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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

窓の向こう側にいるのはゾンビ

ゾンビー。

ゾンビーな話。

 ーー地球って、知ってるか?


 そんな質問をされて開口一番、俺は言ってやった。


「あぁ、知ってるよ」


 そう言っておけば、大概はそれ以上の質問はされないことが分かっている。

 この日も同じだった。

 散々質問を食らうのは、軍に入隊する際に受ける、無駄に長い面接の時と、新しい部隊に配属された時だ。

 初めて顔を合わせる新しい同僚共はこぞって同じ質問をする。

 知らないと答えると、誰もかれがウンチクを言い始めるから溜まったもんじゃない。

 だから最初から言っておくわけだ。


 出鼻を挫いてやれば、誰だって失速する。

 そうして得た主導権は絶対に渡さない。

 誰にも。


 だが、今回の質問には続きがあった。


「なぁ、地球も同じことが起こって滅んだのか?」


 そう、その通り。

 だが、どうして俺がこんな質問を受けるのかは謎だ。

 俺は地球になんて行ったこともない、純粋な宇宙生まれの宇宙育ちだ。

 地球については聞いたり本で読んだ程度の知識しかない。

 目の前でショットガンを抱えてガチガチ歯を鳴らして震えてるマッチョマンは、見かけ以上にビビりのようだな。


「さぁな。だが、今は地球のことより自分のことを心配した方がいい」

「あ、あぁ……そうだな……」


 俺はマッチョの返事を聞きつつ、閉じられている扉の小窓からそっと外を覗いて見た。

 俺たちがいるのは、この船の貨物室……と言っても、居住区の横にある小さな部屋だ。

 この船は、火星の衛星軌道上に造られたスペースコロニー「カリフォルニア」に物資を運ぶための貨物船だ。

 近頃、火星と月の間の宙域で海賊行為が多発しており、その被害が拡大していることから、経済連合から宇宙軍に護衛の依頼が出された。

 その依頼を受けて、俺が所属する宇宙軍空間機動部隊が護衛に当たっていた。

 その中で俺は、船内警備の任務を受けてこの船「バビロニア」に乗船していたんだが、その任務中にこんな事態に遭遇したというわけだ。


「わぉ、見てみるか? 超グラマーなお姉さまが廊下を歩いてるぜ」


 俺の言葉に、マッチョ君の唾を飲み込む音が聞こえた。


「ただし、青白い肌に白目。歯を剥き出しにしてノロノロ歩いてる」


 付け加えて説明すると、マッチョ君は自分の口元を押さえた。


「もったいねぇな。出来ることなら、当たり前の出会いをしたかった」


 女性の他にも、若い男性や船の制服を着たクルーの姿もある。

 どいつもこいつも、力無く両手をダランと下げて、左右に肩を揺らしつつノロノロ歩いている。

 口から血を流してたり、首元に歯型があったり中を抉られてたり……


 一体何をどうすればそんなことになるのか?


 いつから人間は共喰いをするようになったんだ?

 少なくとも、俺には共喰いをしたくなるような欲求は、まだない。


 出来ればこの先も、そんな欲求はお断りだ。


「さて、マッチョ君」


 振り返ると、彼は部屋の片隅で嗚咽していた。

 勘弁してくれ、ただでさえ狭い部屋だ。

 臭いがこもる。


「……マッチョ君。船酔いするほど揺れてはいないんだがな」

「ゲホッゲホッ! う、ウルセェ! あんたよくそんな冷静でいられるな!」

「そんな大声で怒鳴るなよ。奴らに聞こえるだ……」









 ーードン!









「……ろ」


 俺はマッチョ君の方に顔を向けたまま、視線だけを小窓に寄せて見た。

 そこには人の手が貼りついている。

 血の気のない、五本の指。

 そしてジットリとガラスにつく、赤い血……


 俺は息を潜め、唾を飲んだ。


 ーー気付かれたか?


 ドン、ドン!

