火蜥蜴の群れ
ナナミたちは、火蜥蜴が大量発生した原因を解明するための調査に行きます。
「火蜥蜴の討伐ですか?討伐依頼って苦手なんですけど。」
「ナナミがこの手の依頼を避けてるのは知っている。しかし、いつまでも過去に囚われてるわけにはいかないたろうが。それに、今回のは討伐依頼じゃないぞ。討伐隊の斥候役の依頼だ。タドリ山北側の交易路に火蜥蜴が頻繁に現れてるのだが、それがどうやら山頂の群れが大規模な移動をしてるんじゃないかと言うことで、調査を兼ねて中腹くらいまでに降りてきてるやつの討伐をするそうなんだ。今回の依頼は、その討伐隊の斥候として、巣穴の探索を行うというものなんだ。」
「でも遭遇したら戦わなきゃいけないんでしょう」
討伐隊の依頼を妙なテンションで勧めてくるフィーナさんに対して、ボクは気が乗らないって気持ちを全面に出して応える。
「タドリ山って、前にゴブリンの調査で行った城塞跡があったところですよね。」
「そうだ。ただ、あの城塞は山の西側だったから、今回の目的地とは少し違う。」
フィーナさんは、横から口を挟むロロに、タドリ山とその周辺の地理について説明をはじめる。
「・・・という訳だ。」
「それはそうと司祭様からこれを頂いたの。」
フィーナさんの説明にふんふんと頷いていたロロがいきなり話を変える。あまりにも自然な話題転換に言葉を失うフィーナさん。ちょっとかわいそうだ。
「鉈・・・?」
「祝福された短剣よ。司祭様が昔使ってたものを頂いたの。」
ちょっと頬を膨らませながらも、嬉しそうに訂正するロロ。そういえば、あの司祭様は、元冒険者だったな。それにしても、鞘には凝った装飾が施されているものの、厚く丈夫そうな無骨な刀身は、やはり短剣というよりも鉈と呼ぶのに相応しいと思う。
「だからね、討伐隊の依頼を受けましょうよ。」
「はぁ?」
余りの飛躍に頭がついていかない。司祭様の鉈をいじっているうちに話を聞き漏らしたのか?と思いフィーナさんに目を向けると、フルフルと頭を振ってる。フィーナさんにも話の流れがわからないみたいだ。
「ロロ、どういうことなんだ?」
「だ・か・ら・、フィーナさんの言ってた火蜥蜴討伐隊の斥候役をするって依頼を受けるのよ。フィーナさん、あたしも入れて3人でも良いですよね。」
「あ、あぁ問題ない。」
こうして次に受ける依頼が決まった。
ーーー
「そろそろ隊長に言われたところね。」
手にした地図と周囲の地形を確認しながらフィーナさんが呟いた。
依頼を受けタドリ山の中腹の野営地に着いたボクたちに与えられた役割は、与えられた担当区画内にある火蜥蜴の営巣地とそこにいる火蜥蜴の数の確認だ。できれば巣穴の状態や卵の有無も確認して欲しいとのことだ。
調査用の地図には、冒険者グループ毎の区画と、既に調査済みの営巣地が記載されていた。営巣地の分布と規模から、大まかな移動経路を探ろうってことなんだろう。そうすれば、今後、どのあたりが危険になりそうなのかって目星が付くようになるし、移動の中心が把握できれば、原因を断つことができるかもしれない。
ボクたちに割り当てられたのは、結構、山の上の方で、少し標高の低いところにそれなりに大きな営巣地がふたつある。ここに営巣地があれば、火蜥蜴たちは更に上の方から来てるってことだし、そうじゃなければ一方からもう一方へと水平方向に移動してきてる公算が高いってことらしい。
「それでは出発するぞ。」
「ちょっと待って下さい。」
「休憩はもう十分だろう。急がないと日が暮れるぞ。」
調査はボクたち3人に加えて、調査チームのリーダー役として討伐隊のフィリッツさんという大柄な剣士がついてきている。そのフィリッツさんから出発の声がかかる。
マップ上で調査ルートの確認をしてたのを、休憩と思われてたみたいだ。まぁ、ボクたちもいつものノリでお茶を片手にきゃいきゃいしてたのだから、そう見えても仕方ないのかもしれなんだけど。
「フィリッツ様。日が暮れると危険が増しますので、急ぐ必要があるのはそのとおりです。」
フィーナさんが説明を始めた。
「ただ、それ以上に、自分たちの無知が恐ろしいのです。幸い、この場所は比較的安全そうですから、これからの行く道程についての検討にはもってこいなのです。火蜥蜴の習性から営巣地があるとしたらどのあたりなのか、そこまでには、どのくらいの時間がかかりそうなのか、また、道中にどんな危険がありそうなのか、さらには道を見失ったときに何を目指すべきなのか。このようなことを予め考えておくことで、想定外のトラブルを想定内として冷静に対処できるようになるのです。そのためにも、もうしばらくお時間を頂けないでしょうか?」
