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でぃぷ・らーくな!  作者: アーギリア
3/10

「七不思議探索」オリエンテーション




 洋は、前もって用意しておいた資料を配布した。資料の作成は洋の趣味のようなもので、事務のおばちゃん先生とはもはやツーカーの仲と言って差し支えない。


「なにこれ、『和国小学校七不思議完全攻略』?」

「和国っ子図書館はわかるな?」


 和国っ子図書館。子供たちが『自分達で作った本』が保存される図書室内のスペースである。物語は大抵滅茶苦茶、感想文的なものは面白くない、自由研究は論理が見事に破綻している。最悪の場合、字が汚くて読めない。一部を除いて子供たちにはあまり人気のないブースである。たまに先生方が覗き込んでニマニマしてるようだがそれはまた別の話。

 洋は、このブースのとある利用価値に気づいていた。それは、「学校内の情報」が集めやすいというものである。


「過去の学級日誌や、噂話を元に作った本を探したんだ。俺はそいつらを読み漁って、七不思議に関連しそうなものを集めた。それを纏めたものがこいつさ」


 咲は何気なく、菊は興味深そうに、京は真剣な様子で資料に目を落とす。意外にも字が綺麗な洋。咲は書道コンクールで自分が銀賞、洋が金賞だったことを思いだし、少しだけ悔しさを感じた。

 さて中身は七不思議の見た目、性質、明らかになっている対処法が見事に纏められていた。いくつかの項目には備考として洋が考えた独自の攻略法が提案されている。資料としてのクオリティは小学生としては文句なしの満点である。


「これは君賀君が一人で?」

「先生とか、ムゲンねーちゃんとかに色々聞きながらだよ。俺一人じゃ、ここまでのは作れねえ」


 「ムゲンねーちゃん」は何故か君賀の家に居候しているお姉さんのことである。研究職に就いているようで、こういった資料の作成は得意らしい。

 そういった人物らの協力があったことを差し引いても、洋の情報収集・整理能力は高い水準にあると菊は評価した。自分一人の力ではないと自覚している点も含めて洋を褒め称える。


「いやいや、大したものですよ。これだけの出来なら、それこそ和国っ子図書館に寄贈していいと思いますよ」

「今回の調査の結果如何では考える」


 一方、資料作成について、なんの相談もされなかった司は密かに落ち込んでいた。たまには自分を頼ってくれてもいいだろうという、担任兼顧問としてのささやかな嫉妬心である。

 それを見た洋は、こっちはこっちでとんだ期待はずれである。もっと驚いて貰えると思ったが、司は無表情に資料とにらめっこするばかり。

 実は、洋は「先生を驚かせられるかも」と思って司に内密で資料作成を進めていた。これは、洋が司を最終的な評価者として選んだという事で、大きな信頼の現れであるのだが、司は残念ながらそこには思い至らなかった。


「先生、どうだ!なかなかうまく出来たと思うんだけど!」


 結果、洋は実力行使に出た。司の目の前にズンと立ち、白い歯をきらめかせながら、真っ向から意見を求めたのである。

 ここで司も漸く洋が自分からの評価を望んでいると思い至る。司はちょっとした嫉妬心を即座に振り払い、慌てて資料を読み進めた。


「……レイアウトがいいな。強調している点が一目瞭然だ。お前は特に対処法を大事にしているんだな」

「そりゃあ、仲間に何かあったらリーダーの責任だからな。そこはちゃんとしないと」

「そうか。ああ、良くできてる。一つ言うなら、色味にもっと工夫があるといいな。白黒と赤ラインだけでも十分見られるが、『読む楽しさ』を意識するとより良くなる。見せる相手は咲や京なんだから。色が少なかったり、字ばかりだと飽きちゃうだろ」

「おお……『読む楽しさ』!そこまで考えてなかった!やっぱ先生は先生だなぁ」


 司からの評価を受けた洋は暫し思案した。自分の資料には楽しさが足りない。しかし、会議中に書き換える訳にもいかない。なにより、A4両面刷り五枚の集大成を犠牲にするのは忍びない。

 ならば、この場で楽しくしよう。君賀はそう結論付けた。時計を確認すると、15:00。クラブ活動終了が15:30なので質疑応答まで考慮すると発表時間はざっと15分。


「では、この資料をもとに簡単に七不思議についての説明をしよう」


 メインである七不思議の対処法は資料に十分書いている。足りないのはイラストや色味。ならば口頭説明にあたり追加するべきは?

