71話 チンピラ来襲
「おう、そこのガキ。さっきはうちのもんに舐めたマネしてくれたらしいなぁ」
工房から外に出ると、ガラの悪そうなチンピラたちが入り口を取り囲んでいた。チンピラたちからは、濃い暴力の臭いがする。
衛兵さんも報復には注意しろとは言われたけど、こんなに早く報復に来るとは思っていなかった。
数を数えると、5人は確実。遠巻きに見ている野次馬連中にも、似たような雰囲気の人間が何人かいるので、仲間かもしれない。その数を合わせるとその倍といったところか。
先に竜骨を買いにいったはずのハリーさんが、チンピラに両肩を掴まれて涙目になっている。
どうやらすでにハリーさんの金貨は奪われるらしく、隣の男が、ニヤニヤしながら繰り返し金貨を空中に放っていた。
「マイナ先生、ユニィ、中に戻って。あいつらの見えないとこで、上空に神術打ち上げて、この笛吹いて欲しい」
僕は自分の財布と笛をマイナ先生に預ける。
「いくらイー君でも、さすがにこの人数は無理なのです。立てこもって助けを待つのです」
ユニィは心配そうだ。言われるまでもなく、僕が大人を複数人同時に相手にするのは無理だと思う。
だが、僕らがたてこもれば、捕まっているハリーさんがどうなるかわからない。
ボコボコに殴られるのを自分を想像するのも、僕がはずみで誰かを殺すのを想像するのも、どっちも気が重くて胃が痛くなる。
僕はただの子どもで、受験生だ。それがどうしてこんなことになるのか。
神術かのろしを上げて、笛を吹くというのは、村で緊急事態があった際の手順だ。村のルールが王都でも通じるかどうかはわからないが、今日宿を出る時も親父に何かあったら手順を守るように言われた。
つまり、助けは来る。今はそれにすがるしかない。
「大丈夫だよ。ハリーさんも捕まってるから、誰かが気をひかないと。親方にも助けを求めて」
僕も小さい頃から、親父の変態的な訓練を受けてきた。相手が大人でも、時間を稼ぐくらいはできるだろう。
「わかった。危ないと思ったら、すぐ逃げてね」
マイナ先生は、まだ何か言いたそうなユニィの手を引いて工房内に戻っていく。
「おうおう。女どもを逃がすたぁ、紳士じゃねぇか」
中心にいる男が、ニヤニヤ笑いを崩さない。僕は進み出ながら、自分の武装をチェックする。短剣が1本に、サンダルに隠した投げナイフが2本。鎧は着ていない。刃物の攻撃を受けたら、あっという間に戦闘不能になるだろう。
それに対して、相手は5人。装備しているのは整備の行き届いていない革鎧に、手には長めの木の棒、腰には短めの片手剣を吊っている。
刃物を抜くのはまずいというぐらいの分別はあるらしい。厄介なことだ。
「あの人たちは無関係です」
相手の間合いの2歩ぶんぐらい手前で、立ち止まる。
チンピラたちはすでに武器を手に持っているので、前の時のように不意打ちで片付けるのは不可能だ。一人投げる間に、他の誰かに反撃されてしまう。
「ふん。女どもには手を出さねぇよ。貴族に手を出すとこっちが潰されらぁ」
おや? このチンピラ、妙なことを言う。まぁ良いか。
「で、何のご用でしょうか?」
「えらく余裕じゃねぇか。ガキのクセに、俺たちぐらい屁でもねぇってか?」
いや、隠しているだけで、実は足は少し震えてるし、多分手も震えてる。でも、弱気に出て、親父に知られたら絶対まずい。
「僕はヴォイド・コンストラクタ男爵が嫡男、イント・コンストラクタです。貴族だから手を引くというなら、僕も貴族なので、手を引くことをおすすめしますけど」
僕のことを貴族と思っていないようだし、一応貴族であることをアピールしてみる。
「はっ! コンストラクタ家っていやぁあれだろ? 闇討ちばっかりして男爵家になりあがった似非貴族家じゃねぇか。俺らだって従軍してたんだ。何でお前らばっかおいしい思いしてやがんだ」
ハッタリは逆効果だった。しかもこの人たち、従軍していたのか。となると、5人相手はやっぱり厳しいかもしれない。
村にいる元親父の部下たちが、楽々と魔物を狩っている姿を何度も見ているだけに、焦りが深くなる。
今謝ったら許してもらえないだろうか?