 ドンドンドン、ーーダンダン!!



 数回、その手は小窓を叩いた。

 叩くたびに、ビチャビチャと血が滴っている。

 だが、この貨物室の扉は案外分厚いようで頑丈だ。

 小窓のガラスも同様で、いくら叩いても割れる気配はない。


 俺はマッチョ君の方を見る。

 彼は変わらずガタガタ震えていた。

 何ならもう一回、吐いてしまいそうな様子だ。

 取り敢えず、俺はシーット口元に人差し指を立てた。

 小窓を見る。血塗れの五本の指は消え、その場には跡だけが残っていた。


「……行ったか」


 俺は身を屈めると、部屋の隅で座り込むマッチョ君の近くへと向かった。


「マッチョ君、生存者を探す。協力してくれ」

「ば、馬鹿言うなよ!」

「シッ、奴らに聞こえるぞ」


 俺が嗜めると、彼は慌てて口を噤んだ。


「いいか、あの怪物共は見る限り、この船に乗船していた者たちだ。なぜああなったかは俺にも分からない。だが、このままこの船をカリフォルニアに向かわせるわけには行かない。艦隊と連絡を取る必要がある。分かるな?」


 マッチョは俺の言葉にウンウンと首を振る。


「オッケー。目指すは通信室だが、俺たち二人でクリアリングしながら進むのは時間がかかるし、困難だ。まだ無事な者たちもいるはずだ。まずは生存者の有無を確認する必要がある」

「せ、生存者? 誰か生きてるってのか!」

「それは分からない。だから君に協力をお願いしているんだ。この船のクルーである君なら、どこかの端末から船の管理AIにアクセスできるだろ? そこから生存者のいる区画を特定して進むんだ」

「で、でも俺……軍人じゃないし……」

「軍人じゃなきゃなんだ? ただのか弱い一般人か? それでも引き金は引けるぞ」

「な、仲間を殺せって言うのか?」

「どのみち、もう死んでる。あの様子だとクルーの殆どは絶望的かもしれない。もちろん、俺の仲間たちもな」

「……」


「いいか。まずはクリアリングだ。それから、この区画を探索して端末を探し出す。その後に管理AIにアクセスして情報を掻き集めながら生存者と安全な場所を探す。そこから始めよう」


 俺がそう言うと、マッチョ君はその体躯に似合わず小さく頷いた。


「よし、自己紹介がまだだったな。俺はヒックス。ジーニアス・ヒックス、階級は伍長だ。ジーンと呼んでくれ」

「あ、ロンだ。ロン」

「よろしく、ロン」


 俺はロンとガッチリと握手をした。

 これから生死を分ける仲間だ、何としても守ってやりたい。


「さぁて、それじゃ作戦開始だ。ロン、君はこの船のクルーだ。俺はこの中は正直疎いから、君の情報網がたい……」


 ロンに目を向けると、彼の体が奇妙に震え出していた。

 顔なんて、汗でグッショリになっている。

 一体どうした?


「ロン、どうした? ロン?」

「さ、さ、さむ、寒い……」

「冗談を言うな、暑いくらいだぞ?」

「さ、寒い、んだ、ジーン……、か、体が、ふる、え、るーー」


 そこで彼はガックリと項垂れた。

 なんだ、様子がおかしいぞ?


 俺は彼に静かに歩み寄り、目を離さないようにしつつ、探るような手つきで彼の肩を揺らした。


「ロン、おい、ロン。どうした?」


 軽く揺らすが、返事はない。


「ロン? なぁ、どうしーー」


 その時俺は見てしまった。

 彼の左の二の腕のところ。


 歯型がついているーー


「ロンーー!」


 俺は手にしていたハンドガンを構えた。

 モードを「テイザー」から「マーダー」へ切り換える。

 そのまま、ジリジリと後方へ下がった、ら

 ロンからは照準を外さないようにして……


 息を堪えて銃を構える。

 聞こえるのは俺の小さな息遣いと

 低く鈍く唸る機械の音。


 どれくらいそうしていたのか。

 ロンはゆっくりと首を持ち上げた。

 何かを探すように頭を左右に振っている。

 やがて俺と視線があった。

 驚いた事に、ロンの目は赤かった。

 真っ赤だ、まるで血に濡れているかのように。

 そしてゆっくりと立ち上がると、廊下を進む彼らと同じような動きで俺に迫ってくる。

 そして吠えた。


 グオォォォォォォォォォーー!


