拾「飛んで火に入るタチバナ」
》同日 五時三十三分 酒泉・郊外 上空 ――撒菱千歳《
二千キロメヱトルを半日で走破した。
途中、北京で補給した時以外はぶっ続けで。
操縦士をやって呉れている女史などはすっかり声が枯れており、途中からは千歳も歌唱で支援に入らねばならなかった。
……当然の話である。
一日中歌い続けても喉が枯れない人間など、歌子くらいなものなのだ。
(いえ……歌子は人間ではなかった。歌子は、この星の生命体ではなかったのよ!)
歌子に持たせた発信機の反応がいよいよ近くなり、千歳は改めて興奮する。
――北京で給油している間、千歳は己の仮説を確かめる為の実験を行った。
Diva Driverの束部分、メッシュ状になっているその部分に、歌子の血液を垂らしてみたのだ。
果たしてDiva Driverは急にその刀身を蒼白く輝かせた――起動したのだ!
「※※※――――……※※※※※。※※※※※、※※※※・※※※」
「生体認証――――……確認致しました。お帰りなさいませ、マスター・ヱリス&歌子」
果たして千歳の頭の中で弐重の音声が聴こえ、うち一つは日本語だった。
(今、『歌子』って云ったわ! それに、この言語――)
何処かで聞いたことは無かったか。
意味不明な歌子の寝言、渡瀬工房で感じた違和感、曖昧な記憶――。
Diva Driverはすぐにその光を失ったが、千歳は確信した。
今、脳裏で聞こえた声の云う通り、Diva Driverは持ち主を特定し、その持ち主の自覚の元に起動する。
噴式戦闘機『橘花』は歌唱とともに元・中華民國は武威に入り、金昌を通り過ぎ、張掖に至った。
フレデリカが戦死したと云う戦場、張掖。
しかしそこにも歌子の反応は無く、ますます強くなるその反応を求めて千歳はさらに西へ――玄奘三蔵が歩いた絹の道を噴で以てすっ飛んでいった。
途中、羅馬軍本隊らしき集団のそばを掠めたが、何故か大天使の姿は見えず、軍団は何やら大混乱に陥っている様子で、迎撃も追跡もされずに済んだのは僥倖であった。
――そうして、今。
「な、何よこれ!?」
酒泉を目前にした時に、主座から女史の慌てた声がした。
「――衝撃に備えてッ!!」
備えろ、と云われたので、千歳はギュッと手すりを掴んで体を縮こまらせた。
果たして、凄まじい衝撃とともに橘花の重い機体が錐揉みするように揺さぶられ、上下も左右も分からなくなった。
♪ ♪ ♪
》同日 五時三十四分 酒泉・郊外 ――フレドリク・フレデリカ《
「――ヱッ!?」
フレドリク・フレデリカの視線の先で、急にアレクが顔を上げた。
「戦闘機が一、急速接近中ッ!」
「知るかよ! 捨て置けッ!」
ヱミヰリアの苛立たし気な声に、
「で、でも――このヱンジン音、流星じゃァない!」
「なッ――なら日本軍だってのか!?」
「僕が、撃ち落す」
アマリオ・アマーリヱが東の空に向かって大きく息を吸い込み、
「アァーーーー~~ッ!!」
聖歌隊たちが混乱している間に歌唱で腕の止血をしていたフレドリク・フレデリカは、反応が遅れた。
――ヒィィィイイイイイイイイイインッ!!
鋭い風切り音とともに、目の前に飛行機が突っ込んできた!
「――なァッ!?」
「げほっ、げほっ」
キャノピヰが開き、見知った顔が転がるように出て来る。
「貴女――フレデリカッ!? 生きていたのね!?」
「ち、千歳!?」
「――歌子は何処ッ!?」
「千歳、それは――」
千歳が持っているソレは、その一振りは!
二人のウタコの騎士たらんと戦う己の為に、ヱリスが貸して呉れた奇跡の一振り。
けれど、自分が皇帝の手下になった時には、いつの間にか姿を消していた――
「Diva Driver!!」
「何、貴女知ってるの!?」
「ソレを渡して呉れッ! 大丈夫、僕が必ず、歌子に届けるから――」
「フレディィィィイイッ!!」
ヱミヰリアの叫び。
途端、ヱミヰリアの頭上に巨大な火の玉が生成され、
(――見捨てるか?)
