最終話 それはメイドの業務ではありません
少し長くなりましたが最終話です。
「レイラ。私は君のことを以前から知っていたと言ったよね」
「はい」
真剣なカーティスの眼差しを受け、レイラは頷く。
彼の話は、まるで予想もしないことだった。
*
彼は二年前、旅行で訪れた先でレイラの断罪の場面を目にしていた。
「何も知らずに人ごみの中を覗いたら、そこにレイラ、君がいた。まわりの声は君を責めていたけれど、君の凛とした姿に圧倒されていたよ。私もそうだ。女神のように美しい君から目が離せなかった」
レイラが手にしたエメラルドの圧倒的な輝きは、彼女の純潔とともに誠実さと強い貞操観念を如実に語った。あれほどまでに清らかな光をカーティスは知らない。
「あの日から君を忘れられなかったんだ」
でも再会は意外な形だった。
あの夜。グレンと共に酒でも飲もうかと、彼と共に自分の部屋に入ろうとした時。カーティスのトラウザーズの裾を、小汚い子犬が引っ張ったのだ。
何かの予感がカーティスを突き動かした。
子犬に導かれるまま公園についていくと、そこにガリガリに痩せ、髪も短くなったレイラが倒れていて息をのんだ。荒い呼吸をしていなければ、死んでいるものと勘違いしたかもしれない。
「すぐうちに連れ帰ったよ。でも、うちのメイドはつわりで体調が悪かったから、かわりにグレンが実家に救援を要請したんだ。だが、来てくれたのはメイドではなくアンジェラ様だった」
医者と入れ違うように入ってきたアンジェラは、てきぱきと必要なものを用意し、カーティスとグレンに次々と指示を出した。
グレンは次の日帰ったが、アンジェラはカーティスと交代でレイラの看病をした。そして夢うつつのレイラから、事情をすっかり聞き出した。
「運のいいことにキャデラン夫人が帰宅していてね。君と引き合わせることができた」
「私、そのことを何も覚えていないんです」
「うん。熱で朦朧としていたからね。ああ、申し訳なく思う必要はないんだ。私は喜んで君を看病したんだから」
レイラが俯くと、カーティスが手の甲で愛おし気に熱くなった彼女の頬を撫でる。
「ずっと待っていたんだ。君の傷が癒える日を。こうやって触れられる日をずっと待っていた。君が、もう一度誰かを愛してもいいと思えるようになる日を、ずっと待っていた」
愛しむような低い声に、レイラの胸が震える。
「でもなぜ女性のふりを?」
「私では怯えるかもしれないからと言われてね。――君の顔を見る限り、正解だったようだね」
笑いを含んだ彼の声に、こくりとレイラは頷く。実際その通りだっただろう。
レイラの側にいるときに、姿を変えることを提案したのはアンジェラだ。
カーティスはコリーという女性としてレイラの友人になり、好きな本や音楽の話をし、冗談を言って笑い合い、何度か一緒に出掛けた日もあった。コリーは彼の母の名で、なんと二度ほどコリー本人だったこともあると聞いてめまいがする。
レイラの住むアパートはカーティスのもので、管理人にレイラのことを気にかけるよう指示していたこと。レイラが徐々に人と話すことにも慣れ、男性相手でも普通に力を抜いて話せるようになったのを知ったこと。
でも昼間は大事に真綿でくるむように、カーティスの部屋という小さな世界でリラックスさせてくれたこと。
すべてが予想外で、同時に納得もした。
ずっと前から知っている人のような気がしたが、それは事実そうだったのだ。
ずっと守られてきた。大事に大事にされてきた。
「アンジェラ様がパーティーを開くとき、私は普通に君に同伴を申し込みたかったんだ。でもそれだと断られるだろうと皆に反対された。それで、急遽パートナーがいると言えば君は引き受けてくれるとキャデラン夫人に言われたんだが……」
「私、業務外だとお断りしましたわね」
「正直ショックだったよ」
絶対うまくいくと言われたのにと、がっくりと肩を落とすカーティスが可愛く見え、レイラの手を握る彼の手にもう片方の手を添える。
「もしかして、ドレスもあらかじめ打ち合わせ済みだったんですか?」
彼のチーフがレイラのドレスと揃いの色だったのは偶然ではなかったのだ。でも夫人はブティックにレイラを連れて行くのは無理だろうと言い、あらかじめ別のドレスも部屋に用意していた。
最初からあのドレスはレイラのためのものだった。
「本当はブティックに連れていきたかったんだ。そして、このドレスを君に贈りたかった」
レイラが今着ている白いドレスの袖を、彼がそっと撫でた。
「思った通り、よく似合う。すごく綺麗だ」
満足そうに微笑まれ、レイラは息が止まりそうになる。よく見れば、彼のスーツと意匠が同じであることに今更ながら気づいた。レイラがブティックを選べば、彼はこのスーツを着ていたのだろう。
「レイラ。私はずっと、本当の姿で君の前に立ちたかったんだ。君の名前を呼んで、私の名前も呼んでほしかった」
「カーティス様?」
改めて呼ぶと、彼が嬉しそうににっこりと笑う。その笑顔に心臓が壊れそうなくらい、レイラの胸の内を激しく叩いた。
「私、カーティス様には恋人がいらっしゃると思っていました。雑誌や新聞でも時折話題になったでしょう」
レイラの言葉に、カーティスが「はぁぁぁぁ」と大きく息を吐く。
「ほとんどはただの噂」
「では、一部は本当?」
