78話 【閑話】冒険者ギルド王都本部のサブギルドマスター
「ギルドマスターから、貴族のボンボンのお相手をしろって指示が来てますよ〜」
秘書が軽い調子で先触れの封筒を置いていく。私がここのナンバー2になってから、ギルドマスターはこういう面倒な仕事を全て回してくる。
「流行病のせいでクソ忙しいってのに、いったいどこの誰よ?」
冒険者ギルドは、いろいろな依頼が飛び交う。王都は広大なので、中央の本部と東西南北に一つずつの支部がある。門に近い支部は魔物狩りや商隊護衛の依頼が多いが、私のいる中央本部は貴族街に隣接しているため、貴族絡みの依頼が多い。
貴族は特権意識が強く、しかも冒険者を何でも屋だと思っているため、依頼もワガママなものになりがちだった。しかも、派遣する冒険者には、最低限の礼儀作法を求められる。ありていに言えば、めんどくさいのだ。
「さぁ? チラッと見ましたが、持ってきたのは執事と私服のメイドを連れたガキンチョでしたよ? 貴族にしては薄汚れた感じでしたから、多分使者なんでしょうけど、何でガキンチョなんでしょうね?」
封筒は、真っ白で滑らかな紙でできていた。見るからに高級品だ。ひっくり返して封蝋を確認する。珍しいことに、封蝋は二つされていた。
「ちょっ! あんた! この封蝋、王家のやつじゃない! 早く言ってよ!」
「ふぇ?」
秘書はビックリした様子で、封筒を覗き込んでくる。
「ホントだ。でもガキンチョでしたよ? 偽物じゃないですか?」
王家の封蝋の偽造は重罪である。もしバレたら、一族郎党の首が物理的に飛ぶ。証拠物件なので、ナイフで慎重に切っていく。
「あら? こっちのは……」
王家の紋章は不死鳥を象ったものだが、もう一つの封蝋に押された紋章は弓と杖と剣を象ったものだった。私はこの紋章を知っている。昔あっさり私を捨てた、最低な男が興した男爵家の紋章だ。
先週、うちのギルドで娘と共に流行病の冒険者たちを治療してくれていたが、他人行儀な軽い挨拶をしただけで、会話らしい会話はしていない。苦々しい思い出ばかりが蘇えるが、憎みきれない不思議な男。
思い出したらムカついてきたので、封蝋を抉るように手紙を開封した。
「なんか恨みがこもってるっすね」
「うるさいわね」
茶化す秘書を一睨みして、手紙を取り出す。手紙は王家とコンストラクタ家の連名の依頼書で、国王のサインも入っている正式なものだった。
「報酬は、金貨5千枚!? 嘘でしょ!?」
依頼内容は国内約百箇所の調査である。周辺地図の作成や、泉の位置とその水量の調査、泉の水のサンプルなどを持ち帰ることが達成条件らしい。
「何これ。めっちゃ美味しそうな依頼じゃない」
例え昔のオトコの家からの依頼でも、美味しいならビジネスである。否はない。
喜び勇んで、手紙をめくった。2枚目以降のリストには、国内大小の魔境の名前が書き連ねられている。読み進むに連れ、羽毛のように舞い上がったテンションが、泥沼に沈んでいく。
「どんな依頼なんです?」
「やっぱクソな依頼だったわ。全然割に合わないわね」
よくよく考えてみれば、あの人が私のところに依頼を持ってくるだろうか? ちょっと怪しいかもしれない。
「使者はまだいるの? 会ってみるわ」
執事とメイドを連れたガキンチョ。と、言うことは、あの人ではない。だとすれば——
◆◇◆◇
「イント・コンストラクタです。よろしくお願いします」
貴族用の応接室に入ると、待っていたガキンチョはソファから立ち上がってお辞儀をした。貴族なら座ってこちらの挨拶を受けていただろうに、不思議な子だ。