己の中の冷徹な部分が、自身にそう尋ねる。
千歳と、操縦士のことだ。
(――否)
歌子からの心証は悪くしたくないし、――何よりも!
「お願いするわ!」
千歳から、Diva Driverを受け取る。
(今の僕には、Diva Driverが――ヱリスの剣があるッ!!)
束をぐっと握り込む。その皮膚が、汗がDiva Driverと接続し、
「生体認証――――……確認致しました。お帰りなさいませ、サブマスター・ 」
懐かしい機械音声。
かつて捨てた名で呼ばれ、フレドリク・フレデリカは思わず笑ってしまった。
「何がおかしいッ!? 死ねぇぇえええッ!!」
巨大な火の玉が飛行機目掛けて飛んでくる。
――が、
「ラァ~」
短く歌っただけ。
たったそれだけのことで膨大な風が巻き起こり、火炎を押し返す。
「あははっ、自分の炎で焼け死ね」
目の前では、千歳がコックピットから操縦士を引きずり出したところだった。
千歳と目が合って、
「貴女――その腕ッ!?」
「大丈夫さ。お前らは出来るだけ遠くまで逃げてろ。あとで回収してやるから」
「わ、分かったわ! Diva Driverのこと、お願いね!?」
戸惑った様子ながらも、操縦士を担ぎ上げてさっさと逃げていく千歳。
相変わらず、彼女の頭の回転と、切り替えの早さには舌を巻く。
自身よりも大柄な操縦士を担ぎ上げて軽々走っている様子と云い、歌唱の方も上達しているらしい。
「殺してやるぞッ、フレディィィイイイッ!!」
みっともない叫び声の方に視線を向けてみれば、自分の炎で軍服を焦がしたヱミヰリアが射殺しそうな目でこちらを見ている。
周囲では音子がパチパチと光り輝いている。
「まァ待てよ」
その白を歌唱に代えて、フレドリク・フレデリカは地面に転がっていた自身の腕を浮遊せしめ、断面を水で洗浄し、自身の肩に接合させる。
「ラァーーーー~~ッ!」
治癒の歌唱をすると、果たして腕が繋がり、動くようになった。
「な……ッ!?」
あまりの現象に言葉を失う聖歌隊員たちだが、
(ヱリスの剣があれば、このくらいは出来て当然さ)
十一年前の己にここまでの技量があったなら、自分もあの親子たちと一緒に日本まで旅を続けることが出来たのであろうか。
フレドリク・フレデリカは今。万感の思いを込めて、息を吸う。
「パラリラァッ!!」
戦闘機の陰に隠れていたカルロス・カルラが鋭く斬り掛かってくるが、
「ラァ~ッ!!」
歌唱一閃。
二人の間に発生した無数の水滴がショットガンのように射出され、カルロス・カルラの全身が蜂の巣のようになる。
確実な絶命。
「ヒッ――…」
後退るアレクと、
「「ライラライラライラァーーーー~~ッ!!」」
火の玉を投げつけてくるヱミヰリアとアマリオ・アマーリヱ。
「ラァ~ッ!!」
フレドリク・フレデリカは短い歌唱で以て膨大な量の水を瞬時に生成し、火の玉を包み込んで消火せしめる。
同時に生み出しておいた水の刃でアマリオ・アマーリヱの首を刎ねた。
「ライラ――」
懲りずにヱミヰリアが発生させつつある火炎を、
「ラァーー~ッ!」
既に熱を持っている水を動かし、包み込む。
今やぐらぐらと茹で上がったその湯の中にヱミヰリアを閉じ込めた。
「※※※※※※※※ッ!?」
皮膚を溶かしながらヱミヰリアが何かを云っている。
が、フレドリク・フレデリカは今度こそ、ここでヱミヰリアを殺し切るつもりでいる。
……数分ほどもして、ようやくヱミヰリアが動かなくなった。
気がつくと、アレクの姿が無い。
が、向かって来ないのならわざわざ殺しに行く必要もないだろう、と思う。
自分は何も、好きで人殺しをしているわけではないのだ……そのはずだ。
「行かなくちゃ――――……二人のウタコの元へッ!!」




