いつ?
まるで鍋の中の灰汁のように意識は浮かび上がっては沈む。
旦那がいないとき、グロリアは私の近くで座っている。部屋はどんどん埃っぽくなっていく。
グロリアは何もしない。旦那のいるときだけ、家事をしているような動きをするけれど、それが実を結んでいる様子はない。
旦那は洗濯をしていない垢じみた服を着て、食事は最低限とっているだけなのか痩せ細っているけれどとても幸せそうだ。
辛うじて仕事に行くことはできているようだが、職場で何をしているんだろう。
グロリアは虚ろにほほ笑むと私を抱きしめる。
そして私は意識を失う。
意識のそこで外の音を拾う。
それは家の前を通り過ぎる自動車の排気音だったり、スズメの泣きかわす声だったりした。
そしてそれは不意に人の声だとわかった。
『絶対変よあれは』
『奥さんて違うの?』
『違う違うもっとボーイッシュな人だったわよ』
聞き覚えのあるようなないような、それはたぶんご近所の奥さん達、当たり障りのないお付き合いを心掛けてきたのでかろうじて名字がわかるかなくらいの人達。
何をしゃべっているんだろう。
意識を取り戻すたびに、声は徐々に大きくなっていく。
『おかしいわね』
『おかしいわ』
さざ波のように広がっていく声。それを私はぼんやりと聞いていた。
徐々に旦那は追い詰められていく。
グロリアを抱きしめる際の多幸感に満ちたその顔はもう見られない。飢えて、追い詰められている顔だ。
「君を話すものか」
グロリアの腕をつかんでそう断言する顔は妄執というものが目に見えるならそんな形をしているのだろうと思われた。
「このままでは君を失う。だが、そんなことを許されるはずがない」
私は床に寝っ転がったままそのさまを見ていた。
すでに私には絶望も希望も消え失せて久しい。
すでに完全に人形と化したかのように私の感情は動かない。
ただあるがままにそれを見るだけだ。
そして、真っ暗な家に、今日は誰もいない。グロリアも旦那も、私一人だけが、ほこりっぽい絨毯の上に転がっている。




