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50パーセントの守護ゾンビ  作者: おんぷがねと
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14. 空腹な子どもたち

 膨れ面をしながらミレイザはその店をあとにした。淡い光が地面を照らす。階段を下りてそのまま路地をとおり抜けて適当な場所を歩いた。オゼーヌがどこかにいないものかとさがしながら歩いたりしたが見当たらなかった。


 彼女を助けた。それでいいじゃい。2000リボンを払って……もちろん安くはない。でも、なにか「ありがとう」てきなものが一言だけでも欲しかったとミレイザは思った。


 ピサリーに大金を使ったことをなんて説明すればいいんだろう。人助けをした。放っておけなかった。そう言えばわかってもらえるかな。


 こういったどこかにぶつけることのできない感情が表れたとき、決まってミレイザは本を読むのだ。とくに苦しいとき、辛いときなどは本の中に入り、一時だけでもそのことを忘れるように没頭したいと望んでしまう。


 そう思い立つと本屋をさがして歩き出した。宝さがしをするように、高揚してくる体が磁石みたいに本屋へと引き寄せられる。そして、気がつけば体は本屋の前に来ていた。


 入ってみるとミッドラビッドの店よりははるかに本の数が多く、棚から棚はみんな本で埋め尽くされている。店のカウンターには店員がいて、その店の一角ではテーブルがいくつか置いてあり、そこにある椅子に座って本を読んだりしている人もいる。テーブルにあるボタンを押して注文表を開けば飲み物を注文できるようにもなっている。


 ミレイザは本棚から適当な本を取り出して読んでみた。段々と落ち着いてくる。ページをめくるたびに気持ちが穏やかになっていく。「いけないわ、シャルピッシュ落ち着くのよ、あたし」というその本の中の主人公が言った言葉が目に入った。子どもっぽく自分の名前を自分で言って自分の気持ちを落ち着かせている。ミレイザはそれを真似てみた。


 ミレイザ落ち着いて、わたし。


 そう念じたとたんなんとなく気持ちが安らぐのがわかった。ミレイザはほっと息をついて、そのまましばらく読みふけったあと店をあとにした。外は西日がさして人通りもまばらになっている。そろそろ帰ろうと思い宿屋を目指した。


 あちこちと目を向けて宿屋の場所をさがす。本屋をさがして歩いていたからいま自分がどこにいるのかわからなくなっていた。こっちだったかな? と思いながらミレイザは歩いた。


 急でもなく緩くもない下り坂の前に来てそのまま下っていった。道の両側には家が建ち並んでいて、それが壁のように夕陽を遮っていた。人通りは少なく上ってくる人や早足に下っていく人がちらほらといるくらいだった。


「そこのローブを着た人、それ捕まえて!」


 突然ミレイザの背後から子どもの叫びにも似た声が響いてきた。振り返って見ると長袖にズボンの少年が物凄い勢いで走ってきていた。その前には果物らしきものがいくつか転がっている。それは跳ねるように転がりながらミレイザの横をとおり抜けていった。


「そう、お姉ちゃんだよ。早く!」


 お姉ちゃんと言われてミレイザは辺りを見まわした。ほかに誰かいないのかとさがしたがそこには誰もいなかった。自分に言われていることに気づいて、とっさにミレイザは果物を追いかけた。


 生前に走っていたときよりも速く力強く走れるようになっている。もう少しで追いつきそうになり手を伸ばそうとしたとき。家の角から子どもが飛び出してきた。ミレイザはそれに気がつき足を止めたが、勢いがついていたため急には止まれずにその子とぶつかってしまった。


 そのぶつかったツーピースを着た少女は尻もちをついてワーワーと泣き出した。背後から「お姉ちゃん」と呼びながら少年は走ってきて、ミレイザの横に立ち止まった。


「この子どうしたの?」


 息を荒げながら少年がたずねた。ミレイザはそれに答えず屈みこんで少女の肩に手を乗せた。それから、顔を悲し気に曇らせて「ご、ごめんなさい」とどもりながら謝った。それでも少女は両目を手でふさいで泣いている。


「わたし、この子にぶつかって」


 少女の背中をさすりながら小さな手で隠している顔をうかがう。「どこか怪我してない?」とたずねると。少女は嫌がるように首を横に振った。


「おいらのせいだ」


 少年はため息交じりにそう小声で言った。あどけない表情が青ざめている。10歳くらいの少年には大きなできごとだと感じているみたいに、袖で額の汗を拭きながら少女を見つめいる。


 それからしばらくして少女が泣き止むと顔を上げて立ち上がった。


「大丈夫? 怪我してない?」


 ミレイザの問いかけに少女は首を左右に振った。そのあと涙を手で拭いながら「お腹すいた」とつぶやいた。彼女の背の高さは少年より小さくその彼よりも年下という印象を受ける。そんなことを感じ取りミレイザは許しを請うため彼女の願いを聞き入れることにした。


「わかったわ。わたしが食事をごちそうするわ」


 ミレイザは笑顔で答えようとしたが、あわてて平常を保とうと口だけを緩めた。すると少女の表情がみるみる明るくなり笑顔を取りもどした。「ほんとう」と言って彼女がミレイザの手を両手でつかむ。


「いいなあ、おいらも……」


 隣にいた少年がつまらなそうに言った。それから遠くに転がっていって見えなくなってしまった果物のほうに目を向ける。


 そんな子どもたちの純粋な目を見るとミレイザは放っておけないのだ。なんとか助けてやりたい、願いを叶えてやりたいと思ってしまう。もちろん彼らより大人であり少女には悪いことをした。だからその謝りたいの意味も込めてどうしてもなにかお返しをしたかった。


