒いですから子どもたちは日の当たる公園へ行って遊ぶのですけど、見かけない子たちはどこから来たのか、ここで遊んでいましたわ」


「どんな子どもたちでしたか?」


 今度はミレイザがたずねた。


「そうねぇ……あ! そうそう、あなたが言った果物を持っていましたわ。買い物がてらに見ただけなのですが、男の子は果物を持ってなにかを待っていましたわね。わたしがちらりとそのほうを見ると、あわてて果物をお手玉のようにして遊んでいましたけれど」


 婦人はあごに軽く握ったこぶしを当てながら少女のほうを思い出していた。


「買い物から帰ってきましたら、坂道の途中でその男の子と女の子がなにやら話し合っていまして、それから男の子は坂の一番上に駆けていったかと思うと、そこから果物を転がしていました。そして転がってきたものを女の子が捕まえていたんです。変な遊びと思いました。食べ物で遊んではいけないと注意しようとしたのですが、それは非常によくできたおもちゃみたいだったのです」


「おもちゃ?」


 いぶかしい顔をしながらピサリーは聞き返した。


「ええ、女の子が果物をさわりながら『このおもちゃ、バレないかな』などと言っていたので」


 それを聞いてピサリーとミレイザは驚きお互いの顔を見合わせた。


 見知らぬ子どもたち。坂の上からおもちゃの果物を転がす意味不明な遊び。女の子の奇妙な言動。色々な条件がそろい、その子どもたちはミレイザをだました張本人だということがわかった。


 それ以降、婦人から新たな情報は聞き出せなかった。ピサリーたちはそこから離れて、次にミレイザが子どもたちに果物を買い与えた場所へと向かった。


 酒場の近くにある果物屋に行ってみるとそこには昨日見た果物屋はなかった。


「ここにお店があったはずだけど」


 ぐるりとミレイザはその一帯を見まわした。ピサリーは黙って辺りのようすをうかがっている。


 時間的に10時30分をまわっているため普通にどの店もはじまっているころだった。しかし、そこにあった店が出ていないとわかるとピサリーはその向かいにある雑貨屋に入っていった。ミレイザもそのあとを追う。そこではエプロンを着けた男性が店番をしていた。


「いらっしゃませ」と店員はピサリーたちを見てあいさつをした。


「すみませーん。ちょっとお聞きしたことがあるんですが」


 面倒くさくなったようにピサリーは感情無く棒読みで店員にたずねた。店員は聞いているのか聞いていないのか機械のようにただ返答した。


「はい、なんですか?」

「あそこで果物を売っている店って、今日はまだ見えないんですか?」


 店員は首を伸ばして窓から外のようすをうかがうと、見るのをやめてピサリーに言った。


「そうみたいですね。昨日はこの時間帯から見えていたんですがね」

「いつもあるの?」

「いや、昨日はじめてかな、あったのは」


 それから店を出て、果物屋があった場所を行き交う人たちに、その店の存在とどういった人物が売っていたのかなどを聞いたりしたが有益な情報は得られなかった。


 ここでは見かけない顔だった。はじめてここに店があることを知った。などとそこで買い物をした人が口々に言う。


 こうしてピサリーとミレイザは話し合うため、その果物屋があった一帯を見渡せる場所をさがして近くの長椅子に腰を下ろした。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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