一話 大王様、ご入界
大王様はいい人です(確信)
地獄。それは罪を犯した者が罰を受ける場所。その地獄の主こそこの俺、第五十七代目閻魔大王だ。名はエンカク。毎日毎日罪人が送られる地獄を決め、地獄の力を調節する。
はっきり言って限界だった。そもそも俺は一度たりとも閻魔大王になると言っていない!親族に閻魔大王が居る訳でも無いというのに!
頭の中で泣き言を言っていると執務室の扉が開いた。
「失礼します。閻魔大王様。罪人を連れて参りました。」
「ああ、ご苦労。牛頭。」
「っ…!閻魔大王様からその様なお言葉を賜れるとは…!有難き幸せ!」
何故か喜んでいる。まあ、少し感情が昂ぶっては居たが部下に当たる訳には行かないからな。
さあ、今日も仕事だ。
「ギャアアアア!!」
焼炙地獄に堕ちて行く罪人の叫び声を聞きながら俺は伸びをしていた。
「今日も一仕事終えたな…。」
一人言をしながら屋敷に帰る準備をしている時だ。
発光する幾何学模様が執務室の床に浮かび上がった。
「!?」
これはなんだ、暗殺か?しかしこの地獄の中で俺と闘おうなんて試みる愚か者など居るのか?有り得ない。力の源は俺が有しているのだから。
どうする。流石に地獄の力をここで使うのは不味い。制御仕切れずに辺り一帯が吹き飛んでしまう。一体どうすればいい?
そしてその判断の遅れを俺は後悔する事になる。何故ならその幾何学模様が放つ光が想定の何倍も早く、俺を飲み込んだからだ。
「くっ…!」
余りに眩い光に思わず目を瞑る。
光が止み、目に飛び込んて来たのは青々とした草原だった。上を見上げると何処までも澄み渡る空。
「…綺麗だ。」
実際に地上の物を見るのは初めてだが、何だここは。地獄とはまるで違う。地獄の空は紅い。地獄の大地は不毛だ。地獄は嫌な熱気が立ち込めている。
それが地上はどうだ。地上の空は蒼い。地上の大地は命が咲き誇っている。地上は空気が爽やかだ。
俺はしばらく言葉が出てこなかった。そして思わず罪人を羨んだ。
(こんなにも美しい世界を死ぬまで見ていたのか…。)
しばらくして俺は有る事に気が付く。業力がかつて無いほど滑らかに循環している?これならば…。
俺は試しに地獄の力を行使してみた。
「第一地獄、「黒縄乱舞」。」
するとどうだろう。完全に俺の意思の通りに黒縄が宙を舞うではないか。
俺は喜びと興奮に支配された。
「はっ、はははははは!やった!やったぞ!今までの閻魔大王が誰一人と成し遂げられ無かった地獄の力の完全制御!それを俺がやったんだ!」
地上に来てから良いことばかりだ。これは暫く地上に居るのも有りかも知れないな。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――同時刻、王城では…
「おい!召喚した勇者様の位置はまだ割り出せないのか!そもそも召喚には成功しているのか!?」
鎧を来た男がローブを羽織っている男に糾弾するような口調で怒鳴る。
「はいはいごめんなさいねぇ…幾分古いモンだったんで座標指定機能に問題が有ったみたいです。でもそんなに心配しなくたって国内には居ますからねぇ。」
ローブ男は随分面倒そうに答えた。
鎧男は額に青筋を浮かべながら更に怒鳴る。
「国内に居るなんて当たり前だろうが!万が一…勇者様が国外に出たり、死んだりしてみろ。魔法守護団は全員コレだ。」
鎧男は親指を立て、首をかき切るジェスチャーをした。
「はぁ…全く頭の悪い人だなぁ…。そもそも魔法守護団は反対したんですがねぇ。コレは相手の人生壊して無理矢理呼ぶモンですから。素直に言う事を聞く訳が無いって。そこの所分かっていますかぁ?」
ローブ男はかなりの毒を含ませて言う。
「うるさい!自分一人の犠牲で王国民、ひいては人類を救えるんだぞ!勇者様も本望に決まっておろうが!この愚か者め!とにかく!早く見つけろよ!」
鎧男は最早無茶苦茶な理論で一方的に怒鳴りつけ、部屋を出た。
「はぁ…全く。生まれる国を間違えたってヤツかねぇ。」
ローブを羽織った白髪の青年は、皮肉を吐きながらもこの国の行く末を誰よりも憂慮していた。