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90話 準々決勝第二試合


「ここは気楽で良いな。あんなところでジッとしているなど、退屈すぎて気が狂うわ」


 我が物顔で、ソファの中央に座って串焼きに舌鼓を打っているのは、どう見ても国王陛下その人だ。


 見上げると、貴賓席にもちゃんと陛下がいて、楽しそうにワインをちびちびと飲んでいる。あれは影武者だろうか。それともこちらが影武者だろうか。どのみち無礼は許されないが、頭は混乱してくる。


「へ、陛下。どうしてこんなところへ?」


 マイナ先生とストリナとオーニィと、義母さんの護衛をしていたパッケや馬車を置いたシーピュまで合流して、気楽に楽しんでいたところに、急に国王陛下が串焼きや飲み物を抱えてやってきた。渋い顔の宰相さんもついて来ている。二人とも地味な服で目立たないようにしているが、溢れ出る自信のせいなのか、めちゃくちゃ目立っている。


「こっちで見たほうが近いしよく見えるだろ? いろいろ聞きたいこともあるしな」


 一応、ここは平民階層用の最上位個室で、そこそこの広さがあるが、陛下が来るような場所ではない。今は準々決勝の第2試合をやっている最中だが、誰もそれを見る余裕がなくなってしまった。


「ペーパさんの試合、見たかった……」


「ん? 見たければこっちに来て見れば良いではないか。おいしい串焼きもあるぞ?」


 僕が呟くと、陛下は笑顔で隣の席に座ることを要求してくる。


 こちらの世界の串焼きは、けっこうバラエティに富んでいる。前世では牛、豚、鳥、魚ぐらいだったが、こちらにはもっとたくさんの魔物がいて、食用になっているものも多い。もちろん、各種野菜も串焼きの材料になる。


 だから、串焼きはバリエーションがあっておいしいのだ。それはわかる。わかるが、問題は陛下の存在そのものだろう。


 観客席から大歓声があがった。何があったのか、僕も試合が見たい。


「わ、わかりました」


 誘惑に負けて僕が緊張に凝り固まったままソファに座ると、マイナ先生たちもそれに続く。


「そういえば、『ヒッサン啓蒙』、あれは画期的な論文だった。発表も斬新で素晴らしかったぞ。マイナよ」


 陛下は串焼きをムシャムシャと平らげながら、マイナ先生に話しかける。


「陛下におかれまして———」

「ああ、そういうのは今は良い。謁見とか、正式な場だけで充分だ。余も気にしていないしな」


 礼儀作法に乗っ取った挨拶を、ピシャリと止める。謁見の後のパーティでも思ったが、フレンドリーな王様である。誘いに乗って油断したら、首が飛ぶかもしれないが。


「あ、はい。ありがとうございます。お誉めいただき光栄です……」


 国王がマイナ先生と話し始めたので、僕はこっそり小型の望遠鏡を取り出して、試合の観戦を始めた。

 ペーパさんは双剣使いらしく、緩急をつけた剣舞のような動きで相手を翻弄している。同門らしいが、あんな美しい剣術を習った記憶がない。


「うむ。あれは役所でも有効な技術ゆえ、また協力してもらうこともあろう。——ところでイントよ。その道具は何だ?」


 今日持ち込んだのは、試作品15号から18号までの品だ。闘技場や劇場ははそれなりに広いので、将来的には劇場や闘技場で売れると思ったのだ。


「小型化望遠鏡の試作品です。サイズや倍率を変えて、いろいろ試作してみてるところなんですが、観戦も含めて、けっこういろいろなことができそうです」


「貸してくれ」


 国王陛下、勝手に試作品を持って行くから困る。最初に作ったものも、献上するとは言っていないのに結局持ってしまった。


 今回も、問答無用に取り上げられる。使い方は最初に作った試作品とほぼ同じなので、陛下はすぐに使いこなしていた。


「これは……前のものより歪みが少なくなってきているな。それに軽い」


 親方が現物を見てレンズの使い方を理解してくれたので、急激に質が上がっているのだ。最近は熱心に屈折について勉強しに来ているが、僕は高校では物理をやっておらず、説明が難航していた。

 というか、距離とか角度とかの単位が、算術の流派によってバラバラらしく、説明が難しいのだ。


「はい。屋外で使うことを前提に量産を準備してるので、納品はもう少し待ってください。こちらは劇場や闘技場での利用を想定した、近距離用の望遠鏡です」


 僕は次の望遠鏡、試作品16号を取り出す。今度は、ネジ式で、回転させてピントを合わせる仕掛けになっている。使ってみた感じ、ピントは精密だが、ペーパさんのように動きのあるものを追うのは難しそうだ。


