弐「明日へ」
》同年二月二七日 十一時十五分 オスマン帝國・スタンボウル ――渡瀬歌子《
千歳は一ヵ月ほど、毎日忙しそうにしていた。
歌子はそんな千歳を世界各国に瞬間移動で運びながら、一緒について来るフレデリカ――否、今や男性機能を取り戻し、爆弾ではない、本物の発達した喉仏を持った青年フレドリクとイチャイチャした。
フレドリクの低く艶やかな声を耳元で囁かれた時などは、歌子は背筋がゾクゾクとなって、鳥肌が止まらなくなるのだ。
十一年振りに性欲を取り戻したフレドリクの迫り方はそれはもう激しかったが、最後の一線だけは超えないようにと二人して我慢した。
何しろ世界の行く末は不透明で、歌子は世界皇帝に就任する可能性があり、もしそうなった場合に、いきなり皇帝が妊娠していては話にならない。
「この街、懐かしいなァ!」
十一年前に訪れた街・スタンボウルで、小高い丘から港を見下ろし、歌子は声を上げた。
今日はオスマン帝國元首と大日本帝國首相、そして新星羅馬帝國皇帝代理たる歌子、その全権大使を結局押しつけられてしまった千歳との会談があるのだ。
「それにしても……歌唱の力とは、本当に凄まじいですな」
未だ瞬間移動に慣れない様子の日本国首相が、ハンケチヰフで額の汗を拭いながら云う。
「大天使――いえ、あの『船』にしたって、世界中の戦艦、巡洋艦を束にしても敵わんでしょうな」
「云うても閣下、あの子――Ѧ ҈Ѯは戦艦とは違うんですよ」
歌子が答える。
「あれはただの植民艦です」
「そ、それはつまり――…」
「戦艦級やったら、銀河を吹き飛ばすって学校で習った記憶があります」
「ぎ、ギンガ……? ギンガとは何ですかな……?」
「えーと、太陽系を沢山々々集めたモノ、みたいな?」
「なっ、なっ、なっ……」
「何てこと……」
驚きのあまり返事もままならない首相閣下に代わり、千歳が天を仰ぐ。
「平凡な植民船と、一般人の女の子と、量産品の拡声器に、この星は翻弄されてるってわけ?」
「いやァ、まぁ……」
「これ、貴女の母星が攻めて来たりとかしないでしょうね?」
「無いとは思うけど……そうなった時の為に、音学技術水準を上げとくんはアリかな」
「何だか戦略ボードゲヱムめいてきたわね。……まァその為にも、まずは人類が一致団結しなきゃね!」
「でも、どうやって?」
「そりゃァ歌子の持つ武力で黙らせるしかないわよ」
「ヱヱェ……」
「なァにを驚いているわけ? 一六四八年のウェストファリア条約からこっち、西洋諸國の秩序たる旧戦時國際法はそうやって世界を回してきたのだし、同条約以前の西洋の盟主だった羅馬の生まれ変わりを名乗るフリヰデリケ四世が力づくで築いた新戦時國際法もまた、戦争で勝った方が相手に云うことを聞かせられるってルールでしょう?」
「うーん……」
「ま、貴女が思うようになさい。私たちは貴女の望みを叶える為に、全力を尽くすだけよ――我が王」
「ねぇ、歌子」
歌子の隣で、フレドリクが云った。彼は眩しそうに海を見下ろしながら、
「君は、誰の為に歌うんだい?」
「フレディの為。ウチ自身の為。そして、この星に生きる全ての人たちの為に!」
そうして今日もまた、会談が始まる。
新たな世界の形を決める、大事な会談が。
「Diva Driver ~誰ガ為之歌~」――――Fin.
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