野外のご馳走
商隊の護衛依頼を受けたナナミたち。大勢での行動では、食事はとても大切な要素なのです。
「夕食を採ってきましたよ。」
走鳥から降りたフィーナさんが、商隊の皆さんと野営の準備をしていたボクたちに、二羽のホーンラビットを自慢げに差し出す。
「姉ちゃん、エルフなのに肉を食うのか?」
「もう慣れましたの。好んで食べるわけでは、ありませんが、私もそれなりに長く冒険者をしておりますので。」
「へぇ、そういうもんなのか。」
商隊の皆さんが不思議そうに口にする。
普通のエルフは木の実とか野菜、精々魚を食べるそうで、肉の類は口にしないけど、それは単なる習慣、食文化で、食べれないわけじゃないらしい。フィーナさんがの受け売りだけど。
「何か変わったことはありましたか。」
「特になかったよ。ただ前方にフラッフィ・ガウルの群れがあったから、ちょっと大きめの群れだったから気を付けないとね。」
豊かな口髭がチャーミングが恰幅の良いおじさん、この商隊の長を務めるゴウゼルさん、の問いかけにフィーナさんが答える。
フラッフィ・ガウルは、遠目には毛玉に見えるふわふわした毛に包まれた獣で、普段は山岳地帯に小さな群れを作って暮らしているが、この時期は繁殖のため草原地帯まで降りてくる。
フラッフィ・ガウル自身は温厚な草食獣だが、たいてい周囲には群れからはぐれた幼獣なんかを狙う野獣が付きまとっている。まぁ、この商隊の規模だったら、そんな野獣に狙われることもないだろう。気を付けるとすると、野獣の襲撃なんかでパニックを起こした群れの暴走に巻き込まれることくらいだ。
「進行方向は?」
「ちょうど街道を横切るコースを進んでいました。」
「そうすると足止めされる可能性もありますね。」
「ええ、おそらくは。」
「まぁ、仕方ありませんね。カドモンさんには早荷をまとめて先に行って頂きましょう。」
フィーナさんの知らせに元に、ゴウゼルさんはてきぱきと指示を出しはじめる。
「あたしたちはどうするの?」
「私達は本隊に同行します。カドモンさんたちにはクリスたちが付いていくことになりました。」
「じゃあ夕飯の準備しとくね。ナナミ、おいで。」
商隊が慌ただしい雰囲気に包まれる中、のんびりした口調のロロに、フィーナさんが答える。この商隊は結構規模が大きく、護衛依頼を複数の冒険者グループで受けている。クリスさんたちは、そんな冒険者グループのひとつだ。
「ナナミ、早く。」
「はいはい。今いくよ。」
「「はい」は一回。」
ロロが急かす。それにしても、お前は何様なんだ。
ーーー
「うっわぁ。すごいっ。毛玉がいっぱい。」
走鳥に乗ったロロが感嘆の声を上げる。フラッフィ・ガウルの群れに追いついたボクたちの目に入ったのは、数え切れない程の毛玉がまるで川のようにゆったり進む姿だった。ここまでの大きな群れはボクも初めて見る。
「群れがとおりすぎるまでは、ここで野営をしましょう。一日もあれば、街道を抜けるでしょう。」
ボクたちの報告を受けて、ゴウゼルさんが決断する。
「もっかい見てきていい?」
「構いませんよ。ただし、あまり近付いて群れを刺激しないように気を付けてください。」
「ナナミ、いくよ。」
ロロは、フラッフィ・ガウルの群れがよほど気にいったみたいだ。
「うっわぁ。毛玉に囲まれてる。」
「群れに近づき過ぎるなって言われただろ。それに大声出すんじゃないって。」
「大丈夫だよ。それにあたしたちの他にも、群れにいろいろ混じってるし、結構声を上げてるのもいるじゃない。」
遠目には川のように見えたフラッフィ・ガウルの群れだが、近寄ってみると、家族連れなのか数頭が固まっているものもいるが、それぞれの間隔は結構空いている。その中を走鳥に跨ってあっちにふらふら、こっちにふらふら動き回るロロと、ロロに付いてやっぱりふらふら動き回るボク。
「ああっ、楽しかった。」
ロロもようやく満足したので、ボクたちは群れから少し離れたところで、ちょっと遅めの昼食にしていた。
「あれっ」
昼食のサンドウィッチを頬張りながらロロが間抜けな声を上げる。
「ん?」
「あそこよ。なんか変じゃない。」
ロロが指差す方をみると、群れからはぐれたのだろうか、一頭のフラッフィ・ガウルがふらふらとこちらに近付いてきていいる。歩き方が少し変だ、おそらく怪我をしているのだろう。
「あの子、怪我してるみたい。」
ロロも気が付いたようだ。フラッフィ・ガウルに駆け寄っていく。
馬鹿、何してんだ。
「厶ゥゥオォォォッ」
ロロに気が付いたフラッフィ・ガウルが大きな唸り声を上げ、後ろ足で立ち上がり上体を高く上げる。
少し離れた群れの中の一頭が唸り声に反応する。やばい。
「ロロ、逃げろ。」
走鳥に飛び乗り、ロロの腕を掴んで引き上げる。
次の瞬間、フラッフィ・ガウルがロロのいたところを猛スピードで駆け抜ける。
「左前足が無かったように思うけど、えらく早いな」