 ーーと。


 俺は構わず、引き金を引いた。

 三回、乾いた発砲音が貨物室にこだました。

 跳弾がないところを見ると、全てロンに当たったのだろう。

 あの図体で、ましてや距離も近い。

 外すのは逆に至難だな。

 だが、ロンは倒れなかった。

 ただ、ただゆっくりと俺に近付いてくる。

 距離を詰めるたびに口を開ける。

 ガバッと開けた口の中は、目同様に真っ赤だ。

 血に濡れてテカテカしているように見える。

 いや、実際血に濡れているんだろう。

 ロンを殴ったわけでもないのに、彼の口元からは血が溢れていた。


「ジーザス……、せっかくお友達になれたってのに」


 俺は構わず銃を連射した。

 だが倒れない。

 ロンは倒れなかった。

 おかしい。これだけぶち込んで、なぜ倒れない?

 心臓や肝臓、太ももを撃ち抜けば、大動脈を破って出血があるはずなのに?

 何故動く?


「ちっ、こりゃマジでクレージーだぜ……」


 照準を額に変える。

 どうして今まで狙わなかったのか?

 理由は簡単だ。

 狙いにくいからだ。

 だが、これだけ急所をぶち抜いて倒れないんだ。

 レーザーポインターで額を照射、狙いを定める。

 そして引き金を引こうとした瞬間、ロンは走った!

 俺目掛けて駆け出してきた!

 この狭い室内を?

 とんだクレージーさだ!


「く、来るな! 来るな来るなーーー!」


 俺は引き金を引いた。

 とにかく引いた!

 発砲音が何度も何度も響き、ようやくロンは倒れた……


 レーザーポインターで額を狙っていたから撃ち抜いたのだろうが、何度も引き金を引いたんだ。

 ロンの頭はデコボコになって原型を留めちゃいなかった。

 あちこちに脳髄や血を撒き散らしてロンはうつ伏せで倒れている。

 もう動くなよ、頼むから起きてくるな。


 俺は座り込んだままの姿勢で力無く銃を持つ手を床に落とした。


 ふと、小窓を見るとーー










  そこにはいくつもの赤い目が覗き込んでいた……

 小さな小窓から、いくつもの赤く光る目が、この部屋の中を……


 俺は息を潜めた。

 あれだけ銃の音がすれば、見にくるのは当然だな。

 そして、ドンドンと扉を叩いてくる。

 何度も何度も、沢山の手が沢山の力で、何度も何度も扉を開ける叩いている。


 だが、扉は開かない。


 しばらくすると、覗き込む赤い目が少なくなっていき、そのうち見えなくなった。

 俺は息を整えてから、窓の向こうを確認するためにそっと近付いた。

 向こう側に気配はなさそうだ。

 ゆっくりと立ち上がり、小窓から外を見てみると、変わらず化け物共が行進している。


 誰もこちらを見ようとしない。

 どうやら、完全に興味が逸れたようだ。



 他のところはどうなってるか確認しておきたかった。

 フウッとため息を一つ吐いて視線をずらしたその時。









 ーー俺をじっと見つめる赤い瞳と視線が合ってしまった……









 再び、扉を叩く音が始まる。その数はだんだんと増えていく。

 やがて、扉を叩く音が合奏へと変わった。


 その時俺は悟った。


 逃げられない……

 ここは宇宙だ。隠れる場所もなければ空気も光もない。

 全てが暗闇だ……


 逃げられない、逃げられない……


 隠れられない、生き延びられない……




 死ぬのか。死ねば奴らの仲間になる。


 それは嫌だ。

 イヤダイヤダイヤダイヤダ……







 ん?