長いセリフをゆっくりと、しかし、一気に巻くし立てるフィーナさん。言ってることは、そのとおりなんだけど、いざ言葉にすると、そこまでのことはやってないようにも思う。
「なるほど。流石はベテランの冒険者だ。私は見てのとおり武芸だけが自慢の無骨者で、そのような深い考えかあるとは知らず、申し訳ない。」
フィリッツさん納得しただけじゃなくて、感銘を受けたみたいだ。なんかフィーナさんの両手を掴んでる。
「フィリッツ様、そろそろ出発いたしましょう。」
それから程なくして、お茶の道具を片付けて、休憩の痕跡の整理をしたとこで、フィーナさんがフィリッツさんに声をかける。どうでもいいけどなんか口調が変わってる。
「先頭にナナミが立ちますので、フィリッツ様は、その後をお願いします。ナナミは、周囲の観察をしながら行きますが、何か危険があったときにはフィリッツ様に援護をお願いします。」
「背中を預けるんで、よろしくね。」
「おおっ、任された。」
なんか、変なノリになってきてる。
それにしても、フィリッツさん剣士としてはなかなかの腕前だ。道中、火蜥蜴と遭遇したとき、一閃の下、切り飛ばしたのだ。
火蜥蜴は、その名のとおり火を吐く。顎の下から左右の首筋にかけて火袋と呼ばれる器官を持っていて、ここに溜め込んだ火を吐いて敵を焼くのだ。この火袋が厄介で、下手に傷をつけると爆発を起こすこともある。だから、火蜥蜴戦は近接戦闘は避けて、遠距離からの狙撃がセオリーになっている。
地形的に予め想定していたポイントとはいえ、実際にあったときは少しびっくりした。普通の火蜥蜴よりも、ふたまわり程大きなのだった。チロチロと舌を出しながら這ってるのは餌を探してる最中に違いない。
皆に警戒するよう左手を上げて合図した、ボクの横を疾風が通り過ぎた。次の瞬間、火蜥蜴の頭が左右に割れた。フィリッツさんのケンガその頭蓋を切り裂いたのだ。数瞬の間をおいて、死を受け入れた火蜥蜴の体が崩れ落ちた。
「いやー、いきなり飛び出して申し訳ない。連中は音に敏感な上、火を吐き出すと厄介だから、その前に切り飛ばすのが一番楽なものでな。横に切ると爆発するが、縦だったら爆発もせんから、こうスパッとやる訳だ。」
と、凄いことを、さも当たり前のことのように説明してる。
そんなこんなで、特に問題もなく営巣地があるとしたらここだろうと目してた場所にたどり着く。ここまでの険しい山道が開け、ちょっとした広場になっている。いい感じにゴロゴロ転がってる岩陰をみると、すり鉢上の穴が空いている。火蜥蜴の巣だ。ざっとみて20〜30くらいの巣が、大小の岩陰に掘られている。結構な規模の営巣地だ。
「さて、ここからどうしましょうか。」
ボクたちは、営巣地から少し離れたところで相談をする。
「営巣地の確認だけじゃぁ、ちょっと足りないよね」
「できれば巣穴の生き死にも確認しておきたいところですな。」
「火蜥蜴もそれなりにいるみたいだけど、討伐までは必要ないのですよね。」
「もちろん。この数の火蜥蜴を我々だけでどうにかするのは無謀としかいいようがない。」
結局、営巣地から少し離れた見晴らしの良いところで夜になるのを待つことにした。火蜥蜴は昼行性で夜になると眠りにつく。このとき、番になってるものは巣穴で眠り、そうじゃないものは巣穴に入らないのだ。
ロロが静寂の呪文を唱えると、周囲から音が消える。これで物音を立てて火蜥蜴を不用意に起こしてしまうなんてことはなくなるだろう。
営巣地を回って確認してみると、32の巣穴のうち番が入ってるのは2つしかなかった。火蜥蜴も全部で20体と思ったよりも少ない。
「此処は、もう放棄されるみたいだね。」
「ですな。おそらくは此処から巣立ったものが、下の営巣地を形成したのであろう。」
「そうすると、この近辺か、更に上に何かがあるのかもしれませんね。」
フィーナさん、フィリッツさんと小声で話をしてると変なことに気がついた。この営巣地よりもずっと高いところにある岩が動いているように思えたのだ。心なしかぼんやりと光っているようにも見える。
「フィーナさん、フィリッツさん、あれを。」
ちょうど月明かりが雲間に隠れようとしている。
「光っていますね」
「光ってるな。あそこに何かあるかのかもしれない。夜が明けたら、急いで本隊に戻り報告しよう。」
