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58話 シーゲン子爵家の幼馴染


「で、師匠は息子と婚約者を取り合った末に、負けた腹いせに息子をぶっ飛ばして怪我をさせて、姐御にぶっとばされたわけですな?」


 ここはシーゲンの街の中央にあるシーゲン子爵邸である。


 シーゲンの街は城塞都市と呼ばれ、堅固な城壁で守られているが、その中でもこのシーゲン子爵邸は街のどこからでも目に入るほど背の高い建物だ。街の北側の城壁と一体となっている姿は、ほとんど城といっていい。ここは、僕が生まれる前に戦争をしていたナログ共和国との国境の街で、ログラム王国の守りの要なのだ。


 そして親父と向かい合い、ゲスい笑顔を浮かべているのが、そんなシーゲンの街を治める領主のポインタ・シーゲン子爵その人である。

 マイナ先生の授業によれば、シーゲン子爵は前の戦争を将軍として戦い抜き、国土を回復させた英雄らしい。


 今ではまるまると太っていて、英雄という雰囲気ではないが。


「お前は子爵で元将軍。元俺の上司だろう? いい加減師匠はやめてくれないか」


 親父はぞんざいな口調でテーブルに突っ伏した。話を逸らせようとするあたり、まずいとは思っているようだ。


 冒険者ギルドの訓練場で親父を投げた後、親父は熱くなって僕をぶっ飛ばした。まったく記憶にないが、ストリナに治癒神術を使ってもらわなければならないような状況だったらしい。


 朝、宿屋で目を覚ました時、隣のベッドに包帯でグルグル巻きになった親父が寝ていたけど、あれは義母さんにやられたのか。


「いやいや、師匠は師匠でしょうに。まぁでも、人生失恋することもありますわ。残念でしたなぁ」


 話題を戻して含み笑い。親父で遊ぶのは良いけど、マイナ先生を巻き込むのはやめてあげてほしい。隣を見ると、同席しているマイナ先生が、顔を真っ赤にして俯いている。


「おい。本音を言ってみろ」


 親父が顔だけ上げて、シーゲン子爵を睨みつけた。


「天罰じゃろ。ざまぁー」


 シーゲン子爵が素直に本音を返して、再び親父が撃沈する。


「だいたい、師匠は昔からおいしいところを持って行く側だったんじゃから、息子にぐらい遠慮してやればええじゃろ! ワシらは全部持っていかれた! オーブ姐さんにジェクティ姐さん、アノーテにパイラ様、果ては受付のモモちゃんまで———」


