捌「死闘」
》同日 五時十五分 酒泉・郊外 ――渡瀬歌子《
「ダバラルラァーーーー~~ッ!!」
皇帝の歌唱。
途端、歌子とフレデリカの足元から猛烈な竜巻が立ち上り、二人を紙屑の如く舞い上げる。
(十一年前――戦場デビューした皇帝が、露西亜の将兵を巻き上げたって云う、あの!)
対する歌子は余裕があった。
何しろ今や己の思考は何十倍にも引き伸ばされ、非道くゆっくりと流れる時間の中では、塵芥の一粒々々に至るまでもの全てが把握出来るのだ。
聖歌隊たちが大きく息を吸い込むのを知覚する。
彼らの歌唱が始まり、膨大な量の音子が動き、見上げると、上空に極めて局所的な積乱雲が生成されつつある。
歌子は巨大な磁石を生成し、プラス方向を雲に向けて射出する。
引き伸ばされた意識の中での数瞬後、雲から眩い稲妻が落ちてきて、磁石に直撃した。
(落雷攻撃! 初手から飛ばすやないの!)
自信が笑っていることに、果たして歌子は気づいているやらいないやら。
「フレディ、戦える!?」
「ははッ、誰に向かって云っているんだい?」
隣では、フレデリカがしっかりと浮遊している。
「せやったな」
フレデリカとともに戦える自分が誇らしい。
「皇帝は、ウチがやる」
「やれるのかい?」
「誰に向かって云うとるんや?」
「そうだったね」
「悪いけど、フレディよりウチのが勝ちの目あるやろ」
「云って呉れる」
云いながらも、フレデリカの笑顔は晴れやかだ。
「フレディこそ、五人も相手に大丈夫?」
「僕に二度も云わせる気?」
「せやったな!」
歌子とフレデリカ。
二人の天才が、それぞれの戦争を始める。
♪ ♪ ♪
》同日 五時十七分 酒泉・郊外 ――フレドリク・フレデリカ《
「ラァーーーー~~ッ!!」
歌子とヱリスの、高く高く天まで伸びる極上のソプラノ。
途端、真っ白な霧が眼下一面に立ち込める。
「フレディ」
「うん?」
呼び掛けに応じて顔を向けてみれば、いきなり歌子にキスされた!
唾を入れられ、無理やり嚥下させられる。
「ぷはっ、ちょちょちょっ!?」
「静かに詠唱してみ」
が、どうやらロマンチックな雰囲気では無いらしい。
――当然だ。今は戦闘中なのだから。
「うん。――~♪」
鼻歌を歌うと、両目がぽうっと熱くなった。
「五人の位置。見えるやろ?」
「おおっ!?」
眼下に、聖歌隊五人の姿がぼんやりと見える。
「健闘を」
「ここまで支援してもらって、負けるわけにはいかないさ」
原理は分からないが、歌子のことだ。
またぞろ音子でも流し込まれたのだろう。体も軽い。
フレドリク・フレデリカは静かな鼻歌によって飛翔する。
五人のうち、愚かにも単独行動をしていた同僚クリスティン・クリスティナに背後から忍び寄り、
「――ラァッ!!」
鎌鼬を載せた刀身を振るい、その頭部を分断せしめる。
同僚愛? 罪悪感? そんなもの、在りはしない。
強いて云えば同じ村出身のアレクに対する感傷が多少あるくらいだろうか。
「マァーーーー~~ッ!!」
その時、アレクによる広域索敵歌唱が聴こえて来た。
「――ッ! クリスが殺られた!」
「んなこたァどうだっていい! フレディの位置は!?」
取り乱した様子のアレクとヱミヰリアが云い争っている間に四人の集団に襲い掛かるも、
「アァーーーー~~ッ!!」
風の歌唱が得意なアマリオ・アマーリヱによって、霧を散らされた。
「来ている! 十二時方向ッ!!」
その、アマリオ・アマーリヱへ猛然と斬り掛かるフレデリカの前に、土の歌唱が得意なカルロス・カルラが踊り出る。
「パラリラァッ!!」
脇差のような短い拡声器を左手に握り締める彼は、虚空から太刀を引き抜く――違う、この一瞬で生成して見せたのだ。
「――シィッ!!」
鋭い吐息とともに脳内速度を十倍に引き伸ばしたフレドリク・フレデリカは、強化した筋肉で以てカルロス・カルラへ無数の剣戟を浴びせ掛ける。
が、その全てをカルロス・カルラに受け切られてしまう。
剣戟はほんの数秒のことだったが、その頃にはもう、ヱミヰリア、アマリオ・アマーリヱ、アレクの三人が態勢を整えていた。
戦闘能力の低いアレクが後ろに下がり、ヱミヰリア、アマリオ・アマーリヱがこちらを取り囲むように陣取っている。
「ライラライラライラァーーーー~~ッ!!」
指向性を持たず、ただただ破壊の限りを尽くさんとするヱミヰリアの火炎を、
「アァーーーー~~ッ!!」
アマリオ・アマーリヱが風で道筋を作り、こちらへ向けて殺到せしめる。
「ラァッ!!」
が、フレドリク・フレデリカは短い歌唱によって水の本流を生み出し、炎を相殺する。
同じ聖歌隊とは云っても、こちらは歌唱の本家本元・ヱリスから直々に音子を注ぎ込まれているのである。
体内を巡る音子量の桁が違うのだ。
怪物たちの死闘は続く。




