第4話 天国だと言われても信じてしまいそうです
こじんまりしたパーティーだと聞いていたが、会場になっているドランベル家の美しさにレイラは息をのんだ。外国のものを積極的に取り入れているのだろう。見たこともない美しいものや珍しいものがそこかしこにあり、レイラはキョロキョロしたいのを我慢するのが大変だったくらいだ。
よくよく見てみればありふれたものでも、そこは当主のセンスなのだろう。一見そうとは思わせない趣向があちこちにある。
「カーティス様。私がこんなことを言うのはおかしいとは存じますが、ここに連れてきてくださって、たいそうありがたく存じますわ……」
言葉遣いが完全に昔の自分に戻っていることにも気づかず、レイラはカーティスにエスコートされながら煌びやかな世界に胸を震わせた。
(まるで違う世界に来たみたい)
レイラは将来、キャデラン夫人のように自立し、彼女のように自由に外国に旅をすることを夢見ていた。たくさんの風景を見たい。物や音楽、言葉に触れ、色々な人に出会いたい。
一時は忘れていた夢だったが、二年間のメイド生活で改めて心の健康を取り戻した気分だ。
もともとレイラは、人や人が営む生活そのものが大好きなのだから。
なんのきなしにカーティスを見上げてみれば、そんなレイラに温かいまなざしを向けていることに気づく。それはまるでずっと前からそうだったかのようで、レイラは少しだけ戸惑った。
彼とは、知っているけど知らない人という不思議な関係のはず。なのに今隣にいるカーティスのことはとても親しく、それでいて懐かしい人のような気がした。
(小母様が毎日話題にされるせいかもしれないわね)
キャデラン夫人のお気に入りというカテゴリが、レイラにそう思わせるのかもしれない。だから今、心臓がうるさく騒いだのは気のせいだ。
「レイラ」
「はい、カーティス様」
「急がせたからお腹が空いているだろう? 一通り挨拶が済んだら食事を頂こう」
遠い東の国の料理も出ているはずだとの言葉に目が輝いたのだろう。カーティスにくすりと笑われてしまった。
(いやだ。食いしん坊なのがばれてしまったわ)
ここはきちんと挽回しなくてはと気合いを入れる。
ドランベル家の主人は、アンジェラという美しい女性だった。
キャデラン夫人よりも十歳ほどは年下だろうか。豊かな黒髪を結い上げた落ち着いた物腰のアンジェラは、どこか不思議な雰囲気を持つ女性だった。
(あ……。あの方、魔力がすごく高いのだわ)
それを持つ者同士にしか分からないことに彼女も気づいたのだろう。挨拶を待つレイラにアンジェラが柔らかい笑みを送ってきた。
「私の友人の母君だよ」
カーティスの言葉に軽く頷き、彼の挨拶と紹介の後丁寧に礼をする。それは引いた足をギリギリまで床に落とす貴人に贈る最敬礼だ。
優美にふるまうには難しい礼のため、ほとんど見ることがないそれに気づいたのか、あちこちから感嘆するようなため息が漏れる。だがそれに気づかず身を起こしたレイラは、歓迎すると微笑んでくれたアンジェラににっこりと微笑み返した。
その後一通りの挨拶が済むと、テーブルの一つで休むことにした。
カーティスが食べ物を持ってくると言うので驚いたが、「今日の君は、私のパートナーだからね」と微笑まれ、今の役割を思い出す。
(でも旦那様に料理を持って来てもらうなんて! 明日にはクビだと言われたらどうしましょう)
たぶんそんなことはないだろう。
それでも落ち着かない気持ちを必死で隠して澄ましていると、黒髪の美青年がレイラに声をかけてきた。
「やあ。カーティスのパートナーだね」
「まあ、グレン様」
慌てて立ち上がって軽く礼をすると、「座って座って。気楽にしていいよ」と笑われてしまう。
グレンはアンジェラの息子で、カーティスの学生時代からの友人だと先ほど紹介されたばかりだ。
(ああ。グレン様も旦那様と同じくらい麗しいわ。何のご褒美かしら、この目の保養)
彼の妻のサムや妹のナタリーも美しかったし、ここは天国だと言われても信じてしまいそうだ。パーティーには出ていないというグレンの子どもたちも、さぞや天使のように可愛いことだろう。
(少し不安だったけど、旦那様のパートナーを引き受けてよかった)
そう思いながらも、グレンの顔に心のどこかが引っかかる。微かに首をかしげていると、彼がいたずらっぽく微笑んだ。そこにカーティスが戻ってきてテーブルに次々と料理の乗った皿を置いていった。
「グレン。彼女は私のパートナーだよ。気軽に話しかけてくれては困るね」
まるで少し拗ねているかのような口調に、グレンがニヤリと口の端を上げる。
「やっと願いが叶ったんだ。親友として祝いたくもなるだろう?」
(願い?)
カーティスが一瞬焦ったように見えたため、レイラは何も聞かなかった振りで彼が持って来てくれた料理を目で堪能した。
「本当に、珍しいお料理ばかりですね」
話題を変えたレイラに、グレンが面白そうにウィンクをする。
「味も保証するよ。楽しんで!」
「はい」
にっこりと微笑み返したレイラは、カーティスとグレンの間から見えた人物にハッと息をのんだ。