と、どうでもいい考えが頭をよぎる。
「・・・」
ロロは、何が起こったのか理解していないようで口をパクパクさせている。
「次が来る。しっかり捕まってて。」
ぎゅっとロロがしがみついて来ているのを感じながら走鳥を180度ターンさせる。その後ろを猛スピードでフラッフィ・ガウルが駆け抜けたのが肌で感じられる。唸り声に反応した一頭だ。何も考えず走鳥を走らせる。とにかく、この場から離れなきゃ。
ドドドッド
少し離れて振り返ると、先の二頭を追ってフラッフィ・ガウルの群れが地響きを立てて駆けているのが見えた。
「な、なんなのあれは?」
ロロが声を震わせる。
「フラッフィ・ガウルの暴走だよ。ロロが驚かした一頭に釣られて群れが走り出したんだ。まぁ、そのうち収まるよ。」
努めて軽い感じで答えてはいるが、ボクもこんな間近で暴走に遭遇したことはなく、震えが止まらない。
「怪我をしてるみたいだったから。」
「ロロは善意だったかもしれないけど、突然向かって来られたら、そりゃ驚くさ」
「・・・・そっか、そうだね。ごめんなさい。」
珍しく素直に謝るロロ。こんなにしおらしいロロははじめてだ。ちょっと調子が狂う。
「まぁ、商隊の方には向かってないし、大丈夫だよ。」
「あれ程注意したのに、あなた達は何さらして下さったのかしら?一歩間違えたら、商隊の皆様を危険に晒していたのかもしれなかったことなのですよ。」
「フィーナさん、特に被害があった訳ではありませんし、お二人も反省しているようですから。」
商隊に戻ったボクたちを待っていたのは、怒りのあまり妙な言葉遣いになっているフィーナさんと、それを必死でなだめるゴウゼルさんだった。
ーーー
商隊警護依頼完了報告 フィーナ(紅玉)、ナナミ(翠玉)、ロロ(翠玉)
ゴウゼル商隊の警護依頼を完了。道中、通常に比べて極めて規模の大きなフラッフィ・ガウルの群れに遭遇。若干のトラブルはあったものの、商隊自体には被害無く依頼を完了。
依頼主による完了証明を添付。
フラッフィ・ガウル
☆☆(ナナミ、人族)
野営が続くときなんかは携帯食ばかりだと飽きてしまうので、ちょっとした狩りで食材調達をすることは多いと思う。草原地帯ならホーンラビットなんかは一年を通じて狩れる良い獲物だ。一方で、季節ならではの獲物もあって、この時期だとフラッフィ・ガウルなんかもお勧めである。
移動期のフラッフィ・ガウルは、草原地帯で餌をたらふく食べているので、その身にはしっかりとした脂がのっている。お勧めは、シンプルに焼肉だ。香草と塩を揉みこんだ肉を、直火でゆっくり焼き上げると、溶けた脂が薪に落ちてなんとも言えない香りを醸し出す。
焼けた肉を大勢で取り分けてワイワイと食べると、一日歩いた疲れも吹き飛んでしまう。これぞ野外料理の醍醐味といえる。
ただ、フラッフィ・ガウルは狩るときに気をつないと暴走を起こすので、注意が必要だ。
☆(ロロ、人族)
脂の乗った肉はとても美味しかったのです。
でも、今回は、いろいろあってので、生きているときの姿が頭から離れず、今ひとつ楽しめなかったのです。
「私たちを形作る生命に感謝を捧げる」という言葉を噛み締めながらいただきました。
☆☆(ゴウゼル、人族)
商隊を組むときには冒険者に護衛をお願いします。もちろん、その任務は、我々商人や商品を盗賊や野獣から護ることなので、その方面の技能を第一に考えます。ただ、旅の楽しみのひとつは食事にありますので、その方面の技能に長けた冒険者と一緒の旅は良いものとなります。(警護依頼では、ほとんどの場合、我々依頼主側が食事の提供をすることとなっていますので、このような場合には追加報酬などの形で報いる必要があります。)
このような観点から、今回、同行頂いた冒険者の方たちは、正にアタリでした。お題となっているフラッフィ・ガウルをはじめ、様々な獲物を狩って下さり、旅の楽しみを彩ってくださいました。
フラッフィ・ガウルは、通常のガウルに比べると若干身が硬くはありますが、野営地で星空の下食する料理にはうってつけの食材だと思います。また、骨周りの肉からは良いスープが取れ、早朝、まだ肌寒い中で、出発準備をするときに、暖かさと活力を得ることができました。
ーーー
盤上を見つめる彼らは、満足そうな笑みを浮かべている。
『これぞ冒険って感じだったよね』
『そうだな。』
ひとりの返事に違和感を感じ、別のひとりがたずねる。
『何か気になることでも・・・』
『些細なことなんだが・・・』
言いづらそうに口籠る。
『・・・・世界感が違ってないか?』
これまでのお話で出てきた地名を元に簡単な地図を作って遊んでました。そうしてる中で、草原地帯から低山帯に続く地形と、低山帯を越えた先の街との間を結ぶ商隊が浮かんできました。
そんなこんなで出来上がったお話なのですが、彼らも気が付いたとおり、ファンタジー要素がすっぽり抜け落ちちゃいました(T_T)