雪月花
少し難のある指名依頼。目指すは雲海を見下ろす高山地帯。凶悪なモンスターに加え、大自然の脅威がナナミたちを襲う。
何処にでもある酒場。既に営業を終えた薄暗い店内で小さな話声がしている。
「あと一息なんだが、こればっかりは自分ではどうしょうもない。だから、あんたに頼みたいんだ。」
「話はわかった。あいつらを使ってみるか。ただし、上手くいくかどうかわかんぞ。」
ーーー
「う〜ん。どうしたものですかね?」
エルザさんに呼び出されたフィーナさんが、何やらぶつぶつ言いながら戻ってきた。
「エルザさんの呼び出しって何だったの?」
「昇級試験の推薦とかだったりして?」
ボクの質問を受けてロロが適当なことを言う。まぁ、フィーナさんの実力と実績だったら、そういう話もあり得るかもしれない。
「そういうのではなく、依頼、それも指名依頼の斡旋だったのです。」
「すごいじゃないですか。指名依頼だったら報酬も良いし、何よりも実力を認められたってことですよね。」
「一般的にはそうなのですが、ちょっと妙なので、受けるかどうか迷っているのです。」
そう言ってフィーナさんが差し出した依頼状は、確かに妙なものだった。
まず、依頼者が匿名になっている。依頼内容もスノードロップの花って、ありふれた植物の採取。ただし採取場所が指定されているみたいだ。それでいて報酬はそれなりに高い。こんなのわざわざ指名しなくても一般の依頼で、もっと安くできそうなものだ。
「確かに変だね。スノードロップなんて、わざわざ採取依頼しなくても、普通に買えるんじゃないかな。ロロのとこの協会だって栽培してるだろ。」
「よく見なさいよ。『高山型、自生種』って書いてるでしょ。協会で栽培してるのは低山型で、それも魔法薬の原料にもするから品種改良したものよ。スノードロップって、いろんな薬品の原料にもなるから広く栽培されているけど、自生種は栽培が難しいし、目的に応じていろいろ品種改良されてるの。自生種、それも高山型だったら、そこそこ希少なのよ。」
ロロ、説明ありがとう。
「そういえばダノンさんとこでも栽培してたな。たしか花と根を料理に使うっていってた。ロロの協会はやっぱり浄化用なの?」
「スノードロップが不浄を清めるってのは嘘よ。不浄な土地じゃ全く育たないから、浄化された土地ってことを示すために協会では植えてるの。それがいつの間にか、スノードロップが浄化すって話になって広まってるのよ。まぁ、都市伝説ってやつね。」
はじめて知った。ボクも都市伝説とやらを信じてた。
「依頼主が匿名ってことが引っかかるのです。希少とはいえスノードロップのような広く知られたものを匿名で入手する必要はないと思うのですが。それに、マップの採取場所までのルートも、このあたりに道はなかったと思うのです。」
「例えば、偏屈な魔道士が何かの実験に使う目的で、その実験内容を探られたくないとかは?
」
「フィーナさんを嵌めようとしてる悪者とか?ルート指定で罠を仕掛けているとか?」
フィーナさんの言葉に、ボクとロロは、思いつきを口にする。
「実験というのはあり得るかも知れませんね。それに、わたしを嵌めて得する者がいるとは思えませんが、このルートで採取場所に行くことを義務付けられている訳でもありませんし。だいたい罠を仕掛けるなら採取場所にするでしょう。」
依頼についてわいわいと言い合っているうちに方向性が見えてきた。そして、フィーナさんの言葉で決まった。
「受けましょう。ただし念のため別ルートから向かいましょう。」
ーーー
ボクたちがスノードロップ採取のために訪れたネバドデルイス山は、バルドルム低山帯の北部に聳える高山だ。どのくらい高いかっていうと、山頂は雲がかかって見えないほど高い。
その高山をボクたちは進んできた。雪狼やスノーマンの襲撃を退け、あたり一面の雪景色に道を見失い、氷河を滑って登り直したりもした。様々な困難を乗り越え、目的地まであと一歩のところまで来た。
しかし、神山とも言われる山の自然は手強い。最後の試練なのか、突然の大吹雪に行く手を阻まれた。ボクたちは、今、急ごしらえの雪洞で、ただこの吹雪が去るのを待っているところだ。
「スノードロップって春に咲くんでしょう。こんな寒くちゃ、花なんてないんじゃないの?」