 洋はチョークを手に取った。そして、さらさらと五つの絵を書き上げた。小学四年生にしては上手いといった程度の画力によるイラストを並べ、説明を開始する。


「そもそも七不思議とは何か?分かりやすい人型の連中を例に紹介する」

「意外と絵、上手いね」

「特徴を捉えることに重点を置いた絵ですね」

「ん」


 洋は始めに書いたイラストを指し示す。女の子か男の子かの判断がつかない短髪の子どもの絵だ。右に二つ、左に一つ目があり、左の方は顔の半分を埋め尽くすほどの大きさになっている。


「こいつはカタメノフタツメ。通称カタメちゃんだ。4が三つ並ぶ時間帯に二年三組の前に現れる。鬼ごっこを挑んできて、捕まるとドアのない教室に閉じ込められ目玉を一つ取られるらしい」

「え、怖い。あと痛い」


 思いの外グロテスクな話が始まり、咲は顔を青くさせた。彼女は怖い話も苦手だが、血や大きな怪我が出てくる話も大嫌いらしい。もっとも、それらを好む女子児童などどれだけいるか……という話だが。

 なお、同年代の少女たる京は相変わらず目を皿のごとく真ん丸に見開きながら、食い入るように洋の話を聞いていた。普通の目であればキラキラと輝いていたであろうが、その目の色は相も変わらずペンキ塗り立ての鮮やかな赤色である。


「しかし。話を集めていくうちに驚くべき事実が発覚した」

「な、何?怖いのやだよ?」


 咲は耳に手を当て、いつでも塞げる体勢になった。洋はそれを見て頬を掻く。


「咲、安心しろ。そういう話じゃないから」

「ど、どういう話なの!?」

「これから俺が集めた情報をその資料で確認してもらう」

「……え?」

「二ページを開いてくれ」


 洋が集めたカタメちゃんについての情報は以下の通りである。


・著者、一年四組の女の子。拙い言葉で書かれていたため、わかりやすく要約している。壁に穴を開けて瞬間移動しながら追いかけてきた。逃げても逃げてもすぐに近くに現れる。それでも、何とか外に出ることに成功し、鬼ごっこには勝利した。

・著者、二年二組の男の子。こちらも要約している。空間移動はすごい魔術だと聞いていたけど、当たり前のように使って追いかけてきた。逃げ切れないと思って、覚えたての魔術で戦ってみたけど勝てなかった。捕まるとドアのない教室に閉じ込められた。どこからか釘抜きを取り出したお化けが近づいてきたので、机を投げつけたら吹っ飛んでいった。その隙にお化けの作った穴に逆戻りして何とか逃げ切った。

・著者、五年六組の男の子。新聞クラブ。原文ママ。穴空け女の噂を聞いて学校に居残り。穴空け女は低学年の女の子のように見える。顔の左側に大きな空洞があり、右側に縦にならんだ二つの目がある。穴空けにかかる時間は開始から完了まで20秒。移動速度は筆者自身の普段の歩行速度よりやや遅い。

 追跡中、捕獲中のこちらからの攻撃はほぼ無効。但し、不意をつけば驚きから足を止める。捕獲されたとき、こちらは完全に硬直させられ行動不能。謎の閉鎖教室に着くと硬直が解除され行動可能になる。

 閉鎖教室での穴空け女に対する攻撃は非常に有効に働く。相手はどこから取り出したのか不明な釘抜きを持っているが、振りかぶってから振り下ろすまでに五秒以上かかる。まず当たらない。暫く観察しているとそこそこのスピードで突進し、押し倒して来た。釘抜きによる攻撃動作に入ったので突飛ばして距離をとる。穴空け女の体は発泡スチロール並みに軽く、思った以上に吹き飛んだ。穴空け女は机の角に頭をぶつけて気絶。彼女がここに連れてきたときの穴はずっと開いていたので逆戻りしてもとの学校に戻った。

