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Diva Driver ~誰ガ為之歌~  作者: 明治サブ(SUB)
第弐楽章「君や何処か屍山血河」
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伍「落下」

 朝鮮は仁川までは、オートジャヰロを飛ばしてもらった。

 仁川からは南満州鉄道の汽車に乗り、奉天で満州国鉄に乗り換え、一路、武威(ぶい)へ向かう。

 武威から先は前線である。

 移動手段がなければ、空でも何でも飛んでやるつもりで歌子はいた。実際、歌唱による飛翔はすっかり履修(マスター)している。

 不安な面持ちで、列車に揺られる。

 大満州國は実質的に大日本帝國の一部なので、駅や車内は日本語が通じた。

 道中の駅街を歩けば、日本人らしき顔を沢山見た。

 が、屋台などで小腹を満たそうとした時には、満州語をやっていなかったことを後悔した。

 車内のラヂオからは日本語のニュースが流れてきて、前線の様子が否応なしに耳に入る。

 その度に歌子は耳を塞ぎたくなったが、一つだけ、非常に興味深いニュースがあった。






 大天使が、僅かに北へ、進路を変えたと云うのである。






 十年前に動き始めてから今日(こんにち)まで、大天使は川も山も海すらも関係なく、地図上に定規で引いたように一直線に、大阪を目指して進攻し続けてきた。

 それが為に、新星羅馬(ローマ)帝國は、皇帝フリヰデリケ四世は大天使を戦力として運用することは出来ても、その進路を変更する技術は持っていないのだとされていた。

 その通説が崩れ去ったのだ。


(千歳、きっと大興奮やろうなァ。大天使を分解(リヱンジニアリング)したいとか云い出しとるかも)


 車内で一人、身振り手振りで苦労して手に入れた鳥の串焼きを頬張っていると、


「――貴女、日本人?」


 見知らぬ女性に話し掛けられた。


「ヱッ!? あ、はい」


 もごもごしながら何とか答える。


「随分と若いわね。学生さん?」


「……貴女は?」


 多少警戒しながら聞き返す。日本の法律が及ぶ世界では、卒業前の歌姫(Diva)候補生が歌唱女学院の敷地外で歌唱するのは法律違反なのだ。

 見るからに日本人であった。第一、言語が日本語だ。

 長い髪をアップにし、旅装に身を包んだ若い女性。

 その女性が微笑んで、


「従軍記者よ、一応。貴女のことを記事にしたりはしないから、安心して」


 歌子は、女性が背負っている一メヱトル数十サンチはあるであろうケヱスを見て、


「それは……拡声器(スピヰカー)?」


「貴女のそれも、ね」


 女性が、歌子が壁に寄り掛からせているケヱスを見ながら云う。


「歌唱女学院の卒業生かしら? 東京? いいえ……訛りからして大阪ね?」


「今年、卒業の予定です」


 記事にはしない、と云ったので大丈夫だろう、と歌子。


「アラ、じゃあまだ拡声器(スピヰカー)は使えないはずだけれど」


 揶揄(からか)うように微笑む女性。


異國(いこく)の戦場で日本の法律って通用するんですかね?」


「ウフフ、それもそうね」


 女性の微笑は優しげだが、何処か深い陰りを感じさせる。


「ここ、座らせてもらってもいい?」


「どうぞ」


 女性が歌子の向かいに座り、


「可愛い歌姫(Diva)の卵さん、こんな時期に前線行きの列車に乗るなんて、一体全体何の用なのかしら?」


「友達が……『陸喰い(リヴァヰアサン)』の津波に呑み込まれて。でも、死んだやなんて信じられんくて」


 いざ口に出してみると、怖くて涙が出てきた。


「辛い思いをしたのね」


 女性に、頭を撫でられた。

 思えば己はこの一年間、母性や父性と云ったものに全く触れてこなかった。

 祖父は眠ったままだし、千歳は身元保証人ではあっても母親ではない。

 歌子はすっかり()()()()()()()()、この女性と一杯話をした。

 女性は名を中山ケヰ子と云い、元・産業歌姫(Diva)なのだそうだ。

 中山女史の夫は警邏で消音師(サヰレンサ)だったのだが、徴兵され、この戦争で亡くなってしまった。


「子供もいないし、あの人のいないこの世じゃアやりたいこともない。無味乾燥に生きるくらいなら、少しでもお國の為になろうって。一人でも多くの羅馬(ローマ)人を道連れにしてやろうって……そう思って来たのよ」


 仇討ち。弔い合戦。

莫迦(ばか)なことは止めて日本に帰れ』と云うべきなのかも知れなかったが、歌子は何も云わなかった。

 フレデリカを探しに前線へ向かいつつある己の行いもまた、(はた)から見れば莫迦な行いに他ならないのだろう、と云う自覚があったからだ。


 女二人、慰め合うような会話を楽しんだ。

 日はやがて沈み、列車は夜通し走り続け、そしてまた日が昇った。






 ――――武威の手前、列車が最後の鉄橋を渡らんとする時に、それは起きた。






 歌子は何処か遠くで爆発音を聞いた。

 そして次の瞬間、汽車が目一杯のブレヱキを掛け始めた。

 客室は騒然となった。

 立っていた客はすっ転び、座っていた客も向かいの席へ投げ出された。

 斯く云う歌子も中山女史と揉みくちゃになった。

 悲鳴と怒号が溢れ返る中、今度は車体が物凄い速度(スピヰド)で走り始め、






 ふわり。






 と、浮遊感を感じた。

 途端、上下左右も分からぬほど車体が揺れる。


(橋から落ちとる――ッ!?)


 歌子は無我夢中で試製捌捌(はちはち)式を引っ張り出し、歌唱した。

 風のクッションで自身を守る為である。

 他の乗客のことはどうしようもない。

 上下左右も分からぬこの状況下で、巨大な車体ごと持ち上げるような芸当など、出来っこなかった。



   ♪   ♪   ♪



》一月十八日 七時三十六分 大満州國・満州鉄道 武威駅手前の鉄橋《


 楊家河(ようかか)(またが)る鉄橋が、抗日朝鮮パルチザンの手により爆破された。

 前線へ乗客及び物資を輸送中だった列車が、川へ落下した。

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