第10話 あまりにも驚き過ぎると
レイラの告白は、予想外の混乱を巻き起こした。
「ど、どうして? 何か嫌なことでもあったの?」
なぜか一番青褪めているコリーに、レイラは「とんでもない」と首を振る。
「とても良くしていただいてますし、叶うことなら一生勤めたいくらいですわ」
居心地が良すぎて、幸せなうちに終わりにしたい。そんな我儘な本音を打ち明けることはできないけれど。
絶句するコリーに申し訳ない気持ちで軽く頭を下げたレイラは、ふと、彼女がカーティスと似ていることに気づいた。
(もしかして彼のお母様?)
もしそうなら息子が何かしたのかとショックを受けたのかもしれない。
「ならどうしてだい?」
夫人の言葉は心底不思議そう。そして、なぜかアンジェラはレイラをじっくり見た後、少しだけ面白そうな目をした。
「もしかしてカーティスがレイラに嫌なことでもした? 無理やりキスを迫ったとか? 私が叱ってあげましょうか?」
その笑いを含んだ声に、レイラとコリーが同時に「まさか!」と否定する。
(やっぱりコリー様は彼のお母様、もしくは血縁の方なのだわ)
それならば、きちんと誤解を解いておかないとカーティスに失礼だろう。
ゲームのルールは、ここで打ち明ける秘密はこの四人の中で守ること。だからレイラの言葉がカーティスに伝わることはない。
「レイラは……カーティスが嫌いなの?」
明らかにショックを受けているコリーに、レイラは「いいえ」とはっきり言った。
「いいえ、コリー様。その反対ですわ。私は――私は彼に恋をしてしまったのです」
ごめんなさい。
レイラが頭を下げると、部屋の中がしんと静まった。
「じゃあ、なぜ辞めるんだい?」
ますます不思議そうな夫人に、レイラは苦笑した。
「だって小母様。こんな気持ちを持ったメイドが、旦那様の側にいるなんてよくないことだわ。彼の奥様だってよくは思わないでしょう?」
「奥様って?」
「カーティス様も近いうちにご結婚されるでしょう? あんなに素敵な方なのよ」
レイラの言葉に、アンジェラの目が面白そうに細められた。
「あらあら。それは見た目が?」
(アンジェラ様ってば!)
「心が、です。優しくて思いやりがあって、話しているとすごく楽しくて……」
ぽろっと涙がこぼれる。
「好きに……なってしまったんです……」
自分では抑えることができないくらい。
たとえ見た目がザッカルと逆だったとしても、確実に惹かれるのはカーティスのほうだ。
ガタッと椅子を倒し、コリーが立ち上がる。
「アンジェラ様、私の魔法を解いてください」
上ずったコリーの声は震えているようで、(魔法?)とレイラは瞬きをした。
「どうも、そのほうがよさそうね」
クスッと笑ったアンジェラが指で魔法の印を描くと、コリーの姿が変わった。
体が一回り大きくなったかと思えば、ドレスは同じ色のスーツに、膨らんだ髪は撫でつけられた明るい金髪になっていたのだ。
その姿に今度はレイラがガタッと立ち上がって一歩後ずさる。
まさか。そんなまさか!
「カーティス様?」
「ごめん、レイラ。これには事情があるんだ」
こぼれんばかりに目を見開くレイラに、カーティスが落ち着かな気に髪を何度もかきあげる。
(よりにもよって本人に知られてしまった)
もつれる足を叱咤して部屋を出ようとしたけれど、ボスに行く手を阻まれ、腕はカーティスに掴まれてしまう。
「離してください。無礼はお詫びいたします。あなたに聞かせるつもりなんてまったくなかったのです」
激しく動揺したせいだろう。ぼろぼろと涙がこぼれ、レイラは彼から顔を背けた。
そして、友人だと思っていたコリーはどこに行ったのだろうと探す。
コリーが消えてカーティスが現れた。意味が分からない。どうしてこんなことに。
「レイラ。落ち着きなさい」
「でも小母様! コリー様は? なぜカーティス様がここに?」
「私がカーティスに、幻視の魔法をかけたからよ」
「アンジェラ様? でも幻視の魔法は服までは変えられませんわ」
国でも使える人がほとんどいない特殊魔法だ。
髪の色や顔の造作を少し変えて見せることはできても、服まで変えることはできないはず。
「じゃあもう一度見せましょうか」
クスッと笑ったアンジェラが指を躍らせると、一瞬のうちにレイラの腕をつかんでいた青年は、彼の母親くらいの女性に変わってしまった。しかもスーツはドレスに変わっているのだ。
「アンジェラ様の魔力は非常識なんだよ」
「お黙りなさい、カーティス」
にっこり微笑むアンジェラの迫力に、思わずレイラはカーティスと共に息をのみ、共に頭を下げる。
そのタイミングに思わず彼と顔を見合わせ、思わず二人で噴き出してしまった。
魔力の高い女性だと思っていたアンジェラは、とんでもない大魔法使いだったらしい。
「もしかしてアンジェラ様も姿を変えてらっしゃいます?」
ずっと覚えていた違和感を伝えると、彼女は「あらまぁ」と笑い、カーティスを元に戻すと同時に自身の魔法も解いてくれる。そこに現れたのは三十歳ちょっとにしか見えない女性で、これではグレンの母親というよりは姉というほうがしっくりきた。
「これでも来年の夏には四十になりますけどね」
――びっくり。
「じゃあ小母様も……」
「私は何もしてないよ。今のままで充っ分魅力的だろ?」
バチンとウィンクする夫人に素直に頷くと、レイラはようやく力を抜いてカーティスを見上げた。
「カーティス様。どうしてこんなことを?」
何もかも意味が分からない。
ただあまりにも驚き過ぎて、逆に冷静になったレイラがそう問うと、夫人とアンジェラが二人で話しなさいと隣の部屋に移ってしまう。
二人きりになった部屋で、カーティスはいつかのようにレイラをソファに促し、やっぱり手を握ったまま隣に座った。
すみません。もう1話続きます。