「あなたもいいわ。一緒に行きましょう」


 その言葉に少年は両手を上げて飛び跳ねてよろこんだ。「やったー」とおおげさなくらいにその場でうれしがっていた。それから、3人で食事をするため酒場に向かった。


 ミレイザは宿屋の場所がわからないことを告げて、その近くにある酒場に案内してくれるように頼んだ。最初は駄々をこねて料理屋に行こうと子どもたちは言っていたが、どうしても宿にもどりたかったためにそこは譲れなかった。少年は果物を買ってくれたらいいよとねだってきたため、ミレイザはそれを受け入れた。


 少年の名前はリゾル。少女の名前はシロネ。ふたりともこの町で両親とともに暮らしている。リゾルは親に果物を買って来いと頼まれてその帰り、お手玉のようにしてその果物で遊んでいたら、手から滑り落ちて転がっていってしまったのだという。


 シロネは外で花を見ていたら、大きな声が坂のほうから聞こえてきたので、見に行ってみると果物が転がってきたからそれを取りに行こうと走り出したのだと答えた。


 危険だから道でお手玉したり急に飛び出したりしないようにと、ミレイザは軽く注意をした。すると、ごめーんやごめんなさいと言ってふたりは謝った。


 そうして酒場に着いてさっそくふたりが注文をしていった。その言われたとおりにミレイザは指を動かしてメニューの画面を押していく。次から次へとテーブルの上に料理が並べられていく。


 ミレイザがなにも注文しないのを不思議がってリゾルが聞いてきたが、さっき食べたばかりだからと嘘をついて断った。


 家で食べさせてもらっていないのか、ふたりは料理を次から次へと平らげていった。よく見てみるとふたりとも服が擦り切れたりところどころ汚れたりしていた。


 ミレイザは待っているあいだ水を注文してそれを飲んでいた。料理からはおいしそうな匂いはするが、食欲はわかない。


 生前に好物だった食べ物なんて母親がつくってくれる手料理しか思い出せない。好き嫌いがないわけではないがつねに質素な料理が食卓に置かれていた。それしか食べ物がないから、それが贅沢なものだとミレイザは幼いころから思っていた。


 ときどき両親の皿に盛ってある食べ物が少ないときがあった。見比べると自分のほうが多く盛られている。それに気がついて両親にたずねてみた。どうしてわたしのだけ多いの? すると両親は「わたしたちはいいんだよ。さあ、お食べ」「そうそう、腹が減っていないんだ。気にしないで食べなさい」と笑顔で返してきた。


 いまこうやって子どもたちに食事を与えていると、そのときの両親の気持ちがわかり、わざと嘘をついていたのだと思った。それはつねに食卓から食を切らさないように、食に困らないようにしていたことなんだと感じ、ミレイザは水の味を噛みしめるのだった。


 食事を終えて酒場から出ると、辺りはすっかり暗くなっており街灯がついていた。近くのとおりに店を出していた果物屋がテントに手をかけて店じまいをしようとしている。急いでミレイザは子どもたちを連れてその果物屋に向かった。


「すみません」


 大きめな声を出してミレイザは駆け寄ると、その女性店員の手を止めさせた。店員は振り向いて気だるそうな表情を見せる。


「あの、果物を売ってくれませんか」


 店員はミレイザの後ろにいる子どもたちに目を向けると「いいよ」とぶっきらぼうに答えた。


「さあ、選んで」


 ミレイザはリゾルに言った。彼はうーんとうなりながら、あっちを見たりこっちを見たりと体を動かしながら吟味している。リンゴ、オレンジなどが台に置いてある。その中でも良し悪しがあるように大きかったり小さかったりしているものがあった。リゾルはできるだけよい物を選ぼうと目を皿のようにして見ている。


「早くしてくれます」とイライラしながら店員は言った。


 リゾルはあおられて指をさしながら「これと、これと」と選んでいった。するとシロネも「お姉ちゃん、あたしもほしい」とミレイザにせがんできた。


「いいわよ」


 ミレイザはシロネの背中をそっと押した。やったー、と小さくつぶやきシロネは果物を選んでいく。それぞれが選び終えて会計をするときになり、店員が苦い表情を見せて言った。


「時間外だから、悪いけど割り増しだからね」

「割り増し? ……ええ、わかりました。おいくらですか?」

「1050リボンだね」


 台に表示されている果物のそれぞれの値段を見てみると、一個2リボンや3リボンとなっている。ミレイザはそれに目を大きくしてたずねた。


「え? そんなに、ですか」

「嫌ならいいだんよ」


 そう言い放つと店員は子どもから果物を奪い取ろうとする。子どもたちは嫌がり、それを取られないように体をあちこちと揺らしていた。


「わ、わかりました。わかりましたから」


 ミレイザはあわてて1050リボンを払った。なかばあおられるようにして料金を払い終えると店をあとにした。それから子どもたちも「今日はありがとう、お姉ちゃん」と言って帰っていった。


 人通りのなくなったところに冷たい風が吹き抜ける。ミレイザはなんとも言えない感情がこみあげてくるのを感じた。それは大金を使ってしまったことだ。使ってしまったらもう返って来ない。


 人助けや子どもたちの願いを叶えたはずなのに、なぜか心が潤わない。お金の大事さを幼いときから身に染みて知っていたのに、なんでこんなに簡単に手放してしまったのだろう。そういったことを考えると胸が苦しくなるのだ。


 オゼーヌを救ったことやリゾルやシロネの笑顔を思い出して、これでいいんだって自分に言い聞かせても、なんだかわからない痛みを感じてしまう。そんなハラハラした感情を抑えてミレイザは宿屋に帰ることにした。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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