「私はモモといいます。ここでサブマスターをやらせてもらっています。イント様、お座りください」
お互いに自己紹介して、向かい合わせにソファに座る。
正面から見ると、ギルドにやってきたばかりの頃のあの人そっくりの雰囲気で、すぐに本物だと確信できた。だけど、栗色の髪の毛も少し垂れた目も、恋敵だったあの子にそっくりで、複雑な気分になる。
風の噂に、あの子は産後の肥立ちが悪くて亡くなったと聞いた。先の戦争では随分と活躍していたという噂だったのに、亡くなる時はあっけないものだ。
「オホン」
秘書の咳払いで我に返る。どうも視野が狭くなっていたらしい。見覚えのある執事さんと目が合った。
「あら? あなたはパッケさん?」
昔私が受付をやっていた頃、冒険者登録にやってきたあの人に絡んでいって、あっさり気絶させられていた冒険者だ。
そういえば、あの人の部隊には、うちの出身者もたくさんいたんだっけ。
「お久しぶりです。モモ様」
パッケさんは優雅に一礼する。モモ様か。昔はチンピラ顔負けの雰囲気で私のことも呼び捨てだったのに、随分と落ち着いたものだ。
「執事になられたのですね。お似合いですよ」
若い頃を知っているだけに、少し違和感がある。すっかりナイスミドルになっていた。
「ありがとうございます」
イント君がパチクリとまばたきしながら、自分の斜め後ろに立つパッケさんと私を見比べている。
「知り合いだったの?」
「ええ。友人ですよ」
パッケさんの声は渋く、染み渡るようだ。友人と言ってくれたことも嬉しい。
「そう言えば、みんな昔は王都で冒険者をやってたんだっけ」
イント君はニッコリとすると、私の方へ向き直った。
「もしかして、父のことも知っていたりしますか?」
なるほど。彼は知らずに来たのか。誰か教えてあげれば良いのに。
「ええ。ヴォイド様とは昔親しくさせていただいていましたよ。私のことを聞いたことはありませんか?」
チクリ、と古傷が疼く。今はもう別々の道を進んでいるが、あれはやっぱり私の黒歴史なのだろう。
「そう言えば聞いたことがあるような気がします。シーゲンおじさんからだったかな?」
シーゲンおじさんというのは、シーゲン子爵のことだろう。貴族家の四男だったので、家を出て冒険者になったが、先の戦争で領地が滅ぼされて跡を継いだ人だ。冒険者時代はムキムキだったが、1年前に妾にならないかと声をかけてきた時には、体型もすっかり弛んでしまっていた。
当時は恋人もいたし仕事もあったので断ったが、時間というものは残酷なものだ。子どもにまで話をするということは、まだ私に未練があるのだろうか?
「でもよく覚えていません。すいません……」
申し訳なさそうにシュンとしたイント君の口元のホクロに、視線が吸い寄せられる。カワイイ。
私もこんな子が欲しかった。
「そうですか。構いませんよ。それで、依頼の件なんですが」
手紙を、テーブルの上に置く。この子、本当に使者なのだろうか?
「条件面が不明ですね。魔境の地図ということですが、どの程度の精度で、何を落とし込めば良いでしょう?」
「その点について、少し発言よろしいでしょうか?」
そこで、イント君の隣に座っていた少女が口を開く。平服のメイドだと思っていたが、メイドならソファに座らず後ろで立っているはずだ。
「ええ、どうぞ?」
よく見るとなかなか美しい少女だ。髪の艶も、巧みな薄化粧も、明らかに平民のそれではない。もしや、こちらが本命だろうか?
