子どもの声
見上げれば、いつの間にかレールを走らなくなり、すっかり錆びついた飛行機の模型が、モビールのようにぶら下がったままになっている。
高度成長期に作られた古いアーケードがある商店街では、店主の高齢化に伴い、シャッターを下ろすテナントが増えていた。
目抜き通りの惨状に胸を痛めた新市長は、かつての賑わいを取り戻そうと、地域活性化プロジェクトを立ち上げ、自らその実行委員長として音頭を取り始めた。
就任直後の春に始まったプロジェクトは、花見、ハイキング、海開き、盆踊り、運動会と、季節ごとにイベントを企画し、市長は市の内外に向けてピーアールに駆け回った。
その甲斐あってか、徐々にエスエヌエスなどを通じて秘かなブームとなり、商店街に足を運ぶ人の姿が増え、重い腰を上げてシャッターを開けるテナントも増えてきた。
そんな好転の中で、ハロウィンである今日は、仮装した十二歳以下のお子さまには、指定の店でキーワードを言えば、素敵なモノがもらえるという催しが行われている。もちろん、キーワードは「トリック・オア・トリート!」だ。
アーケードの下は、黒い三角帽子をかぶった魔女や、作り物の牙を嵌めた吸血鬼、こめかみのあたりにボルトとナットを模したものを生やした怪物など、めいめいに趣向を凝らした仮装をした子どもたちで溢れている。
耳をすませば、まだ声変わりを迎えていない天使のような声を、いくつも聞き取ることが出来る。
「トリック・オア・トリート!」
「おばけだぞ~」
「いたずらされたくなかったら、お菓子を出せ!」
「ガルルルル……」
無邪気な子どもたちに対し、大人たちもさまざまな反応を見せている。
目を細めてお菓子の入った袋を渡す婦人もいれば、柔道着を着て「褒美が欲しくば、倒して見せろ」とおどける老人もいる。まつりの主役は子どもたちだが、なんだかんだで、大人も楽しんでいるのである。
ワイワイと盛り上がる商店街では、誰も頭上に注目しないのだが、不思議なことに、錆びついて動かなくなったはずの飛行機の模型は、いつの間にか、ふたたびレールを走り出している。