「そこは出発前の検討でも確認しましたよね。ネバドデルイス山には熱泉が出るといいます。採取場所もそのような場所なのでしょう。きっと、大丈夫です。」
ボクの疑問に、自分にいい聞かせるようにフィーナさんが答える。
「まぁ失敗しても、ノーペナだしね。」
ロロの軽口にフィーナさんがぴくっと反応する。確かに、失敗しても成功報酬はともかくとして前金はそのまま貰えるし、ギルドからのペナルティもなしってのは、結構美味しい。これも依頼を受けることにした理由のひとつだ。
あたりが暗くなりはじめた頃、吹雪が和らいできた。もう少しすれば出発できるかもしれない。いやいや、夜の移動は避けるべきだ。ちゃんと一泊できるようキャンプを整えるべきじゃないか。なんてなことを相談していたときだった。
ズズッーン。ズッズーン。
という重い音が響いた。何事かと外に出てみると、遠くに大きな人影のようなものが見えた。
敵意や悪意の類は感じられなかったし、そもそもこちらに向ってきている訳でもない。しかし、何かを探しているかのように、頭をキョロキョロと動かし、ときに足下をその長い手で探っているかのような動きをしている。
「なに、あれ。」
「ここからじゃよくわかんない。けど、ここだとこっちにきたら丸見えじゃないかな。」
「そうですね。あの影が何者かはわかりませんが、見つかりづらい所に移動した方が良さそうですね。」
フィーナさんの言葉で、まだ少し吹雪いていはいるけど、前方の林に移動することにした。
「なに、あれ。」
林に入って一夜過ごすのに良さそうな場所を探しているとロロが声を上げる。
「なんかのお屋敷かな。」
「迷い家か何かでしょうか。」
林がきれて少し窪地になっているところには、あかあかと明かりが灯る場違いなほど立派なお屋敷があった。
ーーー
「いらっしゃいませ。ご宿泊ですか。」
「あっはい。3名で。」
「ご夕食とご朝食もご用意しますね。」
「あっ、お願いします。」
「当館自慢の大浴場もお楽しみくださいね。」
「ありがとうございます。」
「それでは、3名様ご案内お願いします。」
お屋敷と思ったのは宿屋だったようだ。今ひとつ展開が飲み込めていないフィーナさんが、受付の人の勢いに押されるまま宿泊の手続きをしている。
「お食事がご用意できました。」
部屋に通されてしばらくすると、食事運ばれてきた。雪のように透きとおった肌が綺麗な女将さんが料理の説明をしてくれる。
この宿屋はなんなんだっていう疑問はとりあえず置いといて、食事と女将さんとの会話を楽しむ。
が、だんだんと変な方向にいきだした。
「お料理も温泉も満足いただけるものだと思うのですが。」
とっても美味しいです。お風呂はまだだけど。
「手に塩をかけて作った従業員たちのサービスも他に引けは取らないと思うのです。」
たしかに丁寧で気持ちの良いサービスだった。
「えっ、作った??」
「はい。この子達はわたしが作ったスノーマンなのですよ。」
「な、なるほど。」
って、ホントですか?スノーマンって単純な命令しかこなせないんじゃなかったの?ちなみに女将さんはフロストジャイアントらしい。そうは見えないけど。
「なのに、お客さんが、あまり来てくれないのです。」
「あまり?」
フィーナさん、そこは突っ込んじゃダメだ。
「立地じゃないの。」
ロロが女将さんの悩みを切って落とす。
「街中に比べてこのあたりは人も少ないし、場所が不利なのはわかっています。だから、訪れ易いように麓からの道も作ったのですよ。」
キッとなってロロに反論する女将さん。いろいろ間違ってるな〜〜。
「あ、あと宣伝なんかが足りないんじゃないかな?」
女将さんの勢いに、しどろもどろに答えるロロ。目も泳いでる。
「やっぱり!そうですよね。みんなが知ってくれたらお客様にももっと来ていただけますよね。」
何かが琴線に触れたみたいだ。ガシッとロロの手を握る女将さん。
「そ、そうですよ。あたしたちも手伝いますよ。」
「ほんと。ありがとう。う〜んとサービスするからお願いしますね。」
んっ・・・・
この流れはまずい。
ちゃんとするとこはちゃんとしなきゃと思い、口を出す。