「騒ぐと、衛兵が来ますよ?」
ドォンと、建物の裏手から火の玉が打ち上げられ、笛の間抜けな音が響く。タイミングはばっちりだ。
「はっ! こんな路地裏まで来るわけねぇだろ! 来るとしても、それまでにお前をボコっちまえば終わりだよ」
いちいち鼻で笑う呼吸を挟まないと、喋れないのだろうか?
「もういいやれ!」
衛兵が来ると言ってもやめるつもりはないらしく、中心のチンピラが左右の男に指示を出す。他の1人はハリーさんの確保で、他の1人は中心のチンピラの護衛といったところか。
つまり僕の相手は2人。これぐらいなら訓練で経験がある。
目の前を通り過ぎていく棒をかわしながら、ハリーさんを見る。中学生ぐらいに見えるのに、僕が殴られるとでも思ったのか、ホントに泣いてしまった。自力で逃げてくれたら、僕も逃げられるんだけど。
「このやろう! ちょこまか逃げんな」
チンピラが棒をブンブン振り回してくるが、僕には当たらない。ストリナと比べても、速度が圧倒的に遅いのだ。
棒に当たったら怪我をするという恐怖感はあるが、実際にはじてみるとなんとかなりそうな気がしてくる。
「遅いなぁ。おじさんたち、ホントに従軍経験あるの?」
「てめぇっ!」
しまった。避けることに集中しすぎて、思ったことが口に出てしまった。
「動くな! こいつがどうなってもかまわねぇのか!」
ハリーさんの両肩を掴んでいた男が、しびれを切らして剣を抜いた。
うわぁ。どうしよう。そういう場合のことを考えていなかった。
投げナイフは2本しかないし、短剣で斬るにしても、ちょうど良い具合に戦闘不能にするやり方は知らない。訓練では、一撃で殺すよう習ったが、多分この状況だと不適切だ。
再び、さらりとかわす。練習しすぎたせいで身体がいうことを聞かない。殴られるのは嫌だ。
「てめぇ! 動くなっつってんだろ!」
ハリーさんを人質にされるのは面倒だから、とりあえず逃げてもらおう。
チンピラは鎧を着てるし、ぶっつけでも多少なら大丈夫なはずだ。
横薙ぎの攻撃をかわすタイミングでしゃがみこみ、ブーツから投げナイフを2本、手に隠す。
「聞こえねぇ! ……のか?」
わめくチンピラの手に、投げナイフが刺さる。一瞬理解できなかったのだろう。一瞬視線が腕に向かい、僕から外れた。
「ふっ!」
吐息だけを残して、思いっきり踏み込む。
「んなっ! 『縮地』だとっ」
リーダー格だった男が驚愕の叫びをあげる。残念、これは単なる踏み込みで、親父たちの使う『縮地』はもっとすごい。
僕は剣を持つ男の腕をもう一つの投げナイフで切り上げて、剣をはじき飛ばしてから、ハリーさんを離れた場所に突き飛ばす。
なぜか、突き飛ばした先には親方がいて、ハリーさんを受け止めてくれた。どうやって突き飛ばす先を読んだのだろうか?
「てめ!」
別のチンピラが飛びかかってきたので、本能的に最後の投げナイフを投げる。狙いの甘かったナイフは、チンピラの肩当てに突き刺さった。
「ぐぎゃ」
変な声をあげて、チンピラの動きが止まる。鎧に守られてダメージはないはずだが、びっくりしたのだろうか?
