玖「二つの戦場、二つの危機」
》同日 五時十七分 酒泉・郊外 ――渡瀬歌子《
飛翔して、霧の範囲外まで出た。
皇帝はきっと自分を追ってくる、と云う自信があった。
自分が――自分こそが、皇帝にとって世界で一番目障りな存在なのだと云う自覚があったから。
――果たして、
「ダバラルラァ――――~~ッ!!」
皇帝の歌唱が背後から聴こえ、凄まじい量の鎌鼬が背後から襲い掛かってきた。
が、
「ラァーー~ッ!」
風の防壁で弾き返す。
一掠りでもしたら手足が吹き飛ぶような風の刃も、今の己からすればそよ風だ。
「貴様ァッ!!」
皇帝が悪鬼の形相で飛翔してくるが、
「ラッ!!」
短く詠唱し、その身を皇帝の背後へ転移せしめる。
果たしてこちらの姿を見失った皇帝が戸惑うが、
「ラァーーーー~~ッ!!」
歌子がその背中に向けてはなった鎌鼬を、
「ダバラァッ!!」
風の防壁で防ぎ切る。
(大した反応速度や……こりゃ多分、アイツも思考を加速させとるな)
とは云えこちらは、惑星Ѿ人としての歌唱教育を思い出した身。
(こんな奴、敵やない!!)
「――それはどうかしら?」
不敵な笑みとともに、皇帝がDiva Driverを眼下――地面を這いずり、歌子の真下へと進みつつあるѦ ҈Ѯ・ѨԪҖに向ける。
「ダァバダバラルラァーーーー~~ッ!!」
「オォォォォォォオオォォォオオォォオオオオオオオオオッ!!」
皇帝の歌声に呼応するように――否、事実呼応しているのだろう――Ѧ ҈Ѯ・ѨԪҖが低く深く歌唱した。
途端、
「――ヱ?」
自身を浮遊せしめていた音子が急に力を失い、歌子は落下し始める!
驚いて頭上を見やれば、皇帝の方は悠々と飛んでいる。
(糞ッ……Ѧ ҈Ѯに命じて、ウチの周辺にある音子だけ鎮静化させたんか! でも、歌は平等に伝播するはず――)
いや、よく聴けば、Ѧ ҈Ѯ・ѨԪҖによる高音の歌唱も同時に聴こえる。
高音の歌唱で風なり大気なりを操って、歌唱の伝播を制御しているのだろう。
理屈は分からないが、何しろ相手はѦ ҈Ѯ・ѨԪҖ。一乗客に過ぎないヱリスなどよりずっと歌唱が得意な、漆仟漆佰漆拾漆の顔を持ち、漆仟漆佰漆拾漆通りの歌唱を歌い分ける超銀河航行艦である。
(糞ッ――)
ぐんぐんと地面が近づいてくる。
「ラァーーーー~~ッ!!」
歌子は地面に向けて風の歌唱をぶつけ、自らが生み出した霧を局所的に散らし、見えた地面に上昇気流を生じさせる。
威力は相当に下がっていたが、それでもふわりと着地することが出来た。
すぐ目の前には、Ѧ ҈Ѯ・ѨԪҖ正面の顔。
「ちょっとѦ ҈Ѯ! ウチの為を思うんなら、その歌を止めてや!」
「――無駄よ」
空から皇帝が降ってくる。
「だって、操縦桿は私が握っているのだもの」
そのまま、炎を纏った刀身を振り下ろしてくる!
「くっそォッ!」
筋力を強化した脚で、霧の中へ飛び込む。
全力で駆けるが、Ѧ ҈Ѯ・ѨԪҖの声はちっとも遠くならない。
「Ѧ ҈Ѯ! ついて来んなッ! 来んなってば!!」
しかしそれは、ѨЛѮを守りたい一心のѦ ҈Ѯ・ѨԪҖにとっての本能的行動なのだろう……それを敵に利用されているのではどうしようもないが。
その時、辺りが活性化した音子が放つ蒼い光で満たされた。
「ダバラルラァーーーー~~ッ!!」
「イィィィィィィイイイィィイィイィイィイイイイッ!!」
皇帝とѦ ҈Ѯ・ѨԪҖの弐重唱!
あのヱミヰリアの炎すら可愛らしく思えるほどの膨大な熱風が襲い掛かってきて、
「ララルララルラァーーーー~~ッ!!」
全身全霊の歌唱で風の防壁を張る。
果たして数秒後、霧が蒸発した世界では、自分が立っている場所以外、辺り一面が焼け野原となっていた。
「嗚呼ぁ……」
皇帝と、Ѧ ҈Ѯ・ѨԪҖ。
こんな、この世の絶望を組み合わせたような弐重唱に、一体全体どう挑めと云うのだろう?
(せめて、Ѧ ҈Ѯに音子の鎮静化をされへんかったら――…)
だが、現実は無情だ。
自分の周りのみ音子を鎮静化され、敵は操縦桿で以てѦ ҈Ѯ・ѨԪҖの手綱を握っている。
(どうすれば、どうすれば――ッ!!)
♪ ♪ ♪
》同日 五時三十二分 酒泉・郊外 ――フレドリク・フレデリカ《
さしものフレドリク・フレデリカも、四対一では多勢に無勢であった。
「二時方向、百五十メヱトル! 時計回りに旋回中!」
何しろ全属性を無難に扱うアレクによって霧を張られてしまい、かつ彼の索敵によって常に位置を知られてしまうのである。
歌子からの口づけで得られた索敵能力も、アレクの霧によって打ち消されてしまった。
迫り来る灼熱の炎を水で防いだかと思いきや、背後からカルロス・カルラが猛然と斬り掛かってくる――そんな応酬を何度も何度も繰り返すこと十数分。
――ついに、フレドリク・フレデリカに限界が来た。
ほころびは、カルロス・カルラとの斬り結びの時に訪れた。
火の玉を捌き、さァ来い、とばかりに振り向いた瞬間、その背後からカルロス・カルラが現れたのである。
今まで、何十回と云う応酬で必ず背後から襲い掛かってきていたと云うのに!
(くッ――…)
引き伸ばされた思考を以てしても、対応し切れなかった。
左腕を、斬り飛ばされた。
呼吸もままならないフレドリク・フレデリカは、それでも荒い吐息を以て歌唱とし、水の本流でカルロス・カルラを押し流す。
(どうするどうするどうする……ッ!?)
急激に血液を失いつつある体を震えさせながら、フレデリカは目まぐるしく思考する。
している間にも、アマリオ・アマーリヱが飛翔で以てカルロス・カルラを救い出し、すぐにも敵の体勢が整う。
(どうすれば、どうすれば――ッ!!)




