挑戦クラブ「でぃぷ・らーくな」の活動会議
「まずは、今回の企画であった『対運動会秘密結社・春二番隊』の成功を祝し、乾杯といこう!」
歯みがき用のコップに水道水を入れて高らかに宣うのは挑戦クラブ『でぃぷ・らーくな』のリーダー、君賀洋である。彼は、どんな失敗も笑顔で乗り越える、ポジティブの擬人化のごとき少年である。
クラブでの主な役割は企画及び会議の進行。本クラブの創設者でもあり、彼がいなくてはクラブが回らないといっても過言ではない。
「待って、洋。成功っていうのは違うかも。中にはいい思いしなかった子もいたみたいだよ。本来は優勝するはずだった赤チームの子とか、怒ってる子いたし……」
洋の青天井のテンションにブレーキをかけるのは、副リーダーの大村咲。周りへの気配りが上手で、悪いことは見逃せない、正義感溢れる少女である。去年の七夕にかけた願い事が『世界の皆とお友だちになりたい』という、社交性が服を着て歩いているような女の子だ。
クラブでの役割は洋の監査……つまり暴走を止めることに終始している。どうやら洋を止められるのは自分だけだという使命感を持っているようで、批判的な目を持って洋と活動を共にしている。
「内容を整理しましょう。春二番隊は、それぞれのチームから運動能力が高い二名を引き抜いて作られる『全ての色の敵となる最強のチーム』でした。各チームは自陣の最高戦力に裏切られた状態で最後の競技に挑むことになったわけです」
書記として、会議における全ての会話を、速記を活用して余すことなく書き残しているのが神童と呼ばれる少年、桜木菊である。比喩でなく神に育てられた少年であり、人の上に立つべくして生まれた「桜木家」の長男である。なぜこのように一般的な小学校に入学したのか、『でぃぷ・らーくな』などという謎のクラブに加入したのか。その理由は今ここで明かすのは控えよう。
彼の役割は前述の通り活動の記録をつけること。そして、活動をサポートするために簡単な助言をすること。本気を出せば、倒産寸前の企業を、その会社のリソースのみを使って1ヶ月で一流企業に建て直すことができると言われている。その計画力、統率力、指導力は最早本当に人間なのか怪しいところだ。現状、このクラブにおいては、その才能を十全に奮う気は微塵もないようだが。
「裏競技『怪盗おにごっこ』我が校の誇る一流のスポーツマン達が、奪った得点を背負って逃げ回り、20分でどれだけ取り返せるかの戦い。早い話が全校一斉鬼ごっこでしたが、咲さん以外皆逃げ切りましたね。圧倒的な戦力だった赤チームにとってはとんだ水差しだったことでしょう」
「んー。運動会って、勝ちゃいいってもんじゃないだろ?競り合いもなくボコボコにしたって楽しくないだろ」
さらさらと黒板に記された今日の活動の流れを見ながら、洋がぼやく。今回の運動会は、洋の企みがなければ赤チームの圧倒的勝利であった。ちなみに、洋と咲の所属するクラスである4年3組も赤チームである。
「でも、二番隊の皆の中に、クラスで滅茶苦茶言われた子もいたみたいだよ」
「む、マジか。一応、運動能力と併せてそれぞれのクラスで発言力持ってる連中を選んだんだがな。協力者に被害が及ぶのは喜ばしくないぞ。明日にでもどうにかしよう。……やっぱ、サプライズイベントにしたのが駄目だったかな」
菊からチョークを手渡してもらい、洋は黒板に次回は事前に告知(予告状とか)と記入する。秘密結社・春二番隊は次回も行うつもりらしい。
「運動会ガチ勢にはもっと配慮するべきだったな。得点奪う方向だと納得してもらうのは厳しいか?」
「戦力差があって圧勝だったとはいえ、努力の結果を奪われたんだもん。いい気がしない子はいるよ」
「ふむ……そこまでのモノなのか、運動会の得点。オーケイ、次はもう少しマイルドにいこう」
意外にも丁寧な字で、洋は黒板に「マイルドに」と記入する。次回の運動会では、事前の予告も含め少しみんなに優しくなった春二番隊が見られるだろう。
ここまでの会議に、一切口を挟んでいない少女が一人いる。いい加減、機会を逃しそうなので、ここで紹介させてもらおう。
白髪と絵の具で塗りつぶしたような赤色の目をもつ、小さな少女。何もないところをじっと見つめている、不思議な雰囲気を持つ彼女の名前は東京。周りからは『魔王』と呼ばれる少女である。自分の気持ちを言葉にすることも表情に出すことも苦手としている、四年生では唯一の特別学級所属の児童である。
