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216話 商業区画街あるき

 巨大な麻袋を担いで歩道を歩いていると、めちゃくちゃ徒弟に勧誘された。


 僕ぐらいの年齢で、こんな大荷物を運べる人は少ないからかもしれない。


 仙術を学べばできるので、やはり幼い頃から学んでおくべきだろう。


「あの機械の動力源は雷竜の魔石かぁ」


 勧誘をあしらいながら歩く。通行人に当たらないように歩くのがちょっと難しい。


「使ってなかったから、前に飛行船で使ってたモーターも借りてるの。あと、軸受とかもモーターの技術から流用してるらしいの」


 碁盤の目のような道を、ユニィとおしゃべりしながら今度は北に向かっていく。工業区画を超え、商業区画に入った。

 フロートの街の北側は、ナログ共和国とログラム王国を結ぶ街道と接しており、行商人の馬車が盛んに行き交っている。


「あのレベルになると、僕にはさっぱりわかんないね〜」


 時計もそうだったが、専門領域になるともうわからない。

 通りに面した建物は前面に型板ガラスがはめられて、華やかなショーウィンドウが並んでいた。ガラスの向こう側に展示されている、真新しい馬車が目を引く。


「あはは。『叡智』の名が泣くの」


 ユニィは無邪気に笑う。


「そりゃ、僕は何でも知ってるわけじゃないよ」


 知っているのは教科書に載っていることだけ。僕は平凡な高校生レベルのことしか知らない。

 ショーウィンドウのガラスが、ここまで透明になった理由すら、僕は知らない。

 ヤーマン親方の弟子だったルリさんがレンズを作る際に不純物の色を打ち消す方法を見つけたという報告は聞いていたけど、それがこんな大きな一枚ガラスにも応用可能だったとは、僕は全く知らなかった。


「ところで、次はどこへいくの?」


「反物を貰ったんだから、次は決まってるの。仕立て屋さんなの」


 ユニィにガラガラの衣装部屋を見られたのはまずかったか。普段着に興味がないのがバレてしまった。


「散歩は楽しいけど、服を仕立てるのは気が進まないなぁ。」


 僕が答えると、ユニィはあきれた顔をしていた。


「コンストラクタ領内の仕立て屋を、領主であるイーくんがまったっく使っていないのは、対外的に自領の職人を信用していないって解釈をされかねないの。コンストラクタ家が出資している工房の最新技術を使わないのも一緒なの。イーくんは今注目を浴びてるんだから、気をつけるの」


 正論ではあるのだろう。納得もできる。だが実感がわかない。心がざらりと逆なでされた。


「僕みたいなのを、なんで注目するんだろ? 注目を浴びても、得なことなんてないよね」


 僕は下級貴族の二代目にすぎないし、知識の源泉は教科書だ。正体は平凡な受験生。きちんと積み重ねれば誰だって僕ぐらいにはなれるだろう。


「イーくんたちはこの国にとって、新しい風だからなの」


 新しい風。それこそ過大評価だ。

 コンストラクタ家がこの半島に新たにもたらしたものは、仙術と教科書の知識ぐらいだろうが、僕らの技術や知識は、理解された時点でどんどん応用されていく。

 コンクリートしかり、ガラスしかりだ。僕の知らないところで進歩したものまで僕らのせいにされて、目の敵にされる理由がわからない。しかも行き着いた先が、親父の暗殺。


「納得いかない」


 僕の答えに、ユニィは困った顔をした。

 ユニィだって、僕の婚約者でいたら、また暗殺や誘拐に巻き込まれるかもしれない。想像するだけで背筋に寒気が走る。


「難しいことを考えるのは後にするの。次の目的地に着いたの」


 たどり着いたのは、仕立て屋、というには規模の大きい建物だ。一階は店舗らしく、表のショーウィンドウには華やかなドレスや複雑な形状のスーツを着たマネキンが並んでいる。


 2階3階は窓が少し開いていて、そこからかすかに聞こえるのは針子歌だろうか。


「ここは?」


「ここは労働争議で失職したお針子さんたちの受け皿として、先週設立された株式会社だよ」


「株式会社⁉︎」


 急に前世の言葉がでてきて、思わずユニィを見る。何でもう実現しているのか、まったく覚えがない。


「二階は縫製工場だよ。学園の授業で、古くは家内制手工業、今のギルドは問屋制家内工業で、次の段階が工場制手工業、最終的に目指すべきなのが工場制機械工業って習ったから、ここは次のステップである工場制手工業を意識して設立したんだって」


 そういえば、公民の教科書で見たな。あれは中学生の範囲のはずだが、ユニィはもうそこまでいっているということか。


「これもイーくんの指示って聞いてるけど……」

「⁉︎」

「何でびっくりしてるの?」


 そうこうしているうちに、店から身なりの良い男が出てきた。


「お嬢ちゃんお坊ちゃん、さっきから店の前でどうしたんだい?」


 近づいてくると、その顔に確かに見覚えがある。


「んん? もしかして、昔ハーディさんをイジってた御者の人?」


 うちの御用商人のハーディさんは、出会った頃は護衛料もまともに払えない零細行商人だった。その時ハーディさんをぞんざいに扱っていたのがこの人だ。


「んん? これはイント坊ちゃま。お久しぶりですね。どうしたんです? そんな平民の子どもみたいな格好して」


 僕の全身を上から下まで見て、ポンと手を叩く。


「あ、噂に聞く擬態ですね。だったら、そんなでっかい袋を持ち歩くのは逆効果ですよ。子どもはそんな重そうな荷物は持てません」


 なかなかきわどいところに切り込んでくるけど、なぜだか悪い気はしない。


「ただの散歩だよ。ついでに服を作ってもらおうかと思って。これ反物」


「おや。お客さんでしたか。今週針子をたくさん雇ったんで、助かります。では中へどうぞ」


 御者さんはそう言って自ら扉を開いて、僕らを迎え入れてくれた。

 中に入ると、店員さんが怪訝な顔でこちらを見てくる。店員さんたちはたくさんいて、さらに革鎧に帯剣した警備員までいるらしい。


「社長、また新しい社員ですか?」


「いや。ご領主のイント様だよ。お忍びの途中で寄ってくださったんだ」


「ええっ⁉」


 ワッと店員が集まってくる。見たところ他に客もおらず、暇だったのだろう。僕は布の反物が大量に詰まった袋を地面におろす。


「この布はハリー自動織機工房で織られた布なの。これで、イント様、ストリナ様、ジェクティ様、マイナ・フォートラン様、そして私の服を作ってほしいの」


「承知しました。採寸とデザインはここにいる者、縫製は上階にいる者で最優先で対応させていただきます。じゃあ後は任せたぞ、俺はお茶を手配してくる」


 ユニィが説明すると、女性店員が紅潮した顔で進み出てくる。


「まずは袋の中身を確認させていただいても?」


「どうぞ」


 僕が認めると、袋が店員たちに開かれて、中身がかっ攫われていく。


「黒と白の生地ですか。なるほどなるほど。ではこちらへどうぞ」


 たくさんの店員に取り囲まれて、ユニィと引き離されて貴族用の部屋に押し込まれた僕は、ただただうなずくだけの機械と化した。

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