チャンスだったので、再び大外刈りでチンピラを投げる。身長差があるので勢いをつけてひざか脛の裏あたりを思いっきり蹴らないといけないが、今回も成功した。
この技、武器を持っている手を無効化して投げれるので、もしかして異世界の対人戦で無双できるんじゃなかろうか。
ともかく、これで2人目。
残りは3人。
ドン! と工房の裏手から再び火の玉が空中に打ちあがる。援軍はまだかな?
「て、てめぇっ!」
ここに来て、ついにリーダー格とその護衛が動き出した。3人とも剣を抜いてしまう。
あれに斬られたら終わる。再び緊張感がせり上がってきて、吐きそうだ。
「うわっ」
唾を飲み込んでいるところに突っ込んできたリーダー格の斬撃をかわす。従軍経験とか言うだけあって、剣筋はけっこう鋭かった。
全力で飛び退いて距離を取ろうとするが、リーダー格は距離を潰しに来る。
「ちぃっ!」
思わず、短剣を抜いて、力をこめて男の剣を払いのけた。タイミング的にかわせるかは微妙で、失敗したら斬られる。その恐怖感に負けたのだ。
「えっ!?」
瞬間、思わぬことが起こった。ぶつかった衝撃が腕に伝わり、僕の短剣は男の剣をすり抜けていく。
「なん、だと……」
男の剣は、中ほどから斬り飛ばされて宙を舞った。
そういえば、僕の短剣も実験でミスリルメッキをかけていたっけ。ミスリルというのは、こんなにすごい金属なのか。
子ども相手に剣を斬られたリーダー格は、混乱した様子で足を止めた。
チャンスとばかりに、僕はすたこらと逃げ出す。
こんなの、命がいくつあっても足りない。
「おう。ハリーを助けてくれてありがとうな! 小さいのにやるじゃねぇか!」
工房の入り口で、親方と合流する。
「剣のおかげです。ああいうのはもうコリゴリです」
シーゲン子爵はミスリルの武具の数をかなり気にしていたが、こういうことか。確かにこれは全然違う。
とりあえず入り口に立ちふさがって、自分の短剣の刀身を確認する。
鉄の剣は兎角刃こぼれしやすい。打ち合わせようものなら、刃に肉眼で見える凹みができるのだ。魔物の骨に当たった時も同様で、それができる親父も義母さんも怒る。
「あら? 刃こぼれしてない?」
短剣の刀身はキレイなものだった。これならまだ使えるだろう。
「おお。そいつぁミスリルか? すげぇもん持ってんな。ちょっと見せてくれるか?」
親方は刃物も作っているだけあって目が高い。でも一応機密らしいし、見られたのはまずかったかもしれない。
「似たようなもんですけど秘密です。話せません」
僕は短剣を鞘にしまう。そういえばこの短剣、試作メッキだったので指紋の部分のミスリルが浮いてしまって、所々鉄が露出している。見られたら、製法をいろいろと推察されてしまうかもしれない。
親方は何か言いたそうにしていたが、結局すぐにあきらめた。
「そんなことより、助けは来そうですか」
チンピラのほうを見ると、野次馬の中から4人ほど合流して、僕が倒した二人の介抱をしていた。投げナイフを刺した方は、何やら大声で叫んでいる。
「いや、この状態で助けなんているのかね? 奴らも命まではかけんだろうさ」
何を暢気な。相手に援軍が来たら面倒なことになる。
「おい! てめえら、もう手加減はしねえからな!」
リーダー格のチンピラは、怪我をしたチンピラが落とした剣を拾って、それを振り上げて叫んできた。
僕らの援軍はまだ来ていないが、チンピラ側の援軍は予想通りどんどん増えていく。
左右の野次馬の向こうからぞろぞろと合流者が増えて、20人を超えた。これはもう、僕の手に負えない。
「イントはどこに行ってもトラブルを起こしてるな。何だ、この面白そうな状況は」
絶望しかけた僕の隣に、ひらり、と空から親父が降ってきた。