「私はマイナ・フォートランです。シーゲンの街の賢人ギルド所属で、今はフォートラン家からの依頼で、イント君の補佐をしています」
補佐とういうことは、イント君が本命か。
マイナさんもまだ若いが、えらくしっかりしている。フォートラン家といえば、王族派貴族のナンバー3の伯爵家で、確か当主は副宰相の一人だったか。すでに風格があるので、多分この子も将来大物になるだろう。
そういえばあの人も、先の戦争中に王太子殿下と王女殿下をこっそり冒険者として登録させに来たことがある。大物に気に入られるのは血筋かもしれない。
「地図に関しては、冒険者ギルドから賢人ギルドに依頼を出してはいかがでしょう? 賢人ギルドには地図を書ける者が多くいます」
確かに、冒険者たちに地図を書かせても、よくわからないものができがちではある。
「へぇ。依頼料はどの程度になりそうかしら?」
なるほど。家からの仕事をこなしつつ、所属する組織にも利益を流すか。なかなかに抜け目ない話である。
「金貨1,000枚ほどでいかがでしょう?」
元々、規模が大きすぎて、金貨5,000枚でも大して美味しくない仕事である。2割も減ったらますます実入りが悪くなるだろう。正直、こんな仕事を受ける冒険者は長生きできない。
「申し訳ありません。それでしたら、賢人ギルドで依頼を受けて、冒険者ギルドに護衛の依頼をされてはどうでしょう?」
まぁ確実に赤字でしょうけど。
「それは……」
マイナさんの顔が曇る。わかっていて言っていたな。
「でしたら、当家から2,000枚、報酬に上乗せします。それでいかがですか?」
実質的には金貨6,000枚。実現はできるが、冒険者ギルドにほとんど利益は出ない。しかも、コンストラクタ家は貧乏貴族のはずである。そもそも2,000枚も払えるのだろうか
「今は流行病のせいで動ける冒険者が少ないの。合計金貨1万枚なら受けるわ」
「では、塩を20樽つけます」
イント君、まだ小さいのになかなかやる。冒険者が熱中症にかかりやすくなって、活動を嫌がっているのだ。塩があれば、熱中症の危険性は減少する。
それに、冒険者ギルドは冒険者から魔物肉を買っているが、それを肉屋や食堂に卸す以外にも、保存食に加工したりもしている。
その材料となる塩の備蓄は、かなり少なくなっていた。
正直に言えば塩は喉から手が出るほど欲しい。
「金貨9千枚と塩20樽」
「では、シーゲンの街の賢人ギルドから、液体石鹸を百セット出しましょう。手を洗えばレイスウィルス感染症の予防になるし、顔を洗えばツヤツヤになりますよ」
今度は、マイナさんが交渉材料を持ち出してくる。シーゲン家の液体石鹸は、女性冒険者の間でも話題になっていた。獣脂のものは独特の匂いがあるが、植物性のものに香油を混ぜたものは、とても良い臭いがするらしい。
ただ、植物性のほうは全然手に入らない。
「8千枚と塩20樽と液体石鹸百セット。香油のやつを入れてね」
「実は、候補地の中で、良い場所があったら魔境の中に拠点を建設予定です。冒険者が滞在すれば、安全に狩りができますよ」
コンストラクタ領にある『死の谷』で、新しくできた砦の噂は聞いた事がある。多くの冒険者が、『死の谷』の奥地で骨喰牛を狩って、砦で売っているらしい。しかも、砦には腕利きの狩人が常駐していて、砦まで逃げれば、高位の魔物でもあっという間に狩られるとか。
そういえば、領主が大型の地竜を狩り、その息子が赤熊を狩ったという情報もあった。
「まさか……」
あの人が地竜を狩っても驚かないけど、イント君はどう見ても十歳に満たない。赤熊を倒すのは厳しそうに見える。
ともあれ、魔境内で冒険者が使えるセーフエリアというのは魅力的な提案だ。
「そんな危険な場所に拠点を作るって、何が目的かしら」
国王のサインは多分本物だ。何か大きな話がある。
尋ねると、イント君とマイナさんがアイコンタクトを取った。
「塩の国産化です」
この二人、いったい何を考えているのだろう。私は冒険者ギルドのサブギルドマスターだが、国を左右するような立場にはない。
でも、これはどういうことだろう。もしかして、最初の手紙に入っていたあのリスト、国家機密ではなかろうか。あんなものを初手で送ってくるなんて。
「まさか、普通に答えてくれるとは思ってなかったわ。どうして明かしたの?」
イント君は、少し首をかしげた。この年齢から色気を滲みださせるなんて、さすがあの人の息子。
「父上が、王都の冒険者ギルドは信用できるからって」
深い、深いため息が出る。私は、私をあっさり捨てたあの人を許さない。許さないが、私は大人で、あれは青春時代の黒歴史だ。
「わかったわ。金貨7千枚と先ほどの条件での契約、呑みましょう。そのかわり、拠点建設の護衛依頼も、私を通してね」
こうして私は、冒険者ギルドにとって近年まれにみる大型契約を、圧倒的にこちらに有利な条件で結ぶこととなった。