 何だ、手首が熱いな。


 ふと見ると、先程まで動かなかったロンが、俺の手首に噛み付いている……

 嘘だろ……

 脳みそ吹っ飛ばしても動くのかよ……


 嫌だ、死ぬのは嫌だ……

 死にたくない、死にたくない、死にたくない……

 寒い、寒い寒い寒い寒い……

 頭が痛い、割れそうだ、痛い痛い……

 身体が熱い、まるで火がついたように熱い……

 あ、なんか溶けてる……

 俺の、記憶が、溶けていく……

 身体中から俺が抜けていく……


 こ、これが死……か?


 し、に、た、く、な、いーー















 ーー


 遠くから音が聞こえる……

 なんだ、何かの信号音のようだ。

 目を開く。

 暗闇だ、ただ暗闇が広がってる。

 目を凝らして見ると、意識がなくなるまでいた貨物室であるとわかった。

 目を凝らして見渡すと、動かなくなったロンが横たわっていた。

 なんだ、やっぱ死んでるじゃないか。


 さらに視線を走らせると、部屋の隅でボンヤリと光が見えた。

 そこへ体を向ける。起き上がれない。

 仕方ないから這っていく……

 ズリズリと這ってたどり着いた先にはタブレットが転がっていた。

 その画面には、救難信号の受信と、発信場所を知らせるバナーが表示されていた。


 生存者がいるのか?




 ーー助けないと……







 俺はタブレットを持って、ゆっくりと立ち上がった。

 どうやら発信場所を居住区のようだ。


 急がないと。

 小窓から外を見る。相変わらず、化け物が通路を歩いている。

 だが、おかしい。誰も俺を見ようとしない。

 ついでに言うと、数も少ない。

 これなら、クリアリングしながら進めそうだ。

 俺は貨物室の扉を静かに開く。

 その瞬間、何体か化け物と目が合ったが、誰も襲ってこなかった。

 おかしいな……


 俺は怪訝に思いながらも、近くを歩いている化け物の肩に手を乗せ、


「おい、俺の声が聞こえるかーー」


 と話しかけると、そいつは肩から崩れ落ちた。

 いや、手を置いた肩がそのまま削ぎ落とされた!


 削ぎ落ちたんだ!

 ボトリと床に落ちた腕。

 だが、そんなことは意にも返さずに歩き続ける化け物共が。

 な、なんなんだこれは!?


「なんだよ、なんなんだよ、これ!?」


 戸惑い、叫んでいると今度は船が揺れた。

 それもただの揺れ方じゃない。

 エネルギー衝撃波。

 攻撃を受けた時に感じる揺れだ。


 まさか……

 まさか、この船は、攻撃を受けている?


 次の瞬間、俺が立っている床が弾け飛んだ……




 ーー


「よし、あの船は片付いたな」


 貨物船「バビロニア」の撃沈を確認すると、その横を併走していた護衛艦のブリッジで艦長はそうこぼした。


「轟沈です。例のウイルスも焼失したでしょう」


  横に立つ副長も、同じ光景を眺めていた。


「うむ、しかし危なかったな。まさか、船内にウイルスが漏れるとは」

「えぇ、お陰で機密が漏れるところでした」

「万が一を考えて我々軍が配置されたが、まさかこんな結末になろうとは……、月につなげ。長官に報告だ。戦闘配備のままで、待機。他の貨物船もおかしな動きを見せたら攻撃しろ」


 そして艦長はブリッジを後にした。


 副長は艦橋のガラス越しに外を眺めた。


 あのガラスの向こう側には、目に見えないウイルスが漂っている。


 そう思いながら。




パニックものって、難しいです。

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