15.oldman
次の朝早く、アーロは体育館の裏でウロウロしていた。
下を見回し屈んでは立ち、困った様子だ。
そこへ声がかかる。
「探し物、これじゃない?」
振り向くと、サラだった。
「落ちてたわ」
差し出すそれは彼のネックレス。
「きっとあなたのものだと思ったのよ」
「う、うん」
「すっごく綺麗な石ね。ちょうだい」
「だめだ」
サラは石を渡した。
「ありがとう」とアーロは受け取り、そのまま立ち去った。
「ねぇアーロ、それどこに売ってるの?」
彼は振り向いたが答えず、校舎の中に入っていった。
また次の日の放課後。
サラは習っているKARATEを休み、バスに乗り込む。家とは反対方向のアーロの乗るバスに。満員の、彼は一番前の席。サラは最後部の座席に。
彼の後ろ髪を見つめながら、――絶対教えてもらうんだから! と、サラはそれほどあの石に魅せられていた。
やがてバスはかなり山手の田舎道に入り、運転手以外乗っているのはアーロとサラ二人だけになってしまった。
終点。アーロは先に降りる。
何だかたじろいでいるサラを、アーロは外から見上げ、言った。
「プディング。降りろよ。終点だぞ」
「な、なによ。気づいてたの?」
……傷んだアスファルトの道を二人は歩く。
緑の山々に囲まれ、空気が澄んでいる。
サラは初めて見る景色、そしてアーロとまともに話すのも、ほとんど初めてだった。
「お茶でも飲んでいけよ」と、アーロの言葉は優しかった。
無表情だが気遣っているのがサラにはわかった。
「……ねぇアーロ。あの時どうして反撃しなかったの?」
「え?」
「あなた本当は強いでしょ」
あれだけやられて平然としているアーロに、疑いの余地はなかった。
彼は首を横に振り、「慣れっこだからさ」と言った。
今度はアーロが訊く。
「君こそどうしてそんなに強いんだい?」
サラはう〜んとしばらく考えた後、
「パパとプロレス観るの、好きなの。基本の見取り稽古よ。空中殺法タイガーマスク最高!」
と言ってサラは拳を前に突き出した。
アーロは立ち止まって頭を下げた。
「うむ。でも……女の子に助けられるなんて、すまない」
「だーから違うって。ただ私とブルドッグとの決着の日だっただけ。私、猫派だから」
ニャンと猫真似するサラを見て、アーロは笑った。
それが彼女流の言い回しだった。
男のプライドを傷つけてはいけないと思ったからだ。
「俺、爺ちゃんに言われてんだ。決して怒るなって。お前はまだコントロールが効かないからって……」
オンボロ鉄橋を越えると村の集落があった。
アーロの足の速さに遅れをとったサラが後を追う。
「ねぇ、私があなたの後をついてきたのは……」
「あの石だろ? わかってる。あれはどこにも売ってない。爺ちゃんが持ってる」
アーロに案内され家の中に入ろうとした時、サラの肩先をまた一匹のトンボが過ぎた。
振り向くとやはりあの時と同じように光の屑となって夕陽に消えた……。
幾重にも塗り重ねられた白い壁と黄ばんだ窓ガラスに囲まれた狭い部屋。
でも整然とし、清潔に保たれている。
アーロはサラをリビングのソファーに座らせると、奥の部屋から祖父を呼んできた。
立ち上がるサラに、アーロが紹介した。
「俺の爺ちゃんだ。爺ちゃんは村長なんだ」
彼〝オールドマン〟は、中背でもガッシリと筋肉質で、深く刻まれた頬の皺と二重まぶたの大きな目が印象的だった。
サラは緊張しながらきちんと挨拶した。
「こんばんは、サラ・プディングです。お邪魔してます」
「や、やあこれはこれは。わしがアーロの爺、オールドマンです。こんばんはぁ」
彼は微笑んで返し、パッと目を見開いた。
「サラさん、あんたいい目をしとるのぉー。綺麗な青い瞳が二つ。それに姿勢が良い。アーロ、こんなお嫁さんをもらわないかんのぉー」
アーロは照れてお茶を入れに行った。
「まぁ、座んなさい」
穏やかな口調と温かい眼差しのオールドマンを、サラはすぐに好きになった。
それからサラは学校のこと友達のこと両親のこと……いろいろ聞かせてあげた。
オールドマンは嬉しかった。人一倍人見知りなアーロが初めて連れてきた友達に。
「……だから私、ベスに言うんです。ボディガードで終身雇用よろしくね! ちょっと高くつくけどって」
「ホッホッホ。あんたなかなか面白いのぉ。実はそこが肝心なんじゃ。ユーモアがなければ生き残れん」
横からアーロが初めてサラを『サラ』と呼んだ。
「サ、サラさん本当強ぇんだ。タイガーマスクみたいに」
やっとそう呼んでくれたねという笑顔で、サラが応える。
「強いの。ブルドッグより」
二人が笑うと、オールドマンもつられて笑った。