彼女は、他者に自分の姿を本来とは異なる恐ろしい姿に見せかける力を持っている。力とは言ったが、これは反射的なもので、本人の意思で制御することはできない。生存競争の場においては有効な力であろうが、今は別に、戦乱の世でもなし。現状この力は彼女に対して人間関係構築の障害というデメリットしか与えていない。
……そんな彼女を洋がスカウトしたのにも、運動会で皆が彼女を怖がらなかったのにも、『神童』と『魔王』の関係にも物語はあるのだが、いま必要な情報ではないので、ここでは断腸の思いで省略させてもらおう。一言で表せば、彼女は『怖がられがちでコミュニケーションが苦手な少女』である。
視点を会議に戻そう。洋は、黒板を一度大きく見渡し、満足げに頷いた。そして、おもむろに黒板をバンと叩いてひっくり返し、その勢いのまま半回転。部員達に顔を向けた。
「さて、第二回活動の反省はこの辺にしておこう。ここからは早速、第三回活動の内容について話したいと思う」
一瞬、室内はシンと静まり返る。咲は大きな音に驚いたのか目を丸くして、菊は耳を塞ぎながら愉快そうに笑みを湛えて、司は腕を組み直して、洋の言葉を待った。京は暇をもて余した猫のように虚空をぼんやりと見つめている。見るからに、洋の話を聞いていなさそうだ。
「お前ら、和国小の七不思議って知ってるか」
「!?」
いや、そうでもなかったらしい。京は、次に放たれた洋の言葉に敏感に反応した。隣にいた咲が驚いて身をすくませる。京は普段、階段を一階分上るのにも5分かかるほどスローペースライフな少女である。そんな彼女が、突然虫を捕らえるカマキリのごとく機敏な動きをしたのだ。誰だって驚くだろう。
「わあっ!?ビックリした。京ちゃん、いきなり大きく動かないで……」
「……ん、ごめ」
ちなみに、咲は常識が少々ズレている京の補助役としての役目も持っている。活動の間、彼女は大体洋と京の間にいることが多い。ついでにもう一つ、京のこの「ごめ」という謝罪はかなり近い位置に居るものしか聞けない、京の貴重な意思のある言葉である。これだけで、彼女らの仲は非常に良好であると認識して頂いて構わない。
「京!いい反応だな。これは、今回の活動も面白くなりそうだ!」
「……ん」
京は会話を「ん」の一言で終わらせることが多い。読者諸君には彼女のどんな気持ちが「ん」に込められているか、想像しながらこの先読み進めてほしいものだ。
さて、七不思議についての話である。それは和国小学校に伝わる怪異譚……怖い噂話のことだ。並べてみれば7つ以上あるのはご愛敬。噂など後からどんどん増えていくものだ。なにせ、和国小学校は今年で創立200年。七不思議の数は、今では15くらいある。むしろ、意外と増えていなくて驚くくらいである。
「私が知っているのは、時計台の妖精と首吊り少女、穴空き少女くらいかな」
「そうそう、そういうやつ」
「ん」
洋の言葉に対して最初に回答したのは、顧問を担当する洋の学級担任、日丸司である。和国小学校に勤めて三年、こういった話を耳にするのも珍しいことではない。京も一度頷いて、それが既知の情報であることを示した。
「それって、もしかしなくても怖い話系だよね……?」
「そうそう」
「……ん」
咲は表情を曇らせながら黒板にかかれた文字を見ていた。学校の七不思議とは、結局のところ怪談話。友人からそういった話題が上がれば笑みを浮かべて「やめてよー」と言いつつ、耳をしっかり塞ぐ程度には怖い話が苦手な咲である。一方で、意地っ張りな側面ももつ彼女は、「怖いのが嫌だ」などとは言わないのだが。
京は乗り気では無さそうな咲に対して、少し残念そうに呻いた。
「私は、文化系教室の近くを徘徊する男の子の噂を聞いたことがありますよ。あとは……神様になった初代校長先生とか」
「何それ知らない。めっちゃ面白そう」
「え?神様になる……?なんか、あんまり怖くなさそうな話もあるんだね」
「いや、普通の人間が神になるなど、何とも恐ろしい話だと思いますが」
菊は情報集めを趣味としており、なかなかマイナーな七不思議を知っていた。洋が「まだまだ事前調査が足りないな」とぼやきながらメモを取り出して菊の発言を書き記す。
咲は、七不思議が怖い話ばかりではなさそうだと少しだけ安心した。彼女にとって「神様になる」ということは何となくキラキラしたイメージのものらしい。一方、菊……この世界で神に最も近い存在たる『神童』にとっては別の印象になるようだ。価値観の違いとは、見ている分にはなかなかどうして面白いものである。