 一応、この怪異にはその顔の特徴から「カタメノフタツメ」と名前をつけることにする。


「最後の子、何者ですか?」


 異様なほど詳細にカタメノフタツメについて分析された資料に、菊は注目した。明らかにこの人物は調査目的でカタメノフタツメに接触している。洋以前にも似たような調査を行っている者がいることに、菊は少し驚いていた。


「何十年か前に、うちの新聞クラブを創設した男だぜ。この七不思議の釘抜き攻撃が左目を狙っているのに気づいたのもこの人」

「ああ、佐々木さんですか」


 佐々木は現在報道王として知られる個人経営の新聞記者である。天気予報と番組表がないことを除けば最高の新聞とうたわれる「佐々木の口コミ」の著者と言えば、この中央区で知らないものはいないだろう。報道王は幼少の頃よりその頭角を表していたということである。だが、今回の話に佐々木氏は関係ない。これ以上の言及は控えるとしよう。

 菊は良くも悪くも効率主義のきらいがある少年である。意味のないことをしたがらない、という方が近いかもしれない。故に、彼は佐々木の先行研究があるのならば調査は必要ないのではないかと考えた。

 

「君賀君は、これ以上何を調査したいとお考えですか?」


 菊は資料を手に微笑をつくりながら洋にたずねる。洋も賢い少年である。菊の質問の意図を正確に読み取った。彼だって、佐々木の調査をなぞるだけで有益な結果が出るとは思っていない。むしろ、この記録を参考に別口の調査に切り込もうと考えていた。


「七不思議の『特質』だけに注目したら佐々木さんの情報で十分だ。追研究の意味も薄いだろう。もちろんこの数十年で変化が起こってる可能性もあるが……。今回のメインはそこじゃない。俺が最終的にやりたいのは『本質』の調査さ」

「本質?」

「ああ、七不思議が『どんなものか』なんて噂になるほど広まってるんだ。そこを突き詰めても意味はない。大事なのは二つ。七不思議が『なぜ存在しているか』、七不思議と『交流は可能か』だ」


 菊は口元に手をやり、考え込むような仕草をみせた。彼は今、二つの問題提起が解決した時、どんな利益が生まれるか可能性を考えている。一見すると不満を露にしているようにも見える菊の様子だが、研究会における彼を知っている人から見れば非常に興味を惹かれている状態であることが分かるだろう。

 洋は菊の言葉を待たず、視線を咲に向けた。彼女は洋と菊が何やら難しそうな話をしていたせいか、呆けた表情で黒板を眺めていた。


「咲、どうだ。楽しそうだろ」

「え?ごめん、よくわかってないんだけど……何が?」

「簡単に言うと、今回のテーマは七不思議と『友達になろう』ってことなんだ。さっきも言った通り」

「それはとっても素敵なことね!」


 友達づくりフリークの咲は、改めて明示された「七不思議と友達になれる可能性」に素直な喜びを示した。しかし、直後に七不思議が怖い話であったことを思い出したようで、その調子は急下降した。


「あ……でも、釘抜きでお目め取っちゃうような子と友達になれるかな?ちょっと怖いよ」

「怖くねえよ。これ読んでどこに怖い要素あったんだよ」

「だって、瞬間移動してくるんだよ!たった20秒しかかからないって書いてあるし!鬼ごっこなんてしたら勝てるわけないじゃん!そして、捕まったらお目め取られちゃうんだよ!」

「お前、一旦20秒数えてみ?結構長いぞ。だいたいお前、50メートル8秒台だろうが。どこに怖がる要素があるんだよ。」


 怯える咲に、洋が不思議そうに問いかける。ちなみに咲は、時間の感覚をそこまで把握していないので、「秒」という単位をみた時点で「なんか速そう」と大雑把に感じているためこのような発言をしている。


「……まぁ、そうだな。今回の目標を設定するに至った過程を説明すべきだろう。これを聞けば、咲も七不思議が別に怖くないってことが分かると思う」

「え?」


 洋は改めてカタメについて記載されたページを指し示す。咲は渋々と該当ページに再び目を落とす。因みに、菊と京はそれぞれ自由に資料を捲っている。たった一人一歩下がった位置で彼らを見守る教師司は彼らの団結力の無さに何とも言えない表情を浮かべていた。