「女将さん。この宿について他の人に伝えるのは良いのですが、ふたつお願いがあります。」
「な、なにかしら?」
「ひとつは、ボクたちは、自分が感じたことに正直に伝えるということ。料理が美味しいと思えば美味しいと、そうでなければそうじゃないと伝えます。もうひとつは、ボクたちを特別扱いしないこと。あからさまに贔屓されてことを伝えると、もう誰にも信じて貰えなくなります。このふたつを承知してください。」
「もっ、もちろんですわ。」
「では、そういうことで。」
話が纏まった。後はこの宿を楽しめば良い。
かっぽーん。
ボクは、ひとり露天風呂をいただいている。フィーナさんとロロはもう寝ている。
あれほど荒れていた吹雪はすかっり治まり、頭上から降り注ぐ月光が周囲の雪を照らし出している。
ううーんっ
お湯の中で体を伸ばす。いろいろあったけど、そよ疲れがお湯の中にすっと溶け出していくようだ。
「あれ?」
ふと目を向けた先には、月明かりを浴びなから、小さな白い花をつけたスノードロップが角燈のように光っていた。
ーーー
指名依頼結果報告 フィーナ(紅玉)、ナナミ(翠玉)、ロロ(翠玉)
依頼通り、花の付いたスノードロップ(高山型、自生種)3株を採取。速やかな依頼主への提供及び確認を願う。
六花亭
☆☆(ナナミ、人族)
ネバドデルイス山に新しくできた温泉宿。冬場は訪れるのは少し困難だと思うが、麓からの道もちゃんとしているので、場所の割には危険は少ない。温泉は、硫黄の香りはあまり強くなく、少しぬるっとした感触が心地よい。雪景色の中、暖かい湯に浸かると、身体が解れていくような気がして、心地よい。
料理も美味しく、スノーマンたちの接客も良く、ゆったりとした時間を過ごせる。
☆(ロロ、人族)
食事かすっごく美味しかった。山野の滋味っていうのかな。大きな葉っぱに、お魚を置いて、木の実やきのこと一緒に包んで焼いたお料理は、食欲をそそる香りがほんのりとして、お魚の味を何倍にも引き上げてたの。あと、氷をふんわり削って蜜をかけたデザートは、下においた途端にすぅーって溶ける感触の後に甘みか追っかけてくるっていう初めて経験する美味しさでした。
料理も温泉も良かったけど、ただ、やっぱり到着までの道のりに危険があるってはマイナスだと思うの。もし初めて訪れるのなら、まずは季節を選んで、しっかりと準備することが必要だと思います。
☆☆☆(フィーナ、エルフ)
まずは料理が素晴らしいものでした。あのような雪山にも関わらず、新鮮な材料を丁寧に調理した料理が楽しめます。温泉も疲れを取るだけではなく、雪景色の中で月明かりを浴びるのは、絵画の中に迷い込んだのではと思うほど幻想的な体験でした。
また、この一帯は良質な魔力に包まれているので、種族によっては、さらに居心地の良い空間となると思います。
立地は評価か別れるところですが、六花亭までの道のりも、雪道ではあるが、きちんと整備されているので、慣れた冒険者をガイドにすれば、さほど危険はないと思います。
ーーー
彼らは、盤上の駒達をみつめる。皆、楽しそうだ。
『今回は、前半と後半で落差が大きかったね。』
『最初はどうなるかと思ったけど、わりあい上手く辿り着いたよね。』
『うんうん、冒険って感じだったよね。』
『それにしても冒頭の酒場はふたりは何者だったんだろうね?』
『えっ!!』
・・・・えっ!!
ちょっと季節外れかなとも思ったけど「温泉」です。静かな雪景色の中、月光を浴びる可憐な花みたいなイメージから書いてみました。
ーーー
ここまで書いてきて、なんとなく、ナナミとフィーナさん、ロロの関係が固まってきました。(今更かよとは言わないでください。)
おっとりしてるけどいざというときには頼りになる先輩冒険者のフィーナさんがお姉さん。ロロは、ちょっと生意気な妹分。みたいな立ち位置になってきてます。ナナミとロロは冒険者としては、ほぼ同時に登録したけど、フィーナさんに鍛えられたナナミが、教会努めのあるロロの一歩先を行っている感じです。
そんなこんなで、三人の等級を見直そうかとも思っています。
あと、流石に毎日の投稿はきつくなってきたので、少し投稿のペースが落ちますが、引き続きお付き合いいただければと思います m(_ _)m