「んー!」
「京、今日やたらと元気だな!お前は何か知ってるか?」
京は、普段は借りてきた猫のようにおとなしい。このように興奮した姿を見せるのは珍しい。表情はそのままに目だけを輝かせて腕をぶんぶん振っている彼女に、洋は同調するように明るい声色でたずねた。
「ん?……ここ……このきょーしつ。……ここに、いる。……なにか。……って、聞いた」
京は淡々と答える。咲が小さく「ひぃ」と体を縮こまらせたが、それ以外の三人は失笑をもらした。双方の反応に京が首をかしげていると、洋が大笑いしながらこう言った。
「それはお前のことだな、魔王様。よし、これで一つ解明されたわけだ。幸先がいいな!」
「……んー?」
理解不能とばかりに先程とは逆の方向に首をかしげる京。そんな彼女を尻目に、洋が黒板にでかでかとこれからの活動のテーマを書きなぐる。活動名は『和国小の七不思議を解き明かせ!』。
いよいよ、本格的な会議の始まりである。
「洋!七不思議って、怖い話なんでしょ。怖い話の解明が昼にできるとは思えないよ。まさか、夜に学校に入るつもりなの?」
まずは咲が問題点を指摘する。咲は悪いことを絶対に許さない。当然、夜の学校に忍び込むなどという所業を見逃す筈がないのだ。対する洋は悪びれずに「そうだ」と答える。
「だが、そこは考えてある。ちゃんと許可はとるつもりだ」
「許可?出るの?」
「鷲島先生に聞いたんだけど、美術クラブが夜空のスケッチのために夜の屋上を解放してもらった前例があるらしい。必要だと認められるなら、夜の学校の使用を申請することは可能だ」
洋は既に、親密な先生に夜間の学校でのクラブ活動が可能かを訪ねていた。鷲島先生こと鷹志は、すぐに向こう五年間のクラブ活動記録を確認し、前例があることを確認すると、包み隠さず洋に伝えた。彼は、洋の突飛な活動を密かに楽しみにしており、その自主性を応援しているのである。
「えー、七不思議を調べるって必要な活動として認められるの?」
「そこは、やってみなくちゃ分からない。一応、プレゼンテーションはするつもりだ」
「じゃあ、その……ぷれぜんと何とか、今ここでやってみてよ」
どうも、咲は七不思議調査に乗り気ではないらしい。先程述べたが、咲は怖い話が苦手である。その上、夜の学校で活動するというのも何となく悪いことのようで受け入れにくい。「悪いこと」に対して、彼女は色々と融通が利かないのである。
洋だってその性質はわかっている。少し周りを窺ってみると、楽しげに微笑を称える菊といつもより真剣な顔をしている気がする京が目に入った。この二人は恐らく、何も言わなくても今回の企画に賛同するだろう。司は余程のことでない限りこの会議での決定には口を挟まない。つまり、洋が説得するべきは咲一人である。
「いいだろう。今回の企画についてプレゼンテーションをしてやろう。傾聴!これから、七不思議調査の素晴らしさについて伝えたいと思う」
再び、教室が静寂に包まれる。それから更に一呼吸おいて、洋は演説を始めた。
「まず、勘違いしてはいけないのが、七不思議調査は肝試しじゃないってことだ。我がメンバーを怖がらせるつもりは毛頭無い」
咲が頭を少しだけ上げた。咲の最大の懸念材料であったであろう、「怖さ」について始めに言及したのは正解だったらしい。洋は、ニヤリと口角を上げる。
「七不思議の内容、対抗策、全て前もって伝えるつもりだ。調査は全員で行くし、一人で行動しなければならない場合は俺と……菊で請け負うつもりだ。……と、相談してなかったが大丈夫だよな、菊?」
「おっと、ここで怖いなどと言っては男が廃りますね。女の子の前でそれを聞くのは、ある種の脅しに近いのではありませんか?」
洋は、菊ならば大丈夫と強引な信頼を寄せていた。菊はそれを知った上で茶化して見せる。しかし、洋には男のプライドなんてものは分からない。そんなものは生まれる前に何処かに捨てた。未知に対しては良くも悪くも素直な洋は、これを真正面から受け止めるほかなかった。
「む、そんなもんか?怖いなら怖いでいいじゃねえか。まあ、嫌なら俺だけで行くさ。後でこっそり伝えてくれりゃいいから、安心しろ」
「冗談ですよ。必要とあらば、何だって任されます。『天地がひっくり返っても神童様なら何とかできる』と評判の桜木さんですからね」
菊はあっけらかんと笑って見せる。和国の神童はなかなかどうして食えない少年であった。