「注目すべきはそれぞれの被害だ。ちゃんと読んで、カタメによる被害がどんなものか答えてみろ」

「さっきから言ってるじゃん。お目め取られるんでしょ」

「いえ、違いますね。実際の被害という意味でなら、洋くんの集めた資料内にそのような致命的な攻撃を受けた方はいません」

「えっ?」


 話はしっかり聞いているらしい菊の指摘を受けて、咲が少しだけ腰を入れて資料を読み返す。なるほど、目を狙ってくるとは書いているが、目をとられた子の話は載っていない。


「えっと、じゃあ……閉じ込められること?」

「出口にも使えるカタメちゃんの穴がカタメちゃん気絶後もずっと残ってるから別に閉じ込められてないぞ」

「うぇぇ?あ、ホントだ。……え、じゃあ被害ってないの?」

「強いて言うなら『追いかけられること』。心理的嫌悪感を生じさせる、瞬間移動を交えたストーキング行為こそが被害ですかね」


 菊の回答に洋は満足げに頷いた。確かにカタメノフタツメは瞬間移動を用いるストーカーであり、子供の目玉を集める狂気のコレクターである。しかし、低学年女子に劣るほど足は遅い、瞬間移動は動作完了までに時間がかかる、仮に捕まって閉じ込められても出入口は確保されており、捕まったあとは低学年男子の腕力で返り討ちに合うほど弱いのだ。


「閉じ込めに成功すると何故か鬼ごっこ状態の無敵が都合よく解除されるのも謎だろ。俺はここに何かしらの意図があると考えている」

「少なくとも、目玉を取るという『特質』はカタメノフタツメという存在の『本質』ではなさそうですね。君賀君の求めんとする課題が私にも見えてきました」

「え、えっと?つまりどう言うこと?」


 咲はカタメノフタツメがそんなに危ない存在ではないという洋の主張は理解した。しかし、それがなぜ七不思議と友達になることに繋がるのかがわからない。


「つまりだ。今回の七不思議調査はこいつらを理解するためのものってことさ!相手を知るってのは友達になるはじめの一歩。よって、今回の調査は七不思議と友達になるためのものと言って過言じゃない!」

「おおー、なるほどー!」


 咲は結局よくわかっていない。だが、理論は不明だが何か友達が増やせそうだったのでとりあえず同調することにした。友達づくりに理屈は要らないのである。

 菊は七不思議と友達になる必要があるのか一寸ばかり真剣に考えたが、「交友関係が増えること事態にまあデメリットはない」と納得していつもの張り付けたような笑顔に戻り姿勢を正した。

 ここまでほとんど会話に入ってこなかった京はパタリと資料を閉じた。しっかり読み終わったらしい。表情は相変わらずの虚無であるが、どこか満ち足りた雰囲気を醸し出している。

 司は七不思議が結局なんなのか校長先生辺りに聞いておこうと考えていた。思ったよりも七不思議とやらとはがっつりと関わることになりそうである。実在するかも謎の存在だが、事前準備を疎かにすると大変なことになるのは目に見えていた。


「おっと、いい時間だ。今日の会議はこれまでにしよう。全員、ほかの七不思議については目を通しておいてくれ。俺の方でも、改善した奴を作ってくるから」


 洋はちらりと今日とったメモを確認する。菊が言っていた七不思議のことと、資料についてイラストやカラーリングをはじめとする改善策が書かれていた。それをスッとズボンの左ポケットに突っ込むと、今日一番いい顔をして、彼は司のほうを向いた。



「で、最後に先生。お願いがあるんだけど」

「ん?どうした?」

「今日この後、学校に残ることを許してほしいんだ」

「何故?」


 嫌な予感を感じた司は少々ぶっきらぼうに洋のお願いに対して理由を問う。洋は、真っ白な歯を見せつけるようににんまりと笑い、司とは対照的に楽しそうに答えた。


「景気付けに、皆でカタメノフタツメ見に行こうぜ!」

TIPs 大村咲

・和国小4年3組の委員長。

・悪いことは許さない。たとえその相手が好きな人でも!

・みんなと友達になりたいと考えている。たとえそれが悪いことをしている人でも!

・「彼女ほど、厄介な児童は他にいない。」と司は語る。


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