#005
目を覚ました翌日の昼、アンジェリカとジルは森の中に来ていた。
アンジェリカは三日間も眠っていたので、朝は「もう目を覚まさないんじゃないかと心配だったよ」や「何事もなく目を覚ましてくれてよかったよ」と心配してくれた人達にお礼や謝罪の言葉を伝えたり、「お前みたいな脳筋女がそんな簡単に死ぬわけないじゃん」と言ってきた幼馴染を追いかけまわしたりして、何時もの日常を取り戻していた。
ジルは周囲に人の気配がない事を確認すると姿を現し問いかけた。
「村人との交流はもういいのか」
「今日会えなかった人達は明日会いに行くから大丈夫、それに早く強くならないといけないしね」
ジルは頷くと木から2m程離れ剣を構える
「これから習得してもらう剣技を見せる、よく見ておけ」
そう言うと剣を斜めに振り下ろした、だがその動作はアンジェリカの目では捉えられなかった。
それだけではない、剣と腕の長さを足しても木には届かないはずなのに、その木は斜めに斬られていたのだ。
「これが今から習得してもらう剣技だ、何か質問はあるか?」
「質問はあるかって、あるよおおありよ! 斬った時の動作は見えないし、如何やって届かない筈の木を斬ったのかもわかんないよ」
「そうか……順番に説明していくぞ」
ジルは剣を二度斜めに振り下ろした。
一度目はアンジェリカでも目で捉える事ができた。
二度目は先程の様に気付くと振り終わっていた。
ジルは剣を鞘に納め話始める
「先ず斬る速度だが身体強化を使って速度を引き上げている、見てわかったと思うが身体強化をする事でここまで差が出る、アンジェはまだこの速度で斬ろうとしないで良い、目標程度にでも思っててくれ」
話し終えると剣を抜き枝にぎりぎり当たらない距離まで近づけた。
次の瞬間枝に刃物を当てたような傷が付き始めた。
枝が落ちたところでジルは剣を鞘に納め話し始めた。
「如何やって斬ったかだが剣に魔力を纏わせて剣先に魔力で不可視の刃を作り出しただけだ、こっちは身体強化を使いながら剣を自由に振れる様になるまではやらなくていい」
と言われてもアンジェリカには全く持って理解できなかった。
何故ならアンジェリカは魔力を見ることができないからだ。
その事をジルは知らないのだ。
「何か他に質問はあるか」
「如何したら魔力が見えるようになるの?」
「っは……本当に魔力が見えないのか?」
「だからそう言ってるでしょ」
「……っちょっと待て……わかった精霊化をしよう」
そう言ってジルは光の粒になりアンジェリカの体に入った。
すると前みたいに髪も目も色が変わっていった。
『この状態で魔力は見えるか?』
(全く見えないけどどこにあるの?)
『今から手の平に魔力を纏うから見えるか教えてくれ』
ジルはそう伝えアンジェリカの体を操り両手に魔力を纏わせる。
(っあ……ぼんやりとだけど光ってるのが見えるよ)
『それが魔力の光だ、それと魔力を纏う感覚はわかったか?』
(なんとなく? やったことないけど試してみる)
ジルが魔力を解いたのを確認してアンジェリカはジルがやったように両手に魔力を纏わせる。
『初めてにしては上出来だ。次は剣を振るから感覚を覚えておけ』
ジルがアンジェリカの体を動かし始める。
剣を持ち上げ斜めに振り下ろし、今度は振り上げる。
そしてまた振り下ろす。
それを何度も何度も繰り返す。
途中から振るう向きを変え姿勢を変え速度を変えて行く。
その動きには一切の無駄がなく、まるで踊っている様にさえ見えた。
剣を振るった回数が千を超えた頃、その動きを止めた。
『ざっとこんなもんだ、剣を振る感覚は覚えたか』
(少しなら……)
ジルはあれだけ体を動かしたと言うのに呼吸が一切乱れていないのだ。
それだけではない動きに無駄がなかったからか体に一切負荷がかかっていなかったのだ。
それもあってかアンジェリカは自分だけの力でここまでできるのか、できる様になれるのか、自信がなくなってきた。
『自信をなくしたのか、それも仕方がない。だが安心しろ俺が教えるからにはこれくらいできる様にしてやる、だからどれだけへなちょこで駄目駄目でも安心しろ』
(なにそれ……自信ありすぎでしょ……絶対だからね)
アンジェリカは剣を強く握り構え、ジルの一つ一つの動きを丁寧に鮮明に思い出していく。
それに合わせ自分の体も動かしていく。
理想と現実の圧倒的なまでの差に挫けそうになる。
だがそれでも一振りずつ理想に近づける為に考える。
理想との違いは何所にあるのか、如何すれば理想に近づけるのか、次の動きで修正していく。
アンジェリカは千回振り終わる頃にはへとへとになっていた、だがその一振りは最初の一振りと比べるて確実に成長していた。
アンジェリカは千回振り終わるとその場に崩れた。
『大丈夫か?』
(なんとか……流石に疲れた)
『なら精霊化は解くからゆっくり休め』
アンジェリカの髪と目が元の色に戻ると、光の粒が体から出て人の姿になった。
「俺が周囲の警戒をしといてやる、だからお前はそこの木陰で休んでいろ」
アンジェリカはジルに言われた通りに木陰に入り疲れた体を休める。
少しするとアンジェリカから小さな寝息が聞こえていた。