洋は、菊に真っ白な歯と立てた親指を見せ、その期待を示した。そして、すぐに咲に向き直る。
「で、だ。七不思議調査で最も肝要なのは、友好性の有無だ」
「友好……?仲良しになれるかってこと?」
「ああ。恐ろしい噂が絶えない七不思議。だが、それらに対して、学校は何の対応もしていない。今後も学校に残り続けるであろう七不思議が、危険なものか友好的なものか見極めることは、意義があることだ」
これも、咲に向けてのアピールである。咲は趣味が友達を増やすことだと言うほど、友達づくりに執着している。友達になれそうなら、犬や猫、花や虫とすら仲良くなろうとするのが大村咲という少女だ。
ならば、七不思議についても、仲良くなれる可能性があるなら例外ではない。むしろ、少し不思議な友人ができることに彼女は喜びを見い出す筈だ、と洋は考えていた。
「七不思議と、友達……むむむ」
そして、洋の思惑通り、彼女は少しだけ七不思議調査に前向きになった様子である。その様子を見ながら、司は相手を意識しているという点で悪くないプレゼンだ、と密かに関心していた。
「一応、色々と考えているのはわかった。ちゃんと先生に言うなら……まあ、んー、いいよ」
その言葉は、普段はっきりものを言う彼女にしては歯切れが悪く、とても納得している風には見えなかった。しかし、それも仕方のないことだろう。怖いものは怖い。嫌なものは嫌なのだ。それを完璧に取り繕えなどと、小学生にはあまりにも酷なこと。まさか、それを彼女に望む読者もおるまい。
それでも一つ、読者諸君には彼女がこれまでの話でずっと京のことを気にしていたことを語り手としては伝えねばならない。彼女がこれまで、「やりたくない」「やめるべきだ」とは一度も言わなかったのは、京がやる気を見せていたからである。
自分の気持ちを示すことが苦手な彼女が、珍しく見せている喜びの意思表示。それを、咲は応援したかった。悪事は許さないが、悪事でない限りは友達の味方となり続ける。彼女はそういう女の子なのである。
ところで、当の魔王であるが、普段、自分の感情は見せないくせに人の感情の機微には一際敏感であった。普段から人の恐怖を一身に受けているためであろう。恐怖の感情をすぐに読み取ってしまう力を持っていた。
「ん……」
「京ちゃん?どうしたの?」
京は咲によくなついていた。七不思議は気になるが、彼女を苦しめてまで調査をしたいかと聞かれると……いや、調査はしたい。そこは、魔王とて未熟な少女。そこで妥協ができるほど人ができているわけではない。
だが、それでも友達の意思をちゃんと聞こうとする良識ぐらいは持っているのである。
「……こわいの?」
「えっ」
残念なことに、語彙力はなかった。ついでに、声にアクセントもなかった。京なりの心配の言葉なのだが、これでは煽りと捉えられても仕方あるまい。せめて、まゆじりを下げるなり、語調を優しくするなりできたならば反応は変わっただろうに。彼女には相手に気持ちを正しく伝える技能が致命的に無かった。
「こ、怖くないもん。大丈夫!全然よゆー!」
結果、咲はつい強がってしまう。菊や司はこれが咲の本意でないことは当然察しがついた。しかし、洋と京はそこまで言葉の裏を読むスキルを得ていなかった。
洋は、咲が京のためにやる気を出したことだけは受け取った。ここで咲の未だ胸の奥で燻る恐怖心を察してやれればリーダーとして合格点であっただろう。
京は、咲も自分と同じで怖いものが好きなのだと受け取った。何故そうなるのか、読者諸君の中には分からないものもいるだろう。彼女は、まだ客観視する能力が不完全なのだ。何事もとりあえず自分を基準にする。「不思議なものは面白いもの」という考えが元にあるゆえに、彼女の言葉の裏にある抵抗感を読み取ることができなかったのだ。
「おお、唐突にやる気だしたな。じゃ、咲も納得してくれたという事で、話を進めていくぞ」
「えっ!?……あ、うん。どーぞ」
「ん」
「はい、活動の目的、方法、予想される結果など詰めていきましょう」
こういう時、菊はわかっているくせに口を出さない。彼はあくまでも書記。出過ぎた口出しは無用とわきまえているのである。そんなわけで、全員が納得できる形ではなかったが、それでも、第3回のらんてぃあの活動はここに確定した。
TIPs 日丸司
・和国小学校4年3組の担任。
・子供の頑張りはとりあえず応援するのがポリシー。
・洋とは2年生の時からの付き合い。