「それが良さそうですね。」
話が纏まったみたいだ。
「ねえ、それよりも一匹狩って良いかな?」
突然、ロロが物騒なことを言い出す。
「火蜥蜴って美味しいんだって司祭様が言ってたの。あっちにちょっと離れていて、ちょうど良さそうなのがいたの。」
会話にも入らず何をしてたのかと思ったが、司祭様の鉈を携えて獲物を探して彷徨っていたらしい。結構怖い絵面だな。
「火蜥蜴なんて食えんぞ。」
「それは処理が悪いからなのです。よろしければ手伝って頂けませんか?」
止めるフィリッツさんを、逆に巻き込もうとするロロ。あっ、ふたりで岩陰に移動した。狩ることになったみたいだ。
ーーー
タドリ山火蜥蜴生息状況調査結果 フィーナ(紅玉)、ナナミ(翠玉)、ロロ(翠玉)
依頼主の指示に従い調査を実施。タドリ山北部の火蜥蜴営巣地を発見。他の調査結果によると現在、交易路にもっとも近い営巣地は一日程度離れたところにあると思われるとのことであり、我々のものを含む多くの調査結果を踏まえると、火蜥蜴の群れは、タドリ山の北部山頂付近から、営巣地を移動させながら、徐々に降りてきている模様である。
詳細については依頼主に別途報告済み。
また、依頼主からの任務完了証明を添付する。
火蜥蜴料理
☆☆☆(ロロ、人族)
タドリ山で発生中の火蜥蜴を、野営地にて美味しく頂くための料理屋方法をご紹介します。
火蜥蜴は毒があって食べられないって思ってる人がいるけど、半分当たりで、半分間違いなのです。
火蜥蜴の毒は、肉そのものじゃなくて、火袋に入っる火の素に由来するから、ちゃんと処理すれば食べられるのです。コツは火袋を左右片方ずつ丁寧に肉から外すこと。あと左右の火の素が混ざると発火したり爆発したりするので気を付けて下さいね。顎の下あたりに火袋の分岐があるので、このあたりをナイフで丁寧に剥がしたら、紐か何かで結んで火の素が漏れないようにすると良いよ。あと、外した火袋は水につけておくと発火しないようになります。
火袋を外したら解体だけど、このあたりは他の動物とそんなに変わらないから割愛しますね。
料理方法だけど、丸焼きとかは最悪。蜥蜴類って全般的に淡白な味わいの上に、匂いがあるから、これをなんとかしないと食べられたものじゃありません。
というわけで今回は2品。ひとつは香草をたっぷり効かせた香り揚げ。もうひとつは、テールスープです。どちらも、手間暇かけて臭みを抜いているので、火蜥蜴の淡白な中にも野趣溢れる美味しさを堪能することができます。
☆(ナナミ、人族)
冒険をしてると、食料を現地調達することはあるので、そこまで忌避感はないけど、火蜥蜴料理は手間がかかりすぎるのが、まずダメだ。
食べられるように捕獲するには、爆発させないのはもちろん、火袋を傷つけちゃいけないってことだから、セオリーの遠隔攻撃は仕えない。
近接戦闘でなんとか捕獲しても、火袋の処理には気を使うし、その後も何度も繰り返し行う臭み抜き。考えただけで気が遠くなる。
ただ、処理が終わって料理したものを食べると、他のトカゲみたいな嫌な臭みはなくて案外いける。噛みしめるとジュワッと肉の甘みと香草の香りが口に広がって、素直に美味しいと思った。
というわけで、腕に自信があれば、一度くらいは経験してみても良いんじゃ無いかと思う。
☆☆(フィリッツ、人族)
いやー、驚いたのなんのって、あの火蜥蜴がちゃんとした料理になるってんだから。
特にテールスープは美味かった。最初、下茹で灰色のアクがどんどん出てきたときには、大丈夫かこれ、と思ったが、何度か水を変えて根気よくアクを取ってるうちに、澄んだ黄金色のスープになったのには驚いた。味付け前に一口貰ったが、滋味あふれるってのはこういう味をいうんだなって思ったものだ。
譲ちゃんたちは、手間がどうのこうのっていうが、俺たちは専門の料理番もいるから問題ねえし、あとは大人数用に効率の良い捕まえ方があればいいだけだ。遠隔はダメだって言うが鏑矢で脅して火を吐かせて、その後近接に持ち込んだらなんとかなるんじゃねえかって考えてる。いやぁ、楽しくなってきたぜ。
ーーー
『今回は、ちゃんと冒険してたねー。』
『してたよねー。分岐がなければ、ちゃんとできるんだねぇ。』
なにやら満足したみたいです。
「サラマンダー」からはじめたのですが、なかなかイメージが固まりませんでした。
ドラゴン、精霊、オオサンショウウオと迷走して、火を吐くオオトカゲのイメージに行き着いたので「火蜥蜴」としました。