「ははは。これは素晴らしい。ん? 先ほど色々と言ったな。例えば他に何ができる? それは?」


 好奇心が旺盛すぎる。僕がのぞいていた次の望遠鏡を取り上げてしまう。


「何だ? 焦点を合わせられないぞ?」


 陛下はスライド式の望遠鏡に慣れていたので、戸惑っている。


「それは回して焦点を合わせるんです。ハッキリ焦点を合わせると、距離を測れます」


 早速、クルクルと望遠鏡の先だけを回転させている。潤滑油で手を汚さないか心配だ。


「ほう。距離が測れると、何ができるのだ?」


 陛下の質問返しに、咄嗟に声がつまる。


「えーと、精密な広さがが計算できたり、地図が作れたりしますかね」


 数学の教科書でそんなコラムを見たことがある。三角関数は三角測量に使えるとか何とか。まぁうろ覚えである。


「ほう。精密な地図だと? どうやるんだ」


 が、陛下は地図にえらく食いついてきた。


「い、今はできませんよ。まずは距離とか角度の単位を統一しないと。なんで国内で単位を一定にしないんですか」


 前世で度量衡を統一したのは、確か豊臣秀吉だったか。今ならその重要性が分かる。塩の売買にせよ、ガラスの配合にせよ、望遠鏡のスペックや屈折の計算ですら、単位が統一していないので難しいのだ。


「距離と角度か。他にもないか?」


「重さや、面積、体積、方角、時間、速度なんかも統一したほうが良いですね。税の徴収とか、今どうやってるんですか?」


 前世の教科書ととにかく単位が一致していなくて、マイナ先生や親方に説明できないのが、最近の不満だった。促されるままいろいろ吐き出していく。

 国王と宰相が意味ありげに視線をかわした。なぜか小さくうなずきあっている。


「よし、ではお前が国内の単位統一の計画書を作れ。一度見てやろう」


「う……」


 僕は自分で墓穴を掘ったことを悟った。また仕事が増えるかもしれない。しかも、歴史の教科書に出てくるような、壮大な事業である。


「まぁ、それはそう焦らなくても良い。今は何も困っていないからな」


 陛下の言葉で、ちょっと肩の荷がおりる。いや、僕は困っているのだが。


「それより、塩の泉を見つけて、それをどう開発していくか考えているのか?」


 マイナ先生とは少し話をして、いろいろ試算していっているところだ。商人のハーディさんからは砦建設にかかる資材の相場と大工の相場を聞き、中間報告に来た冒険者ギルドのモモさんからは冒険者へ依頼する際の相場を聞いたりした。


 結果わかったのは、一箇所簡素な砦を築いて運搬する馬車などをそろえると、ざっくり金貨1,000枚程度の費用がかかるということだ。砦の維持費や、そこまでの道を整備する費用はまた別で。


「領主に、お金を貸して自ら開発してもらい、塩田から取れる塩を利子代わりにさせていただこうかと。もちろん、その際に砦の建設や塩の生産のために必要な知識はすべて伝えます」


 利子を取るのは、教会の聖典で禁止されているらしいので、現物でもらう。塩は電気分解すればいろいろ使えるので、うちなら無駄にすることもないだろう。それこそ、塩から石鹸や消毒液、ガラスなどを増産すれば良い。


「なるほど。それならひっ迫している貴族も反発せず、逆に恩も売れるし、素早い拠点構築も可能だろう。何より教会の戒律にも反さないのが良い。コンストラクタ家の利益が今一つ不鮮明だが、よく考えたな」


 宰相さんがちょび髭をいじりながら、感心している。割とがんばって考えていたので、純粋に嬉しい。


「しかし、その場合、現状の資金で足りるのか?」


 さすがに陛下は規模を知っている。拠点の維持費や塩を輸送する道を整備するところまで考えると、多分全然足りないだろう。


 おそらく情報だけ買って、自力で開発する貴族も出るのだろうが、それが成功するかはわからない。


「足りません。ですから、塩の上限価格の撤廃と、塩の輸入経路の複数化をお願いしているんです」


「はっはっは。俸禄の金貨4万枚と、余が投資した2万枚、合計6万枚でも足りぬとはな。気が遠くなるが、まぁ、焦らずとも良いだろう」


 陛下は望遠鏡をのぞきながら、楽しそうに笑う。


「しかし、陛下。塩は冬越しのための保存食の材料ともなります。早めの確保が不可欠かと思われますが」


 宰相さんに指摘された陛下は、望遠鏡から目を離し、中空を見上げる。


「難しい問題だな。外交は誤れば戦争になりかねない。輸入の再開はすぐには無理、いや、あのペーパは……」


 そのまま、戦うペーパを見て黙り込み、視線を彷徨わせる。そして、不意に現実に戻ってきた。


「先ほどの口ぶりからして、もしかしてイントはペーパを知っているのか?」


 陛下が指差した先では、空中を蹴りながら、縦横無尽に攻め立てているペーパさんの姿があった。こうやって見ると、ストリナのスタイルにちょっと似ている。


「ええ。先日アノーテさんとショーンさんと一緒に、父に会いに来ていましたので」


 言った瞬間、ガタリ、と国王が立ち上がる。


 ふたたび、場内が観客の大歓声に満たされる。一撃が入ったようだ。


「アスプ。少し出てくる。イントよ、近々、ナログ共和国と大きな交渉があるかもしれん。お前が切れるカードは、早めに用意しておけ」


 国王はそれだけ言うと、部屋を出て行った。


「え? 急に?」


 訳がわからないまま、僕らは部屋に残される。少しホッとしたが、宰相さんが帰ろうとしない。


「大方、また何か悪だくみを思いついたのであろうな。時にイントよ。儂も少し相談したいのだが」


 結局、宰相さんの相談を受けたせいで、第2試合はほとんど見ることができなかった。


 宰相さんとはほとんど喋ったこともない。まして僕は8歳児なわけで、何でみんな僕に聞くんだろう?


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