「ちがう。一部は、誰かとの付き合いを隠したい女性の隠れ蓑にされただけ。私はこの二年間、君以外の女性に触れたいと思ったことは一度もない」
「でも……部屋には時折、女性が好みそうなものが……」
驚いたようなカーティスの顔に、レイラは言葉が続けられなくなる。
「あれはすべて君が喜ぶようにと思って。えっ? まさか、そんな、うそだろ?」
それが誤解を呼んでいたことに今気づいたらしいカーティスが、両手で顔を覆ってつっぷしてしまった。
レイラは唖然として、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
大きな体を隠すように、かっこ悪いと呻く姿があまりにも愛おしくてたまらなかった。
「ねえレイラ」
「はい」
「私の前から消えないでくれ。二年間待ったんだ。これからだって待てる。だから」
二年は決して短い時間ではない。
でも彼は、レイラのために色々なことに耐えてきたことを理解する。恩人でもある彼の願いに応えないなんてことがあるだろうか。
「カーティス様は、私に何をお望みですか?」
「コリーではなくカーティスとして話をしたい」
「はい、喜んで」
「一緒に出掛けたりもしたい。劇場やパーティー、旅行にだって、君と一緒ならきっと楽しい」
事実そうだろう。
「でもそれは、メイドの業務ではありませんわ」
彼の側にいるなら、むしろそれはできないことだろう。
「そうかもしれない。でも私の恋人なら? 本当なら今すぐにだって結婚してほしいんだ」
そのままソファの前で跪いたカーティスは、スーツのポケットから小さな箱を取り出す。
「本当は今日、あんな形ではなく、ちゃんと打ち明けるつもりだった。秘密の扉を君が先に開いたことは予定外だったんだよ」
ゲームの中で驚かせたかった。
今なら大丈夫だと信じていた。
そう訴える彼の手の中の箱には、ダイヤに挟まれた美しいエメラルドの指輪が収まっている。
「どうか私と結婚してほしい。レイラ、心から君を愛しているんだ」
震えるほど嬉しい求婚にレイラは息をのむ。でも――
「私は兄に……実家に絶縁されています。あなたにはふさわしくありません」
頷きたくてたまらなかった。嬉しくて息もできないくらい。
どうして最初に彼に出会わなかったのか。そうしたら、きっと素直に頷けたのに。
そこに、いつの間にか戻ってきた夫人がため息をついた。
「じゃあ私の娘になればいい。レイラ・キャデランに。そうすればむしろ、墓参りにだって堂々と行けるだろ」
あとはレイラが頷けばいいところまで手配が終わっていると言われ、また唖然とした。
「サイモンは結婚してから大馬鹿になった。あれは死んでも治らない」
レイラの兄に対し毒を吐く夫人にオロオロすると、カーティスも肩をすくめ、
「学生時代はマシだったんだけどね。流されやすいんだ、あいつは。――おや、気付いてなかったのか? 私はビクス学園の卒業生で、君の兄と級友だったんだよ。君があいつと似てなくてよかったよ」
心底そう思っているようなカーティスは、まだ言葉が出ないレイラの手を取った。
「ねえレイラ。キャデラン夫人の娘として、私の花嫁になってはくれないか? 絶対に幸せにする。君を笑顔にするためならなんだってする」
「カーティス様」
「愛してるよ。レイラ。今までもこれからも、ずっと」
「私も……愛してます」
心から、誰よりも、彼を愛してる!
レイラの告白に、カーティスの顔が嬉しそうに輝いた。レイラの指に美しい指輪がはめられ、ぎゅっと抱きしめられる。幸せすぎて、本当に溶けてしまいそうで、レイラも力いっぱい彼の背に手を回した。
一通りの興奮状態が静まった頃、どうやら最初から呼ばれていたらしいグレンが花束を持って現れ、ごく当然とでも言うように「おめでとう、お二人さん」と笑った。
「普段自信満々な男を別人のようにし、陥落させた姫君に乾杯だ!」
「別人?」
「うるさいぞ、グレン。本気で惚れてる片想いの相手に自信なんか持てるか」
一瞬ムスッとするカーティスが、宝物を抱くようにレイラの腰に手を回して甘く微笑む。
グレンはアンジェラに軽く睨まれて肩をすくめて笑った。
「素敵なクリスマスだわ」
小さく呟いたアンジェラの言葉に首をかしげると、遠い世界のお祭りのようなものだと教えてくれた。新年の六日前、つまり今日がその日にあたるらしい。
「私のドレスはサンタなの。サンタはね、いい子に贈り物を届けるのよ」
そう笑って指を躍らせると、レイラの髪に花嫁のベールが現れる。
「幸せな恋人にもね」
窓の外に降り始めた雪が見える。
皆がそちらに注目する中カーティスが身をかがめ、レイラにそっと甘い口づけをした。
最後までお付き合いくださってありがとうございます。
次の年の夏に、アンジェラが巻き込まれる恋と冒険の物語
「転生するたび短命でしたが、今世では40歳の誕生日を迎えられそうです ~過去に2度も求婚されかけていたって――えっ? 嘘でしょう?~」
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参考文献:「誕生石のメッセージ 宝石ことば(山中茉莉著)」
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