28.sugar mountain
アーロと同じようにサラも登山服に着替え、二人は空ボトルを入れたリュックを背に、入山管理所に入った。
ロビーの係りの男は怪訝な表情で見つめた。
「初めてだなあんたら。ここはデートスポットじゃねえぞ」
百万ニーゼずつ、それぞれに差し出す二人。サラが言う。
「入山料。間違いないかしら?」
サラは採石場で稼いだそのお金をしっかりトレーに置いた。
アーロも同じように父の手伝いで貯めた金を。
係の男は適当な説明をしてペンを渡し、訊ねてきた。
「天体観測? ……ほぅ。君はもしやリバ族か?」
アーロは小さく頷く。
「……それが何か?」
「いや。なんでもない」
手続きを済ませ、二人が山へ向かうと係の男は受話器を取り、メモの電話番号を押した。
「もしもし……。えぇ、来ましたよ。あなたの言われる先住民族の男が……」
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ブナやクヌギの樹林を抜けると、まるで砂糖のような白く美しい岩肌が二人を待ち受けていた。
だが道は険しく、風が吹き荒ぶ。
やがて広がる荒涼たる原野。
アーロはリバ族の守護石セイレイの波動を感じた。
おそらくここにかつて暮らしがあったのだと、彼は膝をつき、両手を合わせた。
サラも同じように鎮魂の祈りを捧げる。
標高五千メートルのシュガーマウンテン。
高く青い空に鳥が羽ばたいた。
悠然と聳える霊峰に耳を澄ました後、アーロはサラを見た。
「ありがとうサラ。付き合ってくれて」
「何言ってるの。私もセイレイを授かった一人よ」と言って胸に手を当てた。
山腹に流れる川のほとりで二人は休むことにした。
リュックを下ろし、サンドイッチを頬張る。
互いに少し照れながら、空腹を満たした。
アーロは微笑んで言う。
「疲れたろ。肩も足も」
「ううん大丈夫。昨晩はモーテルで爆睡したから」
「……お母さんは、元気?」
「うん。いつも笑顔よ。詩を書いて雑誌に投稿したり……楽しんでるわ」
それはごく最近のことだった。
昔から、サラはよほどつらいことは話さなかった。
サラの強がりはわかっていた。
「サラ……俺も信じてるよ。〝聖なる生命の水〟それでお母さんの耳、絶対治るって」
「ありがとう。……あ、そうそう、発つ前にお爺様から『燃料代』ってお金貰ったり、御守りも。そして『煙草はやめなさい。ダイエットにはならんぞ』って言われちゃった。だからもうやめた」
「ははは。……うん。やめてふっくら健康的」
「え? マジ? ふっくら太った?」
「プッ! 嘘。変わらず素敵だよ」
楽しく話した後、アーロは祖父オールドマンに起きた事を話した。
不安な表情を浮かべるサラに、彼は真剣な眼差しで言った。
「サラ。俺は君を……絶対に守る」
陽が落ち、みるみる辺りが暗くなってきた。
見えてくる星たち。
アーロは祖父の言葉を夜空に重ねる。
『ヘルポレスお婆婆の水晶が告げた。およそ百三十年の周期のその日、彗星が煌めく。それに呼応するように竜が現れラグーンに導くのじゃ……』
蝉やコオロギが一瞬鳴き止んだ……かと思うと二人の前を一匹の蜻蛉が横切った。
それはあの透き通った――「妖精さん!」
サラは声を上げ、アーロも立ち上がる。
それから二匹、三匹と増えてゆく。
二人のネックレス、胸のセイレイが眩い光を放った。
アーロはリュックを背負った。
「爺ちゃんの書いた地図はどうやらこの辺までだ。あとは蜻蛉が導く。サラ、行こう! この守護石が共鳴してる。呼んでるんだ」