 シーゲン子爵ってこんなに面白い人だったっけ? 心の声が駄々洩れだ。いつもは挨拶が終わったら子どもだけで遊びに行っていたので、こういったシーンは見たことがない。


「モモちゃん? 冒険者ギルドの受付の?」


 義母さんが呟いて、ゆらりと立ち上がる。表情がなくて怖い。


「ちょ、おまっ。ちょっと来い!」


 親父がシーゲン子爵を連れて、逃げるように部屋を出る。


「リナ? ちょっと一緒に来てくれる? これからお父さんが大怪我をするかもしれないから、助けてあげてね?」


 義母さんはドレスでおめかししているストリナを呼ぶと、親父の出て行った扉から出ていった。


「じゃあ、わたしも後始末があるから、ゆっくりしていってね」


 笑顔のシーゲン子爵の奥さんが後に続き、部屋には僕とマイナ先生、それにシーゲン子爵の娘のユニィが残される。


 シーゲン子爵邸には毎年2回ほど挨拶に来ていたが、ユニィとはそのたびに遊んでいた。いわゆる幼馴染というやつだ。


 ちなみにユニィにはすでに婚約者がいて、恋愛的な要素はまったくない。


「イント君ごめんね? わたしのせいで酷い目にあわせちゃったみたいで」


 マイナ先生は、昨日の冒険者ギルドでの話を聞いてしまったので、座ったまま頭を下げてきた。ドレスの胸元は開いていたので、胸が膨らんでいるのがしっかりわかる。


 頭を下げた瞬間に自分の目線が吸い寄せられたことに気がついて、あわてて目線をそらす。


「いや、悪いのはあのクソ親父だよ。マイナ先生は悪くない」


 そうなのだ。シーゲン子爵の先程の話を聞く限り、親父は若い頃浮名を流していたらしい。まだ未練があるようなので、先生に近づけさせないようにしないと。


「えへへ。ありがと」


 手振りをしていた手を、マイナ先生に軽く握られて、思わず舞い上がる。ユニィがいるのにずいぶんと気安い。


「もうそんなに仲良くなっているのです? イー君とマイナ先生が婚約するとか、いきなりすぎてびっくりなのです」


 ティーカップを淑女のように持ったまま、ユニィが口を開く。姿勢や物腰は貴族の淑女のものだが、表情がジト目で本来の性格を隠しきれていない。


「え? 先生? ユニィとマイナ先生って知り合いなの?」


 マイナ先生はシーゲンの街に住んでいたわけだし、面識があってもおかしくはない。が、僕は知らなかった。


「ユニィ様は算術の生徒でした」


 マイナ先生が手を握ったままだと答えてくれる。領主の娘の家庭教師とか、改めてマイナ先生ってすごかったんだな。


「そうなのです。でも、一週間ぐらい前に婚活するからと辞めてしまったのです」


 なるほど。婚活。そう言われるとなんか照れくさい。


 前世を全部覚えているわけではないが、多分彼女がいたことはなかった。それが、今世では彼女を飛び越えていきなり婚約者である。8歳なのに。


 世界が変われば常識も変わるらしい。


「おかげさまで、うまく行きました。あとはシーゲン子爵家とフォートラン本家を説得できれば、晴れてイント君と結婚できます!」


 貴族家には、家と家との間に疑似的な親子関係がある。コンストラクタ家の場合、寄親はシーゲン子爵家で、そのシーゲン子爵の寄親がフォートラン伯爵家だ。


 二つとも完全に味方の派閥である。なんで説得の必要があるのか、僕にはわからない。


「それ、興味あるのです。馴れ初めから教えて欲しいのです」


 ユニィにねだられて、一ヶ月前から今までの事を話して聞かせる。もちろん、聖霊や教科書については伏せてだ。


「キスでマイナ先生を助けるなんて、お姫様みたいでロマンチックなのです……」


 そんな調子で、ユニィは御伽話でも聞くように、大げさな反応で聞いていた。


「そういえば、ユニィにも婚約者いたよね? 最近どうなの?」


 一通り話し終えた後、ユニィの婚約者について話を振ると、ユニィは少し渋い顔をした。


「リシャス様です? パール家とは領地がお隣なので、たまに会いに来るのです。でも、全然ダメなのです」


 あら。よく知らなかったけど、ユニィの婚約者はパール家の人なのか。つまり、アモン監査官の親族ということになるけど、初対面のアモン監査官の態度的にあんまり良い印象がない家だ。


 だが、いくつか爵位と領地を持っていて、有力な分家も多数あるらしいので、影響力は強い。


「何がダメなの?」


「剣が得意と自慢してくるので、兄様と手合わせしてもらったのです。でもへっぴり腰でびっくりしたのです」


 うわぁ。けっこう辛辣だなぁ。僕もそう思われていたらどうしよう。


「あんな弱っちいのは嫌なのです。いつか婚約を解消してやるのです!」


 話を聞きながらユニィの婚約者に同情していると、外から地面が揺れるほどの爆音が響いてきた。


「でも、イー君がそんな賢いって聞いたことがなかったのです。いつの間に勉強したのです?」


 ユニィは爆音を黙殺する。マイナ先生は窓を気にしていて、無視しきれていない。


「そこはまぁ、本を読んだり?」


 ユニィは疑わしそうに、こちらを見てきた。幼馴染だけあって、僕の性格は見抜かれている。やりにくい。


「やっぱりマイナ先生のおかげなのです? 私も算術以外も習えば良かったのです……」


 微妙に的外れだが、好都合だ。このまま勘違いしていてもらおう。


「また習うと良いよ」


 僕の発言が意外だったのだろう。マイナ先生は嬉しそうに目を丸くすると、隣から僕を抱き寄せてくる。


「もーイント君カワイイ!」


 そんな僕らを、ユニィはジト目で観察していた。


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