表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/219

99話 羅針盤と電磁石

「おおお。何だこの黒い砂は!? 動いてるぞ」


 数種類作った塗装銅線で実験すると、その半数ぐらいでコイルができた。その辺の土から砂鉄を集め、紙の上で動かして見せる。電磁石の実験は、あっさりと成功した。


 工房中の弟子たちが集まって、動く砂鉄に歓声をあげている。


「砂鉄っていって、酸素と結びついた鉄だよ。黒い錆だね。」


「すごいすごい! ちょっとやらせて!」


 はしゃいでいるルリに電磁石を手渡して、僕は親方が作業している炉の隣にある作業台に向かう。


 元々工房内はかなり暑いが、火の入っている炉に近づくと、さらに暑くなっていく。


 コイルの絶縁問題は思ったより早く解決できた。今は炉の温度を上げているところで、弟子が動かすふいごの音が工房中に響いている。


 羅針盤の心臓部となる磁針は、コンパスのイラストを見せて仕組みを説明しただけで、親方は小さなハンマーですぐに絶妙なバランスのものを叩きだしてしまった。


 作業台には、すでに別の意匠の磁針がいくつか並んでいる。


「親方、これは?」


 小さな部品のはずだが、すでに細工物のように細かい装飾がされていた。


「ん? ああ、坊ちゃん、羅針盤作るの初めてだろ? いろいろ実験したかろうと思ってな。産地の違う鉄や鋼を用意してみた。銅とか別の金属でも作るか?」


 やっぱり親方さん、仕事ができる人だ。


「銅はいらないよ。鉄と鋼で試そう。」


 鉄、実験でコイルの芯にした時、電源切ると磁力がなくなってたような気もする。クリップ同士はくっついたままだったけど。


「おう。了解だ。使う"でんじしゃく"は一つでいいのか?」


「どうだろ? 一個と二個で挟むのと、両方試してみよう」


「炉も暖まったし、とりあえずいくつかやってみるか。手順は針を熱する、"でんじしゃく"の芯に針を近づけて、水をぶっかける、で良かったか?」


「うん、そう」


 親方は、途中だった磁針の加工を手早く終わらせると、良く分からない材質の長い火箸を手に取った。そのまま器用に箸で針をつまんで炉の炎に突っ込む。


 噴き上がる炎の中で、磁針が赤熱していく。


「こんなもんかな? おいルリ! ”でんじしゃく”持ってこい!」


「はい親方!」


 ルリがとてとてと走ってくる。


「工房内で走んじゃねえ! 転んだら怪我じゃ済まねぇぞ!」


 親方がルリを叱責した。なかなか厳しいなぁ。


「よし! つなげ!」


 真っ赤に焼けた鉄に、稼働している電磁石を近づける。


「よしハリー! 水かけろ!」


 ハリーが柄杓で、派手に水をぶっかけた。


「あ」


 しまった。電気に水をかけたらいけないと、説明するのを忘れていた。シュッと小さな音がして、電磁石から煙が上がる。


 電気が流れているものに水をかけてはいけない。義務教育を受けた者なら誰でも知っている知識だ。


「な、なんだ?」


 親方が驚いている。この経験豊富な親方ですら知らないらしい。


「水を電気に触れさせたらダメだよ。電気が流れてショートしちゃう」


 コイルがずぶぬれになってしまった。だけど、針はちゃんと芯にくっついている。


「ショートというのが良く分からんが、この”電磁石”はもう使えないのか?」


 水をかけたハリーが青くなって震え出した。そんなに怯えなくても大丈夫だ。


「乾かせば使えるよ。幸い、もう一つあるし」


 濡れた磁針を手に取って、急造の仮台座に載せる。棒に差し込んでくるくると軽く回転させてみると、必ず同じ方向で針が止まる。


「これは成功かな?」


「差しているのが南北の方向だから成功だろうな。こんな簡単に作るもので方角が分かるのは素晴らしい」


 まだ磁力をつけていない針を近づけると、それにに合わせて磁針がフラフラと動く。ただ、それほど強い磁力はなさそうな気もする。


「ちなみにこの針は、鉄? 鋼?」


 話題が変わってハリーはホッとしている。ルリは針が勝手に動くのが楽しいのか、目をキラキラさせている。


「さっき試したのは鋼だな。次は軟鉄でやってみるが……。その針金、鉄だよな? ということは、ガワを鉄にするのはまずいのか」


 親方の観察力がすごい。確かにカバーを鉄にしたら、磁針がカバーに引き寄せられて使えなさそうな気がする。


「あと、ちょっと針金どけてくれるか?」


 言われた通り針金をどけると、顔を近づけて針の様子を観察している。


「ふむ。バランスをとるように細工したはずだが、なぜか傾いてるな。重さで微調整するか」


 確かに、磁針が片方沈み込むように傾いている。何でだろうか? わからないので、その辺は親方に任せよう。


「あとはこっちで試作しときます。デザインとか材質に要望があれば今言ってください」


 デザインかぁ。そういうセンスはないけど……


「上は板状の溶錬水晶にしたら便利かも? 磁針の中心を板状の溶錬水晶の蓋で押さえて、カバンで取り出したらすぐに方角を確認できるようにした方が良いかもしれない」


 こちらの世界の羅針盤は、なぜか上のカバーがない。だから使う前にいちいち磁針を台にのせる手間がかかる。だが、前世の理科の授業で見た方位磁石はプラスチック製で、カバンの中から取り出すだけで使えた。


 冒険者が探索中に使ったり、船乗りが揺れる船上で使うなら、多分そちらの方が良いだろう。


「わかった。後でサンプルを宿に届けさせよう」


 良かった。トラブルはあったけど、これで何とかなりそうだ。


 しかし、電磁石に水をかけた件は今後に響く気もする。この分だと、いずれ事故が起きてしまうだろう。


 親方たちにもしものことがあったら大変だ。どこかで誰かがちゃんと教えないといけない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